
3月31日(月)
JR京都駅の室町小路広場にて、スガシカオさんをゲストに迎えたROCK KIDS 802の公開生放送。この場所に来るのはSEX MACHINEGUNSのライブフラッシュが行われて以来だ。改めて見てみるとやっぱりこの大階段の迫力は圧巻。SEX MACHINEGUNS以外にも、スカパラやチャゲアスなど、これまでに数多くのフリーライブが行われてきたこの大階段だが、今日のようにステージでゲストトークだけをするというのは初の試みらしい。さすがにスガさんの人気はかなりのもので、早い時間から階段の下の方はファンで埋め尽くされていた。
公開放送が始まってスガさんを呼び込むと、イスに座るなり僕に「こういうのってやりにくいよねー」と僕に耳打ちするスガさん。下からも上からも無数の目がこっちを見つめているというこの状況で、普通のテンションで会話をするのは確かに難しいことかもしれない。しかし最後に「気まぐれ」を紹介するとき、あいかわらず続いている戦争について、彼なりの考えを示してくれたのは非常に印象に残った。
天気は悪くなかったが、ステージがビルの谷間に位置していたせいか、風が非常に冷たかった。それでも脇の下は汗でぐっしょり。やっぱり公開放送はスタジオよりも神経を使う。次の公開は来月20日のOSAKAN HOT 100だ。3月30日(日)
僕の母親の旧姓は「仲尾次」という非常にめずらしい名字だ。母は沖縄人の両親の間に生まれている。しかし母の両親(つまり僕の母方の祖父母)は若くして東京に出てきて家庭を持ったから、母は60を過ぎるまで沖縄を訪れたことは一度もなかった。
考えてみると僕は沖縄人の血が半分流れているのだ。それは別段自慢になることでもないかもしれないけど、僕の沖縄という土地に対する考え方が少し変わるかもしれないとは思う。3月29日(土)
来週入居する予定の家は、全部で75邸の家が建ち並ぶ新しい住宅地にある。3月から4月にかけて、その75組の家族が一気に入居することになっている。同時に、このニュータウンの自治会が発足する。自治会の役員は6名必要で、その役員の選出はくじ引きで行われる。全入居者が、鍵渡しの日にくじを引くのだ。そのくじを、今日引いた。
僕が引く前の時点ですでに6人の役員のうち4人が決まっていたらしい。まだ半数以上が入居していないはずだから、残りのくじの中から2枚の当選を引く確率は極めて低い。「多分大丈夫ですよ」という不動産屋さんの言葉にすっかり安心しながら、軽い気持ちで1枚の紙片を箱から引き出す。紙を開くと、そこに書かれた文字は「会長」と読めた。僕の横で青ざめる不動産屋さん。僕は思わずその場に倒れそうになるほどのショックを受けたが、必死で平静を装った。僕は会長・・・会長は僕・・・僕は会長・・・会長は僕・・・。これから始まる「自治会長 浅井博章」の1年間をイメージして、ゾッとする。ご近所の役員と毎月会合を開き、ゴミ捨て場の掃除当番をどうするのかとか、子供会を発足してその運営資金を古新聞で賄うためにどうするのかとか、そんなことを話し合う。しかもその議長に僕がなる。回覧板用のバインダーを何枚もコーナンで買ってきて、ハンコを押す紙とかを作って、班長さん達の家に持っていく。誰かが亡くなったら代表として葬式を手伝い、花や香典も出しに行く。冬になったら「ひのーよーじん!」とか言いながら夜の散歩したりとか。正月が近づくと、頭にはちまきを巻いて「よぉし、おじさん頑張っちゃうぞ!」と意気込んで餅をつくとか(いやそこまでしないだろうけど)。僕の中で「自治会長」ってそんなイメージ。その会長が、僕。「ご近所のお付き合い行事」ってのは殆どの若い家族からすれば煩わしいだけのもので、僕にとっても今日まで当然そうだった。その僕が、今度はその幹事の側で、しかも会長として仕切らなければならない立場になるという。インドア派なのに。まだ30歳なのに。FUNKYな放送局のDJなのに。
夢なら早く醒めてくれ。3月28日(金)
来月から放送時間が変更となるBEAT SHUFFLE。深夜の放送はこの日が最後だった。4年前、僕がDJを担当するようになった頃は土曜日の深夜1時からという時間に放送されていたこの番組、2年前に土曜の夜9時からに移動し、さらに1年前に今の枠に引っ越した。そして番組スタートから4年半を経て、ついにROCK VISION 802と全く同じ時間の放送、しかも大宮での公開生放送というとんでもない出世を遂げた。
BEAT SHUFFLEのようなマニアックな番組は、深夜に放送されてこそ意味がある、という意見は正直言って少なくない。そして夜の7時からという時間は早すぎて、かえって聞き難くなるという人も多いだろう。V-ROCK 802がROCK VISION 802に出世した時にも全く同じような非難があった。そういうリスナーの気持ちはもちろん理解できる。しかし改編というのは一つの番組の都合だけでどうにかなるものではない。4月から、今のBEAT SHUFFLEの時間は月〜金の帯番組になる。時間変更か打ち切りか、どのみちそれ以外の選択肢はなかったのだ。
DJとしてデビューした時から深夜の生番組ばかり担当してきた僕だが、BEAT SHUFFLEだけは正直言って辛かった。番組が3時に終わってから、電車が動くまで局で時間を潰し、明け方の京浜東北線に乗って東京駅へ。そして朝一番ののぞみでそのまま大阪へ帰る。この過酷な移動は体力的にもしんどいが、精神面でのダメージがことのほか大きい。まだ真っ暗な冬の早朝、一人で電車を待った浦和駅のホームを、僕はきっと一生忘れない。そういう辛さをもう味わう必要がないというだけでも、ほっとしている。3月27日(木)
引越を1週間後に控え、ようやく荷造りに取りかかっている。最近は「おまかせパック」というサービスを注文するのが引越の主流で、細かい荷物の箱詰めはすべて引越業者がやってくれることになっている。どの程度まで自分で箱詰めをしておけばいいのかがよくわからない。貴重品の入っている自分の机の抽出を、とりあえず片づけることにした。もう10年近くも前の、古い年賀状なんかがたくさん出てきた。大切に保管していたというわけでもなく、単に捨てそびれて、抽出の奥でそのままになっていた物だ。懐かしい思いでそれらを眺めてみたけれど、脳裏に蘇るのは辛い記憶ばかり。僕も当時はけっこう苦労していたのかなぁ。
そしてなぜか封筒に入った7万円を発掘。何かの現金を受け取ったまま、使うのを忘れていたらしい。今の僕はまさしく引っ越し貧乏、お金が足りなくてひーひー言っている時だから、この臨時収入は実にありがたい。大事に使うぞ。僕はNくんとは違うのだ。3月26日(水)
3月はお別れ会ラッシュ。この日はROCK KIDS 802のDJを卒業する西任さんの送別会が、心斎橋の中華料理店で開かれた。ROCK KIDSの全スタッフと4人のDJ、2人のレポーターが集結して、総勢13人の宴会である。
西任は僕の2年後に802のDJオーディションに合格している。今から8年ほど前のことだ。当時彼女は大学生で、初めての番組の時はまだ素人丸出しだった。その彼女がぐんぐん力をつけて、あっという間に僕など追い越し、東京の各局でも引っ張りだこの人気DJとなってしまったのである。その成長の結果として彼女は802を離れることになった。文字通りの卒業だ。彼女とは特番などで一緒に番組を担当したことが度々あったが、実は僕が一番相性がいいと感じた女性DJが彼女だった。相方である僕が考えていることを読みとって、自然に先回りをしてくれるような、機転の効く相手と組んだのは彼女が初めてだったのだ。プライベートで仲の良いお友達というわけではないのだけど(理由は僕が社交的でないから)、彼女のような才能のあるDJとはいつかまた一緒に仕事をしてみたい。
そんなわけで、僕はROCK KIDS 802で一番の古株DJになった。もう「若手」とは呼んでもらえない世代になってしまったらしい。3月25日(火)
ROCK KIDS 802のBBSのテーマは「あなたがもらったことのある賞状」というもの。子供の頃にもらった賞のことを、みんなで自慢しあうのも悪くない。
僕がよく覚えているのは、7歳の時に描いた絵が入選したことだ。当時僕はアメリカに住んでいて、与えられた課題までは覚えていないが、3塁ベースにランナーがスライディングをしている野球の絵を丁寧に描いた。この絵は確かマンハッタンにあるオフィスビル(今はなきWTCであった気がする)の周囲に一時期飾られたはずだ。
そういえばあの頃にもらった賞状とか文集とか、まだ実家のどこかに眠っているのだろうか。母に確かめてみたい気もするが、そんなことをしたら、ただでさえ引越で荷物を減らしたいこの時期に、余計な物を大量に送って来そうな気もするので、しばらくはやめておこう。3月24日(月)
SEX MACHINEGUNS解散の知らせが届いた。どうやらFC会員とマスコミ媒体全体に同時発送されているらしい。詳しいことはまだわからないが、どうやら次のツアーがバンドにとって最後になるらしい。そしてその後は4人それぞれの道で活動していくと。
まさに寝耳に水。全く予想していなかったどころか、「マシンガンズだけはいつまで経っても活動しているはず」と勝手に思い込んでいた。今まで絶体絶命の危機を何度も乗り越えてきたバンドだから、何が起こっても解散だけは選ばないだろうと。
マシンガンズは僕がDJとしてステップアップしていくために大きな力を貸してくれたバンドだ。ラジオというメディアの影響力を実感させてくれたのもマシンガンズ。番組でアーティストを応援する楽しさを教えてくれたのもマシンガンズ。このバンドに関する思い出は語っていたらキリがないほどだ。そのマシンガンズが、いなくなってしまう。その事実を、どう受け止めていいのかわからないでいる。今は、これがベストな結論であることを信じ、解散するその日まで、僕なりに応援していくことしかできない。3月23日(日)
講師をしているOSM(大阪スクールオブミュージック専門学校)の、DJコースの卒業生達による飲み会に招かれた。一昨年の春から一年間、僕が初めて受け持った学生達が卒業を迎えたわけだが、担当したのは彼等が一年生だった時だけだ。卒業を迎えた20人近くの生徒が、手作りで作成した卒業文集(のようなもの)を受け取り、読んでいたらいろいろと思い出すところはあった。彼等にとって僕は、たくさんいる講師の中の一人でしかない。だから、「思い出の授業は?」という問いに、僕の授業を挙げている学生が多かったのは素直に嬉しかった。
僕以外にその場にいた教員は担任の女性(同い年)のみだった。そもそも、1年間、週に一度の授業を受け持っただけの非常勤講師である僕が、そういう飲み会に出席していることこそがおかしい。「今日はK先生(担任の人)もいることだし、おとなしく先生らしい態度でいなければ」と思って、少々緊張気味だったのは最初のうちだけ。一部の生徒は初めから「先生が酔って乱れる姿」を期待していたようだが、そうした期待を大きく上回る飛ばしっぷりを見せてしまった。日本酒がいけない。3月22日(土)
引越の準備はまだまだ忙しいというのに、埼玉でゴルフなんてしてしまった。家が決まるずいぶん前から予定していたラウンドなので仕方がなかったのだ。OBが殆どない非常にゆったりしたコースで、キャディーさんも一緒だったため、まずまずのスコアで回ることができた。久しぶりにゴルフが楽しいと思った。
この日のゴルフはDJの窪田有美さんも一緒だった。今やNHK FMやNACK5で活躍する人気DJの彼女も、かつてFM802で喋っていた時期がある。僕がFM802で担当した最初の番組「FUNKY JAMS 802」の、僕の次の代のDJが窪田さんであった。お互い本当にペーペーだった過去を知っているだけに、この人と会うと昔話に花が咲く。3月21日(金)
先日ROCK KIDS 802にも登場したSADSがG-SPOTのゲスト。基本的にはギタリストを招く番組だが、この日は坂下氏の他に「去年からギターをはじめた」ということで清春氏も登場。清春さんの髪の毛が真っ黒になっていてびっくりした。
前日に井上陽水のライブを見に行ったという清春さんは、その完成度の高さにいたく感動していた。いわく「おかしいぐらい上手い」というバックバンドを従えて、その圧倒的な存在感と歌の力にノックアウトされてしまったらしい。SADSと井上陽水では音楽の質がずいぶん違うわけだが、あらゆる面で影響を受けたそうだ。それにしても清春さんはよく喋る。この週のG-SPOTは編集が大変そうだ。3月20日(木)
ついに新しい戦争が始まった。
TAKUROくんは新聞広告の形で自分の詞を載せ、反戦のメッセージを大々的に訴えた。この勇気ある行動には敬意を表したい。平和を願う気持ちは誰にでもあるはずで、まずはそれを再確認する必要が確かにある。残念ながらこの行動が、GLAYの人気や彼の評価にプラスに働くことは考えにくい。彼の書いた美しい言葉を読んで、これを「人気取りのための偽善」と捉える人は実際にいるのだ。彼はそういう結果を百も承知で、それでも動かずにはいられない人間だ。それだけ正直でピュアで真っ直ぐな人間だ。そうして優しく、強い人間だ。
しかし僕はそれでも、「ブッシュはイラクから撤退しろ!」と叫ぶ気にはなれない。アメリカの武力行使の根拠に不透明な部分があるのは事実だが、さっさと米英軍が手を引けば平和が訪れると言い切れるだろうか。フセインが罪のない国民を人質にして籠城しているように、僕には見えないこともない。3月19日(水)
今日こそ髪を切りに行こうと計画していたのに、転居にまつわるもろもろの用事が重なって結局行けなかった。このぶんだとあと引越が済んで新居で落ち着くまで、おそらく伸び続けるだろう。曲がりなりにもテレビに出る人間が、自分の身なりにここまで無頓着でいいものだろうか。しかし現実に美容院へ足を運ぶ時間が作れないのだから仕方がない。
3月18日(火)
この日のROCK KIDS 802では、6時台にMOB SQUADをゲストに迎え公開放送を行った。会場となるリビアには西田新くんがインタビュアーとして出向き、僕はスタジオで普段どおりに番組を進行していくパターン。ラップは西田くんの得意分野なのである。三角公園にDragon AshのKJが突然現れるのだから、平日とはいえ人が殺到するのは当然。パニック寸前であっという間に公開放送のパートは終了してしまった。その後、メンバー達はFM802に戻り、今度はOSAKAN HOT 100用のゲスト収録を行った。今度は僕が彼等に話を聞く番である。
かつてDAをゲストに招いてBIG STEPからROCK KIDSの公開生放送を行った時以来、KJにインタビューをするのは2回目だった。目の前に観客がいないぶんリラックスできたのか、思ったよりも積極的に喋ってくれた。間近で顔を拝見すると、やっぱり彼はなかなかの男前である。3月17日(月)
青天のヘキレキとでも言おうか、自分でも驚くほどの急展開で、引っ越すことになった。今のところに住み始めて4年弱。そしてこれまで7年間も住み続けた東淀川区から、ついに離れる時が来ようとしている。
いざ転居を決めてみると、その手続きや準備の忙しさに改めてゾッとする思いだ。普段どおりに仕事をしながら、それらの膨大な手続きをこなし、さらに荷造りの準備なども始めなければならない。引越の予定日は約2週間後。来月の下旬頃にはひとまず落ち着いているのだろうか。こんな時期に体調を崩したりしないことを祈るばかり。3月16日(日)
OSAKAN HOT 100のスタッフの一人、Nくんの話をしよう。彼は僕よりも一つ年下で、去年産まれた愛息がいる。つい半年ほど前に家を建てた。彼は特別お金持ちというわけではないから、つまり数千万円の借金を背負い込んだばかり、ということである。しかし彼は新居を購入した直後、以前住んでいたマンションを引き払う際に戻ってきた保証金でプラズマディスプレイを買い、先日はヨドバシ梅田を歩いていて突然CDJ(DJ用のCDプレーヤー。高いんだよ)を購入。そして今日は、ワイフへの感謝を込めてだか何だか知らないが、神戸のオークラという高級ホテルに家族で一泊している。そのうえ近頃「BMWが欲しい」とかほざいている。重ねて言うが彼はお金持ちではない。
思うに彼と僕とではお金というものに対する感覚が根本的に違う。「お金がないのに、あるような顔で使っていると、自然とお金は入ってくるものだ」という誰から聞いたかわからないような人生訓を鵜呑みにしているNくんを、僕は半分憐れみ、半分敬うのだった。
お金の使い方は十人十色。洋服にも食事にも車にもほとんどお金はかけないけれど、唯一この趣味だけはどんな出費も惜しまない、というような人が世の中には多い。そんなふうに熱中できる趣味があるのは素晴らしいことだと思うが、悲しいかな僕にはそれさえないのだ。例えば去年から始めたゴルフも、「安いクラブでいかに上達するか」に命を懸けているといってもいい。だいたいゴルフのウェアに金をかける人の気が知れない。オシャレをしたところで着る場所はしょせんゴルフ場じゃないか。何に対してもそういう考え方しかしない僕は、とどのつまり生まれながらの「守銭奴」だということか。
でも、プラズマディスプレイは僕もものすごく欲しい。3月15日(土)
車で出かける途中、市街地で何の前ぶれもなくいきなり車の流れがピタリと止まる渋滞が起きた。何事かと思って窓から首を伸ばしてみたら、長蛇のデモ。言うまでもなく「NO WAR」を叫んで歩いている人達である。
戦争に賛成か反対か。ただそう聞かれて賛成と答える人はおそらくこの世にいない。しかし、平和な世界であるべきだから、アメリカがイラクを攻撃するのは間違いだと単純に判断する考え方が僕は嫌いだ。ならばフセインを野放しにすることが平和だと誰が言い切れるのか。僕には全然わからない。イラクがなぜ国連に従わないのか。アメリカは石油が欲しいだけなのか。情報が乱れ飛んでいて、何を信じたらいいのかわからない。「よくわかんないけど、戦争はしない方がいいんじゃないの?」というのが、日本の若者の大半が持っている思想ではないか。そして結局のところ、僕もそれと大差ないのだろう。テレビや新聞、親、友達、先生・・・何から得た情報に扇動されるかで、考え方なんて簡単に変わってしまう。フセインよりもブッシュの方が非道なように見えるのは、フセインよりもブッシュの方が情報が多く伝わってくるからだろう。新聞を読んで、テレビのニュース番組を見て、友達と語り合う。その程度の知識で、声高に戦争反対と主張するのも浅はかなような気がしてしまうから、僕はどちらの意見も持たずに見守る。
考えてみると、子供の頃、歴史の授業で教わった史実は戦争に関するものが大半だった。人類の歴史はすなわち殺し合いの歴史。これだけ文明が進んでもまだそれを続けている。人間は意外と成長しない生き物だ。3月14日(金)
最近、BEAT SHUFFLEが終わった後のNACK5では、G-SPOTのディレクターと二人で野球のゲームに熱中している。最近の野球ゲームは奥が深くて驚く。もちろんそのぶん操作は複雑で慣れるまでに時間を要するのだが、毎週のように練習を積んだだけあって僕もかなり上達してきた。中でも最もリアルなのがピッチャーとバッターの駆け引きである。バッターは、ピッチャーが投げる前から球種とコースをある程度絞らないと、振っても当たらない。ピッチャーも疲れるとどんどん甘い球が増えてくるので、単調にならないよう慎重に配球する必要がある。やっているうちにけっこう必死に考え込んでいる自分がいて、「野球って頭を使うスポーツなんだな」とあらためて実感したりする。そのうちどんどんプロ野球に詳しくなっていきそうだ。主なピッチャーの得意な球種はすでにあらかた覚えた。最近のゲームはやっぱりすごい。
3月13日(木)
来週発売されるL'Arc-en-Cielのベストアルバムのサンプル盤をいただいた。98年までとそれ以降、シングルのカップリング集の3枚に分かれており、それぞれにシングル3曲分のビデオクリップを収録したDVDをセットにしている。
数年前に発売されたシングル集は、僕に言わせればはっきり言って首を傾げる内容だった。しかし今回のベスト盤の選曲にはどんなファンも納得するのではないかと思う。アルバム未収録だった「夏の憂鬱[time to say good-bye]」をはじめ、過去のすべてのシングルだけでなく、「Caress of Venus」や「あなた」のような人気の高いアルバム曲も収録されている。もちろん人によって「あれも入れて欲しかった」みたいな好みはあろうが(僕だって「I Wish」が入っていないのは残念だ)、L'Arc-en-Cielの歴史を2枚のCDにまとめるという意味では完璧といえる選曲がなされている。
97年にメンバーチェンジをしたこのバンドは、それを機に過去の曲をライブで一切披露しなくなった。ラジオでも、メンバーがゲストに登場した時に昔の話は「禁句」だった。ファンからすれば、昔の曲も今の曲も同じように大切にしたいと思うものだが、彼等自身にとって「触れたくない、触れて欲しくない過去」になってしまった。kenがSAKURAと一緒にバンドを組み、しかもその所属がDanger Crueであったことには僕も驚きを隠せなかったが、彼等にとって過去はもはや「禁句」というわけではないことは確かなようだ。
CDの曲名を見ないで、流れてくるままに曲順を楽しんでいる。番組でかけた時の曲紹介、爆寸でのみんなの表情、リクエストに添えられたメッセージ・・・どの曲にも僕なりの思い出というものがある。そんなふうに記憶に思いをめぐらせながら聞くのが、ベストアルバムの正しい楽しみ方の一つのような気がする。「L'Arc-en-Ciel入門編」なんかにしてしまうのはもったいないCDだ。3月10日(月)
明日と明後日、大阪城ホールではGLAYのライブが行われる。今日から3日間にわたって、GLAYの「WELCOME & AFTER PARTY」がユニバーサル・シティー・ウォークのハード・ロック・カフェで催されるというので、僕も遊びに行ってみた。これがもう、楽しいのなんの。
初日の今日はまだライブの前だというのに、店内はGLAYファンでいっぱい。ブースでは大抜くんとなちゃの二人が進行を務め、GLAYのイントロクイズ、絶叫大会、カラオケ大会など、ベタなゲームで会場を盛り上げていた。もちろんその合間にはリクエストに応える形でGLAYの曲を流している。同じアーティストのファンが集まって、そのアーティストの曲を聞きながら食事をするのは、それだけでもけっこう楽しいものだ。そこにDJがいればなおさらで、しかも観客参加型のゲームが次々に展開していく。僕もこんなイベントで司会をしたかったなぁ。羨ましい気持ちで眺めていたら、大抜くんが僕をブースに呼び込んでくれた。久しぶりに写真攻めというものに遭い、すっかり上機嫌になってしまった僕だけど、進行役の二人にとっては「何しにきてん」という煩わしい存在だったかもしれない。ちょっと反省もしている。
中盤で行われたGLAYのカラオケ大会というのは、歌唱力を競うのではなくて、炎チャレみたいに歌詞を見ないで最後まで歌いきったら勝ちというルール。これは正直言ってすごく出たかった。ただ僕が歌詞を暗記しているような曲はたいがい超マイナーなアルバム曲だから、カラオケバージョンというものがない。したがって出題曲になるはずがないのだった。
GLAYって愛されてるなぁ。明日のライブが楽しみだ。3月9日(日)
知り合いの女性が、30近い歳になって「最近、ヘビメタが好きになった」と言い出している。会社の同僚の男性にいろいろと指南してもらいながら好みのバンドを開拓しているらしい。僕も一応プロとして口出しの一つもしたくなり、メタルとはこういうモノで、こういうバンドが代表的とされていて、オススメはこれ、みたいなことを教えてあげた。するとそれを彼女から伝え聞いたその同僚くんとやらが、えらい剣幕で反論してきたそうな。「その人はメタルをわかってないし、そもそもその考え方はロックじゃない」とか何とか。メタルのファンは大概そんな感じだ。ひとたびメタルの話になればひたすら持論を展開して、絶対に一歩も引かない。僕だってその同僚くんが目の前にいたら100%論破できる自信があるけど、そこまでムキにはならない。そもそも「ロック」とか「ヘビーメタル」なんて言葉に明確な意味はないのだから、それについて議論することは時間の浪費だ。もっとも、メタルファンにとってはその浪費が楽しいのだろうけど。
ヘビーメタルの世界で名盤とされるアルバムはたくさんあって、その中でオススメを数枚チョイスするのは非常に難しい。悩んだ末、ハロウィンの「守護神殿・第二章」とエクストリームの「ポルノグラフィティ」を選んだ。できることなら「SIAM SHADE 3」もセットで聞いて欲しいところだ。3月8日(土)
「SO HOT」というテレビ番組のナレーションの仕事が、今月いっぱいで終わることになった。まだ番組名が「アメロク」だった頃からだから、もう4年も続いたということになる。喋り手としての主観を捨てて、与えられた原稿を要求されるとおりに読むという、いわば非常に機械的な仕事だった。僕はDJのくせにフリートークより原稿を読む方が好きだから、この仕事は案外楽しかった。
ここのところ、別の仕事とのスケジュール調整が難しくなっていて、スタッフにはいつも迷惑をかけていた。それでも僕を使い続けてくれたスタッフには感謝している。僕が降板する理由はあまりよくわからないが、4年も続いたのだから降ろされることに不満はない。しかしレギュラーの仕事が一つなくなったことは正直言って問題ではある。新しい仕事を探さなくちゃ。誰か仕事ください。3月7日(金)
かつて「カプエス」で一緒に仕事をしたカプコンのサウンドエンジニアの人が、新しく制作に携わった「カオスレギオン」というゲームソフトを送ってくれた。モンスターと戦いながら進んでいく一見オーソドックスなアクションゲームだが、実は全然オーソドックスじゃない。出てくる敵の数が異常に多く、とても一人では倒しきれないのだ。そこで、レギオンと呼ばれる自分の分身達を呼び出すと、こいつらが意のままに動いて一緒に戦ってくれるというシステムだ。いろんなタイプのレギオンがいて、敵によってうまく使い分けないとレギオンも自分も死んでしまう。そんな話を聞くといかにも操作がややこしそうだが、プレイしてみるとこれが案外シンプルで驚くのだ。「何かよくわからないけど、このボタンとこのボタンを適当に押していれば、いつの間にか勝ってる」みたいな、カプコンお得意のパターン。CGもサウンドもさすがにハイレベルで、プレイしていて爽快になれるゲームだ。
ところで、実は最近、ファミコンのゲームに凝っている。なぜ、どうやって、というあたりはここではあえて語らないでおこう。ともかく懐かしいファミコンソフトでいろいろと遊んでいる。懐かしいぶん楽しさもあるが、「カオスレギオン」のような最近のテレビゲームと比べると、自動車とミニカーぐらいの差を感じる点は否めない。「スパルタンX」なんて、「こんな単純なゲームでよくあそこまで熱くなれたものだ」と半ば呆れてしまう。しかしそうやっていくつかのゲームに呆れたりしてみると、やっぱり「スーパーマリオ」は他とは格が違うと思った。ちなみに、ワープの方法は人に聞いて思い出したが、いまだに8面の最後まで行けない。ファミコンのゲームにはセーブの機能がないせいだ。無限に1 upする方法も思い出したが、悲しいかなその技術が今の僕にはないのだった。3月6日(木)
午後に税務署へ書類を提出しに行った。今年はわりと自信たっぷりだったのだが、あっさり間違いを1カ所指摘され、その場で書き直すことに。深く読まずに去年と同じ控除額を書き込んでしまったようだ。おかげで当初の予定より10万円以上も高い税金を払う羽目になった。
税務署の職員は、役人にしては接客が丁寧である。きっといろいろと批判を受けた過去でもあるのだろう。中に入ったらまず「ご苦労さまです」と声をかけられ、きちんとした敬語で応対してくれた。わからないことは親切に教えてくれるし、こちらが必要以上に面倒な思いをしなくていいように手伝ってもくれる。
すっかり「税金通」になった気でいる。今年からは青色くんになろうかとも。3月5日(水)
睡魔と戦いながら、深夜に確定申告の書類が完成した。一部、不確かな箇所もあるので、今年は税務署に持っていって聞いてみることにしよう。毎年この時期、電卓を片手に自分の所得を計算するようになって10年近くなる。さすがに所得税というものについてだいぶ詳しくなってきた。控除や減税の計算をしていてつくづく思ったが、税額の計算方法を考えている人は本当に凄い。ちゃんと平等に、苦しい人から税金を巻き上げすぎないように、そして潤っている人はあまり稼ぎすぎないように、非常によく考えられている。算数の時代から数字が嫌いな僕だったが、税金って仕組みがわかってくると案外面白いかもと思うようになった。
3月4日(火)ROCK KIDSの「IDソング」特集が始まった。普段と変わらないようなリクエストばかりが届くのではないかという懸念があったが、始まってみれば素晴らしいメッセージが続々寄せられた。好きな曲で自分を表現するなんて冷静に考えたら無茶な話だけど、例えば自分が格闘家だったら入場曲に何を選ぶか、プロ野球選手だったらバッターボックスに入る前に何を流して欲しいか、そういう基準で自分の好きな曲を選ぶのは誰にとってもけっこう楽しいものだろう。
今日はXの「紅」やhideの「MISERY」がROCK KIDSでオンエアされるというおもしろい選曲になった。番組の最後には僕が選んだIDソングを発表。Valentine D.C.の「カセットケース」とどちらにしようか悩んだ結果、以前この日記にも書いたshameの「LOSERS」をかけた。もう解散してしまったバンドの、決してヒットはしなかったシングル。こういう時でないともうラジオで流すチャンスのなさそうな曲だ。bbsにもけっこうな反響があって驚いた。やっぱり名曲というのは簡単に忘れられることはないのだ。3月3日(月)
最近、カバー曲がやたらに多い。邦楽のアーティストが、70年代から80年代ぐらいの、つまり僕がリアルタイムで知っている歌謡曲をカバーするというパターンが殆どである。それらすべてを十把一絡げにしてうんざりだという気はないが、この傾向そのものには正直言って辟易している。
ファッションや音楽の流行は20年ぐらいの周期でループしていくといわれる。数年前だったら古くてダサいとされていたような歌謡曲が、今の時代は再評価される。キンモクセイのようなアーティストが受け入れられたり、小田和正のセルフカバーアルバムが売れたりするのも、結局は今の時代のニーズなんだと思う。70年代や80年代にベストテンでアイドル達が歌ったような歌謡曲は、一流の作詞家や作曲家による作品ばかりなのだから、いつの時代に聞いても「いい曲」であることは間違いない。しかしあからさまに話題性ばかりを狙って、誰でも知っている曲のカバーをリリースするのはいただけない。
そんな時代に、トータス松本は自らのルーツであるソウルやリズム&ブルースの曲をカバーしたソロアルバムをリリース。クレイジー・ケン・バンドもキャロルの「甘い日々」をカバー。こういう企画はおもしろいと思うし、カバーの醍醐味も感じる。3月2日(日)
HOT100の終了後、「リロ&スティッチ」の試写会を見に行った。ここ数年ピクサー頼りの状態で、本家のアニメではなかなかヒットが出なかったディズニーが、久しぶりに好調な興行収入を得たアニメ映画ということで、親子向けの春休み映画では最大の話題作となっている。
テーマは家族。亡くなった両親と写っている写真を枕の下に大事に隠す主人公のリロがいじらしい。ジブリ映画並みに愛おしいしぐさを見せている。吹き替えをしている声優もよかった。僕はアニメや洋画の吹き替えで、子供の声を大人の女性があてるのが苦手なのだ。リロの声はとてもあどけない女の子だった。もう少しほのぼのしたハートウォーミングな話を想像していたが、アメコミのようなバイオレンスが全開で、けっこうやかましい映画だった。とはいえ憎めない脇役キャラも多彩で、「最終的には誰も悪くない」というディズニー映画の王道的ハッピーエンドは健在。いろんな人が強く勧めるのもよくわかる。3月1日(土)
殆ど睡眠時間はゼロの状態で、昼から夕方まで5時間余りもイスに座り続けた。子供の幼稚園の発表会があったためだ。
うちの子供達はごく普通の私立幼稚園に通っている。送迎のバスもない、わりと古風な幼稚園。ここは子供にかなりレベルの高い合奏や遊戯をさせることで知られている。この3月の発表会では年長組の子供達が卒園前の最後の演技をする。クラスごとに決めた出し物を舞台で披露するのだが、これが本当に感動的なのである。舞台の上の子供達は、拙いながらも懸命に演奏し、踊る。何ヶ月も前から必死に練習してきた成果だ。指揮をしていた先生は、演奏が終わると指揮台の上でこちらへ向き直り、子供達と共に一礼するのだが、その時に泣いている先生が多い。一生懸命な子供達の姿を見て、これまでの日々を思い出すのだろう。中にはもちろん音楽が嫌いな子もいて、そういう子は「練習がイヤだから幼稚園に行きたくない」と泣いたりもするのだという。それを親と先生と友達が説得して、とにかく全員で形にする。この日の発表会は、欠席した園児が一人もいなかったそうだ。自分の子供がいないクラスの演奏を見ていても、ジーンとくることが何度もあった。そして最後の最後は、卒園を控えた年長組の全員がステージに上がり、「さよなら」という歌をみんなで歌う。途中から女の子達が泣き出して、つられて先生達も泣いていた。そんな光景を見て、この幼稚園に入れてよかったなと痛感した。出来る子も出来ない子も、みんなが一つになって何かを作り上げることの達成感は、他では味わえない種類のものだと思う。運動会や発表会での合奏を見て、子供の幼稚園をここに決める人も少なくないそうだ。
それにしても、ビデオカメラをずっと持っているのがこんなにしんどいなんて。デジネバのスタッフがいつもひーひー言ってる気持ちが少しわかったよ。
