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Diary(02.11.)

11月30日(土)

 7月に亡くなった友達の4回目の月命日。初めて彼女の墓参りに行った。先に到着していた友人が暖かい缶コーヒーと煙草を備えていた。今も親御さんは毎日のように参っているそうだ。僕の場合は生前も3ヶ月に一度ぐらいしか会わなかったりしたから、「俺が来るのはこれぐらいの頻度でいいだろ」と言った。今度行く時は、いつか一緒に飲んだトゥードッグスを持って行ってやろう。雨が降り出さなくてよかった。

11月29日(金)

 先日依頼されたガンダム本の原稿を、昨晩遅くに書いた。今回の「僕たちの好きなガンダム」は「全登場モビルスーツ徹底解析編」で、それぞれのモビルスーツについての「思い入れレビュー」をいろんな人が執筆しているそうだ。僕は自分の好きなギャンとかゲルググについて書かせてもらえるのかとばかり思ったが、僕に出されたお題は、ガンダム・・・。よりによって主役機、しかも字数がやたらと多いのだ。僕はガンダムというモビルスーツ自体にはさほど愛着があるわけでもないが、嫌いというわけでももちろんない。火曜日以来、どんな切り口にするのが最も僕らしいかをあれこれ悩んでいたのだが、昨日の帰り、ロケ車の中で一つ思い浮かんだテーマがあったから、眠い目をこすりつつさっそく書き上げたものである。一応編集者の方からもOKの返事が出たので、無事入稿終了。
 年明けには発売される予定。コンビニにも並ぶが、立ち読みせずに買うざます。

11月28日(木)

 ついにやってきた任天堂取材の日。朝早くからロケ車に乗せてもらって一路京都へ。デジネバ初のロケである。
 任天堂という会社は、入り口を入ったらマリオやピカチュウの人形が出迎えでもしてくれそうなイメージだが、実に殺風景なビルである。とにかくきれいで大きいが、余計な装飾が何もないのである。
 今回のロケ、最大の目的は宮本茂氏へのインタビュー収録だ。ドンキーコングやスーパーマリオ、そしてゼルダの伝説といった任天堂の名作ソフトの大半を作ってきた、テレビゲーム界のカリスマ。映画でいえばスピルバーグみたいな人である。そんな大物へのインタビューとなれば、僕も緊張せずにはいられない。しかし宮本さんは非常に気さくな紳士で、取材を受けることにも慣れていたようなので、僕の仕事は非常に楽だった。
 その後、別室に移動して、新作ソフト「ゼルダの伝説・風のタクト」をプレイさせてもらった。64で発売された「時のオカリナ」と操作性は似ているが、ビジュアル面が大きく変わり、よりマンガっぽいイラストになっている。リアルなCGアニメがゲーム業界の進化の在り方とされる風潮の中で、あえて表情豊かなマンガの路線に戻したのは宮本氏のこだわりである。
 今回のゼルダも面白い。RPGの苦手な僕がそう断言するのだから間違いない。

11月27日(水)

 FM802が企画した、ゴスペラーズのアカペラライブが行われた。各番組で希望者を募集し、抽選で当たった7組14名のカップルだけが招待された。つまりたった14人の観客のために、ゴスペラーズがアカペラで歌うという恐ろしくゴージャスなライブである。場所は市内の高級ホテルの屋上にあるチャペルだった。
 僕はデジネバの収録が終わった後に駆けつけたのだが、スタッフも観客も、そしてもちろんゴスペラーズの5人もみんなフォーマルな服装だった。いつもはジーンズの女の子も美しくドレスアップしている。しまった!と思った時はもう遅い。僕はジャージだった。
 ライブは非常に厳粛なムードの中で始まったが、メンバーの明るい調子のMCになごまされて、各カップルも幸せそうに聞き入っていた。僕の前にいた2人は最後の「星屑の街」の途中で何ごとか囁き合っていたが、後で聞いたところではその瞬間に男性がプロポーズをしていたようである。終わる頃に女性の方は泣き出していた。他に、この日に入籍を済ませてきたというカップルもいて、14人それぞれにとっての美しい思い出が生まれた夜だった。
 それにしてもゴスのアカペラは見事なものである。

11月26日(火)

 別冊宝島のガンダム本の編集者から、年明けに発売されるシリーズ最新号に原稿を提供して欲しいという依頼があった。今年の7月に、そのガンダム本についてこの日記に書いたことがあった。それを編集者の方が読んだことがきっかけらしい。おそらく本のタイトルを検索にかけてヒットしたものと思うが、昨日のWASEDA LINKSにしろ今回の原稿依頼にしろ、インターネットの力の偉大さをあらためて実感せずにはいられない。
 ガンダムについて語って金がもらえるなどとは夢にも思っていなかった。僕もガンダム通として認められたような、実に光栄な気分である。しかしいざ書いてくれと言われると、何をどう書いたものか悩んでしまう。全国のマニアが読む、しかも公式の本だからこそのプレッシャーも強く感じる。あらためて読み返してみて、別冊宝島の執筆陣の筆力に圧倒された。どんなにくだらない内容でも、どんなに突飛な意見でも、最後まで読ませてしまう説得力。僕にこんなものが書けるのだろうか。

11月25日(月)

 母校である早稲田大学の、学生が作る雑誌「WASEDA LINKS」から取材の依頼を受けた。来春、主に新入生に向けて無料配布する情報誌で、過去には久米宏や村上春樹など、早大出身のそうそうたる人達にインタビューをしてきた有名な雑誌のようだ。担当者の学生は、このホームページを見たことがきっかけで、僕が早大の出身であること、そしてサークルでDJを始めて今に至っていることを知り、ぜひ取材させて欲しいと802を通じて打診してきたのである。
 正直に言って大学時代は愛校心など殆どなかったし、今でも誇れるほどの卒業生だとは思っていないが、こうして現役の学生が自分の人生に興味を持ってくれるというのは光栄なことである。取材の場所はどこでもいいと言われたが、せっかくなので久しぶりに母校へ足を運んでみるつもりである。

11月24日(日)

 HOT100のあと、ROCK KIDS用にGackt氏のインタビューを収録した。彼と会うのはそれこそ2年ぶりぐらいかもしれない。まだソロデビューしたばかりの頃は、彼が802に来ても他の番組のスタッフは「あの人、誰?」みたいな冷めた反応だったが、今はやたらとスタジオに人が集まってくるほどの人気者になった。スターだぜガックン。彼は会う度に必ず握手を求めてくれるのだが、とても強い力で握ってくる。痛いぜガックン。

11月23日(土)

 映画「ピーターパン2」の家族試写会なるものが催されたので、家族で足を運んでみた。普通の試写会のように仕事として見るのではなく、休日にどうぞ子供を連れて、家族サービスをしに来てくださいという趣向の試写会だ。どんな人達が来ているのだろうと思ったら、客席は本当に親子連ればかり。FM802のスタッフも何人か見かけた。子持ちの業界人大集合である。招待客はおそらく業界人が中心だったはずだと思うのだが、それでも真ん中に「関係者席」と書かれたブロックがあって、そこにはハイヒールモモコが子供をわんさか連れて座っていた。

11月22日(金)

 いつものように、新幹線に乗る前に立ち寄った新大阪駅構内の書店で一冊の文庫本を購入した。さして期待もせずに読み始めたその本は、貫井徳郎の「慟哭」というわりとオーソドックスな推理小説である。連続幼女誘拐殺人事件を、警察側と犯人側の視点から交互に描いていく手法で、最後まで飽きさせない非常によく出来た小説だった。帯に書いてあったとおりに結末を知って仰天し、かつ何とも切ない気分にさせられるのだ。驚くべきはこの作者が僕と4歳しか離れておらず、このデビュー作を書いた時点で若干25歳であったということ。僕の知らない言葉が頻出していた。世の中には凄い奴がいるものである。

11月21日(木)

 朝起きて仕事部屋に入ったら、中が妙に生ぬるい。僕は昨夜、暖房を消し忘れて寝ていたのだった。ああなんてもったいない。こういう時は自分に罰を与えなければならない。というわけで今日から1週間、自室での暖房禁止。
 隔月刊誌である「Zy.」の連載は、どうも締め切りを忘れてしまいがち。「そういえば20日が締め切りだったはず」と思って大慌てで書き上げたのだが、編集者からのメールを確認したら正しい締め切りは来週だった。得をしたような損をしたような複雑な気分。連載というお仕事を過去にも何度かもらったことがあるけど、締め切りに追われるたび、プロの文筆家の苦労を知る。これだけ文章を書くことが好きな僕でも、締め切りという重しが両肩に載りでもしたかのように筆が進まなくなるのだ。日記は楽でいいや。字数に決まりがないし、支離滅裂な文章を書こうと誰から文句を言われるわけでもない。

11月20日(水)

 先日の日記に書いた「とんすい」という名の食器のこと。昨日のROCK KIDS 802で触れたところ、調べてくれたリスナーからたくさん回答を頂戴した。日本では「呑水」という漢字を当てるのが通例のようだが、正確な漢字での表記は「湯匙」。これは「たんし」と発音する中国語で、蓮の花の形を意味している。それが「とんすい」と訛って日本に伝わったらしい。そして「とんすい」は九州の方言で、この点は長崎で貿易が行われたことに関係しているそうだ。いずれにしろ、この言葉が広辞苑に載っていないのはやっぱり解せない。

11月19日(火)
 巨人にペタジーニが移籍することになったそうだ。多くのプロ野球ファンは「このままでは各球団の4番打者がみんな巨人に集まってしまう」という懸念から、この移籍に対して冷ややかな見方をしているらしいが、僕から見れば「当然でしょう。巨人は金を持ってるんだから」という感じ。金を持っている球団にいい選手が集まってくるのは当たり前。金持ちの人間が優位に立つのが資本主義の原則なのだから。ただし金持ちはその分支払う税金の率も高いというのも資本主義の原則である。巨人はプロ野球を活性化させるための「税金」として、集客で得た金を、経営の苦しい球団に分け与えるべきだ。大リーグには確かそんなシステムがすでにあったはず。そうやってお金を分けていかなければ、巨人が金でスター選手を独り占めにし、その結果客がよく入り、さらに巨人が金持ちになっていくという悪循環に陥る。そんな一党独裁みたいな状況が続けば、プロ野球そのものに対する庶民の関心がどんどん減って、最後には誰もペナントレースなど注目しなくなるだろう。落合、広沢、江藤、清原・・・峠を越えた他球団の看板プレーヤーをかき集めるこの球団。今どき巨人ファンだとか言ってる人に、応援していて楽しいですかと問いたいね。

11月18日(月)

 5年連続でステージに上がっていた、ひらかたパークのカウントダウンの仕事が、今年はどうやらなくなったらしい。今回からイベントそのものの趣向が変わるとのことで、僕はお役ご免である。残念ではあるが、そもそも当初から5年も続くとは思っていなかったのだし、降板の理由が僕の力不足というわけでもなさそうなので(と勝手に思い込んでいる)これも仕方がないかなと思う。これで31日の夜のスケジュールはポッカリと空いてしまった。たまには自宅でのんびりと年を越すのも悪くないけど、その頃は家族が実家に里帰りしていて独り暮らしの状態。大晦日は火曜日だから夜の7時までは仕事があり、僕は大阪で新年を迎えざるをえない。さすがに一人で年越しをするという事態は避けたいし、そんな書き入れどきに仕事が何もないのも、売り出し中の若手DJ(と勝手に思い込んでいる)として切ない。というわけで、さっそく「大晦日の夜の仕事をください」と言って回っている。久しぶりに特番のレポーターとかやらせてもらえるかしら。

11月17日(日)

 番組後、ハリポタの新作と並ぶ今年のお正月映画の大本命「マイノリティー・リポート」の試写会へ。スピルバーグ監督とトム・クルーズが手を組んで、つまらない映画を作る方が難しいというものだ。予知能力を使って犯罪を未然に防ぐシステムが誕生した52年後のアメリカで、陰謀に巻き込まれた捜査官が、犯罪を犯すと予告されたことで自らが逃げ回る羽目になるという話。この手の近未来映画はストーリーの斬新さと脚本が鍵になるわけだが、「ブレードランナー」の原作者が書いた短編を元にしているというだけあって、なかなか興味深い設定だった。アクションシーンもCGも凄い迫力だし、謎解きの面白さもあるし、ドキドキするスリリングな場面もたくさんある。アメリカという国はやっぱり凄い。

11月16日(土)

 先日一緒にゴルフをした友人の家に遊びに行った。彼は北堀江などという小洒落た都会にマンションを購入し、そこで子供を育てている。自然の豊富な環境で子供を育てようと思えば都心から離れざるを得ないが、都会的で便利な暮らしもまた魅力がある。
 ここのところ、またヤフオクを利用する機会が増えている。僕はネットで10000円を越える買い物をすることは滅多になく、ヤフオクで買うのも比較的安いものばかり、しかも市場で新品を買うよりもはるかに安い物にしか手を出さない。そういう物は概して人気があるから、入札の数が異常に多いのが悲しいところだ。終了の10分前まで僕しか入札者がいなくて、「このまま300円で終了か?」と思わせておいて、終わってみれば入札24件、金額は2000円を越えているなんてこともある。僕は終了間際に慌てて争うのがもういい加減で嫌になったので、最近はどうしても欲しいものしか入札せず、それに対して支払える限度の金額を最初に入れ、後は自動入札にお任せしてしまうようにしている。結局これが一番合理的。

11月15日(金)

 今週はG-SPOTの収録が休みである。そのため、SO HOT収録の後で中途半端に暇な時間が出来てしまった。NACK5にあまり早く着いてもすることがないし、新大阪駅や東京駅ですることもなさそうなので、ミナミをぶらぶらと散歩したりしてみる。たまに歩くとアメリカ村という一角は本当にやかましくて汚くてかなわないと思った。あんまり歩きすぎても疲れてしまいそうだったので、残りの時間は駅でゼルダの伝説攻略に励んだ。しかしすぐに行き詰まって飽きてしまう。まだまだ先は長いのだった。
 僕にとってテレビゲームをプレイすることは仕事である。考えてみると、自宅でゲームで遊ぶことが仕事であるという職業は非常に限られるのではないかと思う。部屋で黙々とゲームをしている時に子供がやってきて「僕にもやらせて」と言われ、「仕事中だからあっちに行ってなさい」と言ったところで説得力というものがない。一般的に見れば何とも羨ましい仕事なのだろうが、これはこれで辛い面もある。

11月14日(木)

 月曜のゴルフが終わってから、どうも背中の左側が痛む。いわゆる筋肉痛の痛みとは少し違うから、どこか筋でも違えたのだろうか。クラブの振り過ぎが祟った模様。何ごとも限度を考える必要がある。背中は選手生命にかかわるとアヤコさんも言っていたことだし。

11月13日(水)

 毎年11月の恒例行事、デジネバの宴会が催された。3周年記念と忘年会を兼ねている。番組のスタッフ全員が一堂に会する機会はなかなかないから、デジネバの宴会はいつも異常なほどの盛り上がりを見せる。僕は前回同様、上田さんやディレクター陣と非常にアダルトな話題で盛り上がっていた。会話の内容はとうていここに書けるものではないので割愛。
 この店で料理の取り皿として「とんすい」が出てきた。僕が「そのとんすい取ってもらえます?」と誰かに言った時、その相手が「とんすいって何?」と聞いてきたことから、その場でとんすい談義が始まった。僕がここで使った「とんすい」という言葉が何を指すかというと、鍋料理などと食べる際に使う器である。小さな椀状の瀬戸物の器で、縁のところが一部外側に出っ張って平らになっている。そう、絶対に誰もが一度は使ったことのあるあの器。僕が高校時代にアルバイトをしていた居酒屋ではそれを「とんすい」と呼び、以来僕は、知っていて当たり前の、とまでは言わないがまあそこそこ知られた呼び名として「とんすい」という言葉は使っていた。ところがその場にいたデジネバスタッフで、「とんすい」という言葉を知っている人は僕以外に一人しかいないではないか。「そんな言葉絶対にないわー」という集中砲火を浴び、劣勢になってきたので僕は店員の女性を呼んだ。「この器のこと、従業員の方の間で何と呼んでいますか?」「とんすいです」「ありがとうございました。ほらー!とんすいじゃないすかー!」とちょっと逆転。しかしその間に一人のスタッフが携帯の辞書検索で調べたところ、「とんすい」という言葉は広辞苑に載っていないことが判明する。「広辞苑に載っていないということは、日本語として認められていないということだ」という説得力のある論理に僕は結局敗れた。しかし無論、いまだに釈然としてはいないのである。ならばあの器の呼び名は正式には何なのか。そしてとんすいという言葉は一体どこから生まれ、誰が使い、漢字ではどう書くのか。謎は深まる一方だ。

11月12日(火)

 2週間前にROCK KIDS 802でCORE OF SOULの「クジラ」をかけて以来、曲や絵本に関する問い合わせ、そしてリクエストがコンスタントに寄せられるようになった。夏から毎週のようにかけてきた「Flying People」はさすがにもう飽きてきた感もあるので、今日は番組で「クジラ」をまたかけてみた。bbsにまた反応があった。この曲はシングルにしていたら大ヒットしたかもしれないのにと思う今日この頃。「隠れた名曲」にしておくにはあまりにもったいない。
 ご飯を食べたトンカツ屋の裏にあった「ジャパン」という店に初めて入った。「年中安い店」が大好きの僕が、ジャパンに行ったことがないというのは自分でも不思議なくらい。印象としては、和光デンキとコーナンを足して2で割ったような店である。こういう店は確かに楽しい気分になるが、できればもう少し店内を整頓して、商品の埃ぐらいは払っておいて欲しいと思った。

11月11日(月)

 30代突入記念でゴルフを始めて2ヶ月。ついに1ヶ月ぶり2度目のラウンドを迎えた。前回同様の好天で、絶好のゴルフ日和。ゴルフを始めてからの僕は天気に恵まれている。
 僕よりは当然キャリアの長い3人と一緒に回ったのだが、うち若い二人は僕から見ても気の毒なほど調子を崩していて、僕としてはそのぶん気が楽になった。この日は僕も初めてティーショットでドライバーを使ってみた。練習場で打っている時よりもクリーンヒットする確率が高く、あろうことかドラコンまで頂いてしまった。調子はまずまずだったが、終わってみれば前回の127とさほど変わらない122というスコア。バンカーからの脱出で苦労した以外はショットでの派手な失敗はなかった。大問題はパッティングである。あと50cmで入るのに、強く打ちすぎてもっと遠くにボールが転がって行ってしまったりする。パターでかなりスコアを悪くしているのは間違いない。逆に言えば、ショートパットを確実に沈めるようにすれば、あと10ぐらいは縮められる計算である。というわけで次の目標決定。善は急げとばかり、さっそくヤフオクでパット練習機を落札した。

11月10日(日)

 番組後、某レコード会社の女性の結婚披露パーティーに出席した。普段着でこういうパーティーに出ても全く浮くことがないのはこの業界の気楽なところである。新婦は過去に802で働いていたこともある人で、必然的にFM802の関係者、とりわけ若い人が多かったため、僕もあまり気を遣うことなく楽しめるパーティーだった。そしてこの日はくじ運の超悪い僕にしてはめずらしく、ビンゴで大当たり。リーチがかかったのは20番目ぐらいだったけど、ビンゴになったのは何と3人目。選んだ紙袋にはアロマセットが入っていた。せっかくだから僕も癒されてみよう。

11月9日(土)

 2日後に2回目のゴルフを控えているため、今日も練習に余念がない。僕の通っている練習場ではスタンプカードがあって、ハンコが溜まるとくじ引きをさせてくれる。これによってボールのサービスが受けられたりするのだが、この2ヶ月で僕はすでに15個以上のハンコをもらっている。おたふく風邪になっている間のブランクも何のその。夏休みにラジオ体操で頑張った小学生のように、自慢気にいろんな人にこのカードを見せびらかしている。僕ほど熱心に練習場に通う初心者もめずらしいと思うが、しかし情けないほど上達のスピードはのろいのだった。そして加減を考えずにひたすら振り続けるものだから、すっかり身体に異常を来している。筋肉痛は増すばかりだし、今日は何やら背中の筋が痛い。

11月8日(金)

 来月、ABCで「ゼルダの伝説」を紹介する番組に出演することになった。デジネバの特別編みたいな扱いで、サイバーDJが任天堂を訪ねてゲームを徹底的に解剖する内容になるらしい。僕は過去にも書いてきたとおりRPGが苦手なのだが、そんなことを言っていられる状況ではないので、とりあえずゲームボーイ用のソフトとして昨年発売されたものに挑戦している。予想通り難しい。攻略法を事細かに伝授してくれるホームページを参考にしながら頑張っているのだが、一歩進むのに30分ぐらいかかるていたらく。ゴールまで辿り着くのはいつのことになるのか。
 BEAT SHUFFLEでYUKITOくんと2年ぶりに再会した。見た目の印象も少し変わって、大人っぽくなったような気がする。放送中に初めて聞いたBLACK LOVEの楽曲は、予想していたよりもずっとキャッチーで、YUKITOくん本人によるボーカルもしっかりしていた。バンドとしてはまだまだひよっこの状態ではあるが、演奏面が安定して歌に個性が備わってくれば、きっとこのバンドは面白い存在になっていくだろう。やりたいことを見つけた男は、いい目をしている。

11月7日(木)

 エアコンの暖房は空気が乾くし、電気代ばかりかかってちっとも暖かくならない気がするので、新しく遠赤外線のヒーターを購入した。どんなものなのかあまりよく理解しないまま買ったのだが、これが思いのほかスグレモノ。焚き火にあたるように手をかざしてもちっとも暖かくないし、直に触れても火傷すらしないような生暖かい暖房で、「これ、本当に効いてんのか?」と一瞬疑ってしまうのだが、スイッチを入れて10分もすると明らかに部屋の温度が上がっているのに気付くのだ。安全で効率のいい暖房である。

11月6日(水)

 毎週水曜にNHKで放送されている「その時 歴史が動いた」という番組が僕は好きだ。歴史上の劇的な出来事を毎週一つ取り上げて、そこに至るドラマを淡々と語っていく番組である。暗記が苦手な僕は子供の頃、歴史の勉強が大嫌いだった。でももしも授業でこの番組のように歴史を紐解いてくれたなら、どんなに楽しかったことだろうと思う。この日の放送では、豊臣秀吉が、難攻不落の小田原城に籠城する北条氏を降伏に追い込み、事実上の天下統一を果たす日を「その時」として、秀吉の優れた戦略の数々を描いていた。やたらとテンションが高くて、ここぞという時にCMを挟む民放の番組と違い、静かに、しかしドラマチックに進んでいくこのようなドキュメンタリー番組はおもしろい。松平アナウンサーのナレーションは自然と心に迫ってくる。こういう原稿の読み方が、僕も出来るようになりたい。

11月5日(火)

 ROCK KIDS 802の後、先週に続き今日も取材を受けた。今度は大阪市営地下鉄の駅などで無料配布されている「C・work」という冊子のインタビューである。数ヶ月前にヒロさんも取材を受けたようだが、今回なぜ僕にお鉢が回ってきたのかはよくわからない。ライターの女性は、このホームページを見たり僕の番組を聞いたりして、僕に関する予備知識をいろいろと仕入れてインタビューに臨んでくれた。しかしそれでも僕はやっぱり取材を受ける立場が苦手である。調子に乗ると、僕は必要のなさそうなどうでもいいことまでベラベラと喋ってしまう。そしてこの日は写真もずいぶんたくさん撮られた。僕は歯並びが悪いから、カメラの前で笑うのが大嫌い。僕の硬い表情を前にして、カメラマンの人はずいぶんやりにくそうだった。

11月4日(月)

 今日も冷たい北風がピューピュー吹いているが、せっかくの休日を家でだらだらと過ごすのは何だかしゃくに障るので、思い切ってアウトドア。あんまり遠出をするのは面倒だったので、久しぶりに大阪城公園へ行くことにした。大阪城公園といえば思い出すのは、自動車は通らないけど舗装された道路だ。というわけでインラインスケートを引っ張り出していざ出発。
 ずいぶん前に流行りは終わった感のあるインラインスケートだが、場所が場所なだけに今も滑っている人はけっこう多い。中にはホッケーを楽しんでいる若者もいて、それを見ていたら昔の自分たちを思い出した。学生時代、駒沢公園でよく滑った。公園でインラインを履いている中で、インラインホッケー(アイスホッケーに限りなく近い)を楽しむ人は圧倒的に少数だった。でもホッケーは人数がたくさんいないと面白くないから、「一緒にやりません?」てな感じで見ず知らずの人を誘ってみんなでやるのだ。そして日が暮れたらもうホッケーは出来なくなるので、誘い合って一緒にビールを飲んだりする。あれは今思い出してもなかなか爽やかでクールな体験だった。そんな時代を懐かしみつつ、数年ぶりに滑ってみるとこれが悲しいほど下手。そもそも、自分の腕前も自覚せずに、超上級者向けのインラインスケートを買ってしまったことが間違いだった。
 しかしやっぱり休日の公園というのは平和である。世界中で起きている揉めごとや悲劇から隔離された、完全な平和を実感したい時は公園に限る。寒いけど。

11月3日(日)

 デジネバを見たら見事に僕の顎の下が腫れていた。僕が病に倒れる前日の収録であったことを思い出した。あの時点で首の腫れは徐々に引いてきて、もうおたふく風邪は快方に向かっていると信じていた。画面に映っている自分に、「明日大変なことになるから東京に行くのはやめた方がいいよ」と忠告してあげたくなる。
 仕事に復帰してからというもの、人と会う度に「おたふくだったんだって?大丈夫?」と聞かれる。そしてけっこうな確率でその後に、「やつれたね」とか「痩せたね」という言葉がついてくる。体重に変動はないし、自分では顔つきも変わった覚えがないのだが。僕は日増しにげっそりしていくらしい。

11月2日(土)

 先日、「もはや見ざるを得ない」という不純な動機で購入したハリポタのDVDを、今日ようやく見た。印象としては、「ネバーエンディングストーリー」と「グーニーズ」と「インディージョーンズ」が一緒になったような感じ。豪快なほどCGを駆使した映像は見応えがあるが、やっぱりこういうストーリーにはあまり魅力を感じない。そもそもこの手の映画としてはちょっと長すぎやしないか。原作にかなり忠実な映画化と聞くが、その小説がなぜ大人も巻き込んで大ヒットしたのかは今ひとつ理解できない。僕にでも書けるような気がする。

11月1日(金)

 朝から雨が降っている。昼間でもこれだけ肌寒いのだから、明け方の浦和駅は真冬並みの北風が吹き付けるだろうと予測し、かなりの厚着をして出掛けた。家を出る直前に雨が上がり、照りつける日差しを受けて、駅に着く頃には汗びっしょり。ここがサイド6だったら天気の予定表がもらえるのに。
 新大阪の書店で鷺沢萠の新作を買った。僕が初版で本を買うのはこの人の作品ぐらいである。今回の「私の話」はその名の通り、作家としてデビューしてからの自分に起こった出来事を振り返った、限りなくエッセイに近い私小説である。ここ数年、この人の本を読んだ後に考えることはだいたいいつも同じ。在日朝鮮人に対する差別のことだ。
 これは偽善でも建前でもなく、僕には在日の人を「差別する」という感情が全くない。逆に「同情する」という感情もない。「日本に住んでいる、外国籍を持っている人」としか捉えていない。自分の無知を告白するようで恥ずかしいが、僕には在日の人々が差別を受けるに至った背景がよくわからないのだ。そして僕は、それでいいと思っている。開き直っているつもりはない。僕が一生知らなければ、僕の子供達が知ることもないだろう。そうしていつか、差別そのものがなくなるはずだと僕は思う。