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Diary(04.10.)
10月31日(日)

 昨年春に僕が転居してきた町には、75世帯しか住んでいない。町の規模から考えて盆踊りや夏祭りは開催が難しく、誰もやろうと言い出すこともない。しかしこの町で唯一盛り上がるイベントが、ハロウィンである。昨年に続き、今年もこのアメリカンな祭りが盛大に催された。
 毎年10月31日の夜、子供達が思い思いに仮装をして近所を練り歩く。近所の家をノックして「Trick or treat !」と叫び、ちょっとしたお菓子をもらって回る。アメリカではクリスマスと並んで子供には大変人気のあるイベントだが、馴染みの薄い日本ではなかなか定着しづらい。
 しかしこの町の住人は、海外での居住経験がある家族も多く、基本的にオープンでノリのいい人ばかり。8割以上の家がジャック・オ・ランタンを飾り、子供達のためのお菓子を用意してくれていた。年配の夫婦だけで暮らしている家や、まだ子供のいない若い夫婦の家も積極的に参加してくれるところが嬉しい。気合いを入れて仮装した数十名の子供達は行列を作り、1軒1軒回りながらお菓子をもらっていく。1周する頃には大きな紙袋に入りきらないくらいの量になり、子供達もくたくたになっていた。まさに夢のようなお祭りである。
 もちろん大人も、仮装して出てくる人が多かった。僕は、もう1ヶ月ぐらい前から計画していたお化けの扮装でさっそうと飛び出したが、小さい子供達が火がついたように泣き出したため、一瞬で退散する羽目になった…。来年はもっとかわいらしい、人気者になれるような仮装を考えなければならない。そして近所で「ハロウィンおじさん」の名を欲しいままにすることが、当面の目標なのであった。

10月30日(土)

 明日はハロウィンというのに、朝から雨が降り続いている。台風が来ないだけマシとでも思わなければならないのか。
 南港の「なにわの海の時空館」で開催されている「アートオブ スターウォーズ展」に行ってきた。初期三部作と、エピソード2までの5作品に登場した、あらゆる衣装や小道具、(おそらくは実際の撮影で使われた)メカの模型などが400点近く展示されている。スターウォーズ・ファンにとっては非常に見応えのある貴重な品ばかりだ。エピソード1が制作される頃には、CGによる撮影技術が格段に進歩していて、手作りの背景などほとんど使われていないが、どうしてもCGで再現できない部分は今でも手作業で補っている。エピソード1のポッドレースのシーンで出てくる観衆の映像の中には、人形の代わりに色を塗った無数の綿棒を使い、上から風を当てて揺らすことでそれっぽく見せている場面があったという。実際に使われた映像を見ていても全く気づかないが、現物を見てみると確かに綿棒。制作の裏話などもあわせて読むことができ、制作者の意地とこだわりが垣間見えるのは面白かった。
 それにしても南港の人の少なさは心配になってしまうほどである。週末というのにほとんどガラガラ。人混みが苦手な僕にとってはありがたい話だけど。

10月29日(金)

 来週のROCK KIDS 802のリスナープレゼントは、読書の秋に因み、「図書カードとDJが推薦する本1冊」というものになった。どんな本をプレゼントするかを考えておくようにと数日前に言われ、あれこれと迷っていたが、今日新幹線で読んだ本に決めた。石田衣良の「約束」という短編集である。
「かけがえのないものを失った人が、その悲しみから立ち直って新たな一歩を踏み出す瞬間」を、鮮やかに切り取った7つの短編が収められている。親友や恋人を、不慮の事故や理不尽な事件、病気などで亡くした人が多く登場する。設定はどれも非常にリアルで、激しい暴力も、ファンタジックな要素も特にない。しかしどの作品にもさわやかな感動があり、読み終わった後にじっくりと考え、余韻に浸りたくなるような話ばかりだ。電車の中だというのに、登場人物達の健気な生き方に胸を打たれて幾度も涙が出そうになった。
 筆者のあとがきによれば、池田小学校の児童殺傷事件が報じられた時、自分にできることは何かを考えた末に、表題作の短編を書くことを決意したという。1行目を書きながら自ら泣いたと。そのあとがきを読んでさえ、僕は涙が出そうになった。表題作は、目の前で大親友を通り魔に殺された少年の話である。
 本の帯には「絶対泣ける」みたいな言葉も書かれていた。確かに泣ける本ではあるが、僕はそういう言葉をキャッチに使うのはあまり好きじゃない。大事なのは泣けるかどうかではなく、読み終えた後の自分に何が残るかだ。番組でリスナーにプレゼントするならば、もっと売れ筋の話題作とか、おもしろそうなミステリーやホラーの方が、応募の数は多いだろう。けれど、心から「読んでよかった」と思ってもらえる本を贈りたいから、僕はあえてこの本を選んだ。
 今年は、本当にいい本とたくさんめぐり逢える年だ。鷺沢さんの文章との違いは、あいかわらず少しだけ気になっているけど。

10月28日(木)

 先日の爆発寸前NIGHTでちらっと告知したことだが、ROCK VISION 802が単発で復活することになった。放送は11月7日の日曜日で、深夜1時から2時までのBINTANG GARDENという単発専用枠で放送される。1時間の録音番組となる。
 この番組をやろうと僕に言ってきたのは、4年ほど前からFM802で制作スタッフをしているハラフーという女性である。彼女は、ROCK VISIONが放送されていた当時番組には全くタッチしていなかった。ただ彼女は、802に来る前からビジュアル系が大好きで、ROCK VISIONが大好きだった。ROCK VISIONのスタッフになるのが夢で802にやってきたが、採用されたのは違う制作会社で、馴染みのない洋楽を扱う番組で一生懸命頑張ってきた。ROCK VISIONの終了から3年を経て、彼女はついに僕に提案してきたのだった。ビンタンでROCK VISIONをやりましょうよと。この3年の間にも着実に、彼女の頭脳に蓄積されてきた膨大なV系の知識が、初めて、本当に初めて、役に立つ時が来たのだ。
 とはいえ、番組をROCK VISIONという看板で放送する以上、あくまで主導権は僕が握る必要がある。選曲と構成はすべて僕が考え、彼女には主に技術面をサポートしてもらう。それでもハラフーはとても楽しそうに仕事をしてくれている。放っておくと僕は何でも一人でやってしまうから、時折不安そうな顔を見せることもあるが。
 今日、その復活版ROCK VISIONの半分ぐらいを収録した。
 こだわったのは、「昔を懐かしむ番組にしない」ということ。現在進行形で生き続けているこのシーンを、ROCK VISIONらしい切り口で伝えたい。もし今でも番組が続いていたら、どういう選曲になっているかを想定した。だから、古い曲は全く流れないことをあらかじめ公表しておく。ただし、ジングルやオープニングテーマは、昔からのV系ファンがニヤリとするようなものを心がけて作った。みんながあの頃大好きだった曲の一部をネタにして作っている。一度しか流れないジングルなのに、かなりの時間をかけた。今のV系には興味がないという人も、そこはぜひ楽しんでもらいたい。
 収録しながら、少しずつ僕も思い出した。あのスピード感。あの緊張感。あの熱さ。僕たちにしか作れない番組にしたいと思っている。僕も放送が楽しみだ。当日は、もちろんLIVE BBSもオープンする。

10月27日(水)

 1年近く悩んだ末に、ついに購入したPSXが届いた。これでようやくハードディスク録画ができるようになった。居間と自室の両方でゲームをする可能性がある僕の場合、PSXは非常にありがたい発明なのだ。
 発売当初に購入した人の話では、PSXにはいろいろと不具合や不便な点があるから、スペースに余裕があるなら、PS2とHDDは別々に買った方が賢明だ、ということだった。しかしそういった不具合(起動がのろいとか、よくフリーズするとか)はこの1年でずいぶん改善されたという話も聞く。12月にはまたアップグレードバージョンが新発売になるということだったので、安く手に入る現行機種が生産停止になる前にと思ってこの時期に購入を決意した。さっそくテレビに繋いでみたが、予想以上に使いやすく、わかりやすい。録画予約などはVHSとは比較にならないほど簡単。勝手に番組表を受信してくれて、そこから見たい番組を選んだら自動的に録画予約が完了するというシステムはとても未来的だ。テープの残量を気にしていた時代が嘘のよう。操作性も非常にわかりやすく、起動やロードの時間は思っていたほど長くない。さすがはソニーである。
 12月には、携帯ゲーム機のPSPも2万円で発売されるとか。うーむ。これも欲しくなりそうだ。来年の今頃には買っているかもしれない。

10月26日(火)

 ライブドアか楽天か。来季から加入するプロ野球の新球団がどこになるのか、日本中が注目している。アダルトサイトがどーのこーのでライブドアが不利な情勢だとか。神戸に拠点を置くプロサッカーチームをすでに保有している楽天が、ライブドアの真似をして別に思い入れもない東北地方に目を付け、プロ野球チームを作るというのも僕からすれば不純に見える。ライブドアが作ったチームなら応援するかもしれないが、楽天だったら僕は全く興味ない。
 その一方で、オリックスはバファローズの再編成に動いている。慰留を求められた岩隅投手は、残る気はないと一蹴したそうだ。よく言った。選手とファンの再三の要望を完全に無視した格好で勝手に合併を決めておいて、主力選手には残ってほしいというのは虫のよすぎる考えだ。結果として岩隅が他球団に移籍するかどうかはまだわからないが、このオファーに対して難色を示した強さは評価されるべき。このまま人気選手の多くを失い、チームの力も著しく減退すれば、間違いなく動員は伸び悩み、ますます経営状態は悪化するだろう。ファンや選手の声を聞かずに経営をして、どういうしっぺ返しをくうかを思い知ることになる。愚かなことだ。おとなしく身売りしておけばこういう事態にはならなかったのに。
10月25日(月)
 横溝正史の金田一耕助シリーズが昔から好きだ、ということは以前にも書いたと思う。映画化されたものは殆どすべてを見たはずだが、数が多い上にどれも出演者や内容が似ていたりするから、作品ごとに細かいストーリーは思い出せない。しかしDVD化されている作品などあまりない。まとめてじっくり見直したいなぁと日頃から思っていたら、ケーブルテレビの日本映画専門チャンネルで、今月はこの金田一耕助シリーズをすべて放送しているではないか。さっそく時間を見つけては見まくっている。子供の頃に見た時、ずいぶんびびった記憶のある作品の数々も、今になって見てみると大して怖くない。
 日本映画界きっての名優達の、若き日の演技を見るのはなかなかおもしろい。獄門島の大原麗子の美しさにうっとり。たまには古い日本映画を見るのも悪くない。

10月24日(日)

 FM802秋の大イベント、ミナミホイールが今年も開催された。ライブハウスは13ヶ所、3日間で200組近いアーティストが出演するという、過去最大の規模となった。例年と比べると、目玉になるようなビッグネームの出演はほとんどなかったが、やはりこのイベントは面白い。参加してみなければわからない魅力がある。
 802で番組制作に携わる者にとっても、有望なアーティストを発掘するチャンスになるので、スタッフの間でこのイベントは非常に人気が高い。各レコード会社やイベンター、プロダクションなどが、これから力を入れて売り出す新人を、生で一度に見られるのは実にありがたい。会場を移動する途中、いろんなスタッフやDJとすれ違った。
 僕が今年のミナミホイールで最も期待していたアーティストは、この日の18時からDROPでライブを行ったRADWIMPSという横浜のバンドだった。まだ関西でのライブは二度目で、知名度は低い。会場内は比較的空いていたが、半数近くは業界関係者が占めていた。音楽の世界での、ドラフト目玉選手だ。全員がこの春まで高校生だったという非常に若いバンド。そのサウンドは実に幅広く、レッチリみたいなミクスチャーもやれば、UKロックっぽいバラードとか、歌謡曲っぽいポップな曲もできる。何でもやりすぎで、まだ音楽性の土台がしっかりしていないという見方もあるが、それにしてもこの守備範囲の広さは驚異的。そして、若いバンドでは必ずと言っていいほどネックになるボーカルが、信じがたいくらいに安定している。歌唱力が安定していて、英語が堪能。歌詞のメッセージ性も強い。この注目度の高さは当然といえる。
 ライブ後、僕の後ろを歩いていたグループが、口をそろえてこのバンドを絶賛していた。関西で最も音楽に敏感な人たちが集まるイベントだから、観客達の反応を見るのも参考になる。RADWIMPSが鳴り物入りでメジャーに殴り込みをかけるのは、さていつの日になることか。

10月23日(土)

 毎週のように台風が日本を引っかき回す中、今度は大きな地震が新潟を襲った。発生から30分と経たないうちに、すべての民放キー局が特番に切り替えていた。僕はかつてテレビ局の報道部でアルバイトをしていたからよくわかるが、土曜日の夜、放送局の報道体制は非常に手薄になっている。たまたま宿直になっていた若手のアナウンサーが、焦りを隠せないまま大惨事の報道を一人で切り盛りしている様子は、見ていて痛々しかった。自然は容赦をしない。誰の都合も顧みない。
 変わり果てた町の映像を見るにつけ、被災された人々に対して心から気の毒に思うと同時に、自分の住む街に起こった地震でなくて良かったとほっとしている。きっと誰もがそうだったと思う。人間はとてもちっぽけで、そして身勝手な生き物だ。

10月22日(金)

 昨夜はあまりに上機嫌だったので、帰宅してすぐに爆寸のセットリストをアップした。掲載してみて初めて気づいたのは、大阪と東京で曲数に著しい差があったことだ。東京が短かったというより、大阪が長すぎたと僕は思っている。選曲には若干の違いがあり、もちろん人によって好みが分かれるところだとは思うが、僕なりに客層のバランスを考えてチョイスした結果である。
 台風の影響で一昨日の日本シリーズ第4戦が順延となり、今日はBEAT SHUFFLEが休止となった。天気もよくて、すがすがしい金曜日の休日。

10月21日(木)

 この日記はロックに全く興味のない人も読んでいるから、あらためて説明をしておくと、ヘッドバンギングとは、音楽に合わせて頭を上下に激しく揺すること。略してヘドバン。僕がかれこれ7年も続けている爆発寸前NIGHTは、ヘドバンが好きな人のためのイベントと言っていい。
 両足を開いて踏ん張り、鉄柵や前の人の背中に掴まって、あるいは隣の仲間と肩を組んで、ひたすら頭を振っている姿は、あまり体裁のいいものではない。どちらかというと不格好で滑稽だ。そのため、一般的にはマニアックで奇異な光景とされる傾向にある。人々は問うだろう。なぜ、頭を振るのかと。しかしその答えは「楽しいから」とか「気持ちいいから」というぐらいしか浮かばない。誰もがライブで体を揺らして踊り、拳を挙げるのと同じように、頭を振っているだけのこと。ヘドバンを見て笑う人は、ほぼ100%ヘドバンをしたことがない。その爽快さを知らない。
 象はヘドバンをしたくてもできない。首がないから。キリンがヘドバンをしたら、繰り返し地面に打ち付けられた顔は1曲で傷だらけになってしまうだろう。ヘドバンは、人間に与えられた特権なのである。ヒトとして生まれた以上、それを行使しないのはもったいないではないか。今日、池袋CYBERで開催された爆発寸前TOKYO。僕の眼前に広がる、百数十名のヘドバンの嵐を見て、あらためて「ヘドバンって楽しいなぁ」とつくづく思った。笑わば笑え。
 先日の大阪で、終わった後に強烈な筋肉痛と頭痛に悩まされた反省から、今回僕は万全の対策を練ってステージに上がった。首の周りには薬を大量に塗り、ぐるぐると回して筋肉をほぐしておく。そして始まってからも、∞の字とV字のヘドバンを心がけた。切れ味の鋭い縦振りは、振っている間は気持ちいいし見た目も豪快だが、衝撃が強くて身体的な危険度も高いのだ。今回はそれらの対策が功を奏して、最後までバテることなく無事に乗り切った。同じ過ちは繰り返さない。
 同じ爆寸でも、大阪と東京では多少雰囲気が違う。選曲もかつてのROCK VISION 802とBEAT SHUFFLEの違いを反映して、爆発寸前TOKYOの場合は、98年以降に頭角を現した比較的新しいバンドの曲が多い。今回は、過去の爆寸ではほとんどかけることのなかったCLOSEやLUCAといったバンドのほか、久しぶりにSHAZNAなどを選曲してみた。さながら爆寸的ブレイクアウト祭り。爆東の客はブレイクアウト世代が多く、こういった曲ではなかなかの盛り上がりだった。
 平日だったこともあり、だらだらと終演が遅くなるのを避けるため、いつもの定番をあえていくつかカットして、3時間ちょうどで終わらせた。首は多少痛いけど、先日ほどのグロッキーになることはなく、実にいい気分。ああ楽しかった。こりゃあ来年もやらない手はない。

10月20日(水)

 無理に早めに着こうと電車に乗ってしまったことが間違いだった。初めて新幹線の車内で缶詰になるという経験をした。
 午後3時前ののぞみで出発。快調に動きだしたので安心して眠っていたが、気がついたら電車が長いこと止まったままだ。外を見ると米原の駅だった。アナウンスに耳を傾けると、米原と岐阜羽島の間で降雨が規定量を超えたとかで、いっこうに動き出す目処は立たないようだ。岐阜羽島から先は運転をほどなくして再開していたらしい。あと数本前の列車に乗っていたらすんなり東京に着けたのかもしれない。
 停車してから1時間も経つと、弁当屋には長蛇の列。僕はそれほどお腹はすいていなかったけど、車内販売が来たのでサンドイッチだけ買っておいた。とにかく暇、暇、暇。携帯の充電などすぐになくなってしまい、洗面所のコンセントで充電してみるけど、何だか周囲の目が痛い。このパワーブックのバッテリーもあっという間になくなり、しかしそれでも本とMDウォークマンがあったので時間を消費するには足りた。問題だったのは、いつになれば東京に着けるか、皆目見当がつかなかったことだ。台風の動きから察するに、このままここで夜を明かすことになる可能性も決して低くない。反対側のホームからは京都と新大阪へ向かう下りの列車が次々に発車していて、車内アナウンスはそれに乗って帰ってくれても構わないとしきりに言っている。やがて日も暮れ、僕の周りにいた乗客も、アナウンスの誘惑に負けて次々に大阪へ帰っていく。最後に残った者だけが賞金を手にできる、我慢大会のようだった。健闘を誓い合った仲間達が、一人また一人と脱落する。僕はその人達から勝利を託された気分になって(別に会話もしてない赤の他人なんだけど)、意地でも降りるものかという決意を新たにするのだった。
 そうして午後8時過ぎ、ようやく新幹線は動き始めた。名古屋まで徐行で行き、その先に行けるかどうかはまだわからないなどとアナウンスがほざいていたが、ネットの情報どおりに全線で運転は再開されており、深夜0時頃、ついに東京に到着した。所要時間は9時間だった。
 米原で4時間缶詰にされている間も、車内には殺気立った雰囲気がなかった。「ふざけるな!早く動かせ!」と怒鳴るオヤジもいなかった。最初から諦め半分で乗っていた人ばかりだったのだろう。誰もが、「こんな時はイライラしても腹を立ててもしょうがないよね。こんな日に新幹線に乗った自分が悪い」という気持ち。不思議な連帯感も生まれたりして、妙に穏やかな気分だった。
 ともあれ、爆寸に影響がなくてよかった。

10月19日(火)

 また台風が近づいている。本州に上陸する台風は今度で10個目になるという。子供の頃、台風で学校が休みになったり、交通機関が乱れたりして、何もできずに家でじっとしている時は、何だか妙にわくわくしたものだった。しかしそれは例えば大雪なんかと同じように、年に一度あるかないかのとてもスペシャルなイベントだった。毎週のように来られたのではたまらない。この台風の乱発も夏の猛暑が原因の一つとか。つまるところ、これも温暖化が遠因となって起こる異常気象ということらしい。頑張れBank Bandと呟きたくもなる。
 一昨日のOSAKAN HOT 100で特集したBank Bandのアルバム「沿志奏逢」は、売り上げが地球の環境保護活動に役立てられるチャリティーアルバムである。詳しいことを何も知らずにこのCDを聞いた時は、正直なところあまり感動もしなかった。全体的にとても穏やかな、おとなしいサウンド。眠たくなってしまう人もいるだろう。しかし、このCDが制作され、発売された理由を深く知ろうとしない者に、批判したりバカにしたりする資格はない。彼らがやろうとしていることはとても明確で、そうしてとても奥深い。しかも、生半可な精神力では続けていけない活動だろうと思う。
 櫻井和寿や小林武史が中心となって創設された、ap bankという名の、銀行がある。法的な認可を受けた、れっきとした金融機関だ。環境を保全するために提案される、あらゆるプロジェクトに、金利1%で融資を行っている。Bank Bandという名で行うライブや、今回のアルバムなどで得た利益は、要するにその銀行の運営資金となるらしい。
 これまでに数多くのミュージシャンが作ってきたチャリティーアルバムは、儲かったお金を「寄付」することを目的としていた。我々がCDを買うために払った金は、ボランティアの団体に託された。そこに疑いの念を抱くわけではもちろんないけれど、具体的にそのお金がどのように使われたのかを知るすべは、意外となかった気がするのも確かだ。もちろん、その作品ごとの目的を達成するため、有効に使われたのだろうけれど、それを実感できる機会はなかった。
 その点、ap bankは実にわかりやすい。多数の応募の中から厳正な審査によって選ばれた、10のプロジェクト。それぞれの取り組みの内容をホームページ上に掲載し、融資した金額も併せて公表している。CDを買った人はこれを見て、自分の財布から出た幾ばくかのお金が、どうやって地球に還元されるかを知るだろう。
 こうした新しいチャリティーの在り方を築いたap bank設立者の人々には深い敬意を抱くが、加えて感動を新たにするのはこの「沿志奏逢」というアルバムである。カバーアルバムといいつつ、僕にとっては半数以上が初めて聞く曲だったが、原曲の歌詞の意味がどうあれ、櫻井の歌声から響くメッセージは確実に心に訴えてくるものがあった。良心や正義感を刺激するのではなく、かといって危機感を煽るわけでもない。ただ優しく、穏やかに、地球の未来に思いを馳せてみる気分になる。そして、ちょっとしたことが、大きなことに繋がっていくことを自覚するのだ。牛乳パックにハサミを入れてスーパーに返すことも、このCDを買ったことも、50年後、100年後の地球に繋がっていく。そんなことを考えるアルバムには、なかなか出会えるものではない。

10月18日(月)

 昨日、ヤフオクで、僕はある物を売った。けっこう高価な物。落札者に、振込先を書いたメールを送ったら、1時間もしないうちに入金があった。「発送は、できるだけ早くお願いします」という。そのメールを読んだのが夜だったから、最短で月曜発送の火曜着ということになる。しかし先方の住所は偶然にも大阪市内の中心部。「明日の夜でよければ、直接お持ちしますよ」とメールを送ったら、「それでお願いします」との返事。かくして僕は初めて、オークションの取引相手と直接の手渡しで対面することになった。
 待ち合わせ場所を決めたはいいが、もし会えなかった時のために先方の携帯番号を尋ねたら、携帯電話は持っていないと言ってきた。ネットオークションをやっていて、結構高価なハイテク機器を買って、即座に入金したのに、携帯電話を持っていない男。住所はおしゃれな街、北堀江。一体どんな人物なのだろうか…。本当は携帯を持っているのに、僕を怪しんで隠しているのか。だとしたらその理由は何か。年齢もまったくわからないだけに、想像は膨らむ一方。
 ドキドキしながら待ち合わせ場所に行ったら、現れたのは、高校生ぐらいの少年だった。子供かよ…。

10月17日(日)

 最近、物がよく壊れる。パソコンがようやく復旧したところだが、今度はプリウスのオーディオがご機嫌ななめ。ラジオやMDは問題なく動くのだが、CDを読んでくれない。壊れたままで乗り続けるのもスッキリしないので、修理に出すことにした。CDプレーヤーの部分だけを取り外し、工場で直してもらう。今日から1週間ほどは、CDプレーヤー部がポッカリ空洞になっている状態で車に乗るわけだが、ここで困った問題が発生。CDプレーヤーを外すと、オーディオは一切使えなくなってしまうというのだ。ラジオも、MDも、そしてカーナビも。
 エアコンは動くし、もちろん運転には何の支障もない。しかし、オーディオの使えない車を運転することがこんなに寂しくて退屈なものだとは思わなかった。ポータブルのMDプレーヤーとミニスピーカーを車内に持ち込み、一応音楽は流している。むなしい。

10月16日(土)

 所属するホッケーチームのメンバーが結婚した。もう何年も前から一緒に住んでいた公認カップルで、引っ越しを機に籍を入れることにしたという。今さらあまり大げさに祝ってもらうのも照れくさいようで、二次会も当初は予定になかった。それも何だか淡泊すぎるし、一生に一度の結婚式の後ぐらいみんなで飲もうよということになったのだ。だから二次会といっても、特に司会がいるわけでもなければイベントもない。単に仲間が集まって飲むだけの宴。服装もラフで構わないと聞いていたから、いつも通りの格好で行ってみたら、半分以上の出席者がスーツ姿で、僕は完全に浮いているのだった。
 メンバーのうち4割ぐらいは女性である。だいたいが20代の後半。普段はホッケーをするときにしか会わないから、僕が見た頃のある彼女達はいつも、ジャージとかスウェットとか、とにかくスポーツの装いだ。その女性達が、振り袖やらドレスで着飾っている姿は非常に新鮮で感動した。

10月15日(金)

 昼頃にのそのそ起き出して、ようやく首が元に戻ったのを実感した。首を回してもほとんど痛みが走らない。一時は本気で病院行きを覚悟していただけに、ホッとした。
 深夜、自宅に戻ると、まず最初にしたのはメールチェックだった。パソコンを忘れてしまったせいで、この3日分のメールが溜まっているはずだ。最近はメールのソフトが不調で、うまく受信できなかったりする。これはウィルスに感染しているということだろうか。Macユーザーにとっても脅威となるウィルスは存在しているのか。家についてから着替えもせずにパソコンの前で30分近くも悪戦苦闘していた。最終的には何とか無事に受信できたが、412通の新着メールのうち、迷惑メールやウィルスメールが409通ぐらいだった。メアド変えたい。

10月14日(木)

 六本木の高級ホテル、ダブルベッドでの目覚めはすがすがしいものがあった。昨夜は遅かったが、しっかり早起きして朝食のバイキングも食べた。自腹の出張だったら絶対に味わえない贅沢である。
 この日のコンベンションは、東芝EMIが毎年春と夏の2回開催しているもので、EMIグループの向こう半年間の主なリリースを、レーベルごとに紹介していく。趣向を凝らしたプレゼンビデオを上映し、合間には新人アーティストのライブを見せる。そういうのが朝から晩まで、休憩を挟みつつ延々6時間ぐらい続く。座りっぱなしなので体力的にはキツいものはあるが、ビデオそのものはなかなか面白い。特に眠くなったり疲れたりということはなかった。
 日が暮れる頃にはすべて終わって解散になった。僕はそれから高田馬場へ移動して、学生時代の後輩達と酒を飲んだ。どうせ飲むなら早稲田生ゆかりの馬場がいいと言い出したのは僕だった。駅の周辺は驚くほど様変わりをしていて、有名な居酒屋も多くがもうなくなっていた。しかし、もう30歳を越えている後輩達と話していると、10年前と何も変わっていない自分たちに気づく。自分のいい所も悪い所もすべて知り尽くしている相手だから、昔の仲間と話すのは気分が楽だ。

10月13日(水)

 今日から金曜日まで、長めの東京出張になるので、パソコンを持って行くことにした。クローゼットの中のスーツケースを引っ張り出して、あれこれと必要そうなものを詰めていく。パソコンが中で衝撃を受けないように、クッション代わりの着替えをうまく配置。折りたたみの傘まで用意して、完璧なパッキングを行ったはずだった。しかし、肝心のパソコンを入れ忘れていることに、駅に着いてから僕は気づいたのだった。妙に中がスカスカだと思ったんだ。スーツケースを出してきた意味がない。
 明日行われる東芝EMIのコンベンションを前に、この日の夜は都内のホテルで懇親会が催された。500人近くの音楽業界関係者が集う立食形式のパーティーである。何組かのアーティストが、挨拶をして回っている。次々に知らない人を紹介され、軽いジョークで盛り上げながらおじぎを繰り返している彼らを見ていると、アーティストも楽じゃないなと思う。内心では、こういうことをしたくないからミュージシャンになったはずなのに、とか思っているかもしれない。
 知り合いがほとんどいない立食パーティーは、僕にとってもけっこうしんどい。早々に引き揚げた僕は、上階にある自分の部屋に戻り、テレビを見ながら連絡を待った。そしてその後は、赤坂のスポーツバーへ移動してサッカーの試合を観戦した。ワールドカップ予選のオマーン戦。ホテルの部屋で一人で見ていてもつまらないので、僕も合流させてもらったのだ。やいのやいのと文句をつけながらみんなで見ると、やはり楽しい。無事に日本が勝ったので、試合終了後のお店は大騒ぎだった。

10月11日(月)

 祝日だったが、この日のFM802は特番の放送がなく、いつもどおりROCK KIDSがあった。局内は日曜日よりも閑散としていて、周囲のオフィスにも人影は少ない。こんな日はリクエストや書き込みも少なくて、まったりと番組が進んでいくのだろうと思っていたら、予想外に番組へのアクセスは多かった。連休の最終日だからだろうか。首はあいかわらず激しく痛む。
 早々に帰って、プロ野球を見た。パリーグのプレーオフはこの日が最終戦。勝ち上がった西武が王者ダイエーに挑んだこの決勝戦は、最後まで目が離せない壮絶な試合だった。ペナントレースを首位で戦い終えたダイエーが、この5試合で優勝を西武に譲る結果となった。これまでの感覚でいうとそれはしっくりこないという人も多いだろう。特に選手は負けたやりきれないだろうと思う。しかし、やはり短期決戦は見ている側にとっては最高におもしろい。選手や監督の気迫がペナントレースとはずいぶん違う。プロスポーツは、見る側のおもしろさが最優先に考えられるべきで、かつてあれほど地味だったパリーグの優勝争いがこれだけ注目されていることからも、このプレーオフというシステムが成功したことはすでに立証されている。セリーグでもこれを導入したらおもしろいことになるのになぁ。

10月10日(日)

 昨夜は二日酔いの時みたいにヘビーな状態でベッドに入った僕だが、目が覚めたら、頭と胃は元通りになっていた。さわやかな目覚めだったのは、ベッドで体を起こすまで。首はやっぱり元通りにならない。しかも、首以外の筋肉もギシギシ痛む。背中とか、腹とか、腕とか。その状態での運転はとても怖かった。目視するのが苦痛なので、車線変更は極力しない。駐車する際のバックなんて、ほとんど勘だった。スタジオに入ってからも、首の向きがどうしてもちょっと変で、しかも大きな声を出すと首がズキズキ痛むので、非常に喋りづらかった。
 今はこうして日記を書いているが、肩のこり方も尋常でない。
 ヘドバンは、体によくない。当たり前のことだけど、あらためて肝に銘じた日曜日。

10月9日(土)

 西九条BRAND NEWで1年ぶりの爆発寸前NIGHTを開催。放送ではイベントについて一切触れず、このRoxiteで告知したのみだったが、ぴあで用意したチケットは売り切れ、当日券もほぼ完売の状態だった。宣伝をしていない以上、初めてこのイベントに来る人はほとんどいないだろう。リクエストはまるで来なかったが、かつての常連さん達がいかにこのイベントを大切に思ってくれているかはよくわかった。あの頃盛り上がっていた曲は、もうほとんどライブでは聞けなくなってしまったから。
 新しく購入したCDJは実にいい仕事をしてくれた。今回は、かける予定の曲をすべてMDにもダビングし、万一音飛びが起きても応急措置ができるように準備をしていったが、そのMDを使う必要はなかった。僕の記憶では、BRAND NEWで開催した爆寸で、初めて一度も音飛びがなかった。
 今回の爆寸は、過去と比べて盛り上がりに欠けるなという印象を受けたが、最終的には後ろまで一体となって大いに沸いた。僕は序盤から頭を振りすぎて、後半は首がうまく立たなくなってしまった。テーブルの下にかがんでCDを探す時も、おでこを指で支えていないと頭が上を向かない。そのうえ脳みそが遠心力に負けて、ひどい頭痛と吐き気に襲われた。終わってから楽屋に戻っても、達成感らしきものは特になく、ひたすら疲れていた。さらに帰りの運転は本当につらかった。やっとの思いで帰宅すると、片づけもせずにそのままソファに横になり、何もできないまま2時間ほど眠った。完全に爆寸のしんどさを甘く見ていた。誰よりもよく知っているはずの僕が。これも歳というやつなのか。今度東京で開催する時は、もっと別の準備もしておこう。でもどんな準備をすればいいのだろう。
 大阪の爆寸は、ROCK VISION 802という番組が終わってしまっていることもあって、「古いビジュアル系ファン」の割合が多い。すっかり洋楽好きになった人や、結婚して主婦になった人など、いろんな理由で今やビジュアル系から離れている人達。SHOXXやFOOLSを開いて、「最近のバンド、全然わかんないんだよね」と呟いてしまったことがあるかどうか。若いインディーズバンドのファンが華々しく「咲く」のを見て、「自分にはできない…」と衝撃を受けたことがあるかどうか。そのへんがこのイベントを楽しめるかどうかの一つの目安である。そんな元バンギャル達が、昔取った杵柄で、当時を思い出して暴れるイベントとして、細く長く続いたらいいなと思う。初めて爆寸に来た頃は中学生だったような子が、いっぱしのOLになっていたりするのもけっこうおもしろいし。
 この日の選曲は、できるだけ早く爆寸ページにアップする予定。

10月8日(金)

 家の冷蔵庫に、とある駄菓子が大量にある。場所を占拠して困っている。その名は、すもも漬。
 僕が小学生の頃、一番好きだった駄菓子はこれだった。プラスチックの容器に酢漬けになったすももが二つ入っている。買うと短いストローがついてきて、まずはその漬けつゆを飲む。甘酸っぱくて、おいしいけど不健康な味。合成着色料に保存料、甘味料といった添加物満載の、今の時代では考えられないようなお菓子だった。大人になってからはすっかり見かけなくなり、もう製造されなくなってしまったのかと思っていた。しかし健在だった。
 先日、某レコード会社がプロモーションで配った「懐かしの駄菓子セット」の中に、すもも漬があったのだ。僕は長年行方不明だった友達とようやく連絡が取れた気分で懐かしんだ。僕のその様子を見て、周りにいた連中がみんな、自分の駄菓子セットからすもも漬を僕にプレゼントしてくれた。というよりも、得体の知れないお菓子だからどのみち自分で食べる気はないらしい。その後、僕が802にいない間にもロッカーにすもも漬が寄付されていた。押しつけられているという気もしたが、ありがたく頂戴して持ち帰ったのだ。
 しかしこんなにたくさんあっても、到底食べきれない。

10月7日(木)

 この秋最大の話題作、「ハウルの動く城」の完成披露試写が行われた。僕はずっと前からこの日を心待ちにしていた。この映画を一般の人より先に見られるとは何たる幸せ。何と言っても、数々の記録を塗り替え続けてきた宮崎駿の新作である。
 今回の原作は宮崎監督自身ではなく、昔の絵本がベースになっている。そのせいか、宮崎作品特有の痛快アクションはあまり見られない。魔法がたくさん登場するのは「千と千尋の神隠し」と似ていて、全体を通してとても不思議なお話。映画のテーマは冒険ではなく、呪いをかけられて老婆にされた少女と、気弱な魔法使いの「恋」である。
 僕の期待が勝手に膨らみすぎたせいもあるのかもしれないが、今ひとつ「つかめない」部分が多かった気がする。原作が宮崎駿自身でないことが大きな理由かもしれない。ストーリーがどうも腑に落ちないまま終わってしまった。このままでは何だか納得がいかないので、原作本を買って読んでみることにした。
 この作品で最も注目されている点の一つ、キムタクの声優ぶりは素晴らしいと思った。声の出し方や喋り方がいつもの彼と全然違っていて、ハウルの声を聞いていてもキムタクの顔が一度も頭に浮かばなかったから。事前にキャストを知らなかったら、喋っているのが彼だとは気づかなかったかもしれない。宮崎アニメならではのかしこまった言い回しを、実に自然にこなしていた。彼の名演を聞くだけでも、見る価値のある映画だと思う。

10月6日(水)

 大阪城ホールでGLAYのライブを拝見。USJで開催されたGLAY EXPOはあったが、アルバム「THE FRUSTRATED」をリリースしてから最初のツアーである。この日が3本目。新作の曲をメインにしつつ、今回も古い曲をうまく織り交ぜた選曲。まだ始まったばかりのツアーなのでここでは明かさないでおくが、代表的なヒット曲を今回はあえてプレイせず、しばらくライブでは披露していなかったような過去のアルバム曲が何曲かチョイスされている。曲によっては、僕も8年ぶりぐらいに生で聞いた。少しアレンジが変わっていたりもして、とても新鮮だった。
 10年の歴史の中で生まれたGLAYの代表曲は数多い。EXPOで披露されたのもその一部でしかなかった。活動が長く、ヒットの多いアーティストはそのぶんだけ、ライブの選曲に迷うものだろう。やってもやっても時間が足りない、という状態。だからこうやって、思い切って「過去の代表曲はほとんどやらないツアー」があるのもまた面白いと思う。アリーナツアーなんて、ファンクラブに入っているようなコアファンしかほとんど来ないのだから。
 新曲だけのホールツアーの後、アルバムを発売。10万人のお祭りライブを1日だけ開催して、最もオーソドックスなスタイルのアリーナツアーでは隠れた名曲にスポットを当てる。そして10周年を締めくくるのは、年明けのドームツアーだ。このバンドならではの、遊び心と冒険心に満ちた、盛りだくさんの1年である。
 ところで、TAKUROくんは僕の日記をたまに読んでくれているそうだ。彼も「NANA」に夢中になっているんだとか。たまにはメールくださいTAKUROさん。

10月5日(火)

 最近、郊外にポツポツと出来はじめている「JJ CLUB 100」なるスポットに初めて行った。15分105円遊び放題の時間制ゲームセンターとでも言おうか。建物に入ってから出るまで、中にあるすべてのアイテムで好きなように遊ぶ。ビリヤード、カラオケ、卓球、ダーツ、ボウリング…、僕の得意なピッチング9やサッカーのPK9といった的抜きゲームもできる。ダンレボとか太鼓の達人のようなアーケード系のゲーム機もずらりと並んでいて、どれもお金を入れずに好きなだけ遊べる。マンガやインターネットも完備。和洋のシアタールームもあって、テレビゲームや映画も楽しめる。基本的に24時間営業で、店によっては無料駐車場まであるという。中でお金を使うとすれば飲食と、クレーンゲームやプリクラぐらいだ。
 これはもう遊びのパラダイスと言っていい。週末になれば親子連れなどで混み合い、予約しないと希望の遊びはできないようだが、平日の夜などはほとんどガラガラで、何をして遊ぼうかと目移りするばかり。これはうまく考えた商売である。貸し出される道具はちょっと古くて汚いし、ゲーム機も少し古いモデルがほとんど。質より量。これだけいろいろあれば誰も文句は言わない。何せ2時間遊んだって1000円もかからないのである。
 「安くて楽しい暇つぶし」のスポットはどんどん充実していく。一人で行くならマンガ喫茶。みんなで行くならJJクラブ。これ、流行ると思う。

10月4日(月)

 1年ぶりの爆寸はいよいよ今週末。いよいよ選曲と準備に取りかかった。ところが、こんな時にパソコンが急に言うことを聞いてくれなくなった。以前から、信じられないような頻度でフリーズをするこのG4、あろうことか日本語入力ができなくなってしまったのだ。メールは開けるし、ホームページの閲覧も問題なくできるが、何も書けない。こちらからメールを送れないし、ワード検索もできない。深刻な事態だ。買ってまだ1年半だというのに。
 何度もフリーズを繰り返しながら必要最低限のバックアップを取った。強制再起動がうまくいかず、PR起動もCDからの起動も失敗。ついにクラッシュしたかと諦めかけたそのとき、何とかデスクトップ画面まで立ち上がった。こうなりゃ最後の手段だとシステムの再インストールを決意。初期化も辞さない構えではあったが、インストール中にフリーズするという信じがたいトラブルにも見舞われ、本当にディスクが初期化されてしまった。つまり僕のパソコンに保存されていたデータはすべて消えたということ。バックアップはあくまで最低限のものでしかなかったから、けっこう大事な物がいろいろなくなってしまった。こういうの、確か2回目だ。失ったソフトをすべてインストールし直したものの、もう元には戻らない。パソコンを過信して依存しすぎるのは怖い。
 非常に大きな痛手となっているのが、ブックマークを失ったこと。ネットサーフをしながらたまたま見つけたようなホームページをたくさんブックマークに入れていたが、その多くにはもう二度とアクセスできない気がする。特に残念なのは素人日記の数々。メモライズなら簡単に検索できたけど、livedoorの検索は非常に使いづらい。毎日見ていたあの日記が恋しい。

10月3日(日)

 日曜深夜にABCテレビで放送されていた情報番組「デジネバ」が、この日の放送をもって終了した。5年間、ローカルの深夜番組としては異例の長寿だった。
 5年前にこの番組の仕事をもらった時僕は、自分に何が求められているのか、なぜ自分が抜擢されたのか、全然わからなかった。テレビの仕事は短命で終わるものだから、あまり長く出ていられるとは考えないようにした。上手にできなかったらすぐに他の誰かと交代するのだと。それが、5年である。僕が降板して、他の誰かが後任になるのだけは嫌だった。しかし何年も続くうちに、デジネバに僕のカラーが定着していった。結果として、番組が終わるまでデジネバの主役でいられたことは、誇りに思っている。
 思えばこの番組は、予算も制作スタッフの人数も、規模としてはラジオ番組に近いものだった。いかに低予算で質の高い番組を作れるか、腕利きのスタッフが知恵を絞り、プライドをかけて作ってきた番組なのだ。収録前のスタジオの雰囲気もラジオととても似ていた。そういう番組だったから僕も、他に自分が担当しているラジオ番組と同じように、構成や企画についてたくさんの意見を出した。考えてみるとすごく貴重な、幸せなことだったと思う。現場はいつも和気あいあいとして楽しかったから、もうあのスタジオにみんなが集まることはないことを思うと、とても寂しい。
 本当にたくさんのものを吸収できた番組だった。この経験は今後の人生に自然に生きてくるだろう。一期一会という言葉があるが、素晴らしい出会いが数え切れないほどあった。僕を起用してくれた人、僕を育ててくれた人、僕を支えてくれた人、すべてのスタッフに、心から感謝している。
 ともあれ、一つレギュラーが減って秋から暇になった。この秋は映画もライブもたくさん見よう。できた時間は有効に。

10月2日(土)

 DJは何事においても幅広い知識を持っておくべき職業だと思うから、「好きなジャンルを特定しない」というのが僕の信条だ。本に関しては、ノンフィクションと外国文学が全般に僕は苦手だが、日本の小説であればいろんなタイプの物を読んでみたいと思うようになった。鷺沢さんが亡くなってからは特にその意識が強い。彼女の文章と同じくらい、僕が好きになれる日本語を、書いてくれる作家を探しているのかもしれない。
 西田俊也の「やんぐとれいん」という小説を読んだ。計画された同窓会は、青春18きっぷを使った行き先を決めない旅。集まったのは、高校時代は特に仲が良かったわけでもない6人の男女。それぞれに、とりかえしのつかない事情を抱えている。そんな青春小説だ。
 もうだいぶ前から書店で気になっていたこの本を、今になって僕が手に取った理由は、登場する6人と同じ32歳になったからだ。高校を出てから僕は、この小説に登場する人物達と同じだけの年月を生きている。「わたしたちの誰もが、もう若くはなかった」という帯のフレーズが、なぜか妙に気に入った。
 物語は6人それぞれの回想を織り交ぜながら、全員の一人称で交互に描かれる。性格も生き方も全く異なっていて、そのどれもがある意味平凡、だけど小さな挫折と苦悩に満ちている。表には出さないし、最後まで誰にも言わないけど、全員が一生懸命に、自分の人生を重ねている。それがとてもリアルに見えて、人の生き方についていろんなことを考えた。衝撃的な展開は一つもなく、涙が流れるような場面も特にない。けれど300ページを超えるこの本を、僕は1日で読んだ。長いと感じなかった。むしろもっと先が知りたいのに途中で終わってしまったような感覚が残ったくらいだ。比喩と倒置が連発される文体も特徴的で新鮮だった。
 これを読んで自分も同窓会をやりたいと思うようなことはない。ただ、僕が今までに出会ってきたいろんな人達が、それぞれに自分のドラマで主人公を演じているんだな、という当たり前のことを思ったりした。30前後の人におすすめしたい本。

10月1日(金)

 秋の番組改編期。BEAT SHUFFLEの放送は6年目に突入した。これを記念したイベントが、大宮ソニックシティで開催される。前回はJanne Da ArcやROUAGE、Raphaelなどが出演し、真夏に開催された「BEAT SHUFFLE LIVE SIDE」。今度はムックとPsycho le C?mu、ナイトメア、Kaggra,、DAIGO☆STARDUSTというラインアップで、年の瀬も押し迫った12月30日に開催である。BEAT SHUFFLEは、この春から1時間番組に短縮され、NACK5の中では指折りの「目立たない番組」になった。続いていること自体が不思議なくらいの地味でマニアックなこの番組が、こんな大きなライブを主催できるのだからすごいことだ。
 僕にとってはおそらく2004年で最後の仕事になるだろうから、気合いを入れて臨まなければ。当日の僕の仕事はもちろん司会ということになるだろうが、案の定「プチ爆寸は…?」という声が聞こえてきたので、丁重にお断りした。過去の経験から言って、オムニバスライブの転換時に爆寸をやっても絶対にうまくいかない。でもせっかくだから、生ラジオ風なことはしてみたいかな。まあいろいろとアイデアはある。BEAT SHUFFLEらしいイベントになればそれが一番だ。
 10月最後の金曜日に番組内先行予約を大々的に受け付ける。各アーティストのファンクラブ優先などは一切ないとのこと。