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Diary(04.06.)

6月30日(水)

 某音楽専門誌から、原稿執筆の依頼を受けた。原稿といっても400字程度の短いもので、原稿料があるわけでもなさそうだ。内容は、L'Arc-en-Cielのライブレポート。来月中旬に売られる号で、今回のツアーを総括する特集を組むらしく、その中で、全国のメディア関係者による各地のミニレポートを載せるという。大阪の関係者の中から僕に白羽の矢を立てたのは、ラルクの事務所の人らしい。僕が彼らをこれまで応援してきた実績を認めてもらえたようで、実に光栄な話だ。
 しかし同時に大きなプレッシャーのかかる仕事でもある。大阪の代表に選ばれたようなものだから、責任は重大だ。400字でライブ評をまとめるというのはそれだけでも至難の業。しかも全国各地で同じツアーを見た人がそれぞれに書くのだから、普通にライブの内容を紹介しても意味がない。かといって僕の主観だけで感想を書いたのでは、大阪城ホールのレポートということにはならない。僕は大阪でしか見ていないから、他の会場との比較ができるわけでもない。「大阪でライブを見た僕にしか書けないことを、400字で」という命題は、案外難関だった。それでも何とか締め切りに間に合わせ、先方からもOKの返事をいただいた。
 おそらく雑誌を買った人の大半が読み飛ばす地味な記事になるのだろうが、たかが400字でも、書く人間はあれこれと悩みながら文章を絞り出している。リスナーのほとんどが聞き流すような一曲の紹介を、じっくりと考える僕のDJスタイルは、物書きの仕事に近いかもしれない。

6月29日(火)

 ウィンブルドンの中継が面白い。テニスの実況はとても静かで、緊張感がある。中でも格式を重んじるウィンブルドンは競技も放送も紳士的。その雰囲気が好きだ。
 準々決勝に勝ち進んだ杉山愛が、ロシアのシャラポワに逆転負けを喫した。もともとはもちろん杉山を応援していた僕はもちろん悔しかったが、この試合ですっかりシャラポワのファンになってしまった。マリア・シャラポワ。ロシア生まれ、フロリダ育ちの17歳。身長183cm、体重59kg。このまま行けば、1〜2年のうちに世界ランキングの5位以内に入ってきそうな期待の新鋭だ。世界的に注目されているのは、何といっても彼女の美貌である。端正な顔立ちと、バービー人形並みに長い手足。副業でモデルもこなし、日本企業のCMにも起用されているようだ。その細い身体で、どうやったらそんな強い球を打てるのかと驚くほどの、強烈なバックショットを得意とする。ポイントが決まるたびに、拳をギュッと握りしめる。豪快なプレイの合間に、時折、まだ17歳のあどけなさが覗く瞬間が素敵。
 ここ10年以上、いわゆるアイドルタレントにはまるで関心のない僕だが、久しぶりに胸がときめいている。ネットで見つけた彼女の写真をパソコンの壁紙にしちゃったり。秋のジャパンオープンで、去年優勝している彼女はきっとまた来日するだろう。サインをもらいに行こうかな。身長差は23cmある。

6月28日(月)

 ROCK KIDS 802のBBSのテーマは「うちの親が許してくれなかったこと」。友達の家庭では普通に許されていることなのに、我が家では禁じられていたことというのが、どんな家庭にも一つや二つはあるものではないだろうか。たとえば僕の家では、親が家にいる時にテレビのアニメ番組を見ることは一切許されなかった。バイクに乗ることも絶対に禁止されていた。しかしリスナーの中には、もっと厳しい制約を受けて育った人がいくらでもいた。世の中には厳格な家庭がまだまだ多いことを、リスナーの書き込みを見て実感する。
 うちは、どちらかというと放任主義だったように思う。16歳の時、一昨日の日記に書いたように僕は新宿でアルバイトをしていたことがある。自分の息子が、高校生にして歌舞伎町の、しかも居酒屋で働き始めたことを知った時、僕の父親は一言、「偉い!」と褒めた。怒鳴って叱られるようなことはないまでも、反対されることを覚悟していた僕としては、完全に拍子抜け。制服を加工しても、怒られるようなことは一度もなかった。帰りが遅くても、どんな友達と遊んでも、お咎めなし。夜遊びを黙認しているというよりも、信用しているというか、興味があまりないというか、僕が非行に走ることは最初からあまり想定していなかったとしか思えない。そんなふうに無関心にされると、やっていいことといけないことのボーダーラインは自分で引くしかない。浅はかな遊興にふけって一生を棒に振るような真似はするまいと、かえって慎重で臆病な人間になってしまった。僕の生真面目な人間性は、放任教育によって形成されたものだったのかもしれない。

6月27日(日)

 スペシャルウィークス最終日。期間中はいつもよりも仕事が多いから、スタッフのみんなも僕も、少し疲れ気味だった。それでもテンション高く、無事番組終了。
 その後、梅田のバーで友人の結婚披露パーティーに出席した。いつもどおりのラフな服装だったので、浮いてしまうのを覚悟していたが、いざ入ってみたら他の出席者も半分ぐらいが普段着だった。
結婚したのは、関西のイベンターの社員で、SEX MACHINEGUNSやCORE OF SOULを担当している男である。マシンガンズがまだ大阪で無名だった頃、802のイベントを次々に仕掛けていったのは彼だった。この業界には大変めずらしく、品行方正、真面目一徹、女遊びなどという言葉とは一生縁のなさそうな男。つき合いの長い僕も、特に暴露できるようなおもしろいネタがまるでなかったので、頼まれたスピーチでは笑いを狙うような無謀な真似はしないでおいた。

6月26日(土)

 夕方に東京で仕事があるため、昨夜は新宿にあるホテルに泊まった。11時にチェックアウトしてから、またたっぷりとできてしまった空き時間をどう処理したものか、あれこれ考えながら、歌舞伎町を歩いた。
 コマ劇場の周辺は、僕が高校時代に一番よく遊んだ繁華街である。僕は高校が私立だったので地元で遊ぶことはほとんどなかった。学校帰りに友達と遊んだのも、アルバイトをしたのも、歌舞伎町。僕は小田急線の沿線に住んでいて、学校は西武新宿線だったから、毎日新宿駅と西武新宿駅の間を歩いて通っていた。新宿の街は僕にとって、「通学路」だったのだ。
 それが今から15年ぐらい前のことになる。それだけの年月が経てば、都会の街並みは驚くほど変化してしまうものだ。高校時代に僕が足繁く通ったディスコは、いつの間にかリキッドルームという名前のライブハウスに姿を変えていて、今ではそのリキッドルームもなくなってしまった。
 ずっと気になっていたのは、西武新宿の前にあるビートルズだらけのマクドナルド。店先のショーケースには、アビーロードのジャケットと同じ格好をした、等身大の4体の人形が並んでいた。中に入ると、内装はビートルズ一色。BGMももちろんビートルズで、古いジュークボックスなどのオールディーズ・アイテムがたくさんある。それが店長の趣味だったのだろうか。なぜあのマクドナルドだけにそんな個性的なコンセプトが許されていたのか、今もってわからない。とにかく僕はあのマクドナルドが好きだった。今でもその姿で健在なのか、確かめに行ったら、改装工事中だった。とても残念。
 その後、何時間も散歩を続けるには暑すぎたので、マンガ喫茶に避難した。最近のマンガ喫茶は凄い。すべて個室で、インターネットのできる部屋、PS2でゲームや映画のDVDを借りて楽しめる部屋、ゆったりソファーの部屋、カップルで利用できる部屋などに分かれている。社長室にあるような立派な椅子で、リクライニングもすごい。もちろんフリードリンク。清潔で静か。24時間営業。普通の喫茶店で時間を潰すよりよほど充実した時間を過ごせることは間違いない。「マンガを読みたい人(いくぶんオタク寄り)が集う喫茶店」というイメージから、何となく避けていた満喫だったが、僕は今さらハマってしまうかもしれない。

6月25日(金)

 BEAT SHUFFLEには久しぶりにPIERROTのキリト氏が登場。彼にインタビューをするのは、アルバム「PRIVATE ENEMY」の頃以来のことだ。雨の週末、想像以上の渋滞に巻き込まれ、遅刻してくるというハプニングもあったが、何とかいつもとさほど変わらない出演時間は確保できた。
 彼にマイケル・ムーアの話が聞けたのは嬉しかった。ムーアの表現方法や考え方は、キリトと近いような気が常々していたからだ。シニカルなユーモアと、鋭い切り口。政治や社会を自分流に料理しながら、あくまで芸術とエンタテイメントの領域から逸脱しようとしないという姿勢。「ボウリング・フォー・コロンバイン」の中でマリリン・マンソンが語っていた言葉も、キリトのそれを彷彿させるものがあった。もちろん、ムーアやマンソンほど、キリトには敵がいるわけでもないだろうけど。今後もPIERROTには、強烈に効く毒を期待したい。

6月24日(木)

 hide-cityですでに発表されている通り、この夏からhideミュージアム限定のラジオ番組を制作することになっている。先日横須賀を訪れたのは、その打ち合わせのためだった。
 館内で、一日に一度、一時間だけ流れる番組。ミュージアムやカフェのCMなども織り交ぜつつ、余計なトークは排して、アメリカンスタイルでひたすら曲をかけていく。ジングルなどの素材はとっくに出来上がっていて、すでにVol.1の選曲も終わっている。あとは自分の声を収録し、番組に仕上げるのみ。果たしてどれだけミュージアムの空気に合ったものが作れるかわからないが、hideファンに失望されないようにベストを尽くすつもりだ。あくまでBGMとして、展示物を見ている人の邪魔にならない番組にしたい。放送は7/17から開始される。
 この話はもともとは、フィルムギグツアーの打ち上げ会場で裕士さんと話をした時に、向こうから提案されたアイデアだった。hideさんの曲だけを流す、架空のラジオ番組。僕にとっては願ってもない話だ。hideさんに関係する仕事ができることが光栄だし、自分の一番好きなスタイルで番組が作れることも嬉しい。

6月22日(火)

 台風一過。昨日の荒れた天候が嘘のような夏日になった。今日は見に行きたいライブが何本もあったのだが、プライベートな事情で予定変更。甲子園球場に阪神対ヤクルト戦を見に行った。どうもピリっとしない試合で、相手のミスに乗じてせっかく得点しても、ホームランであっさり追いつかれる展開。終盤になって、その日不調だった今岡がやっとタイムリーを打ち、勝ち越した1点をウィリアムスが守ってようやく試合は終わった。結果的には、スタンドは大いに盛り上がった。
 自宅のテレビで試合を見ていると、あんまり大声を張り上げて喜んだりできない。でも甲子園のスタンドはとんでもなく騒々しいから、いくらでも絶叫できる。必然的にテンションも上がる。実況や解説がないと、細かいデータがわからないし、リプレイでゆっくり余韻に浸ることもできないけど、あの興奮はスタジアムでしか味わえないのは確かだ。
 平日の対ヤクルト戦でも客席はほぼ満員。スタンドの97%を埋め尽くしたタイガースファンは、その半数以上が阪神のユニフォームを着て応援している。黄色やピンクの女性用や応援用のものなど、背番号のないユニフォームを着ている人も多いが、やはり選手の名前と背番号の入ったレプリカジャージが中心。今岡、赤星、金本、桧山、矢野、藤本がそのうちの9割以上を占める。つまり、スタメンで出場する主力選手の名前ばかり。まあそういう選手のナンバージャージはどこにでも売っていて、買いたい時すぐ手に入るから、売れるのは当然といえば当然。しかし他にもタイガースの選手は何十人もいる。僕はどうせ着るなら、他の人があまり着ていない選手のレプリカがいい。ファンは少ないかもしれないけど、応援したい。そんなわけで、わざわざ注文して購入したのは「12番 浅井」のユニフォーム。浅井は阪神で3番手を張る若手期待の捕手で、去年はずっとベンチで星野監督の教えを受けていた。今シーズンの阪神は捕手を二人しかベンチに入れていないため、浅井はファームでの生活が続いている。その彼を僕が応援するのは、もちろん自分と同じ名前だから、というのもある。せっかく自分の名字をタイガースのユニフォームに入れられるんだから、それを着たい。しかも12ってけっこういい番号。他の人が着ていないから、きっと球場ではけっこう目立つに違いない。ミーハーさと、アンチミーハーなマニアックさの両方を併せ持つことが、DJにとってけっこう大事ではないかと思っている。

6月21日(月)

 台風6号が近畿地方を通過。大阪は朝からとんでもない暴風雨に見舞われた。僕はちょうど昼ぐらいに、どしゃ降りの中をプリウスでFM802へ向かった。43号線はほとんど阪神高速の高架の下を走るから、道路が水浸しということはあまりなかったが、それでも大変危険だった。
 今までの人生で、台風の直撃を食らったという経験は僕も数えるほどしかない。大雪の時と同じで、少し心が躍るのは誰でも同じだろう。この日の番組には、「滅多に台風の来ない北海道から大阪へ引っ越してきて6年、初めて台風が来るというので、今日は朝から暴風を浴びるためにわざわざ散歩に出ました」という女性からのメッセージが。その気持ち、とてもよくわかる。でもそんなことをするのは危険だし、被害に遭っている人がいるのも事実だから、ラジオで紹介することはできないのだった。番組が終わるころにはすっかり晴れて、夕焼けと虹が空を彩っていた。ここまで豪快に直撃して、雨雲ごと過ぎていってくれると、何だかスカっとする。そんな台風だった。
 それにしても今日が金曜日でなくてよかった。今日は午後からずっと東海道新幹線が一部区間で不通になっていたそうだ。東京に通うようになって6年、天災が原因で移動できなくなるという事態に一度も遭遇していないのは奇跡という気がする。

6月20日(日)

 スペシャルウィークスのOSAKAN HOT 100は、TOP3予想のプレゼントがスケールアップ。いつもなら1万円分のCD券が当たるのだが、この日は「3万円分のCD券、もしくはお米券」になった。なぜ「CD券、もしくはお米券」ということになったのかは、このスペシャルウィークス限定企画「浅井の日曜日の台所」と関係がある。人気アーティストに得意料理を語ってもらうというこの企画に因み、プレゼントも料理に関係のあるお米にしたかった。しかし、中には「私は実家住まいだし、別にお米券をもらっても…」という人も多いだろうから、当選者には2種類のうちのどちらかをプレゼントすることになったのだ。CDだろうとお米だろうと3万円分は大きい。当然応募の数はいつもの数倍。
 普通の番組ならこういう場合、応募の際に、CD券かお米券のどちらが欲しいのかを明記してもらう。しかし我が番組はあえて、「どちらの商品券をプレゼントするかは、番組サイドが決める」というスタイルをとった。当選者を発表した後でくじを引き、そのくじに書かれた方をプレゼントする。二者択一なのだから、コインを1枚トスすれば済む話だが、スタッフはわざわざ抽選箱を用意したと言う。ラジオ番組なのだから、抽選箱などあってもなくてもリスナーにはどうでもいいのに、そういうどうでもいいところに労力を惜しまないスタッフ陣なのである。抽選箱は、AD藤井くんの彼女が作ってくれたらしい。元は小さめの段ボール箱なのだが、周囲に色画用紙で作られたクマさんが並び、取り出し口の周りにはゾウさんとウサギさん。女の子が見たら「きゃ〜かわい〜!」と叫ばずにはいられない仕上がりである。その抽選箱を見て、一目でピンときた。「君の彼女って、幼稚園の先生?」「いや、保母さんです」ほうら、やっぱり。そういう仕事をしている人は、かわいい工作がやたらと上手いのだ。それにしても、クールでファンキーなOSAKAN HOT 100という番組で、そんなかわいらしいグッズが登場するところが笑える。しかもわずか2週でお役ご免。「もったいないから今後も使おうよ」と言ってはみたものの、「どこに保管するんだよ」と言われると誰も答えられないのだった。
 冷静に考えるとどうでもいいことなのに、そこに一生懸命になっている姿勢というのは、周りの人間のテンションを上げる効果がある、という気がした。稀にだろうけど。

6月18日(金)

 電車の中で座っていたら、目の前に若い男の子が立ってつり革につかまった。高校生ぐらいだろうか。今時の出で立ちで、ズボンを「腰で」履いている。
 ベルトをゆるめて、腰骨の辺りまで下げ、あえてだらしなく履くというファッションは、僕が大学生ぐらいの頃から存在した。ヒップホップが好きな奴が始めたはず。何だかトイレから慌てて出てきたみたいに見え、僕には何がかっこいいのかさっぱりわからないが、若者の流行を見て嘆いたりバカにしたりすると、ただのオッサンになってしまうので、何も言わない。その身なりが自分流だと思うならそうすればいい。しかし今日、電車で僕の前に立った少年には一言言いたかった。そいつの場合、ズボンはだらしなく下にずらして履いているくせに、着ているTシャツはお腹ぐらいまでしか丈のない小さめのサイズ。ちょうど僕の目の高さに、少年のブリーフがどアップで寄ってくる。ゴムのラインどころじゃなくて、上から7cmぐらいは見えている。ブランド物のパンツだから自慢したいのかもしれないが、何だか匂ってきそうでこっちは溜まらない。目の前にそんなものがゆらゆら揺れているのは非常に気分が悪い。
 人のふり見て我がふり直せだ。自分の服装が他人に迷惑を与えていはしないか、僕も改めて考えてみよう…。

6月17日(木)

 大友克洋監督の新作映画「スチームボーイ」を見た。今は亡き手塚治虫が、その才能に嫉妬した唯一の漫画家である。代表作「AKIRA」のイメージから、退廃した近未来が舞台となったSF映画を想像したが、「スチームボーイ」は19世紀のイギリスが舞台となった、宮崎駿ばりの冒険活劇だった。蒸気機関の発明によって、産業の形態が大きく進化した時代。蒸気を使った様々な新発明が生まれ、それを利用しようとする陰謀と科学者の理想が敵対する。というお話。
 主人公は科学者の息子の少年で、劇中には笑いの要素もあったりして、ジブリ作品に近いファンタジーの雰囲気は確かにある。しかし後半に起こる戦争のシーンなどは描写がずいぶん残酷で生々しい。明るく爽やかな色遣いの中に、この時代の工業都市特有の、ギトギトした油や錆び付いた鉄のタッチを手で描き、CGだけでは表現できない「暗さ」が見え隠れする。そういうところに大友作品らしさが表れていた。
 そういえば、僕が生まれて初めて映画館で見たアニメ映画は「幻魔大戦」だった。

6月16日(水)

 音楽に接する仕事をしていると、生半可な曲では感動などできなくなってしまう。というよりも音楽と出会えた時の感動に慣れすぎて、ほとんど麻痺しているといっていい。少なくとも僕はそうだ。売れるものも売れないものも含めて、「いい曲」は本当に速いペースで生まれては消費されていく。まるで、とても流れの速い川の中に立っているような気分。心をつかむ「いい曲」が川上から流れてきたら、それをつかんですくい上げてみるけど、新たに流れてきた次の「いい曲」に目を奪われて、すぐに手を離してしまう。普通の人なら週末ぐらいしか川に行かないから、拾った「いい曲」を大事に持ち帰ったりするんだろうけど、僕みたいな人間は年がら年中川の中に立って生活しているようなものだから困ってしまう。一人の人間が携えられる「いい曲」の数には限りがあるから、どんどん持ち替えるしかない。上流から「いい曲」ばっかりがうじゃまんと流れてくるとき、その全部を手に取れなくて苛立つことが稀にある。要するに、「いい曲」が多すぎて「聞きたいのに聞ききれない」という症状。
 なぜこんなことを書いているかというと、数日前に出会ったある曲の感動が大きすぎて、抱えていた他の「いい曲」を全部手放してしまったからだ。暇さえあればその曲を繰り返し聞いている。全部覚えて、鳴っていなくても頭の中で再生できるぐらいになるまで、きっと聞き続けるだろう。川に流れてきたその曲を拾い上げた瞬間から、流れる他の曲には目もくれず、僕は呆然と立ちつくしている。31歳の僕でこれだけ感動するんだから、思春期の年頃が聞いたら、そりゃあ人生観も変わるだろう。

6月15日(火)

 Aerosmithの来日を盛り上げる企画として、FM802のホームページで「ロックT」のコンテストを開催している。自慢のロックTシャツを携帯カメラで写真に撮り、FM802に送ると、抽選でエアロ大阪ドーム公演のバックステージツアーが当たる、というもの。802のDJ数名にも参加が要請されている。トップバッターは大抜くんで、ジョン・サイクスのサインが入ったBlue MurderのTシャツを着た姿ですでに掲載されている。
 何せサイズが合わないから滅多に着ないのだが、実は僕もロックアーティストのツアーTシャツを山ほど持っている。一度も着たことのないものが9割近い。クローゼットの奥にしまった段ボール箱を引っ張り出し、ハウスダストにまみれてクシャミを連発しながら、懐かしいTシャツを一枚一枚手にとって懐かしんだ。BON JOVIやVAN HALEN、PEARL JAMなどを発見したが、1枚選んでここに載せるとしたら何だろう…。今回のコンテストで対象となる「ロックT」の定義は、別に外タレバンドのツアーTシャツでなくてもいいらしい。僕が万博のガレージセールと爆寸の会場限定で販売するために作ったKRBのTシャツとか、チャックや安全ピンのついたSEX POTのシド・ヴィシャスTシャツ、マシンガンズの水色イルカTシャツなんかも、考えようによっては大変ロックである。件の毒殺Tもしかりだ。でも802のHPを見てみたら、審査員の伊藤政則さんがニッコリ笑っていらして、OTOSHOPの時のように飛び道具を使う勇気は萎んでいくのだった。誰も笑わず、呆れられ、バカにされるだけで終わるのは避けたい。とりあえずここは当たり障りのないメタル系でいこう。ていうか考えすぎだろ。

6月14日(月)

 FM802のSPECIAL WEEKSが始まって、放送が賑やかだ。今年もMEET THE WORLD BEATの応募が殺到している。大阪の音楽ファンが集う夏祭り。豪華なアーティストのライブを無料で楽しめるから、出演者が誰であろうと、チケットを手に入れるためにこの2週間はラジオにかじりつくというリスナーが多い。応募フォームは普段の802とは別のサーバ内に設置され、専用のアドレスも別に設定されたが、それでもFM802のホームページにかかる負担が大きすぎるようで、番組中に何度もアクセス不能に陥った。僕のROCK KIDSではいつも、bbsのメッセージを紹介する時間がけっこう重要で、802のサーバがダウンすると僕は非常に物足りなくなる。
 それにしても昨日といい今日といい、梅雨はどこへ行ってしまったのかと呟かずにはいられないような快晴。気温は高いけどあまり湿度がなく、心地よい風も吹く。今日はタンクトップの上に、先日レグルスで購入したアロハを羽織って出かけた。好評。

6月13日(日)

 今週、大阪城ホールで4公演が行ったL'Arc-en-Ciel。その最終日のライブを見に行った。OSAKAN HOT 100は4時に番組が終了するが、何とこのライブは開演が4時。番組が終わってから、来週のことなどいくつかの打ち合わせを済ませ、急いで会場に向かったが、本編の後半からしか見られなかった。
 春に発表された久しぶりのアルバム「SMILE」からの楽曲が、本編の半分を占める構成。ネタばれを避けるために詳細なレポートは控えるが、「まさか!」と驚くような興味深い選曲もあった。僕が会場に到着する前の本編4曲目。これを見逃したことはとても悔やまれる。シングルのカップリングでお目見えしたパートチェンジバンド「P'UNK-EN-CIEL」は、アンコールで数曲を披露。L'Arc-en-Cielに戻って、最後の方はヒットシングルを連発し、最後はバラードで羽を降らせて締めくくる。おもしろさ、かっこよさ、そして美しさ。このバンドの魅力を最大限に見せる王道ライブだった。巨大な電飾の柱を自在に操り、それが曲によってスクリーンになったり背景になったり、目まぐるしく動いていた。視覚を楽しませるエンタテイメント性も申しぶんない。ただひとつ、どうもhydeの声が本調子でなかったことが残念。
 終わった後、会場を出たらまだずいぶん明るくて、青空を見上げて驚きの声を漏らす客が周りにたくさんいた。終演したのは6時過ぎ。平日なら、まだライブが始まっていない時間だった。

6月12日(土)

 今日も朝から梅雨空。大阪ミューズで犬神サーカス団の単独興行を拝見した。彼らの大阪でのライブにしては客の数がずいぶん増えていて、しかも男性の比率が驚くほど高い。それも凶子嬢にしてみれば「あたし、アイドルですから当然です」ってなところだろうけど。
 初めてこのバンドのライブを見た頃から比べると、ライブ中に「笑う」場面がずいぶん多くなったと思う。凶子ちゃんの消え入りそうな「ありがとう…」ぐらいしかMCらしきものがなかったような時代は、犬神サーカス団といえばとにかく怖いバンドだった。しかし真剣に気味悪がられるだけでは、いつまで経っても動員が増えない。本気で悪霊に取り憑かれそうな心霊スポットよりも、楽しい思い出を持ち帰るお化け屋敷の方が大衆には受けが良い。犬神サーカス団の興行が、だんだんとエンタテイメント色を濃くしてきた背景には、そういう発想もあるような気がする。
 それだけ明るいライブを見せるようになった彼等だが、演奏している時に見せるおどろおどろしさは、もちろん健在である。幅広いロックを取り入れたアレンジのセンスは、頭でっかちなロックファンをも唸らせるに充分だし、演奏の技術もさすがはおじさん揃い…もとい、実力派揃い。曲は怖くてかっこいいのに、MCになると白塗りのまま普通の人が喋り出すから、そのギャップにまず笑う。このバンドの大きな強みは、4人全員がしっかり笑いを取るところ。アドリブのMCも台詞のように演技する凶子、オタクテイスト全開のジン、普通の明るいおじちゃん明、そして普通の二枚目お兄ちゃん情次二号。それぞれにキャラも立っていて、バランスがいい。
 自分達のファンのことを、今どき「犬っ子」などと名付けるセンス。「最後のアイドル」の時に無表情で一心不乱にポンポンを振り回す凶子嬢。両手の三本指で「凶」の字を作るパラパラダンス。すべてのミスマッチがたまらなく愛おしい。生まれ変わったら僕も犬神サーカス団に入りたい。
 以前はこのバンドの、「どうやっても売れそうにないことを真剣にやっているところ」が好きだった。でも今日のライブを見ていて、「このバンド、きっと売れる」と普通に思った。犬神サーカス団のホールライブを大阪で見られるのは、いつになるだろう。

6月11日(金)

 ホテルをチェックアウトしてから大宮に行くまで、ずいぶんと暇な時間ができてしまったので、渋谷で映画を見ることにした。時間や場所の都合で選んだのが「トロイ」。3000年前のギリシャで現実に起こったとされる伝説の悲劇を題材とした歴史巨編である。和平交渉の最中に、王子が相手国の王女を連れ去り、それがもとで両国間の諍いは大きな戦争に発展する。たった一つの恋が、何万もの犠牲を生んでいく。その戦いで英雄的な活躍を見せた最強の戦士アキレスを、ブラッド・ピットが演じているのが最大の話題だろう。肉体派のアクション・スターのように鍛え上げられた上半身の筋肉を、惜しげもなく披露しまくっている。一方、美貌の王子パリスを演じるオーランド・ブルームが、気の毒なほど情けない役だった。この役者は非の打ち所がない二枚目だが、それがかえって仇になっているのか、どうも役に恵まれない気がする。
 アメリカ映画らしい壮大なスケールで迫力があった。何千年も語りぐさになっているだけあり、ストーリーも面白い。何万という兵隊が殺し合う映像は、ふと冷静に考えてみると非常に残酷だ。紀元前からそんな戦争が世界各地で起こっていたことを考えると、人間は殺し合いながら進化を遂げた生き物であるとあらためて実感せずにいられない。蟻の大群がぶつかり合うように戦って、それこそ虫けらのように兵隊が死んでいくのを見ながら、こういう時代に生まれなくてよかったとつくづく思った。

6月10日(木)

 東京へ前乗りして(前日に移動することを業界でこう言う)、渋谷O-crestでAIR DRIVEというバンドのライブを見た。6/23に発売されるデビューシングルが、今月のFM802でヘビーローテーションに選ばれた期待の新人だ。大阪出身のこの4人組は、まだ結成されてから1年ほどしか経っていない。現メンバーでのライブもこの日でやっと10本目ぐらい。持ち曲はまだ10曲に満たないし、ファンもほとんどいない。要するに動き出したばかりの若いバンドなのだが、そんな彼らが早くもメジャーデビューを勝ち取った背景には、佐久間正英氏のバックアップがある。当代切っての人気プロデューサーである佐久間氏が、AIR DRIVEに寄せる期待は相当のものとみえ、この日の会場にもその姿があった。初めて間近で見たが、あまりにも目立たない質素な風体だったので、僕はなかなか気づかなかった。能ある鷹は爪を隠すということか。
 佐久間氏がAIR DRIVEに入れ込む理由は、ライブを見ればよくわかった。もちろんまだまだ荒削りで、ライブに慣れていないところも見受けられたけど、谷翔平の歌には独特の力が宿っているようで、切ないメロディーが胸を打つのだ。ギターをかき鳴らし、ギロっと前を睨みつけながら歌う時の彼の顔は、あの桜井和寿にとてもよく似ている。もっといろんな曲を聞いてみたい。特に彼の書く歌詞を読みたい。
 終わった後でメンバーに挨拶をしたら、どのメンバーも僕のことはすでに知っていた様子で、それが嬉しかった。こういうこともあるから、関西出身のアーティストは応援したくなるのだ。

6月9日(水)

 デジネバで僕のアシスタントを務める吉井弓香嬢は、タレント稼業の合間にダンスのインストラクターをしているくらい、踊りが達者である。最近、そんな彼女に、収録の合間にダンスを教えてもらっている。
 僕もこう見えてリズム感とか運動神経にはそれなりの自信がある。せっかく身近にプロがいるのだからこの機会に、そこそこうまく見える踊り方を教わろうと思ったのだ。僕が高校生だった頃、巷はダンスブームに沸いていた。六本木にボビ男くんがウジャウジャ歩いていて、ディスコがクラブという呼び名に変わっていった時代。けっこうミーハーだった僕は当時、テレビのダンス番組など見ながら黙々と練習したりもしたものだが、学校の友達に踊りが好きな奴が一人もいなかったため、すぐに飽きてしまった。あの頃、踊りが難しいものだという意識は、なぜか全くなかった。
 ところが、実際に吉井嬢から教わるヒップホップの基本的なステップは、見よう見まねでは到底マスターできない代物ばかり。本当のダンススクールだったら、ステップなんて高度な技術を練習する前に、踊りの基礎をみっちりと叩き込まれるそうで、「こんなステップ、初めての人が簡単にできるはずがないんですよ」と言う。ホッケーでいえば、スケーティングもろくに出来ない初心者がいきなりシュートの練習から始めるようなものか。それでも僕は諦めない。身の程知らずと言われようと、毎週ちまちま練習を重ね、夏が終わる頃までには「ちょっと踊れるっぽい人」になってみせるぜ。

6月8日(火)

 先日「いま、会いにゆきます」を読んで、「人の死」を扱った小説が他にも読みたくなった。そういう小説の中で僕が今までで一番感動したのは、多分浅田次郎の「鉄道員」だ。久しぶりに読んでみようと思ったのだが、売ったか貸したかしてしまったらしく、本棚を探しても見あたらなかったので、また文庫で購入した。
 直木賞も受賞した「鉄道員」は短篇集で、二作目に収録された「ラブ・レター」という話が、女性には表題作よりも人気が高いようだ。「号泣小説」として名高いこの作品は映画化され、2年ほど前には韓国でリメイクもされているが、原作は40ページ足らずと非常に短い。何年かぶりで読んで、また泣いてしまった。すじがわかっていても、何度読んでも、涙が出る。本当の名作とはそういうものだと思う。
 あらすじはこんな感じ。
 歌舞伎町で裏ビデオ店の雇われ店長をして日銭を稼ぐ40近いチンピラが、売春の元締めをしている知り合いのヤクザに頼まれて、戸籍を売った。よく稼ぐ中国女の強制送還を逃れるために、偽装結婚をさせられたのだ。そんなことを忘れたかけた頃、会ったこともなく名前や顔すら知らないその女が、千葉の海辺の田舎町で病死したという報せを受けた彼は、戸惑いながらもしぶしぶ、遺体を引き取りに向かう。多額の借金を体で返しながら、身よりのない国で若くして死んでいった哀れな女の美しい遺体を前にして、彼は慟哭する。戸籍上だけの夫である自分に宛てて、女は感謝の手紙を遺していた。そこに綴られた、あまりにも純粋な片思いの深さに、強く感情を揺さぶられた彼は、ついに一度も会うことのなかった妻の骨を抱いて、くだらない人生を精算し、田舎へ帰ることを決意する…。
「相手の恋心に気づいた時には、すでに死なれている」というシチュエーションは、たまらなく切ない。そういえば岩井俊二の同名映画も結末はそうだった。

6月7日(月)

 先日もこの日記で紹介した、アメリカ村のロック服屋「レグルス」へ久しぶりに行ってきた。以前に訪れた時よりもはるかにパンクな店構えになっていて、NANAに出てきそうな女の子や、顔に無数のピアスをぶら下げたような男の子が、平日の昼間から買い物をしていた。店内には、借りた衣裳を着ている僕のポラロイド写真も貼られていた。しかし、サングラスをかけていなかったせいか普通の接客をされたので、若干照れつつ写真を指差して「あの…これ、僕なんです。いつもお世話になってます」と言ったら、とても驚かれた。想像していたよりも、ずっと身体が小さかったらしい。「いつも衣裳さんが、『もっと小さいサイズはありませんか?』って言いはるから、テレビ見て感じるよりは小さい人なんやろな、とは思ってたんですけど」と。
 僕が洋服を買う時の大きな悩みは、普通のメンズブランドの服だとSサイズでも大きすぎて、ぴったりと身体にフィットしないことだ。でもレグルスはさすがにロックショップだけあって、トップもボトムも細いのが多い。好きな服のタイプを口にしたら、次々にそんな服を持ってきてくれる。いや、今日はちょっと見に来ただけなんです…と言い出せない自分。実際、欲しくなってしまう服が山ほどあって、我慢するのも必死だった。
 この日、誘惑に負けて買ってしまったのは、ノースリーブのTシャツ2枚と、アロハ2着。この店のアロハシャツは、古い着物の生地を使って、お店のおばちゃんがオリジナルで作ったもの。つまり和服の柄のアロハシャツ。当然一点モノである。僕が着てもダボっとしないサイズが豊富にある。試着がこんなに楽しいと思ったのは初めてかもしれない。
 レグルスは名物のおばちゃんをはじめ、ご家族で経営されているお店。バンドマンや芸人も数多く利用するアメ村の定番である。甲賀流の前から北へ30mぐらい進んだ左側、ファッションビルの半地下みたいな部分にある(06-6251-3398)。「浅井さんに勧められて来ました」と言っても特にサービスはないが、いろんなバンドマンの話をしてくれること請け合い。まあとにかくよく喋るおばちゃんなのである。

6月6日(日)

 目が覚めたら、背中がチクリと痛んだ。様子がおかしいなと思いながら階下へ降りたが、トイレに入った頃にはもう激痛に耐えかねて、後はもううぉーうぉーと一人でひたすら悶えていた。背中の左側、肩胛骨の下の辺りに、鋭い痛みが走る。別に何ともない状態が数分続いたかと思うと、突然、ちょっと腕を動かしただけで激しい痛みが脳天を貫く。どう動かしたら痛みが走るのかがわかれば、その動きをしないようにすれば済むことだが、それが全くわからない。横になってじっとしていても、痛い時は痛い。スラムダンクで、山王工業と対戦した時の花道の状態と限りなく似ている。今日はそんな状態で本番に臨んだ。
 深く息を吸うとそれだけでズキンとくるし、もちろん体も不用意に動かせない。今日はテンションの高い喋りがまるでできなかった。痛みが走ったらその瞬間から10秒ぐらいは息ができなくなるから、カフが上がっているときにそれが起こらないように、喋っている最中は極力、口以外を動かさないようにした。今日ほど喋ることだけに集中したことはない。リスナーに気づかせないように番組を乗り切ること。それしか考えていなかった。
 「悪いのは内蔵なんじゃないの?」とスタッフに聞かれたけど、肺にしてはずいぶん患部が背中に寄りすぎていると思う。背中を押しても何ともないところを見ると、骨に異常があるわけでもなさそう。だったら原因は何なのか。わからないまま日々を過ごすのはとても怖いので、帰宅してから病院に行って診てもらった。「即入院」なんてことになったらどうしよう、という不安が一瞬かすめたが、僕の背中を見た女医さんはこともなげに「神経痛ですね。こんなの、原因なんてないですから。2、3日すれば治ると思います」と。こうした神経痛は、度を越したスポーツとかお酒が原因になることもあるし、寝違えただけで首から背中が神経痛になる人もいるという。僕の場合、朝目覚めた時からなわけだから、寝違えたことが原因になっている可能性が高いようだ。普通にベッドで寝ていただけなのに。釈然としないが、他に思い当たるフシもない。
 とりあえず痛み止めの薬をいろいろと出してもらった。アンラッキーな日曜日。痛い痛い。

6月5日(土)

 知人の紹介で、結婚披露宴の司会を頼まれた。新郎は一流電機メーカーの営業部に勤める26歳のビジネスマンで、高校時代から現在に至るまでアメフトに打ち込んでいる典型的な体育会系エリート。新婦は英語とピアノが得意な関学出身のお嬢様。出席しているそれぞれの友人も、堂々たる体躯の精悍な男達と、品の良い美人ばかりだった。ガルマ・ザビとイセリナ・エッシェンバッハの披露宴と見紛うほどのハイソな雰囲気に気が引き締まったが、来賓の中に、気難しそうなお年寄りが一人もいなかったことが司会者としては救いである。披露宴はそれほど堅苦しくない、和やかなムードに終始した。
 それにしても、僕に披露宴の司会を任せる人は、どういう喋りを求めているのだろう。今日はカメラマンの人から、「普段ラジオで聞く時とは、またずいぶん違うんですね」と言われた。FM番組で音楽に乗せて喋っているノリを披露宴に持ち込んだら大変なことになる。しかしそれにつけても僕の司会はやっぱり堅苦しい。自分で想像するに、NHKのアナウンサー並みではないか。お笑いの芸人さんが司会をする時などは、くだけすぎて締まりがなくなったりもするそうだ。不用意にジョークを交えて、ちっともウケなかったらどうしよう、という恐怖心が極端に強い僕は、フランクな司会がどうしても不得手なのである。
 でもこの仕事は、考えようによってはとても楽しい。新郎と新婦にとっては一生に一度の晴れ舞台であると同時に、これまでの人生の総決算でもある。新郎新婦の生い立ちや馴れ初めを紹介するために、幼い頃からのことをかなり詳しく取材する必要があるのだが、その台本をまとめていく作業が案外面白い。人それぞれの人生にドラマがあって、どれも平凡ではないのだ。赤の他人の半生であっても、詳しく知ることで、自分の人生もいくらか深みを増すような気がする。世の中にある幸せの形は、本当に無限である。

6月4日(金)

 新幹線の車内で、市川拓司著「いま、会いにゆきます」を読んだ。青いカバーと、「読んだ瞬間から、心が豊かになる」という帯の言葉が何となく気に入って、買ってしまった恋愛小説だ。
 つましい生活の中に、些細な喜びを拾い集めて暮らしていた若い夫婦と、幼い息子。心にも体にも障害(本人にとっては「不具合」だ)があって、ふつうの人々が当たり前にしている生活さえ出来ないけど、お互い一緒に過ごせることを心底幸せと思える家族。しかし物語は、妻の死後の場面から始まる。一年後の雨の季節、予告通りにその妻が帰ってきたとしたら…?
 小説も映画も空前の大ヒットを記録している例の作品との本質的な違いは、「愛する人との死別」を描きながらも、主題となっているのが「喪失感」や「悲しみからの再起」ではなく、失った悲しみよりも、出会えたことの喜びが最後まで勝っている、という点にある。人の死を描いて、読者に涙を流させることは、一流の作家にとってそれほど難しいことではないだろう。しかし、愛する人が亡くなっているのに、読者が登場人物に同情するのではなく、「出会えてよかったね」と羨ましくなるような小説となると稀だ。この「いま、会いにゆきます」は、非現実的でファンタジックな話ではあるけれど、市川拓司の天才的なテクニックによって実に面白い展開を見せる。主人公と息子の無垢な発言や、文中の美しい表現の数々また見事なのである。ずいぶん売れているようだから、いかにも映画化されそうな気配だが(しかも安直な配役まで予想がつく)、それは何だかもったいないような気がしてしまう。とにかく素晴らしい本だった。

6月3日(木)

 昨夜はホッケーの練習でふらふら。今朝目を覚ましたら、全身が古いロボットみたいにギシギシ鳴っている始末で、日々体力が低下しているのを感じてしまう。今日は久しぶりの休日だから、家の中でゆっくり体を休めることにしよう。
 家にいるとき、僕はいつもほうじ茶を飲むのだが、最近はコーヒーをよく飲んでいる。先日横須賀に行ったとき、hideミュージアムの人からもらったものだ。5月2日の献花式に参列した業界関係者に配布するために、特別に作られたhideブレンド。広島の呉市にある老舗珈琲店の社長がhideさんのファンで、七回忌に合わせて提供してくださったのだという。一般には販売されないし、おそらくもう作られることはないであろう貴重な豆だ。箱の中には、コーヒーとhideの両方に対する深い愛情が伝わってくる解説が添えられていた。僕はコーヒーの味に詳しいわけではないが、今までに飲んだどんなコーヒーよりもおいしかった。
 自分にとって大切な人や物事への、敬愛とか情熱を形にして残したいと思ったら、あなたならどんな方法を使うだろうか。歌を作る人、絵を描く人、料理を創る人…表現の仕方は様々だ。僕にとってはそれが「ラジオ番組を作ること」であり、このhideブレンドを作った人にとっては「コーヒーをブレンドすること」なのだろう。その人が自分の感覚を信じて完成させた「HURRY GO ROUND」というそのコーヒーを飲むにつけ、僕も勇気づけられると同時に、コーヒーという奥の深い飲み物が好きになってきた今日この頃である。

6月2日(水)

 アメリカ村にある「レグルス」というお店で、いつもデジネバの衣裳を借りている。BERNINGS-SHOやSEX POT ReVeNGe、NO FUTUREなど、パンク色の強い洋服が抱負な店だ。そのお店の人が、去年の僕の誕生日にプレゼントしてくださったのが、胸に大きく「毒殺」という文字がプリントされた黒のノースリーブ。SEX POTの別ラインブランドDrug Spider(つまり、毒グモ)の商品なのだが、文字が日本語だけにインパクトが強烈で、見た瞬間の周囲の反応が面白いからたまに着ている。今朝もいつもと同じようにこれを着て、リストバンドとチョーカーあたりで軽くロック的武装も施し、いかついブーツを履いてさあ出勤、という時になって、「これから僕が向かう先は、一応学校法人だ」という事実を思い出した。まあ僕の服装なんていつも似たようなものだし、「ポピュラー音楽を教える学校で教員の服装をとやかく言ってるようじゃろくなミュージシャンなんか育たねえよ」ぐらいの反骨精神は持っているが、いくら何でも「毒殺」は教育者として問題がある。少なくともそう指摘された時に反論できる自信はない。だから慌ててブーツを脱ぎ、部屋に戻って上着を着た。暑いのに。
 ちなみに、僕が講師をしているその学校では、毎朝たくさんの先生方が玄関で学生達を出迎え、「おはようございます!」と挨拶をする(僕のような非常勤講師ではなく、専任の職員の方々だ)。優れた人間教育はまず挨拶から、という立派な教育方針である。眠たそうな顔で挨拶をして通り抜ける学生達に紛れて、「毒殺」の文字を上着で隠しながらこそこそと登校する浅井先生31歳。校則違反がバレないようにびくついている高校生みたいで、我ながら哀れで滑稽な瞬間である。ちょっとロックっぽいファッションで粋がっても、やっぱりアナーキーになりきれないこの小心者な性格は、多分一生直らないのだろう。

6月1日(火)

 FM802開局15周年記念日。毎年恒例の開局特番は朝から大変な盛り上がりを見せており、802のDJが総出演していた。あいかわらず内輪ウケなムードが強く漂うが、それが年に一度だけ許されるのがこの特番なのである。僕が担当したのは夜の8時から10時まで。この2時間は特番の枠になっていて、一昨日のイベント「SONG LETTERS」のライブ音源を流す内容。楽曲を1曲でも多く流すため、DJによる余分なトークは一切削り、あの日のライブと同じように、とにかく音楽を大切にする番組だった。この日、他の時間帯に出演したDJのように、これまでのFM802での思い出の出会いを語るとか、昔の番組について語るとか、そういうチャンスは全くなし。たまに出てきては、淡々と曲を紹介するのみ。けれど僕はその出演が嬉しかった。一昨日のイベントを、ラジオを通して紹介できることを誇りに思ったから。高いテンションで盛り上がるよりも、しっとりと語るほうが好きだ。まあ一回だけ激しく噛んだけどね。しかもイベントタイトルを。
 そんな番組をスタジオから流していた頃、局内ではスタッフのみんなが乾杯をし、宴が始まっていた。すでに乱痴気騒ぎで、誰も放送など聞いていなかったという噂。開局記念日の夜が更けていくというのに、静かにしていろと言うのも土台無理な人々なのである。そんなところがやっぱり802。