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Diary(03.01)

1月31日(金)

 今日はマシンガンズセーターを着てNACK5へ行った。SEX MACHINEGUNSがデビューした年の暮れ、嫁さんが編んでくれたもので、ファーストアルバムのジャケットにも使われたあのマスクの絵が、そのまま編み込まれているセーターだ。最近のファンはあのロゴにあまり馴染みがないのかもしれないが、当時のマシンガーなら一目でそれとわかるトレードマークだったから、マシンガーDJとしてはかなり気に入っていた。イベントなどで着て出たこともあるし、プライベートでもわりとよく着ている。
 今日、NACK5で会ったプロモーター氏は以前SEX MACHINEGUNSにも携わっていた人で、そのセーターを見てずいぶんビックリしていた。「お子さんのぶんもあるそうですね〜」とその人に言われて思い出した。そうそう、息子用に編んだ、同じデザインのミニサイズがあったはず。あれはどこへ行ったのだろう。さっそく家に電話をしてみると、タンスの奥にずっと眠ったままだという。もう子供達にはサイズが合わないから、この先着る機会もないだろう。サイズが合わなくなってしまった子供服は、すべて無用の長物になる。だから捨てるのがもったいないような服は大抵の場合、他人に売ったりあげたりする。しかしこのセーターをSEX MACHINEGUNSのことすら知らない親子にプレゼントするのも気が引けるし、ヤフオクで売ったりしたら僕のIDが人に知られてしまって恥ずかしい。そこで、Roxiteを見ている人にプレゼントすることにした。

1月30日(木)

 今年2回目のゴルフは、FM802のDJ西田新くんやスタッフとのラウンド。昨日に比べれば、太陽が照っていて風が弱いぶん楽ではあるが、やはり屋外でスポーツをするような気候ではない。しかしだからといってあまり厚着をしすぎるとうまくスイングできなくなるので、最低限の装備で臨む。そうすると今度は寒くて身体が固まってしまい、本来のプレイには程遠い内容になってしまう。だから真冬はどんなゴルファーもスコアを落とすそうである。この日の僕のスコアも例外ではなく、先日の4回目ほどではないにしろ、全く納得のいかない結果。しかし僕の場合はスコアを寒さのせいにするのは早いだろう。午後になっても池がすべて凍ったままなのには驚いた。池にボールが落ちることを池ポチャというが、この日はボールが池に飛んでもポチャという音はしないのだった。
 それにしてもゴルフは疲れる。一番疲れるのは行きと帰りの運転だ。

1月29日(水)

 寒い。
 二人の子供が揃って泣きながら幼稚園から帰って来た。泣いている理由を聞いたら「寒いから」だと。つまりそれぐらい寒い。この寒波はおそらく今年の冬のピークだろう。冬はとことん寒く、夏はとことん暑い方が僕は好きだが、あろうことか明日はゴルフの予定が入っている。今日ラウンドした人の証言では、アイアンが凍り、泥落としの水が凍り、雑巾が凍ったそうだ。
 デジネバの収録を終えた後、バロックのライブを初めて見た。想像以上にパワフルで勢いのあるライブをするバンドだ。まだ荒削りなところはあるが、人気が出るのはうなずける。自分が客だったら間違いなく頭を振りまくるだろうという曲がたくさんあったが、ヘドバンや逆ダイといった「古き良き」ビジュアル系のノリはすっかり影を潜めていた。全身汗ビッショリになっている高校生らしき女の子がたくさんいたが、あの子達はちゃんと下着まで着替えを用意しているのだろうか。あの格好で屋外に出るのかと思うと、それだけで身震いがしてしまう。余計なお世話だろうけど。

1月28日(火)

 昨日の深夜、テレビをつけたらたまたまスーパーボウルの放送が始まったところで、結局最後まで見てしまった。アメフトの試合を見たのはずいぶん久しぶりだったが、さすがに最高峰のスーパーボウルともなると興奮する。夜中だというのに「あー!」とか「おー!」とか絶叫してしまった。アメリカのスポーツはいちいち派手なパフォーマンスを見るのが楽しい。
 さて、この日のROCK KIDSはユニバーサルシティウォークにあるHMVからの生中継。USJはこの時期殆どシーズンオフの状態で、シティーウォークも昼間から閑散としていた。しかもこの日は冷たい北風が強く吹いていて、厳しく冷え込んだ。この寒さの中、アイスクリーム屋に客が入っているのを見て、ディレクターは「アホか!」と逆ギレぎみ。その気持ちもわかる。しかしROCK KIDSの今日の番組プレゼントは、アイスクリーム1年分ではなかったか。
 こんな日にこんな場所で公開放送などやって人が集まるだろうかと少々不安もあったが、ゲストであるSOPHIAの人気は寒さも吹き飛ばす勢いだった。放送が始まる頃には店内が大入り満員の状態。現在ドラマに執筆に大忙しの松岡くんは、SOPHIAとしての活動にも常に前向きであることをファンにアピールした。いつも適度に冗談を織り交ぜながら、真摯な姿勢でインタビューに応えてくれる彼は、本当に性格の優しい魅力的な紳士である。仕事が楽しくてしょうがないが、早くSOPHIAとしても活動したいという、意欲に満ちあふれたいい眼をしていた。
 そして今日は深夜に、先日収録されたよみうりテレビの番組が放送された。僕がストーンズフリークとして熱く語ったというあの番組である。サングラスをかけない自分がテレビに映るのはあまりない機会なので、一応ちゃんとチェックしておこうと拝見。自分の醜さを知ってまた落ち込み、髪も服も何だか乱れているのが気になって仕方ない。もう少しでいいから男前に生まれたかったものだ。

1月27日(月)

 年末にやり損ねた大掃除。しばらく溜め込んでいた不要CDも一気に処分した。今のマンションに引っ越して来た時から、何とかしなければと思っていたサンプル盤入りの段ボールが4箱、ベランダに3年間放置されたままだった。雨風にさらされてすでに悲惨な姿に変貌しているそれらも、すべて葬ってやることができた。この作業を一人でしようとすれば本当に途方もない時間がかかりそうだったので、講師をしている学校の生徒達に手伝ってもらった。若い者は実によく働いてくれる。
 こうやってサンプルCDを返却したり捨てたりするとき、胸がチクリと痛むのはいつも同じだ。音楽を作ったアーティストの情熱を足蹴にしているような気分になる。しかしすべてのCDをずっと保管しておくことは不可能だ。仮に保管しておいてもおそらく聞く機会はもうないだろう。どうせならこれを聞きたいと思う人の手に渡したいとも思うが、それはアーティストに対してもっと失礼な行為になる。サンプルとはそういう運命を辿るものなのだ。
 とにかく、やっとのことで部屋の中が歩きやすくなった。近いうちに本棚やクローゼットも整理しよう。

1月26日(日)

 僕が物をよくなくすということは過去にも幾度となく日記に書いてきた。大きな鞄や上着を平然と忘れるような僕だから、文房具にいたっては殆ど使い捨てコンタクトぐらいの寿命しか持たない。大切にしていないわけではないつもりだが、もう少し愛着というものを抱けば、長持ちするのかもしれない。そう思って、数年前からは文房具に少しこだわりを持つようになった。気に入った商品を見つけたら、それと同じメーカーで統一し、それを使い続ける。僕が選んだメーカーは、PILOTである。他と比べてどこが好きなのかと聞かれると応えに窮するが、とにかくこれが一番しっくりきたからだ。
 僕が一番よく使う文具はシャーペン。僕は筆圧が非常に弱く、芯はいつも2Bを使っているくらいだ。そんな僕にとってボールペンで物を書くのは少々苦痛を伴う。番組中は急いでサラっと走り書きが出来るペンが望ましいので、そういう時はやはり鉛筆なのだ。社会に出てから仕事でシャーペンを使う人って意外に稀だということを最近になって知ったが、僕はインクで書く必要のないものはすべてシャーペンで書いている。
 ちなみに僕のシャーペン好きは子供の頃からで、中学時代は「シャーペン直し職人」として名を馳せた。芯が詰まったりバネが曲がったりして故障したシャーペンを、修繕するのが得意だったのだ。クラス中から「直してくれー」という依頼があった。かわいい子から頼まれた時は張り切ったものさ。ていうか単なる便利屋じゃんそれ。
 こんなどうでもいいことをなぜダラダラ書いているかというと、今日、新しいシャーペンを2本購入したから。頑張って一年は使い続けるぞ。

1月25日(土)

 今日は知り合いの紹介で某保険会社のセールスマンが家に来た。何時間もかけて、保険に関するありとあらゆることを細かく説明してくれた。詳しく聞いてみると生命保険というのは非常に奥が深く、一筋縄にはいかないシステムだ。自分がいかに将来の展望をいい加減に考えていたか、その無計画さを知って恥ずかしくなり、そして少し恐ろしくもなった。
 一部上場企業が社員を何万人もリストラしたり、倒産したりする時代だ。どんな仕事をしていても10年20年先の具体的な計画は立てにくいだろう。いつか人は死ぬし、死ななければ働けない年齢になる。その時のことを憂慮してばかりいるような生き方は好きではないが、所帯を持った以上は責任というものがあるのも事実だ。それにしても人生はお金がかかる。

1月24日(金)

 Zy.の連載の締め切りが昨日であったことを、新幹線に乗ってから思い出した。2週間ほど前に「次の締め切りは23日でお願いします」というメールをもらっていたのだ。「まだ2週間もあるのか。なら当分は書かなくても大丈夫そうだな」と安心しているうちに忘れてしまったらしい。早く書かなくてはと焦ったところでパソコンは手元にない。とりあえず書く内容だけしっかり頭の中で構成しておいて、明日帰宅したらすぐに書き始めることにし、手帳にメモしていった。書きたいときに書く道具がないというのは案外はがゆいものだと思った。

1月23日(木)

 朝から冷たい雨が降っている。東京では雪だろうか。
 こまめに練習している甲斐あって、最近ようやくゴルフが少し上達してきた気がする。ドライバーにボールがちゃんと当たる確率がだいぶ上がってきた。しかしゴルフのスコアを左右するのは結局グリーン周りの寄せのテクニックで、そういうのはやはりコースに出ないと上達しない。一緒に回る相手さえいれば毎週でも行きたい勢いなのだが、僕は基本的に平日しか休めないので、友達と回ろうと思ったらいちいち有給を取ってもらわないといけない。同じ友人にそれを何度も頼むのは気が引ける。そういう理由で僕はこれまでのところ、普通のゴルフ好きと比べるとラウンドしている回数が極端に少ない。僕と同じように孤独な平日ゴルファーはきっと少なくないはずだと考え、大きなゴルフサークルに入ってみることにした。見たところ年齢も僕とそれほど変わらない人が多いようだが、どうやら物凄く上手い人ばかりのようである。

1月22日(水)

 飲みに行った流れで、30を過ぎた男ばかり4人でカラオケボックスに行った。音楽業界の人間はカラオケ嫌いが多いので、こういう機会は非常に稀である。最近、番組でよくかけているような曲をみんなでリクエストしていくのだが、みんな自分で選曲しているくせに歌を正確に把握していない。逆に大抵の曲は完璧に覚えている自分に驚いた。ブースの中で歌っていると自然とこうなるのだろうか。そんなわけで、人の選んだ歌でも、ちょっと教えてあげようなんて思って大声で一緒に歌うものだから、たかが1時間のカラオケで咽喉は悲鳴を上げる寸前の危険な状態になった。
 言っておくが僕の「TORIIIIICO!」はもう完璧である。

1月21日(火)

 番組後、厚生年金会館へSEX MACHINEGUNSのライブを見に行った。今回は3階席が殆ど埋まっていなかったらしい。関西だけでも細かく回っているツアーで厚年2DAYSはさすがに打ちすぎか。大阪初日のこの日は序盤からメンバーが本調子ではなかったようで、最後までしっくり来ないライブになってしまったらしい。アンコールの声もメンバーが納得できるものではなかったとのことで、少し中途半端な、後味の悪い終わり方になってしまった。大阪のライブでこういうことが起こるのはちょっとめずらしい。
 ワンマンライブを久しぶりに見て、「ヘドバンが減ったなぁ」とつくづく感じた。完璧に振り付けを覚えているようなコアファンの割合が徐々に減少している。初めての人でも気後れしにくくなってきているとも、振り付けなど覚えなくても楽しめる客が増えているともいえるわけで、つまりこれはバンドにとってはむしろいい傾向ととるべきなのである。CDがどれくらい売れているのか誰も知らないし、みんなが知っているヒット曲がたくさんあるわけでもないが、殆ど常にツアーを敢行していて、それなりの動員を長年キープしている。そういうバンドのことをライブバンドと呼ぶ。一度はお茶の間のご機嫌取りに走ったこのバンドも、いよいよその仲間入りを果たそうとしている。

1月20日(月)

 「納税証明書」なるものが必要になって、税務署まで行って来た。東淀川税務署は名前こそ東とついているが建っている場所は淀川区で案外遠い。やっとの思いで狭い駐車場に車を止め、申請しようとしたら「印鑑はお持ちですか?」と聞かれた。印鑑ぐらいは必要になるとわかっていたはずなのに、バッグの中にそんなものは入っていないのだった。近所に文房具店はないかと尋ねたところ、署員のおじさんはわざわざ地図を持ち出して詳しく教えてくれた。役人は意外と親切な人が多い。
 ところで2002年度の確定申告書類は近日中に送られてくるらしい。去年の領収書は結局机の上に山積みになっているままだ。また憂鬱な季節が近づいている。

1月19日(日)

 テレビで映画「リプリー」を見た。テレビを見ていて、主人公の嘘がバレて追いつめられるような場面になると、僕はその気まずさに耐えきれずチャンネルを変えてしまう癖がある。しかしこの映画ときたら序盤から最後まで全部がそんな場面の繰り返しだった。チャンネルを変えたい衝動に何度も駆られたわけだが、これに耐えないと内容がわからなくなると思い、頑張って最後まで見続けた。殺人を犯した青年が、一度ついた嘘を貫くために罪を兼ねていくという展開。いくら何でもその嘘はバレるでしょうというツッコミを入れずにはいられないような、ありえないシチュエーションの連発で、見終わった後の一言は、「こんなの実際にやったら一日で捕まるっつうの」。映画としてはちょっとハラハラして楽しめたけど、終わり方があまりに中途半端で納得がいかなかった。
 一方、年明けからスタートしたドラマは殆どチェックしていないが、何となく録画した「グッドラック」とやらを見てみた。飛行機のパイロットや客室乗務員の活躍を描くドラマのようだ。キムタクがこうした業界モノのドラマに出るのはめずらしい。彼は役柄がいつも似ているから、こういうタイプのドラマの方が僕としては楽しみである。第1回を見た限りでは、「ホテル」のようなありがちな一話完結シリーズではなく、いろんな要素を適度に散りばめていて、脚本もなかなかよくできている。このドラマは来週も見るだろう。最近はテレビドラマというものに対する興味が以前より減退している。設定やストーリーの現実味があまりに乏しいことや、役者の演技が素人すぎて悲しくなってしまうこと、スマップを見飽きてしまったことなど、理由はいろいろと考えられるが、それもすべて僕自身の年齢の問題なのかもしれない。

1月16日(木)

 初めて読売テレビで仕事をした。1/28の深夜に放送される「スポットライト」という番組でストーンズの特集をするらしく、そこにコメンテーターのような立場で登場するゲストが僕である。802の推薦を得て抜擢されたことになるのだが、正直なところ、僕はテレビで熱っぽく語るほどストーンズに詳しいわけではない。DJとして最低限の知識と愛情があるという程度のものである。いざ出演者やスタッフと挨拶をしてみると、司会の人やスタッフの人達の方が僕よりずっと詳しそうだった。なぜわざわざ802のDJを招く必要があったのか多少疑問に感じつつ、何とか収録は無事終了。番組を通して僕がどこまでストーンズのファンに見えるかについては、正直自信を持てない。それにしてもゲストという立場は何て楽チンなんだろう。カメラ目線を意識しなくていいし、カンペも見なくていいし、沈黙があっても慌てて埋める必要がない。サングラスはかけなかった。

1月15日(水)

 もう2ヶ月近くも放ったらかしだった髪をようやく切りに行った。少しだけ色を明るくした今回のヘアスタイル、自分ではなかなか気に入っている。問題は明日の朝、自分で同じようにセットできるかである。
 ところで今日、講師をしている学校の生徒から聞いた話によると、お笑い芸人の「ますだおかだ」(敬称略)が、テレビに出演した際にDJ浅井博章のモノマネをネタとして披露したそうな。わかる人にしかわからないちょっとした小ネタのつもりだったのだろうが、僕からすればこれはかなり光栄な話である。M1でグランプリを獲ったような人気の芸人さんに、ネタにしてもらえたことは、しばらく自慢になりそう。どんなネタだったのか、非常に気になる。もう二度とやらないのだろうけど。

1月14日(火)

 ROCK KIDSの6時台はCHEMISTRYの二人を迎えてのスペシャル。彼等にインタビューをするのは初めてだったが、二人とも礼儀正しい好青年という印象だった。あまりメディアに出て喋るのは得意ではないと聞いていたが、デビューして2年でだいぶ慣れてきたようである。僕は彼等のきれいな歌声のファンだし、好きな曲も多いのだが、インタビュアーとしての仕事は我ながらお粗末だった。いろんな意味で悔やまれる。曲が流れている間も二人といろんな話をしたが、堂珍くんが尾崎豊のファンだと言っていた話が印象に残っている。僕のようにリアルタイムで聞いてきたのではなく、彼の場合は尾崎が亡くなった後に興味を持ったそうで、だから彼にとっては初期のアルバムも後期のアルバムも同じように思い入れがあるという。昔から、カラオケに行けば尾崎の曲を歌っていたそうだ。二人のルーツは必ずしもR&Bにあるわけではなく、日本のポップスも普通に聞いてきた連中なのである。R&Bをベースにしながら、どこか日本的な空気の漂うCHEMISTRYの楽曲には、そうした二人のバックグラウンドも微妙に影響を与えているのかもしれない。
 番組後、大阪城ホールへMisiaのライブを見に行った。長く続いたアリーナツアーのファイナルとなる追加公演。小さな身体のMisiaの存在感が最大限に引き出せるように配慮された、非常に凝ったステージセットだった。MCで喋ればごく普通の女の子に戻る彼女が、ひとたび歌い始めると信じられないようなオーラを発するのは、彼女のライブを見た人なら誰でも知っていることだろう。ダンサーや途中でスクラッチを披露するDJのレベルも極めて高く、ショウとしても立派に洗練されていた。ちなみにこの日、Misiaは久保田利伸の「Indigo Waltz」をカバーして聞かせた。このカバーはもうじき発売されるコンピレーションに収録されるらしい。ブラックミュージックに日本の歌謡曲の要素を適度にブレンドした久保田の名曲を、日本のR&B界No.1の歌姫が歌うとはなかなか感慨深い。CHEMISTRYも久保田利伸を聞いて育ったと言っていた。いつかMisiaやCHEMISTRYの曲を、リスペクトを込めてこんな巨大なステージで歌うアーティストが現れるだろう。日本のポップスはこうやって進化していく。

1月13日(月)

 今日は車で神戸に出て、南京町で食事をした。中華街に行くと似たような飲食店がずらりと並んでいるわけだが、どこで食べても似たようなもんだろうと適当に選んだ店に入ると痛い目を見ることがある。僕がおすすめしたいのは、メインの通りからは2本ほど駅寄りの細い道にある「神戸元町別館牡丹園」というお店。ここはどのメニューを頼んでも絶品の料理が出てくる。中華料理にしては非常に品のいい味なのだ。ただ、さすがに値段が高いので、ここでたらふく食べようとは思わない方がいい。とりあえず腹7分目ぐらいまで食べておいて、あとは路上で売っている飲茶みたいなのを買い食いするのが一番楽しい。肉まんやら中華バーガーやらごま団子やら、ずいぶんいろいろ食べた。本当に食欲旺盛な今日この頃。

1月12日(日)

 番組後、大阪ドームへBON JOVIのライブを見に行った。今回ものっけからヒット曲のオンパレードだったが、僕が一番思い入れのあるアルバム「KEEP THE FAITH」からのヒット曲がなぜか聞けなかったのは残念なところだ。それにしても、彼等も何だかんだでデビューしてすでに20年になるわけだが、デビュー曲でも最新シングルでも、同じように盛り上がるところはけっこう凄いと思った。BON JOVIの場合、観客の男女比がほぼ50:50であることが大きな特徴ではないだろうか。男性のハードロックファンが必ずチェックするバンドで、女性からのアイドル的な人気も衰える気配がない。
 いつもBON JOVIのライブを見た後は何らかのツアーグッズを購入してしまう。今回はキャップを買ってみたが、かぶってみたら僕の頭には小さかった・・・。
 帰宅後にTVで「U571」という映画を見ていたら、脇役でジョンが出ていてなかなか笑えた。DVDで見たときはジョンが出ていることに気付きもしなかった。それにしても、この映画は何度見ても面白い。

1月11日(土)

 BEAT SHUFFLEの後、ホテルで2時間ほどの睡眠を取って、千葉で今年初のラウンド。一緒に回ったのはNACK5のスタッフやDJの人達だった。両側がOBゾーンに挟まれたホールが多く、今まで行った中では最も難しいコース。予想通り序盤からOBの連発で、結果的にワーストスコアを更新してしまった。4回目にして初の大崩れである。これが試練というものか。しかし自分のどこが力不足なのかは非常によくわかった。次はROCK KIDSチームと決戦だ。

1月10日(金)

 生きていくことはなんて絶望的なんだろう。というようなことを最初に思ったのは15歳の時だった。毎日のように塾に通って、何の役に立つのかわからない勉強ばかりしていた頃だ。人並みに友達はいたし恋もしていたはずだけど、いつも何かを「あきらめて」いる自分を意識して暗くなっていた。それなりに恵まれた環境で育っているくせに、自分ばかりが不幸に思えてしまう。それは思春期に誰もが抱く感情なのかもしれない。今思い返してみると、そんな当時の僕が、音楽から受けた影響は、今では考えられないほどに大きかった。大好きなアルバムを、お金がないからテープにダビングして、ウォークマンで聞きながら塾に行った。家にいても外にいても、勉強している以外の時間は殆どそれを聞いていた。本当にテープが伸びてしまいそうなくらい、何度も何度も。歌詞に出てくる言葉を全部自分に当てはめて、このどうしようもない絶望を意識しているのは自分だけじゃない、自分は間違っていないと確かめることができた。当時の僕が、音楽に支えられていたという表現はあながち大げさでもない。冷たい風の吹く夜の駅で電車を待つ少年は、そのテープがなければもっと簡単に、何もかもを投げ出してしまっただろう。要するに僕はそれだけ音楽が好きだった。今、僕の番組を聞いてくれている人達の中にも、あの頃の僕と同じように、音楽に寄り掛かって生きている若者がたくさんいるのだろうと思う。どんなアーティストの、どんな歌詞から、どんなことを学んでいるのか、じっくり話を聞いてみたいものだ。音楽の本当のすばらしさを一番よく知っているのは、思春期の世代に違いない。
 エピックの25周年を記念して発売された、渡辺美里のベストアルバムを聴きながら、そんなことを考えた。

1月9日(木)

 年始恒例のえべっさん。今年は10日も11日も大阪にいられないので、宵戎にお参りである。例年通りFM802からほど近い堀川戎神社へ行ったのだが、まだ初日ということもあってさほど混雑することもなかった。お参りはこの程度の混み具合がベストだ。明治神宮の初詣なんて、並んでいるうちにその目的が何だったのか忘れてしまいそうだもの。
 宗教や占いを一切信じない僕が、えべっさんだけ毎年欠かさずに行くのは、このイベントが好きだからである。祈願する内容が「商売繁盛」、つまり「要するに稼ぎたい」と明確なのも何だか気味がいいし、お参りする人も笹を売ってる人もみんな妙に愛想がよくて楽しそう。大阪という土地ならではのそういう賑やかさを感じられるのがいいのだ。
 福笹を購入している時、横からテレビカメラが見ていた。「えべっさんを楽しむ平均的な家族連れ」という素材としてちょうどよかったのかもしれない。恥ずかしかった。

1月8日(水)

 CORE OF SOULの新作「'Over the Time' TIME IS OVER」を聞いた。前作は8曲入りで、フルアルバムと呼ぶには物足りなさを感じたが、今作は13曲入っている。もちろんすべてがボーカルトラック。待ち望んだ僕のようなファンからすれば、100%の満足が得られる内容といえる。まだじっくりと聞き込んだわけではないが、どの曲も期待通りの素晴らしい出来だと思った。ソン・ルイのギタリストとしての成長ぶりには驚かされる。彼が一人で作詞も作曲も手がけた楽曲が2曲あるのも見逃せない。
 彼等の最大の魅力がどこにあるかと聞かれたら、僕は歌詞だと答えるかもしれない。青春という時代をとうに過ぎて、人間の汚い部分を見てももはや平然としていられる僕のような大人が、失ってしまった初々しさと瑞々しさ。けれど決して未熟な日本語でも英語でもなく、非常に奥深くセンスのいい言葉を選んでいる点が素晴らしい。この若さでなければ書けないような内容を、普通この若さでは書けないような言葉にまとめている。僕が中学や高校の頃に彼等の音楽と出会っていたら、僕の人生は違うものになっていただろう。
 というわけで今年のベストアルバムはこれに決まった。「花環」の着メロはすでに作った。

1月7日(火)

 新年最初のROCK KIDSだったので、bbsのテーマは「あなたの年越しはいつ、どこで、誰と?」というもの。僕が東風荘で迎えた虚しい年越しはこういう時にネタとして生きてくるわけだが、いざリスナーから募ってみると僕よりも悲惨な状況で新年を迎えた人は意外に多いと知った。全体的に多かったのが、たくさんの人が集まるところでカウントダウンイベントに参加しようとしたが、渋滞に巻き込まれたため車の中や道の途中で新年を迎えてしまったという人。やっぱり年越しは自宅でのんびり、これが一番ということだ。 バイト中だった人。トイレの中にいた人。家族がみんな寝てしまって一人ぼっちだった人。卓球に夢中になっていて気付いたら年が明けていた人。彼氏が内緒で作ってくれたかまくらの中で二人で新年を迎えた人。2年連続でカウントダウンダイブをしたスキューバ好きの人。1年で一番特別な瞬間だから、みんなそれぞれにネタがあってもおもしろい。来年はどんなふうに迎えようかな。

1月6日(月)

 実はまだ2003年の手帳がない。使い切りタイプの手帳なんて、年末年始になるとカレンダーとセットでいろんな会社から配られるのが普通だから、そういうのを使えばいいやぐらいに思っていたのだが、今年は誰からも手帳をもらえていない。これも不景気の煽りというやつだろう。今使っているHAPPY FUN RADIOの手帳は1月いっぱいしか予定を書き込めない。だから今僕は、2月以降のスケジュールを自分で全く把握できていない。手帳ぐらい買えよと自分でも思うが、そういうものを売っているお店に行く機会がなかなかない。ヤフオクで探すとするか。

1月5日(日)

 今年の大阪での初仕事はOSAKAN HOT 100。今日から2年目に突入という大事な日だったが、正月休みの疲れを引きずったせいか、番組中にいまひとつ集中できず、失敗が多かった。しかし食欲だけは今日も旺盛で、普段なら番組中に物を食べない僕が、曲が流れている間に3つのおにぎりを口に放り込んでいた。食べ物がおいしいと感じる。これは喜ぶべきことなのか。
 テレビをつけたらちょうど「武蔵」の第1回が始まったところで、結局最後まで見た。大河ドラマを見たのは多分15年ぶりぐらいだ。しかしこれを1年間見続ける自信は、すでにない。

1月4日(土)

 ここ数日、自分の食欲に驚かされる。普段ならどんなに腹が減っていても、おにぎりなんて2個も食べれば「もういいや」と言い出す僕が、新幹線の中で6つのおにぎりを平然と平らげ、「何か足りない」とお菓子までボリボリ食べ出す始末。昨日も一昨日その前の日も、殆どノンストップでおせち料理や餅を食べ続けていた。いつも履いているジーンズではお腹が苦しいと感じるのも道理である。僕は痩せすぎで貧弱な身体をしているけれど、お腹が出るのは困る。そろそろ自制しないといけない。
 ようやく大阪に戻り、届いた年賀状を拝見。自分が出すのは面倒なくせに、人から届いた年賀状を見るのはやはり嬉しいものだ。滅多に連絡を取り合わない疎遠な人こそ送ることに意味がある。手紙という手段そのものが消えかけている昨今、メールで年始の挨拶を済ませる人も多いが、年賀状だけは大切にするべき習慣だと僕は思う。

1月3日(金)

 大磯の親戚の家に遊びに行った。僕の父は6人兄弟で、僕は父方の従兄弟だけで16人いる。そのうち14人がすでに結婚していて、それぞれの家庭に子供もいたりするから、その親族のうちの半分も集まったらもう大変な人数である。ビンゴやらゲームやら、正月に親戚が集まっているだけなのに、ずいぶん盛りだくさんのイベントだった。僕はこの浅井家の新年会には数年ぶりに出席したのだが、子供の頃によく一緒に遊んだ従兄弟の一人と久しぶりに再会した。彼はこの日記をたびたび読んでくれているそうで、笑いながら「あれを読んでると、ひろくんの考え方は全然変わってないよね」と言った。いわく、少しひねくれていて、偉そうなところ。僕は幼い時分からそういう人間だったという貴重な証言である。
 その集まりを一人で先に退席し、僕は電車で浦和に向かった。この日の東京は信じられないほどに寒くて、雪より冷たい雨が強く降る夜だった。昼間から酒を飲んで楽しく過ごした後、そういう寒さの中を一人きりで、電車に乗って仕事に向かうのは、涙が出そうなほど切なかった。

1月2日(木)

 実家に帰省したはいいが、兄弟達は各々で友人と遊んで行ってしまい、暇を持て余した一家で初詣に出かけることにした。近所の小さな神社に行ったら、まだ2日というのに参拝客が誰もいない。のんびりお参りをしているうちに僕らの後ろからおばさんの二人連れがやってきたが、どうやらこの2組きりである。おみくじも破魔矢も売ってない。これでは何というか初詣をしたという実感に浸ることさえできないので、それから電車に乗って明治神宮まで行ってみることにした。原宿で降りた頃にはもう夕刻だったから、それほどの混雑はしないだろうと思っていた僕が甘かったようだ。途中から信じられないような数の人間の大渋滞で、しかも列がまるで進まない。最初の30分で50mも進んでいなかったと思う。結局、賽銭を投げてお参りをするまでの間、僕らは実に1時間半も冷たい北風の中に立ち続けていた。あるかどうかわからないご利益のために、こんな思いをしてまで並ぶ人が大勢いるんだと知って驚いた。僕は二度と嫌だ。

1月1日(水)

 昨夜は結局、番組で宣言した通りに孤独な年越しとなった。家でFM802を聞きながらネットで麻雀などしているうちに迎えた2003年。そういえば一昨日、ROCK KIDSのDJ陣から一つ面白い提案をされたのにそれをすっかり忘れていた。「NTTの117の時報は、年が明ける瞬間に『2003年1月1日、ちょうどをお知らせします』とか、『あけましておめでとうございます』とか、そういうスペシャルな一言を言ってくれるのか」という問題。んなアホなと思う人が僕を含めて圧倒的多数だとは思うが、これを実際に聞いたことがある人はまずいないだろう。テレビでもラジオでも、どこでもカウントダウンをしている時にわざわざ電話で時間を確かめるバカはいない。だったらそれを僕が確かめてみるのも面白いと思ったのだ。しかしそんな話をしたことすら覚えていなかった。次のチャンスは1年後まで待たなければならない。
 この日はわりと早い時間に起きて、朝食代わりに昨日802でもらってきた年越しそばを今さら一人でずるずると食べた。そしてそのまま新幹線で帰省。そんな元旦だった。ちなみに元旦という言葉は1月1日の朝を指す。1日でも午後から夜にかけては元旦という言葉は使わない。間違った使い方をしている番組や文章が、非常に多いと思った。