
10月31日(金)
先週のゲスト、犬神サーカス団の情次二号氏が紹介していたキネシオテープを、さっそく購入して使用している。長時間座ったままでいると腰が痛くなってくることは、以前からこの日記でもよく書いている。キネシオテープを貼るようになってから、その痛みを殆ど感じなくなったのは事実である。逆に腰が痛いと感じるのは大抵、風呂上がりなどでテープを貼っていない時だ。肌にこれを貼ることによって皮膚の表面がわずかに浮き、そのぶん血の巡りがよくなる、というようなことらしいが、このテープの効果と仕組みはいまいち把握できない。だから本当に効いているのかどうかは僕にもはっきりとはわからないが、少なくとも買って損をしたと思うようなものではない。というよりしばらくは手放せなくなりそうだ。この画期的な発明が現時点で著名なヒット商品になり得ていないその理由も気になる。
10月30日(木)
今回のクールはわりと多くのドラマを見ている。中でも楽しみにしているのは「ライオン先生」と「白い巨塔」の二つ。学校と病院、どちらもありがちな設定ではあるがなかなかおもしろい。リアルさを求めて、退廃した裏側を赤裸々に描くのはいいけど、学校も病院もそこまで腐っちゃいないだろうと思わずにはいられない。高校生や医者が気の毒になってくる。
「白い巨塔」のキャストは信じられないほど豪華だ。日本を代表する名優が脇役で登場する。しかもその名優達がことごとく憎まれ役を演じており、西田敏行、石坂浩二、伊武雅刀、みんなドラマの中では最悪な存在。僕の大好きな若村麻由美も悲しくなるほど嫌な(しかもどうでもいい)役。大半の登場人物が金と名誉を求める欲望の猛者だが、その中にあって江口洋介と水野真紀の夫婦、そして矢田亜希子だけが突出してまともな人間である。このドラマの中で当たり前の正義感を抱く人物はかえって奇異にさえ映るが、見ている人間の抱く印象はやっぱりこっちに対しての方がいい。矢田ちゃんは日本で一番役に恵まれている女優だと思う。10月29日(水)
まだまだ先と思っていた爆寸が、気がつけば1週間後に迫っている。もうのんびりはしていられない。すでに届いているリクエストのメールを参考に、選曲作業に取りかかった。今回はCYBERの2日後にBRAND NEWがある。両方に来てくれる人も多いようなので、大半は違う曲をかけるつもりだ。爆寸は、CDを見ながら選曲すると、迷ってしまって収拾がつかなくなるので、いつも真っ先に頭に浮かんだ曲をかけるようにしている。一通り曲のリストアップが完了して、いざCDを出そうと思ったら、ない…ということが非常に多い。僕はかつて爆寸だけのためにキープしていたCDが大量にあり、専用の棚まであったのだが、1年前に爆寸を封印した際、もう必要ないと思われるCDは処分した。カップリング1曲のためにすべてのシングルを保管したりしているときりがないからだ。とはいえ殆どのCDは今もちゃんと爆寸棚に並んでいるはずなのだが、半年前に引っ越したことも影響して、とにかく棚の中の順番がぐちゃぐちゃ。1曲を見つけるのに5分も10分もかかることがある。やっと見つけたと思っても、ケースを開けてみたらディスクが入っていなかったり。先が思いやられる…。
10月28日(火)
番組の後、厚生年金会館に倉木麻衣のライブを見に行った。先週の布袋さんに引き続き、こちらも男女比で男が勝っている客層だが、ライブの雰囲気はずいぶん違う。ただ、彼女のライブは一般に言われるほどアイドルっぽいノリではないと僕は思う。バックバンドによる演奏や演出は本格的なR&Bを意識している。ここ2年ほど、さまざまなライブを経験しているだけあって、麻衣嬢のパフォーマンスにも独特のオーラが出てきたと思う。ところで、ツアー最終日の今日は彼女の誕生日だった。ライブ後に花束がプレゼントされ、麻衣嬢が涙する場面も。今日のROCK KIDSで曲をかけたのに、僕としたことが誕生日については触れなかった。
来週からオンエアが解禁になる、おもしろい曲を聞かせてもらった。TAK MATSUMOTOのソロアルバムに収録されるカバー曲。すでにシングルとしてリリースされているZARDの「異邦人」や倉木麻衣の「イミテーション・ゴールド」もインパクトは充分にあったが、今度発売されるアルバムでは何と稲葉浩志が沢田研二の「勝手にしやがれ」を歌っているのだ。イントロのインパクト、ジュリーのパフォーマンス、どれをとっても70年代の歌謡曲では屈指の名曲。あれを実質B'zがカバーするというのだからこれはセンセーショナルな話だろう。殆ど反則技。すでにドラマで使われているので聞いたファンは多いようだが、かっこよくないはずがない。ラジオでかけた時の反応が楽しみだ。10月27日(月)
ついに日本シリーズが終わった。甲子園での死闘と比べると、福岡ドームに戻ってからの第6戦と第7戦はあっけなかった。阪神の投手陣がダイエー打線に打ち崩され、阪神の怒濤の連打は最後まで影を潜めた。特にこの日の最終戦は、圧倒的な力の差を見せつけられたような気にもなり、何だか無性に悔しかった。試合が終わった瞬間、胴上げも見ずにテレビを切った。
今年の活躍で、阪神の各選手の年俸が一気に上がることは間違いない。「阪神のスタメン9人分と清原一人の年俸が同じくらいだ」などと言われることはもうなくなるだろう。高騰する年俸に球団が対応しきれず、主力選手を放出するのを危惧する声も聞く。今年あれだけの観客を甲子園に動員し、関連グッズで途轍もないボロ儲けをした阪神でさえこれだ。戦力の入れ替えはプロスポーツチームに欠かせない要素だが、今の阪神ナインが見られなくなるのはやはり寂しいものがある。10月26日(日)
TU-KAのOSAKAN HOT 100ページで、僕の声による着信ボイスの無料ダウンロードサービスが開始された。最近はウケ狙いの着信音を使う人が多い。僕もシャアとかセイラの声やザクの歩行音など、ガンダムネタをいろいろとダウンロードして楽しんだ。ラジオのDJが受信を知らせるのもなかなか笑えるのではないかと思い、僕から提案したのが今回のダウンロードサービスだ。どうせ僕の声を使うなら、思い切りDJっぽく、ベタにかっこつけるくらいがいい。そうして録音した数パターンのうち、メール、通話、目覚まし、それぞれ1パターンずつが現在公開されている。今後定期的にパターンが変わっていくが、今現在ダウンロード出来るメール着信ボイスは、「このメールが今週のNo.1!」という全く意味不明な雄叫びだ。おもしろいけど、人前で鳴ったらと思うと恥ずかしくて使えない、という意見もちらほら。
10月25日(土)
最近妙に忙しいのは自治会のせいだ。半年近く前、今の家に引っ越した時に、僕が「自治会長」のくじを引いてしまったことは、この日記に書いたし番組でも喋った。その後特に何も報告していないが、僕は本当に会長をやっている。我ながら、齢31にして立派にその責務を果たしていると思う。住人の多くは、若くして大役を担ってしまった僕になかば同情的で、それなりに僕の努力も労ってくれる。はっきり言って気苦労は多いし、「なんで俺が…」というやりきれない思いは今もって拭えないが、ことさらに扱いにくい住人がいるとか、大きなトラブルに見舞われるようなことは今のところまだない。
僕が自治会長になってしまったという話をしたら、「会長なんて、他の人に指示を出していればいいんでしょ?楽な方だよ」と言ってくれる人が多かった。しかし考えてみてほしい。知り合ったばかりの、自分よりはるかに年配の人に、「じゃあ○○さんはこれ、やっといてください。××さんはこっちをよろしく」だなんて偉そうに命令できるものか。結局全部自分で背負い込んで、回覧板はコーナンで買って来たし、そこに入れる書類も全部僕が打っている。爆寸並みのワンマン自治会である。僕が眠い目をこすりながら考えた班分けとか、僕が作った自治会規約が、きっとこの先何十年も受け継がれていくのだろう。
ちなみにここの住人達は、自治会長がFM局のDJであることを、誰も知らないらしい。10月24日(金)
今夜のBEAT SHUFFLEは、来週ついにメジャーデビューを果たす犬神サーカス団をゲストに迎えた。自らのメジャーデビューについて、「私達がメジャーデビューすることになったら、世も末だと思っていた。つまり今の世は末ですね」と語った明氏だが、僕はレコード会社が彼らを放置するはずがないとずっと思っていたのだ。アルバム「地獄の子守唄」からの「あんたは豚だ」をROCK VISION 802でオンエアしたのは今から4年ぐらい前だろうか。これほどまでに怖くて、おもしろくて、かっこいいバンドを僕は他に知らなかった。人が目を背けたがるタブーに、あえて切り込む過激で残酷な歌詞。欧米文化を徹底して排するビジュアル戦略。昨今のビジュアル系インディーズにおいては、カタカナ、昭和歌謡、和服、といったキーワードが流行しているが、そういった若手バンドが出てくるずっと前から、犬神サーカス団は他の追随を許さない本物路線をひた走ってきたのである。興行(ライブ)を見て泣き出す女の子もいるほどの迫力がありながら、普段の人柄は温厚かつユーモアのセンスに長けており、自分達のキャラを自嘲気味に笑い飛ばせるだけの大人でもある。
かねてから僕は、「これから何が売れると思う?」と聞かれたら、「CORE OF SOULと犬神サーカス団」と答えてきた。CORE OF SOULはともかく、犬神に関しては真剣に受け止めてくれる人は稀で、一笑に付されて終わることも少なくなかった。やっと時代は彼らに追いついた。というより時代が勝手に逆行して犬神が追いついてしまったのか。ともあれ立派にメジャーデビューである。モー娘と同じ事務所である。うたばん3回出演である。10月23日(木)
いつまでもネットの世界から断絶された状態で生きていくわけにはいかない。しかし日頃の僕は何を調べるのもまずインターネットで、という習慣がついているから、プロバイダーのサポートセンターの電話番号さえわからない始末。何せ加入した当時の書類はもう6年以上も前のものだから、先方の住所や電話番号が変わっているのだ。何とか電話番号を調べ、電話口で10分近くも待たされて、ようやくサポートセンターに繋がった。ここまでしても問題が解決しなかったら、と思うと焦りは募るばかりだったが、状況を詳しく説明したら電話口のお姉さんは的確なアドバイスをくれるのだった。トラブルの原因はAirMacベースステーション。どういうわけか設定がおかしくなっていた模様。リセットして新たに設定したら、何とか無事に繋がった。
その後、テレビの前で日本シリーズを観戦。今日の第4戦はまさに、手に汗握る大接戦だった。シリーズ特有の重圧と必死に向き合う選手達。両軍とも、ギリギリの精神状態で戦っているのが伝わってきて、終盤はずっと震えが止まらなかった。安藤は完全に自分を見失い、無惨に崩れて大ピンチ。もう限界というところでバトンを受けたウィリアムスの、リリーフの見事だったこと。9回表を0点に抑えた瞬間、感動して涙が出た。日本シリーズはこうでなくちゃ。10月22日(水)
どういうわけか、家からネットに接続できない。プロバイダーがダウンしているのだろうか。昨日から溜まっているメールの送受信をFM802で行った。僕のようなネット依存症人間にとって、ネットに繋がらない環境というのは、何だかとても心許ない。ネットのことだけじゃない。今日は何かとツイてない一日だったなぁ。前の仕事が長くかかって、デジネバの収録に遅刻しそうだと思い、走ってスタジオへ。着いて、ドアに鍵がかかっているのを知ってから、今日の収録がいつもよりも一時間遅く始まることになっていたことを思い出す。おかげでリンキンは行けないし、財布は忘れるし。まあ、こんな日もあるのかな。
ところで、来年の1月から放送される月9のドラマはキムタクが主演するらしい。彼の主演ドラマとなればそれだけでニュースなわけだが、僕がびっくりしたのはそこじゃない。何とそのドラマで、キムタクはアイスホッケーの選手を演じるというのだ。実は先日、僕も初めてアイスを経験したのだけど、インラインとは止まり方がずいぶん異なり苦戦した。アイホは上手に滑れると見た目が超かっこいい。キムタクは11月から本格的な練習に入るという。少し羨ましい話でもある。お金のことなど気にせずにリンクを借り切って、自分のための練習に没頭できるのだろう。上手な人達に迷惑をかけないように必死で食らいつく必要もなければ、やっと慣れてきたところでおしまい、なんてこともない。まあ彼にしてみればもちろんこれが仕事なのだから、かなりキツいのだろうけど。キムタクの運動神経の良さは有名。素人の彼が1ヶ月あまりでどこまで本格的なスケーティングとスラップショットを見せるか、見ものである。ああ、ホッケーでまでキムタクに抜かれるのか僕は。10月21日(火)
この日のFM802はBEGIN DAY。ROCK KIDS 802でも3人のスタジオライブを聞くことができた。僕は今日まで彼らのことをそれほどよくは知らなかったが、その演奏を目の当たりにし、実際に会話をすると、やはり魅力がよくわかった。三線とアコギをチャンプルしたような「一五一会」という名の弦楽器を彼らは発明し、その楽器の演奏を前面に出したカバーアルバム三部作をリリースしている。人差し指をまっすぐ弦にあてて、ボロンと鳴らせばそれでコードになっているという、世界で一番簡単な弦楽器だ。人差し指をずらしながら演奏すれば、あっという間に弾き語りもできてしまう。こんな誰にでも弾けそうなギター(のようなもの)を発明することで、彼らは老若男女問わずに音楽を楽しめる世界を作ろうとしている。大手楽器店に行けば10万円で買えるそうだが、目下のところ予約が多くてすぐには手に入らないようだ。僕もこの楽器はとても欲しいと思った。それにしても、沖縄の人ってどうしてあんなに音楽が好きなんだろう。
番組後はなんばハッチで布袋さんのライブを拝見。ホームページの有料会員限定のライブで、いわばFCギグみたいなものだ。スタンディングでこの人のライブを見たのは初めてだったが、ステージングは大きな会場でのそれと変わらなかった。セットがシンプルなぐらいで、内容は布袋さんらしい超一級のロックエンタテイメントである。1500人キャパのライブハウスでこれを見られるのは何ともゴージャスだと思った。このライブには、布袋さんと交流のあるプロボクサーの辰吉が家族連れで見に来ており、2階席の最前列でノリノリだったらしい。かつてSEX MACHINEGUNSのライブでK1の武蔵、長渕剛で佐竹、そして今日布袋寅泰で辰吉を見た。ロックミュージシャンと格闘家は、互いをリスペクトし合う関係なのだろう。10月20日(月)
先週からラジオでのオンエアが解禁となった、aikoちゃんの新曲「えりあし」がとても好き。aiko節ってものがあるとすればまさにその王道を行くようなバラードだ。これまでにも彼女は数々の名曲を歌ってきており、過去の作品と比較して今度の曲はどこが優れているのかと聞かれると、僕は多分はっきりと答えられない。ただ久しぶりに、彼女の書く歌詞に深い感銘を受けたのだ。やっぱりこの人は、うまいところに目をつけるな、と。自分にもったいないくらい優しくて、二人の幸せな未来を信じて疑わないような男と付き合っていて、息が苦しくなる。そういう女性の話は、僕も何度か聞いたことがある。失ってから、ああやっぱり私にはこの人だったんだと気づく。思い出すのは、いつも後ろから見ていた彼の襟足。僕はこの曲を聞いて、そんな女の子を想像する。こういう観点の歌詞は男には絶対に書けないものだと思う。
10月19日(日)
D-SNAPPERSのポスターがミナミのいたるところに貼られている。僕のポスターも何枚かもらいたいところだ。自分の顔が写っているポスターなんて、芸能人か政治家でもない限りなかなか作ってもらうチャンスはなかろう。おそらくこんなことは一生に一度だろうと思うと、けっこういい気分。しかしあれだけ顔写真がたくさん貼ってあるのに、街を歩く僕に誰一人として話しかけて来ないのは、少々寂しい。まあ写真の画像はずいぶんいじってあるから気づかないのも無理はない。
ところで、僕はプライベートな事情で見に行けなかったが、ミナミホイール最終日の今日はサンホールでANCHANGがSEX MACHINEGUNという名前でライブを行った。この日のサンホールの出演は彼が最後だった。マシンガーがイベントスタート直後からサンホールを独占し、ANCHANG以外の出演者を見たいと思う客が中に入れない。マシンガーの多くは他のアーティストのライブに一切興味を示さず、客は大勢いるのにまるで盛り上がっていない、という状況だったらしい。これは僕が予想していたこと。全部予想通りの展開だ。
この一件で、SEX MACHINEGUNの名前が多くのFM802リスナーにかなり悪い印象を与えたことは間違いない。だけどANCHANGのライブを見たいと思って、ずっとサンホールで待っていたファンに罪があると言えるだろうか。他のアーティストのライブ中、最前列にいながらまるで無関心だったり、大声で話したりするのは非常識すぎて問題だけど、純粋にライブを楽しみたかっただけのマシンガーまでが鼻つまみ者になっているのはとても悲しい。10月18日(土)
この週末は好天に恵まれた。ミナミホイール二日目。「ミナホ」の愛称で親しまれているこのライブサーキットは、秋の恒例イベントとして大阪の音楽ファンにはすっかり定着した感がある。アメリカ村には首からパスを下げた若者がうじゃうじゃいて、携帯で各会場の空き状況をチェックしながら歩く人とすれ違うたび、このイベント特有の気持ちいい高揚感を得る。年間に数百本を数えるといわれるFM802のイベントの中で、僕がダントツで一番好きなのがミナミホイール。その魅力を語り出したら止まらないほどだ。しかしどれだけ熱心に説明しても、おもしろさの本質は実際に体験しないとわからないだろう。長くなるからやめておく。音楽が好きな人間だったら、絶対にハマる楽しさだと思うということだけ。ライブの具体的なレポートは、いろんな人の日記や掲示板に任せておこう。
この日は23時にすべてのライブが終了し、その後に今度はクラブサーキットがスタートした。トライアングルで行われた「MEET THE EPIC BEAT」では、ヒロト氏や久保田氏といったFM802のDJ陣が代わる代わる皿を回す。光栄なことに僕もDJとして抜擢され、30分ほどブースに立った。僕はこういう場で「クールでおしゃれな選曲」がどうしてもできない。この日のイベントは、「過去にMEET THE WORLD BEATに出演したアーティスト」と「epicレコードに所属する(もしくは「していた」)アーティスト」の楽曲に限定されていた。ベタな邦楽をかけるのが大好きな僕としてはむしろ選曲は楽だった。スガシカオの「ドキドキしちゃう」に始まって、ジュディマリ、ヤイコ、ミスチルなど。そして最後は「太陽が燃えている」で締めるというカラオケみたいな選曲だった。そういうイベントなんだから、それでええねん。それでええ。と、自分に言い聞かせてみる。
それにしても疲れた。ミナホは楽しいけど、そのぶんしんどい。10月17日(金)
マンガのマイブームはまだ続いている。今読んでいるのは「ヒカルの碁」。30を過ぎてジャンプコミックスを読むのは若干の抵抗があったが、このマンガはとてもよく出来ている。非現実的な設定のマンガや小説はあまり好まない僕だけれど、かつての名手の霊魂が現代の少年に宿り、二人がコンビを組むうちに少年自身も成長していく、というこの設定は夢があっていいと思う。非の打ち所がないほど絵が上手くて、囲碁のルールを知らない僕が読んでも熱中できるストーリーも見事。これを読んだ少年達の間で囲碁ブームが起こったのも当然だ。こんな内容の、麻雀マンガがあったらいいのになぁ。麻雀マンガといえばオヤジ向けの劇画ばかりなのが残念だ。
僕がマンガを読むのはもっぱら、東京と大阪を往復する際の移動時間。ここまで毎週、かなり余分に持って行ったつもりでもすぐに手持ちの冊数を読み終えてしまい、続きが気になるのをジリジリこらえながら帰ったりしたので、今日は何と8冊を鞄に入れて出た。バッグの中身はマンガが半分近くを占めている状態。いつもよりだいぶ重い。マンガの弱点は嵩張るところだな。10月16日(木)
定期的に読んでいる赤の他人の日記がいくつかある。その中の一つ、とある男性の日記で、いわゆる「出来ちゃった結婚」に対して毒を吐く内容のものがあった。もともとおもしろい文章を書く人で、その意見もなかなか説得力がある。僕とは何一つとして接点のない、名前すら知らない人なので、その日記を勝手に引用してしまうと、「できちゃった婚を自分は祝えない。どう考えても安易。計画性もクソもない。新婚生活も子供がいるという前提で始まるわけで。本当に愛しているというなら、子供を降ろす勇気ってあっていいと思うんです。むしろそのことでお互いの絆が深まることもあるでしょうし。できちゃったし結婚でもするか、まあしょうがねえよって感じで、それって本当にその人と一緒に一生いたいっていう決意なわけ?そんなに安易に自分が今まで考えてきた理想を捨てていいわけ?将来や未来に不安はないわけ?と小一時間問いつめたい位です。相手の事を本当に想っているなら、そんな安易な行動に走らないと思うんですが」といった具合だ。僕は何かにつけて古い考え方をする人間だから、自分がデキ婚をしていなかったら、この意見に同調していたかもしれない。
この1年間で、僕の周囲にいるけっこう身近な女性が3人、妊娠をきっかけにして結婚した。うち二人はまだ二十歳だった。僕自身の場合もそうだったけど、確かに計画性はないと言わざるを得ない状況だった。結婚を決意した時、僕は大学生だった。何事も慎重を期する僕としては考えられないような冒険をしたと思っている。けれど結婚して7年経った今思うことは、計画性とか将来への展望とかって、結婚にそれほど必要なものでもないということだ。出来ちゃった結婚をした夫婦と、慎重にタイミングを計った末に結婚した夫婦。離婚する確率は、多分後者の方が高いだろう。不安のない結婚などあり得ない。結婚したことを、一度たりとも後悔したことのない夫婦などあり得ない。結婚はおめでたいことだけれど、実はその反面で過酷な現実を背負い込む儀式でもある。そう思うから僕は、デキ婚であろうとなかろうと他人の結婚そのものをあまり素直に祝えないというひねくれた人間。「おめでとう」というよりも「大丈夫?大変だよ?」って心配したくなっちゃう。余計なお世話だけど。結婚などどのみち「うれしい」「楽しい」だけではないのだから、それなら子供という確実な宝物を約束されているデキ婚はむしろ幸運とは言えまいか。
結婚するきっかけなんて人それぞれ。デキ婚が安易というならば、海外に転勤になるからその前に恋人と入籍してしまおうという結婚だって同等に安易だ。もうね、結婚という行為そのものが安易。でも、子供を下ろす安易さに比べたら害がない。堕胎することで男女の絆が深まるなどということは、ありえないと僕は考える。
何となくデキ婚について考えていたら、ずいぶん長く書いてしまった。暴論と極論のオンパレード。いろんな人の日記を読んで、こんなふうに考え事をするのもおもしろい。10月15日(水)
来週から1ヶ月あまりの間、FM802で「コトバノチカラ」という番組が始まる。月曜日から木曜日の午前10時ちょっと前、金曜日は正午ちょっと前に、10分弱放送される。そのDJを僕が担当することになっていて、この日から収録が始まった。「心を動かされた歌詞」と、その曲にまつわるエピソードを募集し、それを毎日1つずつ曲とともに紹介するという内容。9月にFM802で展開していたJFL合同キャンペーン「POWER OF MUSIC」と趣旨がかなりかぶっているが、「コトバノチカラ」は民放連101社の共同キャンペーンだ。日本全国どこの民放ラジオ局でも、同じ企画の番組が放送されているはず。採用者へのプレゼントが豪華であることも手伝って、すでに届いている応募の数は上々とのことだ。
たった一行の歌詞が耳から離れなくて、何度も聞いているうちにその曲が全部自分のために作られているような気持ちになることがある。言葉の響きとノリだけを重視してデタラメな英語で歌うような音楽を一切認めないわけではないけれど、言葉がリスナーの耳に届かなければそれは「歌」ではないと僕は思う。音楽を聞く時に、それぐらい歌詞という要素を重視する僕としては、この番組で喋り手として起用されたことはとても光栄だ。
洋楽を選ぶ人があまりいないのは少し残念。最初に聞いた時は明確な意味がわからなくても、歌詞カードの英語を読んでその曲に込められたメッセージを知り、好きになった曲は僕にもたくさんある。ビートルズの「HEY JUDE」だったり、マライアの「MAKE IT HAPPEN」だったり。僕がリスナーだったら投稿するところだけどなぁ。10月14日(火)
この日のBBSテーマは、「譲れない or 許せない!こだわりの食べ合わせあれこれ」というもの。同じ日本人でも、味覚というのは人によって驚くほど異なるもので、他人にはとうてい理解できない組み合わせを美味と感じるということが、一つ二つあるのが普通なのかもしれない。トーストに漬け物を載せて食べる家族、ご飯に牛乳をかけて食べる女の子、納豆に砂糖をかける子供…。BBSに掲載された特異な食べ合わせは枚挙に暇がない。合うか合わないかというのは個人の固着観念が作用している問題であり、100年前からそれらを一緒に食べるのが常識とされていたら、誰もが何の迷いもなく口にするものだろう。そしてその固着観念を完全にぬぐい去ることができれば、特異な食べ合わせもおいしいと感じられるのかもしれない。興味を引かれるのはそれらの食べ合わせを思いついたきっかけである。トーストに漬け物を載せようという発想は、一般的な家庭ではまず生まれない。誰がどういう理由でその食べ方を始めたのかが気になる。
番組でも話したことだが、奇妙な食べ合わせというと忘れられない思い出がある。チョコとんのことだ。早稲田にある学生向けの食堂の中でも特に有名なお店に、「フクちゃん」という名のとんかつ屋があった。早大の本部キャンパスに通う学生の中で、この店の「チョコとん」というメニューの存在を知らない者はほとんどいない。しかしそれを実際に食した人の数はもっと少ないと言われる。怖くて注文する勇気が出ないのだ。僕は大学を卒業する直前、記念にこのチョコとんを食べに行った。出てきたチョコとんは、その名の通り、豚肉にミルクチョコレートを載せた物を衣にくるんでフライにしてあった。どろりとチョコレートが溶けて皿の上にたれている。思い切って口に運んでみると、想像したとおりの味がした。何のことはない、とんかつとチョコレートを同時に食べた味である。せっかく注文したのだからと、ソースと千キャベツで味を打ち消しながら何とか完食したが、「肉とチョコレートは合わない」という固着観念は僕の中でより強固なものとなった。ちなみにこの店、他にもバナナ、うめ、チーズなど、あらゆる食材をとんかつやメンチカツに入れるファンキーなメニューが売りだ。近くに住んでいる人はお試しあれ。こんな紹介の仕方で試したいと思う人もいないだろうけど。場所は西早稲田の交差点からキャンパスに向かって路地を入ってすぐのところ。
それにしても、今日のBBSを見ていてつくづく思ったこと。日本人は本当にマヨネーズをよく食べる。確かにソースやドレッシングの類の中ではずば抜けて守備範囲が広い調味料だ。しかし、日本以上に脂っこいものが好まれるアメリカではマヨネーズはそれほど食卓で幅をきかせていない。思うに、マヨネーズが日本人の心をつかむのは、酸っぱいからだ。マヨネーズ好きはどんな食べ物にもそれをつけたがると聞くが、今日見た中で一番強烈だったのは、キウイフルーツにマヨネーズをかけて食べるというやつ。その必要性からして全く理解できない。10月12日(日)
OSAKAN HOT 100の中で、イギリスのアイドルグループBLUEのことを、「白人4人組」と言ってしまってから、メンバーに黒人が一人いることを知った。「4人のうち白人は3人でした」と訂正を入れたのだが、プロデューサーから「さっきの言い方は差別ととられる恐れがあるから気をつけろ」と釘を刺され、BBSにも「今どき白人って言い方はよくないと思う」という指摘を受けた(この書き込みはBBSには掲載しなかった)。こういう考え方が僕にはわからない。
過去にも何度か書いてきたが、「差別」と「区別」は根本的に違うものだと思う。男と女の違いがあるように、人種によって違いがある。肌も、目も、髪も、人種によって色が違う。その色に優劣などないのは当たり前のことだ。黒人と白人を区別することがそのまま差別だと言うならば、ブラック・ミュージックというカテゴライズも、ブルー・アイド・ソウルやホワイト・ゴスペルといった言葉も、すべて差別用語とされてしまうだろう。男がいて、女がいる。背の高い人がいれば、低い人もいる。髪の長い人がいれば、短い人もいる。そして、肌の黒い人もいれば、白い人も黄色い人もいる。その明白な違いにわざわざ気づかないふりをするのはむしろ不自然だ。「人種の違いに触れてはいけない」という考え方が、いわゆる逆差別を生む。相違を認識して、互いを敬うことは、断じて差別ではない。要するに、黒人のことを黒人と言ったら差別だと受け取ることの方が、差別だと思うわけです。今どき。10月11日(土)
寸暇を惜しむように時間を見つけては、ひたすら漫画を読みふけった一日。浦沢直樹の「モンスター」を2日で読み切った。この作品を絶賛する人が周りにはやたら多くて、「マスターキートン」のイメージの悪さから何となく敬遠してきた僕も、ついに説得に押し切られた感じ。読めば面白いのはわかっていた。しかしここまで重くて深い話だとは思っていなかった。
長いうえに登場人物が多いこのような漫画は、後半になるとストーリーを完全に把握できなくなってくるものだ。「この人とこの人は、知り合いなんだっけ?」とか「この人は何者なんだっけ?」といった疑問を押し殺しながら読み進める。もう一度読み返せばきちんと理解できるのだろうけど、それだけのパワーが沸いてこない。おそらく「モンスター」は東欧諸国での綿密な取材をもとに作られた、実に残酷で恐ろしい物語だ。この漫画を読んだヨーロッパの人々はどんな感想を抱いたのだろうか。10月10日(金)
BEAT SHUFFLEの番組前、ADがコンビニに飲み物を買いに行く。ひょんなことから「ヘルシア緑茶」を飲んで以来、すっかり病みつきになった僕は、ここのところ毎週それを買ってきてもらっている。関東に住む人にはおなじみのお茶だ。コンビニでの売り上げはナンバー1だそうで、マスコミにも多く取り上げられているヒット商品だという。そんなことを知ったのは最近のことだ。ひと口飲んで僕がこのお茶を気に入った理由は単に、苦いからだった。カテキンを多く含んでいるから体脂肪が気になる人には良い、という話だが、そういった効能は個人的にはどうでもいい。
ペットボトルのお茶はどれもおいしい。どれも色がきれいで、香りが香ばしく、後味すっきり。自分でお湯を沸かして、急須で入れるお茶とは全くの別モノ、という印象である。しかしヘルシア緑茶には、この手のお茶としては禁じ手ともいえる、強烈な苦味がある。緑茶のくせに茶色い。味の薄いお茶に飽きていた僕としては、このリアルさが嬉しいのだ。これでさらに、茶葉のくずが沈殿していたり、渋かったりしたらもう最高だが、さすがにそこまでリアルにするわけにもいかないらしい。
大阪でいろんな友達にこのお茶を勧めるのだが、みんな「探したけど見つからない」という。それもそのはず、調べてみたらまだ関東でしか販売されていないというではないか。周りのみんなに飲ませられないのがもどかしい。10月9日(木)
今朝の産経抄に、林真理子の挙げた「エッセイストになるための5つの条件」のことが書かれていて、非常に興味深かった。その条件とは、第一に意地悪さ。すなわち自分を劇画化する度胸や失敗を笑えるおおらかさ。第二に好奇心。第三に文章力。第四は自腹を切って自分に投資すること。第五に、人に嫌われてもいいやという強さ、既存の有名人や権威に対して牙をむく勇気だそうだ。
この日記は別にエッセイというわけではないけど、この5つはいみじくも僕が日記を書くうえで日頃から気を遣っている要素と合致する。特に最後のやつ。ラジオというメディアは、好きこのんで僕の話に耳を傾けている人でなくても聞いている可能性がある。しかしホームページは、積極的に僕の書く文章を読みたいと思っている人にしか届かないだろう。だからといって無責任に何でも書くというわけではもちろんないけれど、ラジオで言いづらいことでも割合表現しやすいことは事実だ。
「エッセーとはつきつめると自慢話だが、ただ淡々と日常を書くのは生半可な筆力ではむり。高度なテクニックと"芸"が必要」だそう。そうなんだよね。たくさんの人に読まれて恥ずかしくないものを書こうと思うと、日記も案外難しい。10月8日(水)
近頃、なぜか漫画がマイブームぎみだ。いろんな仕事先で漫画の話をしてみると、にわかに熱く語り出す人の何と多いことか。たいていの人は自宅に大事な漫画を揃えているから、それを順番に貸してもらうのが効率的かつ経済的でいい。毎日のように、漫画の入った紙袋を持って出かけ、別の漫画の入ったものを持ち帰っている。漫画博士になろうというわけではないけど、一応漫画についても人並みの知識は欲しい。
学校の生徒から3回に分けて借りたのが、「無限の住人」という漫画。江戸時代の侍が流派の対立から殺し合う話で、腕や首がばっさばっさとチョン切れていくけっこうエグい内容だ。けど絵はうまいし、ストーリーもけっこうおもしろくて、すっかり熱中。今日は10巻から14巻までを借りてきて、「これで全部です」と言われたから、すっかり14巻で完結するのかと思って読み進めていたら、とても中途半端なところでページは途切れた。何とまだまだ続きがあって、15巻はまだ発売されていないという。まさか未だ完結していない漫画だとはゆめゆめ思っていなかった僕は、気を失いそうになるほどのショックを受けたのだった。完結していない漫画を読むことは僕にとって拷問。そう考えると、「NANA」はずいぶん長いこと僕を拷問にかけていることになる。
今週末は、何となく手をつけていなかった「モンスター」を読み切る予定。10月7日(火)
番組前、D-snapの取材を兼ねて、大阪球場跡地に今日オープンした新しいスポット、なんばパークスへ行ってきた。どういう理由でこんな半端な日にオープンすることになったのかはよく知らないが、平日の真昼ということで今日の客層は何だかお年寄りがやたら多いという印象。店舗はどれも若者向けで、年配の人が楽しめる場所といえば一つしかない。「大阪ヌードルシティ・麺だらけ」がそれだ。ラーメン屋が3軒、他にも流行りの讃岐うどんやそばなど、麺類に限定したフードテーマパークとやらで、この日は入場だけで1時間という行列ができていた。そんなに並んでまで食べる必要のある物だとは僕にはなかなか思えず、話題に乗り遅れまいとする人々のパワーに圧倒される思いだった。
このパークス、なんばという街のイメージを一新する可能性を秘めた画期的なスポットだ。各階の屋上に広がる庭園からの眺めは、自分がゴミゴミしたミナミにいることを忘れさせる。ミナミ全体がこんなふうになったらいいのに、と思わずにはいられなかった。
ところで、混雑を覚悟の上でなんばパークスに行ったのは、29の新しいお店を見ておきたかったから、という理由が大きい。すっかり人気ブランドとして定着した291295=HOMMEのショップが、このパークス1階に新しくオープンしたのである。僕がいつも着ているCustom Cultureとは同じメーカーの姉妹ブランドにあたり、僕が愛用しているアイテムに29の物も少なくない。今回オープンしたお店は内装にもこだわりが感じられ、29らしいクールで遊び心のある雰囲気。店内には僕や大抜くんの名前で開店祝いのバルーンが飾られており、それを見て大喜びしているGLAYファンの女性が2名。目の前に僕がいることに2人が気づいたのはその後だった。
ちなみにこの291295という数字、「291」と「295」に分かれると思っている人が多いようだが、語源は「95年12月29日」という、ブランド誕生の日付である。10月6日(月)
月9の時間帯で「ビギナー」というドラマが新しく始まった。さまざまな経歴を持つ司法試験合格者が、本業の法律家になるために通う司法研修所で知り合い、友情を深めながら成長していく、という内容らしい。いろんな意味で非現実的なドラマで、考えようによっては司法試験を冒涜しているとさえ思えるほどに、合格者であるはずの登場人物が法律に関して素人なのは気になる。要するにこれ、最近テレビで高い視聴率を稼いでいる法律相談番組の要素を、テレビドラマに持ち込んで、しかも幅広い年齢層の役者を出すために考えた無理のある設定なのだ。しかし非現実的なのはテレビドラマのお約束。もともと法廷ものは好きだし、キャストも僕好みなので、これからも見てみよう。
思えば僕も大学生だった頃は、六法全書を辞書のように持ち歩いたものだ。でも授業にはちっとも出なかった。今だったらあの頃よりも、法律を学ぶことに興味を持てたのになぁ。10月4日(土)
10月に入って、いつのまにか残暑と呼べるような気候ではなくなっていた。運動をするにはいい季節になってきた。夏場にホッケーをすると地獄の暑さに耐える必要があった。今日はすでに風が冷たくて、「寒くて着替えに行くのが億劫だ」などと言い出す輩も現れる始末。近所のフットサル場は海沿いだから、真冬はかなりの寒さに耐える覚悟が必要だろう。冬が苦手な僕としてはブルーになる話だ。
その後、今日は海辺でバーベキューを楽しんだ。風が強いせいか、湿気ているはずの木炭が非常によく燃え、網に載せた肉が3秒ぐらいで焼けてしまうという豪快な火だった。日が傾くとやっぱり寒いものだから、みんなで炭を囲んで手をかざす。冬になったらどこかでたき火がしたい。たき火なんてもう20年以上やってない。10月3日(金)
一昨日から東海道新幹線のダイヤが大幅に改正されている。もとからのぞみにしか乗らない僕にはあまり変化はないが、品川駅が新設されたことにより、英語の車内アナウンスの声が以前と違っていた。何らかの事情により、同じ人が捕まらなかったとみられる。
この日のBEAT SHUFFLEは、スタジオアルシェの改修工事にともない、浦和の本社スタジオから生放送。番組スタート6年目突入を記念して、「インディーズ音源に限定したリクエスト特集」という番組内容だった。すでに解散したバンドの古い曲などは特に、こういう機会でもないとなかなかかけられない。かつて自分が夢中になったアーティストの曲は、それがヒットしようがするまいが関係なしに、深く記憶に残るものだ。今はすっかり聞くこともなくなったそういう曲が、不意打ちでラジオから流れた瞬間の喜びを、たまにはBEAT SHUFFLEのリスナーにもたっぷりと味わってもらいたい。番組中、膨大な数のリクエストメールを見ながら、スタッフと選曲をする作業は実に楽しかった。6年間同じチームで作ってきた番組でなければ出来ない選曲だったと思うし、届くリクエストには、リスナーのこの番組に対する暖かい気持ちが込められていた。
バンドと同じでラジオ番組も、長く続けていれば古株のリスナーから「最近つまらなくなった」とか「昔の方がよかった」とか言われる。BEAT SHUFFLEで扱うアーティストはそもそもかなり閉鎖的で、はじめからリスナー層を限定しているようなところがあるから、リスナー一人の趣味が番組のカラーと徐々に食い違っていくことはよくある。以前はおもしろかったのに、最近はつまらないと感じるのであれば、それは失礼ながらこちらに責があるのではなく、そのリスナーの好みの変化が原因だろう。
BEAT SHUFFLEは番組内容に大きな変化のないまますでに5年も続いている。初期のリスナーの大半はきっとこの番組を卒業しているだろう。この日の番組は、卒業した人にも楽しんでもらえる同窓会みたいな趣とでも言おうか。しかしもちろん僕がもっとも大切にしたいのは、いつまで経っても卒業できずに留年を続けている、万年バンギャルの皆さんである。10月2日(木)
PRIME HITS 802に山添さんが復帰して、2ヶ月ぶりに木曜が休みになった。少し部屋を片づけて、ホッケーをして、あとは自宅でのんびりと借りた漫画を読みふける、という休日だった。
この日部屋で流していたCDというのが、東芝から発売された黒夢のシングルコレクション。黒夢のベストといえば、真っ黒ケースの「BEST OR WORST」が有名だが、今回発売されたのは本当にただシングルを並べたもの。だから選曲はファンにとってベストといえるものでは決してない。今さらこれを買う人がどれくらいいるのだろうかという疑問はある。しかし、機械的に、リリースされた順番でシングル曲だけを聞いていく、という機会はこういうCDが発売されでもしない限りないものだ。黒夢は、ビジュアルのイメージもサウンドもめまぐるしい変化を遂げ、それでも絶対にセールスが落ちることのなかったバンド。彼らの音楽性がどういう変遷を辿ったかを知るのはなかなか楽しかった。僕が一番好きなのは、ビジュアル系から華麗な脱皮を遂げ、自らをパンクバンドと位置づけた時期。メイクを落とし、上半身裸でライブハウスを回るようになった、「DRUG TREATMENT」の頃だ。シングル曲ばかり聞いていても何だか物足りなくて、久しぶりに黒夢のアルバムをいくつか引っ張り出した。ああ懐かしい。10月1日(水)
国から支給される公設秘書給与をだまし取ったとして、詐欺容疑で告発されていた田中真紀子前外相について、東京地検特捜部は不起訴処分としたそうだ。捜査の結果、秘書には勤務実態があり、給与の流用もなかったため、「嫌疑なし」と判断された。となると、去年のあの大騒ぎは一体何だったのだろう。話題の人をおもしろ半分に叩いて、政治家生命の危機に陥れた週刊誌の罪は小さくないと思う。
政治の何が不愉快かって、基本的に喧嘩をしていることだ。民主主義なのだから、たくさんの政党が意見をぶつけ合うのは当然で健全なのだけど、敵対する政治家を貶めるために理不尽な攻撃をするのは、見ていて楽しいものではない。たとえば政治家にとって女性問題のスキャンダルは命取りになる。そりゃあどこかの知事みたいに、自分の地位を利用して若い女の身体に触るような犯罪を犯したら、追放されるのは当然だ。でもどんな職業の人間だって、どこの女と付き合ってどんなセックスをしようと、仕事をきっちりやっていれば文句を言われる筋合いなどないだろう。とにかくスキャンダルでも何でもいいから、後ろ暗いところを暴いて足を引っ張ってやれ、という幼稚な発想。そんな政治家同士の嫌がらせに便乗して、喜々として報道するマスコミは、本当にバカだ。
田中真紀子は国民から非常に人気のある政治家だった。あのころ、応援演説に彼女が登場した時にキャーキャー騒いでいたような人達は、彼女の政治家としての資質を評価し、信頼していたということなのだから、彼女の無実が証明された以上は、再び彼女を支持する義務がある。一度でも有能な政治家だと思ったなら、そこらのタレントのようにつまらない理由で使い捨ててはいけない。
政治家達のつまらぬ足の引っ張り合いで、力のある政治家がどんどん潰されていく。そんな国だから、今の日本はこうなんじゃないのか。