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Diary(04.04.)

4月30日(金)

 子供の頃から空想癖がすごくて、一人であれこれと想像しながらぼーっと過ごすのが好きだ。最近、暇な時によく想像するのが、「犬のいる生活」。僕は子供の頃から家でペットを飼ったことがない。とにかく世話が面倒というイメージがあるから、それほど飼いたいという気持ちになったこともなかった。しかし1年前に引っ越してきたこの家というのが、犬を飼うのに最適な場所。もしも、我が家で犬を飼っていたらどうなるか、想像していたら、本気で欲しくなってきた。
 いつか犬を飼うならイングリッシュ・ポインターがいい。それだけはずっと前から決めていたこと。大型犬で頭が良く、あまり吠えず、毛が抜けない。利発そうな顔やスマートな体格も理想的だ。インラインを履いてそんな犬と散歩がしてみたい。そんな空想が止まらなくなって、ついに「犬を買わない?」と家族に提案してみたが、あっけなく却下された。あと何年か我慢するかな。

4月29日(木)

 7回忌のメモリアル・プロジェクトの目玉企画として行われたhideのFILM GIGツアーが、この日の大阪厚生年金会館でファイナルを迎えた。ライブビデオとしても発売された96年秋のツアー「PSYENCE A GO GO」のファイナル、代々木第一体育館のライブを、一切ノーカット、MCなどを含めて完全な形で上映していた。負傷者が続出し、ライブ以外でも愉快な逸話が尽きない伝説のツアーだった。ロックというおもちゃを使って遊ぶことにかけては天才的な能力を発揮するhideの、エンターテイナーとしての力量が十二分に発揮された、痛快活劇なライブだ。もう8年も前の映像だというのに、サウンドはもちろんのこと、演出や衣裳も、時代のズレをまるで感じさせない。先鋭的で個性の強いhideのセンスを満喫することができた。上映が終わった後、泣いてしまっている観客も多かったが、それはライブが楽しかったから流れた涙だろうと思う。楽しかったぶん、終わって現実に引き戻された時に、彼はもうこの世にいないという事実が大きく視界を塞ぐのだ。
 終わってから、スタッフだけが集まる打ち上げの場に、光栄にも招かれた。少し遅れて到着すると、普通のライブに比べると本当に少人数で飲んでいた。横須賀のミュージアムを支えているスタッフの人達と話して、自分が先日この日記に書いた内容を思い出した。この人達が、金儲けのために、hideを遺した物を利用していると考える人がいるのだとしたら、それは大きな間違いである。お金を稼ぎたいならば、他の仕事の方がよほど確実で安定するだろう。hideがらみの仕事で儲けようとしても、もう無理だ。だからマスコミはもうhideのことに触れようとしない。この日のフィルムギグも、媒体の人間で見に来ていたのはどうやら僕一人だった。
 逆に言えば、今現在hideに関する仕事をしている人はみんな儲けなんか度外視で、本心からhideを敬愛しているということだ。6年の間にふるいにかけられて、邪な気持ちでhideを扱う人間は誰もいなくなった。打ち上げ会場は知らない人ばかりだったけど、不思議と居心地が良かったのは、僕にもhideに対する共通した心があったからかもしれない。
 みんなhideが好きだから続けているんだ。文句があるヤツは触れるな。

4月28日(水)

 雑誌「関西ゼクシィ」の取材を受けた。内容は、「802DJが選ぶ、結婚披露宴のBGM」。披露宴で使うBGMの選曲に関してはけっこう自信があって、今回の取材も事前のアンケートの段階から気合いが入った。僕の選曲は、幅広い年齢層が列席していることを考慮して、「当たり障りのない洋楽」というのが基本になる。しかし、平凡すぎず、マニアックすぎない曲って、探してみると案外少ないのだ。自分の知識とセンスを駆使して、入場時、ケーキ入刀、お色直しなど、それぞれのシチュエーション用にセレクト。その事前アンケートには、なぜその曲を選んだのかのコメントを添える欄があって、いつの間にか選曲よりもそのコメントの文章を考えるのに時間をかけている自分に気づいた。こだわりすぎ。
 司会者という立場でいくつかの披露宴を見てきて、「失敗しない選曲の仕方」はよくわかってきたつもりだ。新郎新婦が音楽好きで、かけたい曲がたくさんあるならもちろんそれを選べばいいことだが、世のカップルの大半は、二人の思い出の曲などせいぜい2、3曲ぐらいしか持たない。いざ式で使う曲すべてを選曲してみせろと言われたら、手駒が足りなくて焦るものだ。そういう時に、カップルの好みや、招く客の年齢層などを考慮しながら、ベストなバランスで選曲が出来るのは、多分FMラジオで仕事をしている人間ではないかと思う。「心に残るBGM」の選曲をメインとする、披露宴の音楽プロデュース業を始められたら、どんなに楽しいだろう。アルマゲドンとかタイタニックとか、そういう素人みたいな選曲はしないわよ。

4月27日(火)

 昨日の夜から雨が降り続いている。外出する用事が特になかったので、一日中家の中でのんびりと過ごした。
 先週末に買って、半分ぐらいまで読んだまま止まっていた、貴志祐介の「硝子のハンマー」をようやく読み終えた。冒頭で何となく犯人とトリックの見当がついてしまったが、後半で明かされた真犯人と犯行の手口は、普通の読者の予想とは明らかに違っているだろう。書店には、「この密室トリックはまず破れないだろうと思います」という著者のコメントが添えられていた。おそらくは自身もミステリーマニアである著者が、長年暖めていた構想に違いない。「おいおい、そこまで手の込んだことをしなくても、人は殺せるんじゃないか?」と突っ込みたくなるのは「青の炎」の時と一緒か。それだけ綿密に計算してでも殺人を犯す以外に道がなかったという、動機の悲しさもよく似ている。貴志祐介の著作はこれまで、5作のうち3作までが映画化されているが、この新作がヒットしたとして果たして映像化できるだろうか。
 意外性もあっておもしろい1冊だった。4年以上の歳月を要しただけのことはある力作といえるが、個人的には、やはりこの人には「怖い小説」を書いてもらいたい。緻密な完全犯罪を扱った推理小説を書く作家はたくさんいるが、「クリムゾンの迷宮」や「天使の囀り」に匹敵するおぞましい話を書ける作家は、他にいないのだ。

4月26日(月)

 明後日から、今年もOSMの授業が始まる。DJを夢見て学校に入学した若者が20名弱、すでに学校に通っているはずだ。入学式にさえ顔を出さない怠慢講師の僕は、自分が受け持つ学生達の顔や名前はおろか正確な人数すらまだ知らない。
 普段の僕の授業はスタジオを使い、前週までに決められた学生数人が自分も持ち時間を利用して自由に番組を作る。僕や他のみんながそれに対する感想を言い合い、余った時間は雑談。しかし最初の授業だけはそういう時間の使い方ができない。3時間ずっと雑談をしているわけにもいかないので、見本となるDJを僕自身がすることになる。本業の僕が、学生達の前でDJをするのは、実は大変なプレッシャーである。羨望と尊敬のまなざしを、受けるのが当たり前という立場。
 今日は、その20分間の模擬番組の準備をした。選曲も構成も、じっくりと練った。放送に乗るわけではなく、録音もしない。趣味の範囲で喋るだけなのに、どうしても手を抜けないのは、やはりDJが好きでたまらないせいだろう。ようやく仕込みが完了して、白みかけた窓の外を見ながら、そう思った。

4月25日(日)

 尾崎豊の命日。ラジオから尾崎の曲がたくさん流れている。
 今日は番組後に、とある人(未公表の可能性もあるので一応名を伏せる)の結婚披露パーティーがあった。それに出席するため、僕はスーツ姿でFM802へ。生まれて初めて、僕はネクタイを締めた状態で番組に臨んだ。日頃ラフな服装で仕事をするのが当たり前の人間にとって、たまのスーツは身が引き締まる思いで着心地も悪くない。しかし今日は、朝から僕の気分を曇らせる悲しい出来事があった。スピード違反で切符を切られたのである。21キロオーバー。
 さっきまで同じぐらいの速度で何台も並行して走っていたのに、いつの間にか自分だけが飛ばしている。こういう時は大概捕まるものだ。目障りな赤旗を持って立ちはだかる警官を見て、舌打ちしながら車を止める。こういうときに警官が横柄な態度を取ったら頭に来るが、不必要に低姿勢なのもこれはこれでむかつく。言葉遣いだけはやけに丁寧で、ニヤニヤしながら、「ごめんねー。わしらもこれが仕事やから」とでも言いたげだ。天気がいいから暇つぶしで取り締まっとったんちゃうんかい。
 まあ交通違反というのは、頻繁に車を運転する人間にとっては税金みたいなもので、どんなに気をつけていてもやらかしてしまうものだ。反則金はそのぶん稼げば戻るが、点数は金に替えられない。僕が減点をくらったのは多分3年ぶりぐらいのこと。ゴールド免許の夢はあっさりと潰えた。

4月24日(土)

 朝は垂水にある屋外のコートで、午後は氷上郡の屋内リンクで、ホッケー三昧の休日。それにしても遠い。もう少し近い場所に、広くて下がツルツルのホッケー用リンクは出来ないものか。
 今のチームに入れてもらってかれこれ10ヶ月になる。前々から注文していたジャージがようやく完成し、今日それを受け取った。ホッケーでジャージとはユニフォームを指す。僕の背番号は3番。チーム内で空いている数字の中から自由に選択できるということだったので、単純に最も若い番号を選んだ。ホッケーの背番号は野球やサッカーと違って、主力が若い番号を使い、控えの選手に大きな数字が割り振られる、ということはない。上手いのに70番台や80番台の人もたくさんいる。しかしやっぱり若い数字の方が目立つ気がする。1番と2番はさすがに先約がいたので、3番をいただいたわけだ。
 そしてその番号の上にローマ字で入れるネームは、これもインパクトだけを考えて「DJ」としてみた。本名をプリントしたのではおもしろみがないし、かといって僕は特にあだ名というものがない。多分全国でインラインホッケーをたしなむプロのDJは僕ぐらいだろうと勝手に判断し、DJという二文字を入れることにしたのだ。今日はTシャツ1枚では寒い一日だった。上着を持っていかなかったので、帰りにそのジャージを着たまま車に乗ったら、「浅井さん、よっぽど嬉しいんだね」と言われた。まあ考えてみると、自分のユニフォームを受け取ったのは小学校の時以来で、確かに嬉しい。しばらく壁にでも飾っておこうかしら。

4月23日(金)

 4月からBEAT SHUFFLEの時間が短くなり、G-SPOTの収録もなくなったので、東京に向かって出発する時間も、帰ってくる時間も変わった。僕はまだ正確な移動のリズムを覚えていない。今日、新幹線は正しく予約してあったのだが、家を出てから乗るバスの時間を間違えた。最寄駅に着いてから、2時間近く時間が余ることが判明。もちろん、遅く出てしまうよりはいいが、新大阪でそれだけの時間を潰すのは僕にとって苦痛である。仕方ないから本屋に行った。前にも書いたとおり、あんまり長居をすると気分が滅入ってくるので、とりあえず店先の、一番売れている本が並んでいるところだけを物色。
 貴志祐介の新作が発売されていたので、それを購入した。500ページ近いハードカバーは、東京出張の鞄に入れるには重たいが、この人の本なら早めに読みたい。貴志祐介は、僕がデビュー作からすべての著作を読んでいる数少ない作家である。ホラーの鬼才として注目されたが、前作の「青の炎」で少し路線が変わり、4年ぶりとなる今度の「硝子のハンマー」では、ついに本格的なミステリーに挑戦している。王道ともいえる密室トリックを使った殺人で、主人公がその犯行の謎を解いていくパターンだ。まだ最後まで読んでいない。
 この作家の最大の魅力は、取材力にある。おそらく本人もこの点を一番得意としているはずだ。1冊の長編小説を書くためにかなりの文献から引いており、あらゆる事柄が詳しく説明されていておもしろい。例えば今作では防犯の専門家が登場するのだが、今時の一般家庭の防犯事情やピッキングの方法などについて、とてもわかりやすい説明がされていて勉強になった。
 推理小説としてどこまでおもしろいかは、最後まで読んでみないとわからない。

4月22日(木)

 今日は単発で依頼されたナレーションの仕事があった。某パチスロ機メーカーが、全国のお店に対して宣伝する目的で作られるビデオ。新しい機種をより多く店に並べてもらうことは、メーカーにとって経営を左右する重大な要素に違いない。しかしそれにしても、パチスロ店のスタッフに見せるだけのために、わざわざ本格的なパブリシティ用ビデオを作るというのだから、やはりこの業界には金があるんだなと思わずにはいられない。そして、パチンコもスロットも一切やらない僕にそういう仕事が来るというのは、ちょっと妙な話である。
 10分ほどのビデオだったがほとんど喋りっぱなしで、しかも始終MAXのテンションを要求された。喋るというより叫ぶ感じだった。僕が日頃全く使わない専門用語の連発。アクセントが判然としないから、当てずっぽうで読んでみては違うと指摘され、録音し直すという繰り返しだった。こういうナレーション収録の仕事をしていて「勘弁して欲しい」といつも思うのは、噛んでもいないしアクセントも間違っておらず、つまり僕には何の落ち度もないのに、僕が読んだのを聞いてから原稿に直しが入るパターンだ。文を直すなら読む前にしてくれと。車にガス欠があるように、人間の声も出し続けていれば枯れてしまう。ただでさえ極度に燃費の悪い走り方を要求されているのだから、空ふかしはやめてほしい。けれど「声を枯らすなんてプロとして失格」なのも事実だから、何も言えない僕である。

4月21日(水)

 デジネバで紹介したゲームは、「MLB2004」。その名の通り、メジャーリーグを再現したテレビゲームだ。おそらくアメリカで発売されているものを日本語に翻訳したソフトと思われるが、日本のプロ野球ゲームに引けを取らない出来だった。プロ野球ゲームは、リアルさを追求すればするほど操作が複雑になる。特に守備では9人それぞれが全く別の役目を負っているわけで、そのすべてを一人で操ること自体に無理がある。この「MLB2004」は、守備や走塁を機械に任せ、ピッチングとバッティングだけに専念することが可能。初心者向けのセッティングにすれば、打つ方もそれほど難しくない。
 こういうゲームは、テレビで本物の試合を観戦する前の予習にちょうどいい。大リーグ選手の名前など、たまに試合を見るだけの身ではとても覚えきれないが、ゲームで対戦すれば否応なしに頭に入るだろう。各ピッチャーの持ち球、各バッターの好きなコース、そして打ち方や投げ方の癖まで。
 スポーツゲームはあらゆる競技のものが出ていて、NHLを再現したゲームもあるのだが、それは残念ながらいまいちリアルとは言い難いんだよな。

4月20日(火)

 映画ウィークは終わらない。今日見たのは、明日収録のデジネバで紹介する「真珠の耳飾りの少女」という映画だった。全国のミニシアターで上映されている、芸術性の高い映画だ。
 17世紀を代表するオランダの画家、フェルメールが描いた、数少ない肖像画の一つが「真珠の耳飾りの少女」。その絵が完成するまでの、架空の物語を映画化したものである。フェルメールの家に使用人として雇われた貧しい少女が、その色彩感覚におけるずば抜けた素質を見出され、やがてフェルメールにモデルとして起用される。互いの才能を理解し、芸術への探求心と恋愛との狭間で心は揺れ動く。嫉妬に狂う妻や、狡猾なパトロンが二人を引き裂こうとする中、二人はその絵を完成させることで、何を犠牲にし、何を得るのか。そんな映画だ。
 フェルメールの絵画がそうであるように、映画として非常に繊細で上品な作品である。どのシーンを見ても、美しい絵画を見ているようだ。フェルメールという画家に対する、制作者の深い敬愛と理解が感じられる。フェルメールは陰影を使った巧妙な演出で知られており、そんな天才画家を描くのだから、ファンの期待を裏切らないこだわりが要求されたのだろう。
 全体的に台詞は少なく、非常に地味な印象の映画だが、派手でやかましい映画に疲れてしまっている目にはかえって新鮮である。衝撃的なシーンはないし、泣きも笑いもしないけど、見終わってから「心が豊かになった」ような気がする、知的で美しい映画。ちょうど、美術館を出た時のような気分になる。

4月19日(月)

 ここのところ、やたらと映画をよく見ている。その多くは、番組で紹介することが決まっていたから試写に足を運んだのだが、唯一、誰に誘われるでもなく自発的に見に行った作品が、「世界の中心で、愛をさけぶ」だった。ベストセラー小説の映画化は難しいと思う。少なくとも僕はあまり期待しない。しかしこの映画は、原作の感動を超えていると思った。日本の映画を見てこんなに心に残ったのはどれくらいぶりだろう。
 原作では、朔太郎とアキの淡く初々しい恋と、悲しい別れ、そして絶望に打ちひしがれる朔太郎の放心を、実に丁寧に描いていた。映画ではそこに、その「後」の物語を追加している。30を過ぎた朔太郎が、なおもアキへの想いを断ち切れないまま、結婚しようとしている。新しい恋人とともに、彼がどのようにしてその悲しみを乗り越えるか。映画の中で二つのストーリーは交互に進み、原作には登場しない「カセットテープ」というキーワードによって見事に結びついていく。
 何といってもアキを演じる長澤まさみが素晴らしい。原作に登場する広瀬亜紀は、明るくて優しくてルックスもいい、誰からも愛される女の子。そんな「アキ像」があまりに現実離れしていて、それで僕は小説に入り込めなかった部分があるわけだけど、その現実離れしたアキの本物が、スクリーンの中にいるのだ。健康的で、元気で、品が良い。健康的すぎて、途中から白血病で弱っていく設定に無理があった点は否めないが、原作のファンを納得させるに充分な魅力を持っている。そして、成長した朔太郎に扮している大沢たかおも、いい演技をしていた。アキとの思い出を回想しながら微笑む表情は、心から悲しそうだった。楽しかったことを思い出しても、悲しくて辛い。そんな感覚が、とてもリアルに伝わった。
 時代設定が86年ということになっていて、病室のラジオから渡辺美里の隠れた名曲「きみに会えて」が流れたのも嬉しかったが(何と美里本人がDJとして声のみの出演もしている)、やはりエンディングで流れた平井堅が印象的だった。小説ととてもよく似たラストシーン、二人を空撮しながら、「瞳をとじて」のピアノが流れ、「大沢たかお」からゆっくりとクレジットが始まっていく。画面が文字だけになっても、しばらくそのまま余韻に浸っていたいと思った。
 その映画を見てからもう何日も経つけれど、いまだに思い出している。ことあるごとに、映画の場面場面が、脳裏に蘇るのだ。泣けるだけの映画を作るのは、それほど難しいことではないと思う。この映画には、悲しみの涙と、その一歩先の前向きな感動が両方ある。僕の評価としては、何年かぶりに☆五つの日本映画だ。
 ただし、原作の中で僕が二番目に好きな台詞が映画に登場しなかったのは少し残念だ。「たのむよ、おまいさん」ってやつ。

4月18日(日)

 OSAKAN HOT 100終了後、なんばハッチへムックのライブを見に行った。BEAT SHUFFLEのレギュラーコーナーを担当していたこともあり、懇意にしているバンドだが、実は彼らのワンマンライブを見るのはほとんど初めてに近い。最近はいろんなジャンルのライブを見に行くようになったが、これほどの盛り上がり方はやはりビジュアル系でしか見られないと思った。僕はハッチの2階席から満員のオーディエンスを見下ろしていたのだが、始まった途端に観客全員がうねり、跳ねるその光景はまさに圧巻だった。これといって決まった振り付けや暗黙のルールがあるわけでもなく、かつてのビジュアル系に見られた(悪く言えば)閉鎖的なノリとは明らかに違う。ムックは音楽的にも非常に強い個性を持っているバンドだ。この凄まじいライブを見ても、頭でっかちの洋楽ファンはビジュアル系をバカにし続けるのだろうか。彼らのようなバンドがサマフェスで外タレと共演した方が、絶対におもしろいと思う。
 ついでと言っては何だが、ここで、木曜日に見たライブの感想も書いておこう。
 CHEMISTRYの大阪城ホール、4DAYSのうちの2日目だった。「ONE×ONE」というアルバムタイトルに因んで、ステージセットはXの形。アリーナを横に使って、スタンドは全方位、おそらく1万2千人ぐらいの観客を入れていただろう。この規模で4公演を売り切るのだから、今の彼らの人気には驚かされる。広いステージセットを巧みに使い、ライブは非常に凝った演出で構成されていた。明らかに、曲ごとの立ち位置などが細かく決められている様子。3時間近くに及ぶ長いライブだったが、目立ったミスは一つとしてなかった。徹底したリハーサルの賜物に違いない。演奏のない、二人だけのソロパートもいくつかあったが、プレッシャーのかかるそういった場面でも完璧な歌を聞かせ、肝の据わったところを見せつけた。過去のヒット曲も、飽きさせない斬新なアレンジでそのほとんど全てを披露し、現段階での二人が見せられる最高峰のエンタテイメントショーといったところ。CHEMISTRYのファンでない人が見ても、100%満足できるであろう素晴らしいライブだった。

4月17日(土)

 来週のROCK KIDS 802で紹介する、映画「KILL BILL Vol.2」の試写会に行った。キルビルは、名うての殺し屋だった女性が、組織のボスとかつての仲間から残酷なリンチを受け、4年の昏睡から目覚めて復讐の旅に出るという話。もともとは一本の作品とする予定だったらしい。前作は先日ここに書いたとおり主に日本が舞台で、5人のターゲットのうち2人を倒すまでが描かれている。今作では、テキサスの荒野、中国、メキシコに舞台を移し、親玉のビルを含む3人に挑んでいく。主人公のザ・ブライドが、なぜ組織に狙われることになったのか、彼女のお腹にいた子供はどこにいるのかなど、前作では明かされなかった謎が丁寧に描かれており、ストーリーとしての完成度は非常に高い。虫けらのように人が殺されていくという印象しか残らなかった前作とは比較にならないほど、おもしろい映画だった。どんなに映像がオシャレでも、どんなにシュールなセンスがサブカルっぽくてステキでも、ストーリーがおもしろくなければ本末転倒というもの。その意味でこのVo.2は、一作目を見てガッカリした人にもぜひオススメしたい。

4月16日(金)

 仕事の打ち合わせのため、いつもより早い時間に東京へ移動した。渋谷にある事務所で、今度僕が司会を引き受けるイベントについてあれこれと話を聞いたのだが、思っていたよりもずいぶん早く済んでしまい、大宮に行く前に1時間以上も暇が出来てしまった。とても天気が良かったので、あてもなく渋谷の街をぶらぶらと歩いた。僕は街で時間を潰すとき、決まって本屋に行く。店頭に並んだ本を眺めているだけであっという間に時間は過ぎていく。しかし今日は、店に入って3分もしないうちに外へ出た。このままでは倒れてしまいそうな、軽いめまいを覚えたからである。この15年あまりで、書店に入ったら、ほとんど条件反射的に鷺沢萠の本を探す癖がついている。買いそびれている本などありはしないのに、彼女の本が店に並んでことをいちいち確認するのだ。けれどそんなことには何の意味もない。彼女がいなくなった今、本屋は僕にとって居心地の悪い場所になった。今後、彼女の作品はすごい勢いで増刷され、大きな書店には追悼コーナーでも作られるに違いない。これを機に初めて鷺沢作品を読み、新しくファンになる人も多いだろう。もちろんそれ自体は素晴らしいけれど、僕の知らないところでやっていて欲しいことだ。
 僕は大学を出る頃まで、鷺沢さん以外の作家が書いた本を全くといっていいほど読まなかった。もちろん今ではそんなこともないが、鷺沢萠以外の誰の著作を読んでも、「何だかしっくりこない」という微かな違和感を常に感じていた。僕にとって、正しく美しい日本語を書ける人は鷺沢萠しかいなくて、それ以外の人の文章は(たとえ漱石だろうと鴎外だろうと)、点の打ち方一つをとっても、何かが違うといつも感じてしまう。僕はこの先一生、新しい本を読むたびに、そういう違和感を味わい続けなければならないのだろうか。
 さて、暗い話はこのへんに。
 BEAT SHUFFLEで久しぶりにLa'cryma ChristiのKOJIくんやSHUSEくんと再会。番組後、都内へ移動してKOJIくんと4年ぶりぐらいで麻雀を打った。僕ら以外のメンツは、NACK5の他の番組でディレクターをしている人と、先月までADをしていたヤツ。KOJIくんは麻雀自体が前回僕と打って以来だそうで、ツモの順番すらはっきり覚えていないと言う。僕もなかなか感覚を思い出せなくて、興奮のせいか始めてから1時間ぐらいは震えが止まらなかった。不用意な放銃を連発したことも災いして、序盤に2回連続で飛ばされた僕だったが、ツキが回ってきた後半の連続トップで何とか持ち直し、結果的には出入りの少ない点数となった。僕が朝一番の新幹線で大阪へ帰るということで、5時すぎにお開き。さすがに疲れたが、金曜の夜に東京で麻雀が出来るのはいい。近いうちに必ずやリベンジを。

4月15日(木)

 何人かの知り合いが、僕がひどく落ち込んでいるのではないかと心配してメールを送ってくれた。どうもありがとう。
 鷺沢萠の全作品に、深い思い入れがある。こうしてキーボードを叩いていると、無意識のうちに、思い出の一つ一つを書き始めている自分に気づく。しかしそれらを今ここで公表することはあまりに無意味な気がするので、鷺沢さんに関する思い出は、もう自分の胸にしまっておこうと思う。
 今日も長い一日だった。ニュースというものは温泉のように絶えず湧き起こっては流れていく。鷺沢萠急逝のニュースも、半日も経てばヤフーのトピックから姿を消し、世の中のほとんどの人の記憶にすら残らない。この世から鷺沢萠がいなくなったというのに、何事もなかったように平穏に動いている街を歩くと、やるせなさと違和感に襲われた。悲しみを誰かと共有したいわけでも、誰かに慰めて欲しいわけでもないけど、自分一人が暗い井戸の底にいるような疎外感があった。
 本当は、今日試写を見に行った映画のこととか、その後見に行ったライブの感想とかを、日記に書くつもりだったんだ。だけど、自分の精神状態と切り離して文章を書くことが、今の僕にはまだ出来そうにない。だからまた後日記録しよう。いつまでも落ち込んだ内容ばかりを日記に書いていても仕方がない。どのみち明日の番組ではまた明るく楽しく喋る必要がある。
 「天国ってのは、生きている人間が勝手に作り出したものだ。いつかもう一度会える、そう信じていたいだけだ」。今日見た映画の中で、そんな内容の台詞があった。人の死は、どんなふうに捉えても絶望的でしかあり得ない。死からポジティブな何かを見出すことは不可能に近い。だから人は、「心の中に生き続ける」とか、「作品は生き続ける」などと自分に言い聞かせて、悲しみをまやかすことしか出来ない。本当にその傷を癒す力を持つものが存在するとすれば、それは時間だけかもしれない。
 春は嫌いだ。大切な人が、突然いなくなってしまうから。

4月14日(水)

 眠れない。長い夜だ。
 この仕事を続けていれば、いつかは会えるかなと思っていた。念願叶って本人に会うことが出来たら、こんな話をしてみようとか、麻雀に誘ってみようとか、勝手に想像を楽しんでいた。いつか自分の名前で書籍を出版できる日がきたら、手紙を添えて一冊送ろうなんてことまで考えていた。尾崎豊と並んで、僕が人生の中で最も大きな影響を受け、尊敬し、人生の目標としていた人。その人、鷺沢萠が、突然に死んでしまった。35歳の若さで。
 死んでしまった原因が詳しくわからないから、このニュースをどう受け止めたらいいのかもわからない。めまいがするほど悲しいのに、涙を流すこともなく意外に冷静でいられるのは、彼女がもうこの世にいないという現実が、ちっとも理解できていないせいだと思う。
 重いテーマに挑む社会派の小説も、オシャレな青春小説も、身を削るエッセイも、とにかくこの人の書くすべてが大好きだった。彼女の作品を読めば、僕がこうして書いている文章が、いかに彼女を模倣しているかもよくわかるだろう。もう6年も前に、このホームページ上でも、僕は彼女に対する深い敬愛を文章にしている。書く内容がどうあれ、とにかく「文体が好き」な唯一の作家だった。この人の書く文章を読めばそれだけで幸せ、という。しかし彼女の文章が、新しく生み出されることは、もうない。
 高校生の時に「少年達の終わらない夜」を読んで以来、彼女の作品をすべて、ハードカバーと文庫の両方で買い続けてきた。部屋の本棚の半分は彼女の著作が占めている。こんなに好きな作家に出会うことなどもうないだろうし、どんな有名人もスポーツ選手もミュージシャンも、そして身の回りにいるどんな人も、この人ほど僕の人生に影響を与えることはないだろうと思う。いつかこの人に追いつきたいと思って生きてきたけれど、これで永遠に追いつけなくなってしまった。

4月13日(火)

 最近は週末もなにかと忙しくて、ホッケーも週に一度ぐらいしか出来ていない。運動不足のせいか、ゆっくり寝ても寝足りない気がする。加えて、火曜日が休日というスケジュールにまだ身体が慣れていない。
 今日は厚生年金会館へ清春さんのライブを見に行った。18時半開演とのことだったが、時間通りに始まることはまずないだろうと思い、18時50分ぐらいに会場へ。始まったのは19時だった。変わってないねこの人。
 アルバム「Poetry」を聞いて想像できるとおりの、全体的にディープでゆったりとしたライブだった。拳を振り上げて踊るような曲はほとんどなく、暗めの照明の中で清春の「歌」を徹底的に聞かせる構成。彼がギターを弾きながら歌う曲が、もう半分以上を占めるようになっていて、今回は彼一人による弾き語りの曲も。さらに、「少年」のイントロも彼のソロから始まるのだが、かなり素速いストロークで見るからに難しそう。聞けば、今まさにギターを猛練習をしているとか。あれだけのキャリアがありながら、周りのギタリストに基礎から教えてもらってまで、「ギターを弾くロックボーカリスト」を目指している清春さんはかっこいいと思う。何だかんだ言っても、この人はちゃんと上を見ている。
 それにしても、これほどスロウな曲ばっかりの清春さんのライブは初めて見た。アップテンポがあまりに少ないから、「少年」やアンコールでの「マリア」などの盛り上がりがひときわ目立つ。観客のうち3割ぐらいが男性だったが、黒夢やSADSの時代に、暴れまくるライブを経験している野郎どもが、今回のこのライブで満足しているかは微妙なところだろう。しかし清春は、そういうこともすべて計算に入れている人。ソロでは徹底的に自分の歌を聞かせ、いずれバンドを復活させた時に、溜め込んだパワーのすべてを爆発させるようなライブで攻めてくるつもりなのだろう。
 バックバンドのギタリストとして、元EINSのYOSHITSUGUさんが参加していることも嬉しかった。

4月12日(月)

 午前中、デジネバ用に松浦亜弥のインタビューを収録。一昨日と昨日、彼女は厚生年金会館でライブをしていた。それぞれ昼と夜の2回ずつ、つまり2日で4公演。そして今朝は5時に起き、「おはよう朝日です」に出演。凡人には耐え難いスケジュールだと思うが、彼女は疲れや眠気など微塵も見せずに笑顔でスタジオにやって来た。17歳という若さもあるだろうけど、日本のトップアイドルとしてこの4年間、華の芸能界で生きてきた彼女の貫禄を感じる。とても礼儀正しく、性格の良さそうな子だった。それにしても、アイドルとお笑い芸人にはまるで疎い浅井博章。日頃接点のない立場の人と仕事をするのは新鮮で楽しい。
 そしてこの日は802へ行ってからも、僕はテレビカメラに映されることとなった。来月開催されるROCK KIDS 802のライブイベント「REQUESTAGE 2」の、ビジョンで流れる番組紹介映像の収録である。今日がそのシューティングの日であることをすっかり忘れて家を出たため、何だか中途半端な服装だったことが悔やまれる。撮影はすぐに終わるものかと思っていたが、意外と凝ったものを作るつもりらしく、番組が終わってから1時間ほどを要した。Psycho le C士muのライブを見に行く予定だったが、断念した。

4月11日(日)

 来週のROCK KIDS 802で映画「キルビル2」のチケットプレゼントを行うことになっている。その試写会へは土曜日に足を運ぶ予定でいるが、そもそも僕は1作目を見ていない。「キルビル」のDVDはまだ発売されておらず、TSUTAYAでのレンタル開始は金曜日になる。それでは間に合わない、と焦っていたら、幸運にも発売前のDVDを特別にお借りできることになった。そんな流れで、ようやく見ました「キルビル」を。
 タランティーノらしい映画である。一応日本が舞台ということになっているけれど、設定なんて何もかもがめちゃくちゃだ。アメリカ人の手による、日本を舞台にした映画というと、最近では「ラスト・サムライ」が著名である。どちらの作品も、制作者の日本に対する深い愛情が見てとれ、そこは日本人としてやっぱり嬉しい。しかし、映画の中での「JAPAN」の描き方は正反対といっていい。日本人が見ても違和感を感じないよう徹底的にリアルな日本を追求した「ラスト・サムライ」に対し、「キルビル」の中に登場する日本は、タランティーノが頭で想像している国のストレートな映像化でしかない。ここまで好き勝手に日本を脚色してくれたら、むしろよくやったと褒めたいぐらい。千葉真一が日本語の台詞を噛んでるのに、それがOKテイクになったりしている点も見逃せない。このへんのB級っぽさとかサブカルっぽさを、タランティーノという男は故意に残しているような気さえする。
 彼の映画といえば、北野作品と並んで人がよく死ぬ。けっこう重要だったはずの登場人物が、唐突に虫けらのように殺される。セリフのある役者の数よりも、死ぬ役者の数の方が断然多い。「キルビル」でも、数え切れないほどのヤクザがバッサバッサと腕や脚を斬り落とされていく。凄惨なシーンにいちいち反応していたら身が持たない、というぐらいに血糊の多い映画。途中からはだんだん麻痺してきて、人を殺す場面を見てもヘラヘラと笑っている自分が怖かった。こりゃあ教育にはよろしくないわな。
 ラストシーン、つまり「2」への繋ぎ方はなかなか見事だ。早く見たい。

4月10日(土)

 4月からBEAT SHUFFLEの時間が短縮となった関係で、番組後に急いでスタジオを出れば日帰りができるようになった。大宮での滞在2時間半に対して、往復の移動に要するのが9時間。どうせならばその移動時間を可能な限り有効に活用し、快適に過ごしたい。というわけで、昨夜は久しぶりに車内でDVDを見た。しかし恐れていたとおりに、途中でバッテリーが切れてしまった。中途半端なところでお預けとなってしまったその映画を、今日ようやく最後まで見た。
 こういう時に選ぶのは、見よう見ようと思っているうちに機を逸していた作品に限る。今週のセレクションは、かの有名な「ボウリング・フォー・コロンバイン」。公開当時から、「絶対に浅井さん好みの映画だと思いますよ」みたいな勧め方をされていたのに、ドキュメンタリー映画であるというだけの理由でこれまで敬遠してきた。公開から1年以上経って言うのも何だが、なるほどこれは人に勧めたくなるタイプの映画である。
 僕が子供の頃、校内暴力や暴走族が社会問題になっていた。やがてそれに替わっていじめがクローズアップされた。不登校、ブルセラ、DV、援交、未成年による猟奇殺人、幼児虐待…。平和に見える日本というこの国も、社会を震撼させ、混迷に陥れる問題を絶えず内包している。その恐怖を煽っているのは常にマスコミであることを忘れてはならない。衝撃的な事件が起こるたび、マスコミの偏った分析によって、少年少女が熱中しているモノの存在が、その元凶にすり替えられる。昔ならマンガがそうだし、映画も、アニメも、テレビゲームも。それらを抹殺することで問題が解決すると、断言できる者などいないのに。国民が恐怖し、嫌悪する対象が必要だから、悪者に仕立て上げられてしまっただけかもしれない。
 「ボウリング・フォー・コロンバイン」は、アメリカで拳銃による殺人事件が他の国に比べて極端に多いのはなぜなのか、鋭い切り口で原因を追及していく映画だ。悪影響の権化みたいに扱われたマリリソ・マソソソ(←犬神明風)の、達観した意見を聞くだけでも、この映画を見る価値はあるだろう。この世で一番怖いのは、思い込みだと思う。

4月9日(金)

 BEAT SHUFFLEのゲストに犬神サーカス団が登場。会ったのは半年ぶりだったが、そのゴージャスな衣裳にまず驚かされた。凶子ちゃんの和服もさることながら、他の3人の(自称)ミリタリー調な詰め襟がすごい。学生服のような軍服のような感じで、3人それぞれデザインが全く異なるのだ。一点物のボタンとかバッジにもかなりのお金がかかっているらしい。こだわる場所もこのバンドならではだ。
 これは反省しなければならないことだが、このバンドのことを僕はもう好きすぎて、本番中も笑いが止まらずまともな進行ができない。全員の発言がことごとくツボで。音楽で描く世界観のダークさと、プライベートでの明るさのギャップがたまらない。これもONとOFFの切り替えと言っていいのだろうが、あのメイクとあの衣裳で、トークだけがまるで素だったりするからまたおかしい。551のアイスキャンデーが、ないのにあるかのようなテンションとでも言おうか(関西限定の例)。
 ところで、僕が大学時代にしていたTBS報道局のアルバイトを、実はジンさんもしていたことが判明。これには大いに驚いた。夕方から翌日の昼近くまで泊まり込みで働くバイトで、学生にとっては体力的にしんどいが、時給制だったからとにかく稼ぎはよかった。僕が勤務していたのはTBSラジオの報道部門を手伝うA班と呼ばれるチームで、ジンさんはテレビのC班。働いていた時期は何年かずれており、少なくともTBSで顔を合わせたことはなかったわけだが、この小さな偶然に大きな親近感を覚えた。

4月8日(木)

 僕はシアターで映画を見るのがあまり得意ではない。2時間じっとしているのが辛くて、頻繁に足を組み替えたり、時計を見たりととにかく落ち着きがない。一緒に試写を見るデジネバのスタッフに、「いつもガサゴソうるさくてごめんね。気が散るでしょ?」と言ったら、「いや、吉井さんに比べれば浅井さんは全然…」と返された。助手の吉井嬢は、僕並みによく動くだけでなく、上映中によく物を食べるのだという。聞けば彼女、かなりの飴好き。小さなきんちゃく袋の中に、いろんな種類のキャンディーをパンパンに詰めて持ち歩いているらしい。「おばあちゃんみたいでしょ」と恥ずかしげに広げて見せてくれた。いかにも女の子が好きそうなキャンディーが何種類もある中に一つだけ、黄金糖が混じっていたことに僕は驚いた。ひそかにマイブームな品。僕が一番好きな飴がこの黄金糖なのだ。
 黄金糖にどんな歴史があるのか全然知らないが、口に入れて2秒で伝統の重みを深く感じる味がする。そう、これはべっこう飴と同じ味だ。その名の通り黄金色で、なぜか塔みたいな形をしている。名前もさることながら、パッケージデザインや包装も極めて地味。原材料なんて確か水飴と砂糖だけとかそんな感じ。だから当然とても甘くて、これを舐めた後はできるだけ早く歯を磨いた方が身のためだ。そんな飴だが、とにかく懐かしくて美味しい。これほどオーソドックスな味の飴は他にないと思う。
 吉井嬢もその味が大好きだと言い、きんちゃくに入っていた唯一の黄金糖を「今、1個しかないんです。これだけはあげませんからね」と大事そうにしまった。僕も持ち歩こうかしら。映画を見ながら舐めたい。

4月7日(水)

 去年から愛用していたTK31に別れを告げ、ついに携帯電話の機種を変更した。新しく手に入れたのはTS41。噂の「骨伝導携帯」である。人間が普通に音を聞く場合、空気の振動が鼓膜に伝わり、それが内耳に届く。それに対して、頭蓋骨や顎の骨などを振動させて内耳に伝えるのが骨導音。耳ではなくて骨で聞く。TS41はそうした聴き方が可能になった初めての携帯電話。鼓膜を介さないので、やかましい場所でもクリアに聞こえるというのが大きな特徴だ。昨年末ぐらいから巷でも大きな話題になっていた機種なので、TU-KAユーザーでない人もこの携帯のことは聞いたことがあるだろう。
 実際に使ってみると、確かにこれは画期的。顎に携帯電話をあてると、頭の奥の方で鳴っているのが聞こえる。両耳を塞いだ状態で何かを食べた時に、噛む音や飲み込む音が聞こえるのに近い感覚。おでことか後頭部にあてても聞こえ、鎖骨やひじでも微かに聞き取れた。騒音の多い場所で仕事をする人や、難聴のお年寄りなどにとっては特に、ありがたい発明だろう。
 友達や家族もみんなこの新しいシステムには興味津々で、いろんな人から貸してくれと言われる。TU-KAのケータイは別にFINAL FANTASYが入っているわけではないし、テレビ電話になるわけでも、FMラジオが聞けるわけでもない。通話の快適さと使いやすさを最優先に研究する会社である。それだけに、新しい物好きの若者から注目され、羨望されることは滅多になかった。骨伝導を初めて体験し、みんなが「さすがTU-KAだなぁ」と感心するのを聞くと、ユーザーとしては何だか誇らしく、とても嬉しい。

4月6日(火)

 先週発売された宇多田ヒカルのベストアルバムは、初回出荷で260万枚を突破した。ここ最近リリースされているCDの多くがセールスの面で苦戦している中、これは一人勝ちと言ってもいい数字である。制作にほとんどお金をかけていないベスト盤でこれだけ売れれば、レコード会社としては大満足だろう。この5年間のヒットチャートを賑わせた黄金のヒットがあれだけ凝縮されているのだから、とりあえず買ってしまうという心理はよく理解できる。むしろ誰でも欲しいぐらいの1枚だ。日本人にとってもはやヒッキーはそういう存在である。「特別、宇多田ヒカルのファンというわけでもないけど、何となく流行りは抑えておきたくて買ってみた」という人が1割いたとしても、26万人。その程度の感覚で1枚のCDのために3000円を払える人が26万人もいるのかもしれない。そんな、何だかとてもむなしいことを、考えてしまった。
 あまり関係のない話だけど、発売前のアルバムをサンプルで聞かせてもらった時、「どう?このアルバムは売れると思う?」みたいなことをよく聞かれる。僕の持論を言わせてもらえば、アルバムの出来と、アルバムの売り上げ枚数は、あまり関係がない。アルバムのセールスというのは、そのアルバムがリリースされる前の時点でほぼ決まっていると思う。アーティストの知名度と、それまでに出したシングルに対する市場の評価、話題性などがすべて。アルバムがヒットするのは、アルバムの内容をユーザーが高く評価したときではなくて、現時点でアーティストに対するユーザーの期待度が高かったときである。もちろん、アルバムの内容が素晴らしかったから、徐々に売り上げを伸ばしてヒットに繋がるというパターンもあるが、売れた枚数でアルバムの質を判断するのは早計である。だとすれば逆に、アルバムの質で売れる枚数を予想するのもナンセンス。売れたからといって素晴らしいアルバムとは限らないし、売れないからといってつまらないアルバムとも限らない。何となく流行に流されて買うだけの人が、世の中には本当に多いということだ。

4月5日(月)

 今週からROCK KIDS 802の担当が月曜日に変更となった。OSAKAN HOT 100の翌日は休み、という生活がすっかり定着していたので、二日続けて802に来ていることに強い違和感を覚える。同じ時間の同じ番組で、単に出演する曜日が変わっただけのことだが、リスナーからも「今日が火曜日なのかと錯覚しそうです」というようなメッセージが非常に多く寄せられた。考えてみたら僕は5年半もの間、火曜のROCK KIDSでDJを続けていたことになる。多分その間に「ROCK KIDS 802 TUESDAY」という言葉を、僕は5000回ぐらい口にしている。僕の中で、「ROCK KIDS 802」の後には「TUESDAY」という接尾語がくっついている。そのくっつき方ときたら、接着剤で固定した後に釘で打ち付け、その上から縄で縛り付けられたようなもので、今さら「MONDAY」に置き換えるのは容易なことではない。番組中、5回ぐらい言い間違えた。すぐ言い間違いに気づいて訂正し、そのロスがあったせいで考えていた喋りがイントロの時間に入らなくなるから、慌ててしどろもどろになる。そういう失敗を繰り返した。曜日が変わっただけなのに、僕自身が妙に焦ってしまい、後半はもうボロボロの状態…。何だかとても反省点の多い番組となってしまった。スランプ予感。

4月4日(日)

 今週からOSAKAN HOT 100のスタッフが新しくなった。今度のスタッフ達は、ヒロトさんのHAPPY FUN RADIOを担当しているチーム。僕はレギュラーの番組で一緒に仕事をするのは初めてだ。スタッフが変われば当然、番組の内容もある程度リニューアルとなるが、開局当時から脈々と受け継がれている番組なので、一度にそれほど大胆なテコ入れをするのははばかられる。番組構成の一部やBGMなどの素材が変わったぐらいで、コーナーやクイズなどの内容は先週までと同じだった。新しいスタッフ達は、これまでの僕の番組への取り組み方を尊重してくれ、今度のリニューアルで僕が極力ストレスを感じなくて済むように、最大限の配慮をしてくれている。おかげでスタジオ内は以前と変わらない、和やかなムードだった。ちなみに、僕は番組中にほとんどブースの外へ出ないのだけど、それがスタッフにとってはめずらしいことだったみたい。タバコをやめてから、ブースの中にこもる時間が長くなったのは確かだ。スタッフとコミュニケーションを取るのが億劫なわけではなくて、周りを気にせずに大きな声で歌えるから。

4月3日(土)

 昨夜のセリーグ開幕戦は、電車の中、携帯サイトで観戦した。特に8回の猛攻を見られないのは非常に歯がゆい思いだったが、今日の二戦目はしっかりテレビの前で応援したぞ。今日も投打が噛み合ってタイガース圧勝。リリーフ陣の層の厚さに差があることは、素人が見ていても顕著にわかる。そういう隙があると、タイガースの打線は容赦なく襲いかかる。
 それにしても、試合をじっくり見ていると、ジャイアンツの打線はまるでオールスターゲームを見ているようだ。いつホームランを打たれるかと、応援する側の心臓に悪い。マウンド上のピッチャーはあんな怪物だらけのチームを相手に、よくまともな精神状態で放れるよなと思う。とはいえ、あくまでディフェンディング・チャンピオンはタイガース。昨シーズンに見せた、あの飽くなき向上心と勝利への執念で、話題先行の重量打線を蹴散らす活躍に期待したい。 

4月2日(金)

 放送時間が1時間に短縮されて初のBEAT SHUFFLE。ゲストコーナーのボリュームが一気に少なくなった。DJである僕がまだ先週までの感覚を忘れられずにいるため、トークの組み立てもまとめ方もめちゃくちゃだった。ずいぶん慌てて何度も噛んだ。出演の終わった後、ゲストだったTRANSTIC NERVEのメンバーが、「もう終わりかぁ。もっといろいろ話そうと思ってたんだけどなぁ…」と少々凹んでいるのを見て、責任を感じた。時間が少なくなっても、ファンもアーティストも満足するインタビューを目指さなければならない。
 この日は番組のラストでhide with SPREAD BEAVERの「ピンクスパイダー」をかけた。TRANSTIC NERVEがオープニングアクトとして出演した、98年秋のツアー「TRIBAL Ja,Zoo」のファイナル公演、横浜アリーナでのライブ音源である。この曲を収録したアルバム「KING OF PSYBORG ROCK STAR」が、4月28日に発売される。hideのソロ活動を新たな切り口で総括した、これもまたベストアルバムだ。生身の人間が演奏した音を切り刻み、機械で加工を施して構築された音楽達。hideが試行錯誤を繰り返しながら生み出し続けたそうした音楽を「サイボーグロック」と名付け、彼の先鋭的なセンスの偉大さを改めて後世に伝えていくために、このCDは作られた。
 手を替え品を替え、hideのCDが毎年のようにリリースされることについて、おそらく多くのhideファンは冷ややかな見方をしていることと思う。故人の遺した限りある作品で、どれだけ金儲けをすれば気が済むのかと。ずっとhideを愛してきたファンならば、そんなふうに思うのはむしろ無理もないことだ。明日から始まるフィルムギグツアーに合わせて、何らかのリリースがなければプロモーションが難しい。このアルバムの企画はそんなところから始まったのかもしれない。そんなふうに穿つことは簡単だ。
 しかし、hideの功績を一人でも多くの人に伝えていきたいと思ったとき、金儲け以外のどんな道があるというのか。hideだって自分の作った音楽を売ることで生活していたのだ。横須賀のhideミュージアムを存続させるために資金が必要ならば、hideの音源をいくらでも売ればいい。まだ世に出されていない音源が残っているならば、洗いざらい売ればいい。あれから6年が経ち、テレビやラジオでhideが話題にのぼることは全くと言っていいほどなくなった。そうやって人々の記憶にあるhideの存在が小さくなっていく。ロックが好きだと言いながら、hideの曲を1曲も知らないキッズが増えていく。そんなキッズに、hideという男の魅力を伝えていくために、何度でも何度でも、hideのCDはリリースされるべきだ。僕はそう思う。
 きっと誰も、この男には永遠に追いつけないから。

4月1日(木)

 一昨年、昨年に引き続き、今年も甲子園球場の場内インフォメーションのナレーションをやらせてもらうことになった。チケット販売に関する情報や、お弁当の紹介のほか、今年は球場の歴史を紹介するという内容で、長さは10分程度。阪神戦の日は、試合が始まる前に2回ほどこのビデオがビジョンで流される。今日、その収録を行った。
 短いビデオだから原稿の量はそれほど多くもないのだが、映像の長さに細かく合わせる必要があるため、収録にはけっこう時間がかかった。後半は少しバテ気味だったが、去年に劣らぬハイテンションな浅井シャウトで「ヘルシーラッキー弁当!1000円!」などと紹介しているので、タイガースファンはご期待あれ。
 確か去年、このナレーションを収録した時は、すでにペナントレースが開幕していた。スタジオで、「今年の阪神、強いっすよね!」「う〜ん。でも試合を見るなら早いうちの方がいいかもね。調子がいいのは今だけかもしれないし」なんて冗談を言っていたのを覚えている。ところが去年はその勢いが最後まで衰えなかった。さて今年はどうか。総合的な戦力でいえば当然巨人が抜きん出ているのだろうが、どうせ故障者続出で理想的な布陣は整わないに決まっている。それに、投手力ならどう見ても阪神が上だ。オリンピックで離脱する投手も、巨人が上原と木佐貫というエース格二人であるのに対し、阪神は安藤だけ。これなら絶対勝てる。金で選手は買えても、ペナントは買えないということをタイガースが証明するのだ。そのためにはファンの熱い応援が必要なのだ!その応援が円滑に行われるためには、甲子園球場インフォメーションが必要なのだ!タイガースの優勝には僕のナレーションが必要不可欠なのだ!…QED。