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Diary(03.12.)

12月31日(水)

 今日と明日は仕事が入っていない。大晦日と元日に完全に休めるなんて何年ぶりだろう。朝早くの新幹線で川崎の実家へ帰省した。大晦日は新大阪駅も東京駅も帰省客でごった返していたが、僕の帰省は普通の人とは方向が逆なのが救いだ。それでも新幹線はほぼ満席だったと思う。
 この日の夜は、テレビの前でひたすらゴロゴロ。今年の大晦日は、紅白歌合戦と、民放3局で放送される格闘技の視聴率争いに注目が集まっていた。おそらく多くの視聴者がそうであったように、僕もチャンネルを秒刻みで切り替えながら、そのすべてを見た。最大の注目を集めた曙対ボブ・サップの試合はやはり見応えがあったが、家族の前で無惨に崩れる巨体は、ただただ痛々しい。僕は格闘技が嫌いなわけではないが、大晦日の夜、民放キー局がこぞって人間の殴り合いを映しているという状況は、やはり異常だと思わずにはいられなかった。その後、年が明けてしばらくの間はずっとテレビを見ていた。こういう大晦日の過ごし方が、実は一番好きなのである。

12月30日(火)

 OSAKAN HOT 100の年間チャートを発表する100曲特番の日。上半期チャートも含めると僕にとって4回目の100曲特番だが、今回は初めて9時間最初から最後まで一人、しかもイントロのない楽曲でもかける前に曲紹介をすることにし、しかも事前に制作した録音部分は長くても3分弱。9時間の間に100曲を詰め込むのは時間的に無理があるので、1曲平均3分程度の時間しかオンエアできない。つまり長い曲はまずフルコーラスでかからない。その慌ただしい状況が9時間続くわけで、休憩らしい休憩は今回も全くなかった。
 懸念されていた喉は、始まる前から最悪の状態。スタジオ内の乾燥がひどく、息を吸い込んだだけでむせ返るように咳が出てしまう。曲を流している間にのど飴を舐めて喉を濡らすようにし、喋る前にそれを吐き出すということを繰り返した。今日ほど加湿器のありがたさを感じた日はない。テーブルの下、自分の足の間に加湿器を置いて、顔の下から湯気が上がってくるようにしていた。そんな体調だったため、カフを上げてから咳をこらえたり、途中で声が裏返るのを慌ててごまかしたりしながら喋っていた。喋りに集中できないぶん、失敗も多かった。喉の強さに自信があっただけに、今年最後の仕事がDJとして不本意な番組となったことは悔しい。
 しかし準備がしっかりできていたので、番組自体の内容に関しては今までで最も面白かったと自負している。注目のTOP3は3位がt.A.T.u、2位に宇多田ヒカル、そして1位がHYの「AM11:00」という結果。番組の最後にはHYのメンバーに急遽電話をかけてインタビューをするという企画も成功し、大いに盛り上がった。

12月29日(月)

 せっかくいい天気だったので、近所でホッケーの滑り納めでもしようかと思ったのだが、明日の特番の準備が慌ただしくてとてもそれどころではなかった。自分の体調のこともあるので、とにかく明日は万全の準備をしてスタジオに入りたい。9時間、100曲分の内容を事前にシミュレートするのは、想像以上に時間のかかる作業だった。何度もディレクターとの間で台本のやりとりをした。離れていても電話とメールでしっかり打ち合わせができるのだから、時代は進歩したものだ。
 夜中になってから慌てて年賀状作りに励んだ。子持ちの知り合いが多いから、宛名に先方の家族全員の名前を書くことも多いのだが、子供の名前の入力に実は一番時間がかかる。最近はみんな、自分の子供には読みにくくて書きにくくて個性的な名前をつけたがる。ありふれた漢字を使ってくれればまだいいが、読み方が皆目わからず、手書き文字入力に頼るなんてこともしばしば。すべて書き終えた頃には夜中の2時を回っていた。明日の朝に投函して、果たして元旦に届くのだろうか。

12月28日(日)

 薬を飲んでおとなしく休日を過ごしたにもかかわらず、喉の具合はさらに悪化していた。番組中にもいくつかの薬を試しながらやっとのことでオンエア。
 一年の最後の日曜日といえば有馬記念だ。僕はギャンブルを一切やらないが、スポーツとしての競馬の魅力は理解できる。それに、世間の注目度や知名度を考えると、ラジオのDJが有馬記念について何の知識もないまま喋っているというのもよくない気がする。自分の番組が放送されている時間に、そういう大きなスポーツイベントがテレビで放送される場合、僕はスタジオの外にあるテレビでそれを見ながら番組を進行することが多い。この日も曲の流れている間に有馬記念のゴールシーンはしっかりチェック。一番人気のシンボリクリスエスが前評判通りの速さで圧勝していた。そうやって得た知識をさりげなく放送に生かすのが僕は好きだ。しかしこの日、スタジオに見学に来ていた学生には、放送中に競馬を見ている僕が不真面目に見えたらしい。むしろ自分の番組がなければ競馬を見ることなどないのだが。

12月27日(土)

 あいかわらず扁桃腺の腫れが引かないらしく、昨日のBEAT SHUFFLEもひどい声だった。リスナーにはそれほど気づかれていないようだったが、カフを下ろすたびにスタッフは「大丈夫?」という顔。それぐらいしんどかったのである。明日のOSAKAN HOT 100までに何とかして元の声を出せる状態にしたかったので、今日は一日中家の中でゴロゴロしていた。空気が乾燥しているから、殆ど常にのど飴を口に含んで。ホッケー友達との電話とか新聞の集金との会話以外では、一切声を発しない一日だった。こういう時は、駆風解毒湯(「くふうげどくとう」と読む)という薬を飲む。L'acryma Christiのライブに行けなかったことは非常に残念だ。
 ところで、もったいつけて2回に分けた「浅井博章的ヒット番付」。その後半、TOP5のカウントダウンをしておこう。
(5)D-SNAP
 FM802の秋キャンペーン「MINAMI GO ROUND」のメインスポンサーとなったPanasonicの新デジカメ。テレビCMなど全国的な広告展開は浜崎あゆみを起用していたが、関西地区ではFM802のDJ7人を「D-SNAPPERS」としてフィーチャー。その中の一人が僕だった。エージェントとして与えられたミッションを、D-SNAPを手に毎週遂行していくのがこの秋の仕事。そのD-SNAPは各DJに支給されたので、プライベートでも使用することができた。液晶つき世界最薄の9.9mmというコンパクトさが大きな特徴で、どんなに荷物の少ない時でもまったく邪魔にならない。しかも電池の持ちが非常にいいので重宝している。SDオーディオプレーヤーとしての機能はMacintoshに対応していないところは玉に瑕。ちなみに、7色のD-SNAPのうち僕がもらったのはシルバーで、やはりこの色が最もよく売れているようだ。
(4)G4
 今年、僕の身に起こった大きな変化の一つが、禁煙をしたこと。その理由として「新居をヤニで汚したくなかった」というものもあったが、直接のきっかけは、新しいパソコンを購入したことだった。iBookを購入して丸2年での新機種購入は、倹約家の僕にとっては大変な浪費ともいえる無謀な買い物であり、自分に対する戒めとして禁煙を決意したのだった。徐々に本数を減らし、2週間ほどで完全に吸わなくなった。以来タバコを吸ったのは爆寸の時だけである。
 とまあこのように買った当初は自己嫌悪に陥った買い物であったが、新しく購入したG4のパワーブックはすこぶる快調。はじめのうちは使いづらくて苛立ちの募ったOS10も、慣れてくれば愛着がわいてきた。ここまでスペックが高いと、「いくらでも入る!」「何でもできる!」という状態で、家でパソコンに向かう時間はさらに増えた。ちっとも浪費ではなかったと今になって思うが、だからといって再び喫煙を始める気は毛頭ない。
(3)矢沢あい
 最初に矢沢あいの著作「NANA」を僕に勧めたのは確かレコード会社の女性プロモーターだった。少女漫画に熱中したのは多分、高校生の時以来のことだ。それまで気がつかなかったことだが、FM802でも、NACK5でも、OSMでも、デジネバでも、毎週の仕事の現場で会う女性達はみんなNANAが好きなのだった。新しい単行本が出ればその話で持ちきりになる。だから秋に発売された9巻だけは発売日に買った。音楽業界やロックバンド事情の裏側も描かれるが、読んだミュージシャンが「この作者は絶対にバンドマンと付き合った過去があるよ」と言うほどにリアルで面白い。しかし、進行の遅さに苛立ちを覚えずにはいられない。完結するまでにあと何年かかるのだろう。 この漫画で矢沢あいの作風に興味を持ち、その後彼女の過去の作品を片っ端から読破。マリブルやら天ないやらの、絵に描いたような恋愛系少女漫画も懐かしくて楽しかったが、一番のヒットは「パラダイス・キス」だろうか。冷静に考えればあまりにも非現実的な話なのに、読み進めるにつれてけっこう現実的と錯覚してしまう点に、矢沢あいの強い魔力を感じる。
(2)阪神タイガース
 今年の関西で起こった最大のニュースは、何といってもタイガースの優勝に尽きる。誰もが熱くなって、幾度となく感動した。にわかファンだろうと何だろうと、地元の人々が一丸となってこれほどまでに盛り上がるプロスポーツチームは、世界中を探してもあまり例がないのではないか。18年ぶりというこのフィーバー、せっかく関西に住んでいる身で仲間に入らない手はない。快進撃を続けるタイガースを甲子園球場で応援したこともあったし、おもしろがってタイガースグッズもずいぶん購入した。今年ほど神戸サンテレビをたくさん見た年も過去にはなかった。不景気の続くお先真っ暗の日本で、明るい話題を提供し続けたこのチームの功績は非常に大きい。ベタベタコテコテの関西テイストが強い球団のイメージだが、今年活躍した選手達はどこかクールでスタイリッシュであったように思う。来年も頑張って欲しい。
(1)インラインホッケー
 春に引っ越した新居は、歩いて3分のところにスポーツコートがある。久しぶりにそこでインラインスケートを滑った時、「やっぱりホッケーが楽しいよなぁ」と思った。それを翌日の番組で言ったところ、いくつかのチームからお誘いをいただいた。さっそくそのうちの一つに入れてもらい、本格的にホッケーを始めたのが6月ぐらい。それから半年、去年狂ったように投資したゴルフからは一切手を引き、今ではホッケーのない生活が考えられない人間になってしまった。とにかく早く上手くなりたくて仕方がない。そのために黙々と練習するのは去年のゴルフと同じ。チーム内での僕のイメージは、「負けず嫌いで練習好き」だそうである。ちなみに、うちの愚息もすでに子供のチームに入っている。家族全員で防具一色を揃えているというハマりよう。世間的にはまだまだマイナースポーツだが、我が家にとってのホッケーはただのマイブームで終わりそうな気配がない。その魅力は一体どこにあるのかというと、「スピード感」、「スリル」など、他の球技にない要素がたくさんあるが、僕にとって一番大きいのは、「上手いと見た目がすごくかっこいい」。これに尽きる。自分がプレイするようになってからは、NHLにも夢中になっている。
(総括)
 職業がDJなのに、音楽とか映画、舞台、小説といった文化的な作品が一つもランクインしていないことには自分でも驚いている。よく聞いたCD、好きになった曲は無論たくさんあるのだが、ずば抜けてマイブームになるほどハマるアーティストは現れなかった。ただしこのマイブーム10傑は、12月の上旬にまとめたものであり、もう少し後まで含めれば、「ファインディング・ニモ」とか「乾燥梅干し」などもランクインした可能性がある。
 それにしても、自分は凝り性だと思う。

12月26日(金)

 NACK5に着くなり、仏頂面で「今日の俺、機嫌悪いから」と言い放った僕に、呆れるスタッフ達。どうにもアンラッキーな出来事が二つ連続したからである。
 僕は日頃関西に住んでいるからあまりよく知らないのだが、JR上野駅のホームの構造って、批判の対象になっていないのだろうか。あのわかりにくくて不便で効率の悪い設計を、考えた人の顔が見てみたい。同じ線路を走る電車のホームがある程度離れているのは仕方ないとしても、1本を逃したからその次に乗ろうとしたら、そのホームへ移動するのに何分も歩かなければならないとはどうにも解せない。13番線という数字だけを頼りに表示に従って歩いていたら、信じられないような遠回りをさせられることがあるのだ。今日は浦和で信号機の故障があったとかで、発車が40分以上遅れていた。そのせいで、表示やアナウンスがもうめちゃくちゃだった。次に出る電車がどれかわからないから駅員に聞いたら、「あー、7番線ですね」と言う。で、階段を登って降りて7番線に移動したら電車など影も形もなくて、「次の発車は13番線の13時55分発になります」というアナウンスが流れている。今の時刻は2時30分。わけがわからず急いで7番線に戻った。汗びっしょり。ぶつけようのない怒りを必死にこらえて浦和に着く。その僕を待っていたのは、さらに怒りの炎に油を注いでくれるタクシーであった。
 浦和からNACK5まではタクシーで行くのが習慣になっている。よほどひどい渋滞にでも遭わない限り、初乗りで到着する距離である。浦和駅で客を待っている運転手は、NACK5方面への裏道ぐらい知っているのが当然だから、いつもルートの指定は特にしない。ところが今日の運転手、よりによって一番混雑するド素人ルートを選択してしまう。折しも今日は仕事納めの金曜日。かかった時間はいつもの3倍、降りるときに払ったお金は900円だった。降り際に「こんな道を通ったら混んでるに決まってるでしょう。わざとですか?」と言いたい気持ちをぐっとこらえ、ようやくNACK5に到着した僕が、自分の不機嫌をスタッフに宣言したくなった気持ち、理解していただけようか。
 思い出すと、腹が立つというよりイライラする。「何なんだよもー!」って叫びながら走り出したくなる。日記にぶちまけたら少しすっきりした。今年のイライラ今年のうちに。

12月25日(木)

 2003年も残すところ一週間を切った。そろそろこの一年の「浅井博章的ヒット番付」を公表したい。ちょっとミーハーで凝り性の僕にとって、今年1年間でマイブームとなった物にはどんなものがあったか。そんなことをわざわざHPに載せることにどれほどの意味があるのかは自分でもよくわからないが、僕自身が好きになったものをあらためて紹介したいと思う。2日に分けて発表しよう。まず今日は10位から6位までをカウントダウン。例によって「今年に入る前からずっと継続して好きなもの」、たとえばガンダムとかCORE OF SOULとかは、この番付の対象にならない。
(10)ヘルシア緑茶
 ペットボトルで売られている緑茶の味は、総じて上品。風味や香りはこだわりを感じさせるが、どうもその品の良さが「偽物っぽい」と僕はずっと感じていた。そんなコンビニ緑茶市場に、禁じ手の「苦味」を前面に出して殴り込みをかけた花王のヘルシア緑茶は画期的だったと思う。他のお茶より少なくて高いのに、大ヒットを記録したこの商品の出現により、カテキンを多く含む緑茶が他社からも多数販売された。しかしこの苦さを真似ることのできたメーカーはいないのではないか。しばらくは関東限定商品だったため、仕事で東京へ行くたびに何本もまとめて買うという習慣になっていたが、年末にようやく関西地区でも販売が始まった。さすがに今はもう飽きてきている。
(9)キネシオテープ
 犬神サーカス団のメンバーが番組で紹介してくれたことで、僕も興味を持ったキネシオテーピング。要領としては、テーピングというよりも湿布に似ている。貼ることによって皮膚の表面が微かに浮き上がり、血流がよくなるというのがどうやらからくりらしい。筋肉痛から、肩こり、腰痛、頭痛にいたるまで、とにかくあらゆる症状にてきめんに効く。効いている気がしているだけで、しょせんは気休めに過ぎないと考える人もいるようだが、キネシオを貼るようになってから、前々から時折悩まされていた腰痛がずいぶん楽になったのは事実である。安いし、簡単だし、貼ることで何のデメリットも生じない。しばらくは手放せないスグレモノ。
(8)夜行バス
 5年目となっている毎週末の新幹線通勤。度重なる放送時間の変動により、東京から大阪への移動方法も変化してきた。この春からBEAT SHUFFLEの放送が21時終了となったことで、当日のうちに新幹線で帰るのは無理になった。ホテルに宿泊して翌朝に新幹線に乗る、という行程にどうしても無駄を感じてしまう僕は、寝ながら移動できる夜行バスに挑戦。当初「絶対にやめた方がいい」と周囲から忠告されもしたが、これが慣れてしまえばけっこう快適で、今では8時間の移動のうち6時間ぐらいは熟睡している。JRの高速バスにはずいぶん詳しくなった。これまでのところ、酒を飲んで乗車するような不心得運転手にはあたっていない。
(7)みんゴル3
 今年一番、プレイした時間が長かったゲームが、何だかんだ言ってこれ。過去にデジネバで軽くプレイしたことはあったみんゴル。「3」が発売されて以来、身の回りにいる殆どの人がすっかり侵されており、きっかけとしては「僕もやらざるを得なくなった」というのが正直なところ。しかし実際にプレイしてみると、子供っぽいビジュアルとは裏腹になかなか奥が深く、ゴルフというスポーツの面白さを見事に再現している。初めてでもそこそこプレイでき、それでいていくら上達しても攻略しきれない。キャラクターの愛らしさとか、画面のあちこちに見え隠れする制作者の遊び心たっぷりな演出もすばらしい。オヤジの専売特許的なところがあったゴルフゲームを、家族全員で楽しめるようにうまくアレンジした点で、かなり優れたソフトだと思う。ちなみに今年発売された「4」はまだ持っていない。
(6)厚底
 僕の身長は160cm。僕より背の低い男性が全然いないわけではないから、特にコンプレックスがあるわけではないが、普通のズボンと普通の靴を履いて鏡の前に立つと、どうも短足で不格好に見えるのは嫌だった。ビジュアル系のアーティストが底の厚いスニーカーを履いているのを見て、「僕もこういうのを履いたら少しは足が長く見えるんだろうか」と、Buffaloのスニーカーを初めて購入したのが3年ほど前のこと。以来、殆どコレクションのようになっていて、今では5足のBuffaloが棚に並んでいる。もう一つお気に入りのブランドが「NEW ROCK」というスペインのブーツメーカー。基本的に皮製のブーツで、金属製の金具や装飾がガチャガチャとついているのが特徴。見た目のごつさで比較すれば他の追随を許さない。当然そのぶん重くて、実用性はひどいもの。夏場にこれを履くなんて自殺行為。それでもやっぱり、靴底の厚さは大きな魅力なのだった。今年買った靴は、底の厚いものばかりだったので、この位置にランクイン。
 さてさて。注目の(いや、別に誰も注目していないが)TOP5はまた後日。

12月24日(水)

 年末の祝日明けということもあって、クリスマスイブの夕方は道路が大変に混み合う。今日は予定よりも30分ぐらい仕事に遅れてしまった。スタジオに入って、OSAKAN HOT 100の録音パートを収録するのだが、今日はどういうわけか、いつまで経っても満足のいく声が出ない。普段なら数分で喉が暖まって、ベストな状態の声が出るようになるのに。喉の奥で何かが絡まっているような、変にブレた感じの声しか出ないまま、1時間以上もマイクに向かって喋り続けた。その後のデジネバ収録でも僕の声はひどいものだった。喋り手にとって、思うような声が出せないことほど歯がゆいものはない。自分の喉は頑丈だと思っていただけに、けっこうショックだ。
 今日みたいな日(つまりイブ)に限ってデジネバ収録の開始時刻が普段より遅くて(助手の吉井嬢はこの件で激怒したらしい)、そのぶん収録がすべて終わったのも9時すぎと遅め。さすがにもうTAKUIくんのライブも終わっているだろうと、ON AIR OSAKAの前はそのまま通過した。
 僕はクリスマスというお祭りそのものが好きだ。日本はキリスト教の国ではないのだから、外国と同じようにクリスマスを祝うというのは土台無理な話だと思う。だから、カップルでデートをするのが一番理想的とされる風潮とか、やたら混み合うフライドチキン屋とか、だけど殆どの人は残業でクリスマスどころじゃない忙しさだったりとか、そういう日本固有のクリスマスの風物詩に対して、冷ややかな見方をすることはない。ただ、家に帰ってテレビをつけてみたとき、ブラウン管から発せられたあまりの騒々しさに、多少うんざりした感は否めない。宗教という根っこを持たないぶん、日本のクリスマスは幼稚である。たとえばアメリカでは、クリスマスの夜は番組らしい番組を一切放送せず、暖炉で火が燃えている映像と、クリスマスキャロルを何時間も流し続けるチャンネルがあったりする。クリスマスにテレビのバラエティーを見る人間などいないという常識が、背景にある。「誰一人として寂しく過ごしてはならない」という考えのもと、教会ではホームレスの人々にも食事を提供する。どちらかといえばそんなクリスマスが、やはり好きだ。

12月23日(火)

 天皇陛下は今日で70歳。火曜日が祝日になるのは実に喜ばしい。GLAYやCORE OF SOULの新曲がせっかく解禁になったところなのに、自分の番組で紹介できないのは残念なところだけれど、僕にとっては滅多にない連休である。今日は友人の家族を招いてクリスマスのホームパーティーをした。そんな優雅な休日を過ごしていられるほど暇ではないのだが…。その友人がうちの息子に贈ってくれたクリスマスプレゼントはスケボーだった。自宅の前で、僕が華麗なお手本を披露していたら、もんどり打って転んだ。肘と膝、腰、そして頭が防具で守られているホッケーに慣れてすっかり忘れていたが、「アスファルトって、こんなに固かったのか…」と驚くほどに、痛かった。数時間が経過した今も左半身が随所にズキズキと。しばらくはスケボー恐怖症かも。
 ところで最近、ヤフオク運が低迷中。僅差の敗北を喫することが多い。入札の限度額をケチって後悔するというパターンを連発している。ああ、僕のものになるはずだったLABEDAのDYNASTYが…。RANGERSのウィンブレが…。AVALANCHEのアウェージャージが…。物欲をギリギリのところで抑えている自分を褒めるべきなのか、優柔不断を嘆くべきか。またとない商品が、またとない破格で、僕以外の誰かに競り落とされたことだけは確かなのである。こういうのも、ネットオークションの面白さ。

12月22日(月)

 昨日のOSAKAN HOT 100放送中、「802の受付に、サスケとかいう人達が、浅井さんを訪ねて来てるらしいんですけど、心当たりありますか?」とスタッフが聞いてきた。「何やら怪しい人達が訪問してきたので、浅井さんの知り合いでなければ今すぐ追い返します」というニュアンスだった。僕は慌てて二人を招き入れるようにお願いした。サスケとは、大宮駅前のストリートライブで人気を博し、テレビ朝日やNACK5のバックアップを受けて今売り出し中の2人組。先週の金曜日に収録したG-SPOTのゲストだった。その収録時、「明後日、僕たちストリートライブやるために大阪に行くんです!802にもアポなしでお邪魔しようと思ってます」と言っていた。「明後日の昼間なら、僕も自分の生番組があるから局にいるよ」とは言っておいたのだが、驚いたことに彼らはマネージャーを引き連れることもなく、二人だけで来たのだった。
 日曜日のFM802は閑散としている。日曜に自分の担当番組がある人間以外は誰もいない。だから日曜日にアーティストが局へプロモーションに来てもあまり効果は望めない。しかもマネージャーなどのスタッフが同行するわけでもなく、あてに出来る知り合いもいないのに、彼らは果敢に乗り込もうとしたのである。2日前にたまたま知り合いになった僕がいなければ、二人は門前払いを食った可能性が高い。聞いたこともないくらい無謀な話だ。
 そんな憎めない二人は、昨日はその後京橋で、今日も大阪や神戸で路上ライブを行ったという。関西は彼らにとってまだ未知の土地だが、まず歌ってみることで二人はその空気に触れようとしている。今後全国区での活躍を夢見るならば、それくらいの度胸とがむしゃらさがあってもいい。いつか彼らが大物になった時、昨日の802での一件は笑い話としてネタにしてやろう。

12月21日(日)

 OSAKAN HOT 100終了後、心斎橋クラブクアトロへCORE OF SOULのライブを見に行った。今回のツアーでは、今月上旬に神戸や京都でもライブが行われたが、どうしても都合をつけられず、僕はファイナルにしてようやく彼らのライブを見られたということになる。DJとして応援しているというより、僕は殆ど一人のファンという感じだが、これまでに見ている彼らのライブの本数は非常に少ない。CORE OF SOULのライブを見るのは、多分1年前のREQUESTAGE以来だ。セカンドアルバムの曲もライブで聞いたのは初めてだった。「花環」が世に出てから、まだ1年も経っていないということに気づいて、時の流れの速さに少し驚いたりもした。
 デビューして以来、フルアルバムを2枚、7曲入りのアルバムを1枚発売したCORE OF SOUL。楽曲の数が増えたことで、ライブの表情も豊かになった。楽しみにしていた曲が残念ながら聞けないとか、思いがけない曲を久しぶりに聞けるとか、そんなふうに選曲だけでも楽しめるようになってきた。ニューヨークのライブと、このツアーを経て、3人の中でさらに強固になった自信が垣間見える、立派なステージだったと思う。そして蕗子嬢はあいかわらず、文句のつけようのない歌を歌う。
 今回の大阪公演は無事にソールドアウトしたようだが、CORE OF SOULのライブでは客席が非常におとなしい。じっくりと歌に聞き入りたいというタイプの客が多いのだろう。アップテンポの曲になっても、会場がうねるような光景はなかなか見られない。激しいライブを見慣れている僕からすれば、何だか盛り下がっているような印象も受けるが、CORE OF SOULのライブに「暴れる」という要素は必要ないのかもしれない。せめてもうちょっとみんなで跳んだり手を挙げたりしたら、一体感を得られて楽しいのになぁとも思いつつ。
 このツアーの会場では、200個限定のリストバンドと100個限定のベルトバックルが販売されていた。そのデザインが僕の日頃のファッションとど真ん中ストレート級にマッチする。売り上げに貢献したいという気持ちも働いて、リストバンドを1本購入した。ただしちょっとデカすぎる。

12月20日(土)

 先週の金曜日から運行が始まったばかりの京阪神ドリームさいたま号は、この日も半分以上が空席で車内はガラガラだった。快適な眠りについたのもつかの間、深夜2時ぐらいに車内アナウンスで起こされた。そこから先の高速道路は大雪で通行止め。そのためとりあえずパーキングで休憩をとりつつ善後策を検討中という。カーテンを開くとどうやら本当にドカ雪である。この冬、雪を見たのは初めてだ。僕も車外に出て、きれいな雪を拾って一人で雪だんごを作り、ゴミ箱に向けて投げたりしてみる。のんきに雪で遊んでいていいような状況ではないことに、僕はまだ気づいていなかった。その休憩がやけに長くて、運転手がひどく狼狽している様子から、車内には少し不穏な空気が流れ始めていた。
 夜行バスなんて、工事や事故による渋滞で1時間以上遅れることなど日常茶飯事だ。急ぐならバスなど利用するべきではない。雪で通行止めとなれば、多少到着が遅れるのは当然だ。長旅になることを覚悟して、僕は再び寝た。途中何度か目を覚ましたが、窓の外は同じような雪山。いつしか外は明るくなっていて、しかしまだ高速道路を走っていない。時計を見ると、普段ならもうとっくに自宅で風呂にでも入っている時間だった。その時刻に、まだ岐阜の手前でうろうろしているのだ。「一体僕はいつになったら家に帰れるのだろうか…」という不安がもたげてきたのはそのあたりからのこと。やがて何とか小牧インターから名神に乗り、渋滞に苦しみながら京都南インターで降りたのが10時過ぎ。そこからまた混み合う市内を走ること数十分。11時頃にようやくJR京都駅にバスは到着した。ざっと5時間の遅れである。キップは大阪駅まで買ってあったが、それ以上同じバスに乗り続けるのはどうしても嫌だったので、そこからは電車に乗り換えることにした。
 こういう時、誰かに八つ当たりをしたいと思ったら、最初のターゲットにされるのは運転手なのだろうと思う。「ふざけるな、仕事に間に合わないから何とかしろ」などと言い出す横暴な乗客はいなかったが、それでも運転手さんは始終恐縮して謝っていた。早く帰りたい気持ちは運転手さんの方が強いはずだ。5時間も余分に運転したのだから、それだけでも精神的にはかなり辛いものがあっただろう。遅れたのは天候が理由なのだから仕方がない。乗客を無事に運ぶために尽力してくれた彼に僕は感謝して、降りる間際に礼を言った。それでも、「いえ、申し訳ありませんでした!」という返事。最近、高速バスの不祥事が続いてあまり評判が芳しくないけれど、プロだなと思わせる仕事をする人も多い。
 そんなわけで、日本列島がこの冬一番の寒波に襲われたこの日、僕は14時間以上もバスの中で過ごすというなかなか貴重な体験をした。毎週東京に通うようになってもうじき6年。これまでで最も過酷な移動だった。

12月19日(金)

 ようやく来年の手帳を手に入れたので、年末のスケジュールなどを書き写す作業を、新幹線の車内で行った。1月から2月の予定が乱雑なメモの状態で並んでおり、収拾がつかなくなってきていたので、やっとすっきりした。用済みとなった2003年の手帳を1月から見返してみると、この1年を振り返るいい機会となった。今の家に引っ越す前、何度も下見に来ていたことや、抽選会の日のこと。当時は暇さえあればゴルフをしていたのもよくわかる。各番組で迎えたゲストの名前ももちろん記されている。この1年で、僕がインタビューをしたアーティストの数は、100組から150組近くにのぼると思われる。どのゲストも今年の話だというのに、どんなアーティストだったか皆目思い出せない名前もあった。
 仕事の面では比較的、大きな変化のない安定した1年だった。春にSO HOTのレギュラーが終わり、BEAT SHUFFLEの放送時間が早くなったぐらい。しかしそのぶん、プライベートでは激動の年だった気がする。引っ越したことで、僕を取り巻くあらゆることが変わった。僕自身の暮らしや生活にも大きな変化をもたらした。生活環境の変化は、人間の内面にも大きく影響をおよぼすものだと実感している。
 結石で生まれて初めて入院したり、おたふくで1週間も仕事を休んだりした去年と比べれば、今年は大きな病を患うこともなく、健康の面でも安定していた。来年もこの安定が続きますように。

12月18日(木)

 特に仕事がない一日だった。自宅でのんびりと、CDを聞いたり映画を見たりゲームをやったりして、有意義に休もうと思っていたところへ、娘の幼稚園のお友達が大挙して我が家に乗り込んできた。クリスマス会らしい。10人ほどの5歳児が、家の中を駆け回って遊んでいる。とても落ち着いて過ごせる状況ではない。しょうがないから、一緒に遊んだ。
 うちの娘は身体が小さい。その娘と同じくらい小さな男の子がクラスにいて、二人は大の仲良しである。どこに行くのも、何をするのも、いつも一緒の二人。幼稚園では公認のカップルだそうだ。まあそんなのはよくある他愛のない話なのだけど、その二人が一緒にいるのを今日初めて見て、とても興味深かった。すでにラブラブの域は通り過ぎてしまったみたいで、なんだかもう倦怠期の夫婦のように見える。子供同士の喧嘩なんてのは、双方がギャーギャーといがみ合うのが普通だと思うが、この二人の場合、どちらか一方が「ちゃんと言ったのに、なんでしてくれへんかったん!?」などと怒鳴れば、もう一方は玩具でもいじりつつ、いかにもぞんざいな様子で「ええやんかそんな怒らんでも…」とかぶつぶつ呟いている。そんな夫婦、よくいるではないか。「ほらもう、何してるん?はよ行くでっ!」と彼氏に向かってイライラをぶつける4歳の娘を見て、行く末に不安を禁じ得ない今日この頃。

12月17日(水)

 朝晩の冷え込みが厳しくなってきて、ちょっとでも油断をすると風邪を引きそうだ。今日は何やらのどの奥がずっとイガイガしていたので、薬を飲んだ。
 我が家の救急箱に入っている飲み薬は、その多くが漢方薬である。かつて一人暮らしをしていた頃、僕は風邪に苦しみ、何も食べないままいくつかの風邪薬を服用して、その結果胃けいれんを起こしたことがある。以来、胃に強い刺激を与える薬を飲むのが少し怖くなった。漢方薬は、空腹時に服用した方がよく効くというぐらい胃にやさしく、副作用が起こる恐れもほとんどないといっていい。最初にハマったのはやっぱり漢方胃腸薬。てきめんに効くからというだけでなく、あの匂いとか味に少し病みつきになってしまった感がある。つまり慣れるとあれがけっこうおいしいのだ。どうやら薬草の香りも効果を発揮する要素であるらしい。
 仕事柄、のどを痛めた時に飲む「響声破笛丸」にはよくお世話になっている。アナウンサーやDJといった喋り手だけでなく、プロのシンガーにも、この薬を愛用している人は多い。そのほか、風邪を引いた時に飲む薬も、症状に合わせて4種類ぐらいは常備してある。薬によっては不味くて吐きそうになるものもあるが、化学薬品を合成したものではなく、自然の植物を粉末にしただけだと思えば、飲み下すことに抵抗はさほどない。まあ総合的に見れば新薬の方がよく効くのだろうけど、何と言っても、中国で4000年もかけて歴代の医師達が研究を重ね、調合したものが今の漢方薬になっているのだ。僕はその歴史を信じたい。だからまずは漢方を飲んで治す努力をしてみる。サプリを飲みまくったり、健康食品ばかり摂取したりするよりも、よほどヘルシーなドラッグライフだと僕は思っている。

12月16日(火)

 年明けにスタートする月9ドラマ「プライド」で、木村拓哉が実業団アイスホッケーチームの主将を演じることについては、以前にもこの日記で触れた。テレビの連続ドラマをこれほど心待ちにしたことはかつてないというほど、僕は心底楽しみにしている。脚本がつまらなかろうと、役者の演技が下手だろうと、この際どうでもいい。キムタクがテレビでホッケーをしていることに意義がある。アメリカやヨーロッパに比べ、日本ではまだまだ競技人口の少ないホッケーというスポーツが、めずらしく脚光を浴びるチャンスを得たのだ。日本のホッケーファンは誰もが胸を躍らせているに違いない。
 ところで、このドラマの主題歌にはQUEENの「I WAS BORN TO LOVE YOU」が使われるという話を聞き、また嬉しくなった。「I WAS BORN TO LOVE YOU」はもともと、フレディー・マーキュリーのソロアルバムからのヒット曲だが、彼の死後、QUEENの他の3人で仕上げたアルバム「MADE IN HEAVEN」に、フレディーのボーカルトラックをそのまま使い、QUEENがバックを演奏しているバージョンが収録された。オリジナルは80’sのQUEENに近いディスコ調のアレンジだが、「MADE IN HEAVEN」バージョンはロック色が強く、より壮大である。ファンであればオリジナルを好むものだが、スポーツドラマにはこちらの方が適するという判断だろう。この曲の他にも、ドラマではQUEENの名曲がたっぷりと使用されるというからもうたまらない。想像しただけでドキドキ。何を隠そう、僕は学生時代からQUEENの大ファンなのである。
 フレディー・マーキュリーはゲイだった。自分がエイズを患っていることを記者会見で公表した2日後に他界した人物である。僕がQUEENの音楽に触れたのは、実を言うと彼が亡くなってからのことだ。学生時代、同じサークルの仲間の間でQUEENが突然に流行った。QUEENの曲を知らないと友達の話題についていけないというくらいだった。溜まり場ではラジカセからQUEENが流れていたし、車でどこかに出かけるならBGMはいつもQUEEN。オペラを取り入れた「Bohemian Rhapsody」でさえみんなが完コピして、カラオケでマイクを奪い合った。どうしてみんなが一度にQUEENにハマったのかはよく思い出せないのだけど、とにかくあのころの僕たちの間で、QUEENは一番人気のあるアーティストだった。
 「ビジュアル系の源流を辿ると、グラムロックか、KISSか、QUEENに行き着く」というのがかねてからの僕の持論である。王子様のようにきらびやかなメイクと衣裳で登場したQUEENは、まず最初に日本でブレイクした。4人全員がリードをとれる圧倒的な歌唱力を武器に、オペラのようなクラシカルな曲を作ることもできれば、シンプルなバラード、さわやかなポップス、そしてヘビーなロックと何でもござれ。一番凄いのは、それらの楽曲がどれもコマーシャルで、実際セールスの面で大きな成功を遂げている点だろう。長い組曲のような「Bohemian Rhapsody」が、今もって70年代を代表する名曲として語り継がれていることも、QUEENの曲が持つヒットポテンシャルの高さを証明している。
 長くなったが、とにかく僕はQUEENが大好きなのだ。今でもテレビでたまにQUEENが使われているのを聞くとテンションが上がってしまう。「プライド」の劇中でQUEENの曲を使用すると聞いて、僕の中でのQUEEN熱が再燃している。あっぱれフジテレビ。どうか最高にかっこよく使ってくれ。

12月15日(月)

 なぜか最終回まで毎週見た「ライオン先生」。学園モノのドラマを久しく見ていなかった僕だが、竹中直人の「絵に描いたようないい先生ぶり」が好きだった。こんな先生が本当にいたら1週間で学校中の人気者になるだろうが、無気力で無関心、生意気この上ない生徒達を相手に悪戦苦闘するというドラマである。クラスの生徒の8割近くがアイドル候補とおぼしき美少年と美少女で、そのへんがまた非現実的でおもしろかった。
 ただこの日の最終回はどうにも解せなかった。ライオン先生が学校を去る理由があまりよくわからなかったし、反抗的だった生徒達ともいつの間にか仲良くなっているという印象。どう考えても、カットされている。それも重要な場面が、かなりの割合で。僕がこのドラマの脚本家だったら、オンエアを見て悲しむね。こうなるといろいろ穿ってしまう。どうやら視聴率では苦戦していたようだから、やむを得ず1回分、放送を減らしたのか。いや、12/15まで放送したのだからそれはないだろう。 とすると、本当なら最終回スペシャルで30分ぐらい長く放送する予定だったが、編成上の都合でそれができなかったとか。とにかく、制作者や出演者が納得しているとはとても思えないような、強引で急な終わり方だったのだ。
 ファーストガンダムが、当初の予定を大幅に変更し、急遽43話で放送を終了したのは有名な話だ。テレビの世界ではこういうことも往々にしてあるらしい。「伝説巨神イデオン」などに至っては、打ち切りが決まったのが本当に急で、ラスト5分だけ台本を適当に書き換えて無理矢理最終回に仕上げたという(「ガンダム者」参照)。こういうの、ずっと見てきた視聴者としてはたまらないものがある。しかしこっちは金を払って見ているわけではないのだから、文句を言う権利もない。テレビ局にはテレビ局の事情があるのだろう。

12月14日(日)

 トヨタカップをテレビで見ていたら、フセインが拘束されたというビッグニュースが飛び込んだ。農場の建物に潜んでいたとかで、発見された時は地下の穴蔵に隠れていたそうだ。プライドが高そうな男だから、本当にそんなふうに逃げ隠れているものだとは思わなかった。発見した米軍兵には拍手を贈りたい気分。抵抗せず、米兵の指示に従ったのは、彼自身もう逃げることにも疲れたからではなかろうか。バクダッドでは彼の拘束を喜ぶ民衆が乱痴気騒ぎを起こしているという。ようやくイラクという国が独裁者の魔の手から解放された瞬間だ。米英のイラク攻撃を「侵略」ととらえ、非難する向きも当然あろうが、このフセインという男の横暴な独裁政治がなければ、流れずに済んだ血であったことは確かだと思う。拘束された時、彼の所持していた多額の現金が、米ドル紙幣であったことが不気味である。逃げおおせたらどこで何をするつもりだったのだろう。
 それにしても、「Ladies and gentlemen.We got him.」か。ハリウッド映画のラストシーンのようだ。

12月13日(土)

 「愛」という言葉が一度も出てこない。一番強く印象に残ったのはそのことだ。彼の作るラブソングで、この言葉が使われなかったことは、多分過去になかったと思う。それ自体が深い意味を持っているかどうかはわからないけど、このバンドとしては久しぶりにストレートな恋愛の歌だから、意外だと思った。
 露骨に冬を連想させる歌詞を想像していたが、そういう曲ではなかった。ドラマチックな展開があるわけでもなくて、シングルにしては比較的地味な曲だと思う。Radio editなのに6分弱というその長さは、セールスを意識したらちょっと無謀すぎる。それでも、この曲で2004年の幕を開けたいと考えた理由は何だろうか。新作がロック色の強いものになるからこそ、あえてバラードを先に出すのか。戦略的なことを考えればいくつか疑問が残りはするが、もちろん、いい曲であることは間違いない。
 一つの恋が終わって、消息がつかなくなってもなお、相手のことを思いやる。そういう優しい男心が切々と歌われている。「胸懐」という本を読んでから、僕は彼の曲を聞いて抱く印象が変わった。日本で屈指のロックスターの座に登り詰めた彼が、それとひきかえに失った物の重さを思う。
 愛にはいろんな姿とか形があって、映し出す色もまた様々だろう。これまで無数の愛を曲に託してきた彼だからこそ、もはや愛という言葉を使わなくても、かくも優しく、暖かい、そして悲しい愛を表現できるのだと思う。
 以上が、来年1月に発売されるGLAYの「時の雫」を聞いて、僕が抱いた感想である。

12月12日(金)

 BEAT SHUFFLEの番組中も、時折背中に痛みが走ったが、昨日に比べたらだいぶまし。原因は何だったのかわからないまま、どうやら治った。すると今度は下腹部がチクチクと痛い。今度は小さめの結石が体内をうろついているらしい。どうにも不健康な身体で、今日は初めて大宮からバスに乗った。
 さいたまと京阪神を結ぶ新路線のJRバスが、この日から運行を開始。大宮駅前の乗り場に着くと、バス会社の社員とおぼしき背広姿の男性が10人以上も落ち着かない雰囲気で立っていて、手にはカメラや花束を持っていた。ちょっと遅れてバスが大宮駅西口に到着。僕はさっさと乗り込んでしまったが、新路線の第一号の出発だけに、外では簡単なセレモニーのようなものが行われていた。バスの横には「さいたまから 魅惑の三都へ」と書かれた看板。僕は魅惑の都に住んでいるのか。ちなみにこの時点で乗客は6人しかいなかった。
 東京駅発のドリーム号は、金曜の夜出発の便はトータルで20台近くを運行するが、大抵の場合が満席である。一方さいたま発のこの便は、1日1本、もちろん1号車だけの運行。所沢でも乗客を乗せて、最終的に乗ったのは15人ほどだっただろうか。とにかくガラガラで、僕としては快適だった。ただしやはり、乗っている時間が非常に長いと感じる。高速に乗るのは八王子から京都まで、したがって下の道を走っている時間が3分の1近くを占めると思われる。高速よりも下道は揺れが激しい。その点はちょっと辛いものがあったが、他は概ね快適な旅。今日ガラガラだったのは多分、この路線がまだあまり知られていないからに過ぎない。いっそこのまま、知る人ぞ知るマイナー路線であり続けてくれたら助かるのだが。

12月11日(木)

 起きたらなぜか背中が痛かった。どこかの筋を違えでもしたのか、身体を動かした時に鋭い痛みが走る。本当に骨でも折れたのかと思うほどの激痛で、一時的に何もできなくなってしまう。今日が休日でよかった。本当はB'zのライブに行きたかったんだけど、今日は自宅でおとなしくしていよう。今日は雨が降っていてかなり冷え込んでいる。それにしてもこの痛みは何だろう。こんな場所を酷使する運動をした覚えも、どこかにぶつけた覚えも全くない。昨日の夜ベッドに入るまでは何ともなかったのだ。明日になっても痛みが引かないようなら、週末に病院へ行こう。
 病院といえば、今日の放送でドラマ「白い巨塔」の第一部が終わった。教授と助教授の醜い争いに決着がつくまでが第一部。大病院がこれほどまでに醜い城なら、極力世話になりたくないものだと思わせるドラマだ。僕がこの秋、毎週欠かさずに見ていた数少ないドラマで、1月からの再開が待ち遠しい。このドラマにおける演技派俳優達の悪役ぶりは大変見応えがある。第二部では、退官した東教授役の石坂浩二は登場しなくなるのだろうか。そうだとしたら、それは少し残念だ。

12月10日(水)

 空き時間にヨドバシ梅田でお買い物。平日のヨドバシはわりと空いているし、売り場が広いから、いろんな新製品を見て回るだけでもけっこう楽しい。どれもハイテクで目移りしてしまうが、あくまで今日のお目当ては光沢紙のハガキと、プリンターの予備インク。そろそろ僕も重い腰を上げて年賀状作りに取りかかろうというわけだ。
 帰ってからさっそくパソコンに向かって、宛名職人を起動する。去年までは業者に発注していた僕の年賀状だが、今年は新しいプリンターを購入し、自作に挑戦してみることにしたのである。まあなにぶん素人だから、そんなに凝ったデザインには出来ないだろうけど、自宅で印刷できるのはやはり楽しい。デジネバのスタジオでスタッフに撮ってもらった写真を使うことにしよう。こういうのってセンスの見せ所なんだろうけど、イラレもフォトショップも使えない僕はあまり自信がない。

12月9日(火)

 先週末の忘年会で、「早口言葉ゲーム」をやった。曲がりなりにも喋りを生業としている僕は、ほとんど「ちゃんと言えて当然」という注目のされ方で、極度のプレッシャーが双肩にのしかかる。一番の難関は「パン壁」をスピーディーに10回言う、というもの。これ、しっかり10回で止めるのは至難の業だ。2回挑戦して、2回とも失敗した。そんな流れもあって、ROCK KIDS 802のBBSで早口言葉を募集してみたところ、来るわ来るわ、有名な定番から自作のやつまで、あらゆる問題が続々と寄せられた。僕はDJとしては滑舌のいい方だと思われがちだが、ちゃんとした訓練をしたわけでもなく、僕自身はあまり自信がない。リスナーの人達から教えてもらった早口言葉を実際に喋っているうちに、自分が不得手とする子音がよくわかった。これを機に練習してみよう。「パン壁」10回を数日かけてマスターした僕がつかんだ早口言葉のコツは、とにかく頭で考えないで口だけを動かすこと。しかしこれが理屈で言うほど簡単ではないのだった。

12月8日(月)

 今日は太平洋戦争が開戦した日。死ぬまで平和を訴え続けたジョン・レノンが凶弾に倒れたのも同じ日だ。しかし今もなお、世界から戦争が消えてなくなることはない。毎年12月8日になると世界中のラジオから流れる「Happy Xmas」や「Imagine」を、天国のジョンはどんな思いで聞いているのだろう。
 ON AIR OSAKAではこの日、ウルフルズのイベントが開催された。以前から802の放送で募集していた、「ええねん」のオリジナルフレーズを繋ぎ合わせて、802バージョンの「ええねん」をステージで披露してくれるという企画。たくさんの応募作品からトータス松本氏自身が歌詞を選出し、この日限りの「ええねん」が完成した。さすがはトータスさんと唸る見事なセレクションで、最後に「やっぱ802やねん」と歌ってくれるサービス精神にも感動。802で流行るために生まれた曲のような気がする。昨日のOSAKAN HOT 100でついに7週連続の首位を獲得したこの曲が、どこまでその記録を伸ばせるか。僕もわくわくしてきた。

12月7日(日)

 ここ最近の睡眠不足が祟ったか、ずいぶん早い時間にふらふらとベッドに吸い込まれてしまった。そして朝の4時前になって目が覚め、今度は眠れなくなる。こういうこと、以前はわりとよくあった。で、そんな時間にこうして日記など書いている。
 僕はよく夜中にネットサーフをするのだけど、最近は定期的に見に行くホームページがあまりなくて、大概すぐに終わってしまう。そうしてよせばいいのに暇つぶしに某掲示板群などアクセスし、不愉快な気分になったりする。
 人の悪口を吐き出したいという思いは誰にでもあるだろうから、匿名性の高いインターネットの世界でその欲求を満たす場が生まれるのは、自然の摂理なのかもしれない。半分開き直った言い方をすれば、DJの喋りが気に入らないなら要するにラジオなど聞かなければいいだろうという話で、わざわざ嫌いなDJの番組を聞いて「うざい」とか書き込んでいる人の、悪意の持て余しぶりに驚かされる。そのエネルギーは他のところに有効活用できないものかと。ほんの少しラジオを聞いた印象だけで番組やDJを罵倒する輩にも呆れるが、中途半端にラジオ通ぶって、別にありもしない業界の裏側を暴露した気分になっている書き込みも相当醜い。
 僕がこんなところでぶつぶつほざいたところで、あの状況は当分変わらないだろう。インターネットという史上最高に便利な文化が生み出した負の財産がいくつか存在するのは、仕方のないことだ。それにしても、一時期あえて「ちょっぴりオタクっぽいテイスト」を番組で前面に出してみた僕が、すっかりそのキャラで定着してしまったのか何なのか、いつの間にか「骨の髄までねらー」みたいに思われていることには正直我慢ならない。身に覚えのないいくつかの書き込みが、僕によるものだと勝手に解釈されているようだ。あんなところに書き込んでまで吐き出したくなるほど嫌いな人は、いないよ。

12月6日(土)

 忘年会ラッシュ。今日は焼き肉だった。日によって摂取するカロリーにずいぶん差があるせいか、胃の調子があまりよくない。漢方胃腸薬が手放せない今日この頃。
 食事の後はみんなでボウリングをしたのだけど、2ゲーム目で156という、おそらく人生で最高のスコアが出た。この2ゲーム目は、1ゲーム目でスコアの拮抗していた数名で軽く「握って」いたため、みんなかなり白熱。しかしうち一人が202というとんでもない高スコアを叩き出してくれたため、僕の勝利は叶わなかった。それでも、20人ぐらいいる中で、2ゲームの合計得点が3位という結果にはかなり満足である。ホッケーではいつも初心者で足を引っ張るばかりの僕だから、同じ土俵に立てる勝負は俄然燃えた。
 早い時間に始まったのに、終わった頃には電車がなくなっていた。こういう時に便利なのが、いつも車で来ている人の存在である。それは僕。川西、夙川、三宮…夜中の2時にひたすらドライブする浅井タクシー。僕以外は全員飲んでいるから誰も運転を代わってくれない。まあ、みんなでわいわい喋りながらのドライブって、楽しいから僕は好きなんだけど。

12月5日(金)

 先週に引き続き、大宮のスタジオでは、番組前に缶バッジ作りに励むDJ浅井の姿があった。この缶バッジメーカーは、riceのコーナーでリスナープレゼントを製造するために導入された新兵器。おもちゃ屋で数千円で市販されており、ディレクターが自腹で購入したという。おもちゃとしてはとてもよく出来ていて、好きなデザインでけっこう本格的なバッジが出来上がる。先週ニモの絵をたくさん持って行ったのに続き、今週はNHLのチームロゴをプリントアウトしていった。いっぱい作ったけど、さてこれをどこにつけよう。
 爆寸が開催されるまでに帽子やらTシャツやらのオリジナルグッズを作りたいと考えていた僕だが、どうも適当なデザインが浮かばなくて断念した。KRBTシャツ以来、僕のオリジナル商品は作られていない。かっこいいデザイン募集中。一色刷りでね。

12月4日(木)

 2003年を振り返る時期に来ている。今年の流行語大賞に続き、僕が毎年楽しみにしている「ヒット商品番付」も発表された。ビッグヒットが乏しい中でずば抜けた経済効果を与えた星野阪神が横綱を獲得し、六本木ヒルズや薄型テレビ、ジャパネットたかたなどの名前が挙がっていた。番付に入った中で、僕自身もハマった唯一の商品がヘルシア緑茶だった。どうやら関西での発売も近いらしい。
 音楽のヒットがSMAPの「世界に一つだけの花」しかないのは寂しいところだ。ドタキャン騒ぎや来日公演ガラガラといった不名誉なニュースがなければ、デビューアルバムを200万枚売ったt.A.T.uの名前がここにあったことだろう。書籍やコミックも目立った大ヒット作がなかったようで、来年はもっとブームになる文化作品が登場するのを期待したい。
 今年の、浅井博章のマイブームベスト10も、ちょうど今まとめているところ。いろいろ思い出していると、たった1年の間に僕もずいぶんいろんなものに凝ったものだと思う。ミーハーで凝り性なものだから始末に負えない。ざっと挙げただけで10個を超えるのに、順位をつけるのは大変難しい。

12月3日(水)

 今度の放送で200回目を迎えるデジネバ。今日の番組終了後、忘年会が開かれ、番組を支えるスタッフが久しぶりに集結した。出席者19名。場所は、前回みんなで飲んで好評だった、吉井女史お気に入りの居酒屋「笑笑」である。以前までデジネバの宴会といえば、おいしいけどそのぶん料金の高い業界人向けの店で行われることが多かった。そういう時でしか食べられないような高い食べ物を頂いていた。そんな店に比べれば笑笑は信じられないほど安い。しかし料理の味は、高級なレストランに引けを取らない。
 居酒屋など若い時分に誰もが利用するが、何年もテレビの世界で働いている人々にはあまり縁がない。果実のグレープフルーツを自分で絞るサワーとか、毒々しい色の不思議なカクテルは、高級なバーでは味わえないときめきを与えてくれる。日頃はグルメにうるさい業界人達も、奇抜で、しかもけっこうおいしいメニューの数々に新鮮さを感じたとみえ、みんな妙にテンションが高かった。この日はコース料理だったのだが、学生時代には手が届かなかった一番高いランクのコース。料理のグレードも種類も笑笑では最上級。あの頃、「こんなに高いコース、誰が頼むんだろう?」と思ったものだったが、そういう注文が出来る歳になったんだなぁ。チゲ鍋が一段落するや、「雑炊作るからご飯ちょうだい!」だの、「こっちはうどんでいくわ」だの、「いや、この味にはラーメンでしょ」だのと好き勝手なオプションの注文をつけても、卵や薬味を添えてしっかり用意してくれるサービスの良さには感心した。出てきたラーメンはどう考えてもやきそばの麺だったけど。コースに含まれない品も、そうやって値段など気にせず気前よく注文した。それでも、以前のデジネバ宴会に比べれば、使ったお金はだいぶ少ないらしい。やっぱり居酒屋って素晴らしい。

12月2日(火)

 久しぶりに太陽が顔を出した。12月とは思えないような陽気が続いている。この冬はロングコートの似合う男を目指そうなどと考えていた僕だが、せっかく購入した冬物にはまだほとんど袖を通していない。そんな中、今日のROCK KIDSではスノボのバーゲン情報を紹介し、ボード1本をリスナーにプレゼント。もちろん多数の応募が寄せられたが、ボーダーにとっては厳しい冬となっていることだろう。現時点では、北海道でも満足な積雪がないらしい。ウィンタースポーツ業界は地球の温暖化という途方もなく巨大な敵に追われているようなものだ。
 もちろんアイスホッケーもウィンタースポーツに含まれるけど、プレイする場所はどのみち人工的に温度を下げたリンクだから、暖冬のせいで思うようにプレイできないということは幸いない。しかし、ホッケーが日本でなかなかメジャーなスポーツになれないのは、リンクの数が少なくてどこも値段が高いからだ。インラインホッケーはそのマイナス面を埋めるために生まれたスポーツといえるが、そのインラインホッケーでさえプレイできる場所は滅多にない。アメリカやヨーロッパでは競技人口もホッケー場も桁違いに多いと聞く。見てもやっても、こんなに面白いスポーツなのになあ。

12月1日(月)

 12月1日といえば、大阪城ホールで開催されるAct Against AIDS LIVE IN OSAKA。今年も多くのアーティストが趣旨に賛同し、ライブを行った。HIV感染やエイズに対する啓発活動と、感染者への誤解や偏見をなくすための訴えを主な目的としているイベントで、開催は今年で11回目を数える。ほぼ毎年出演してきたCHARやBEGINのほか、今年は今井美樹、MY LITTLE LOVER、斉藤和義とBIRD、そしてシークレットで登場した森山直太朗などといった顔触れがステージに立った。
 この日のトリを務めたBEGINがステージで語ったように、このイベントが始まった当初、エイズの特効薬は近いうちに開発されるだとうと予想していた人は少なくないようだ。エイズへの恐怖がこの世からなくなるならば、このイベントは存在意義がなくなる。早くそういう時代になってくれと誰もが思いながら、もう11年このイベントは続いている。今現在もHIV感染は増加し、治療する手立ては見つかっていない。このイベントが毎年開催されるおかげで僕も、この日ばかりはエイズという病気についてじっくりと考えさせられる。
 チケットを買ってくれる人であっても、「ライブが見たいだけで、エイズのことなどどうでもいい」という考えの人はこのイベントでは歓迎されないだろう。だからこのイベントでは毎年、出演アーティストを発表する前にチケットを売り出し、7割近くがその段階で売れてしまう。「誰が出演することになろうと、このイベントには絶対に参加したい。」そういう思いの音楽ファンが大勢いるということだ。それだけ信頼されるイベントに育ってきたことは、この局でDJをしている僕としても誇りに思える。
 今年は各アーティストのセットチェンジにわりと時間がかかったこともあり、終演が11時20分頃という大変長いイベントとなった。帰りの電車がなくなってしまう人が、ライブの終了を待たずに慌てて会場を後にしていく光景は、とても気の毒で胸が痛くなった。BEGINの言葉と歌を、最後まで聞いて欲しかった。開演と終演の時間設定については、おそらく来年以降改善されていくだろう。