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Diary(05.03.)

3月31日(木)

 厚生年金会館でウルフルズのライブを見た。昨日と今日の大阪公演が、今回のツアーの皮切り。大阪からツアーが始まるのは、長いウルフルズの歴史の中でもおそらく初めてのことらしい。
 ステージセットなどは実にシンプルで、過剰な演出は一切ないライブだったが、トータス松本一人のエンタテインメント性で観客を最後まで確実に楽しませる。初日とは思えないくらいにメンバー感の呼吸も完璧で、さすがは百戦錬磨のウルフルズというライブだった。キング忌野の影響で、最近はすっかり自転車にのめり込んでいるというトータス氏。アンコールで着ていたツアーTシャツには「自ら転がす」の文字が。そのうち、トランポに愛車を積み込んで、ツアー先のホテルから会場への移動なども自転車ということにもなりそうなハマりようだ。ライブ後にも、自転車好きの関係者とマニアックな話で盛り上がっていた。
 ところで、今日のライブを見ていて初めて気付いたのだが、サンコンJr.氏はレギュラーグリップでスティックを持つ。両手とも、卓球でいうシェイクハンドのような持ち方をするマッチドグリップに対して、鉛筆を持つように左のスティックを寝かせて持つのがレギュラーグリップ。太鼓を傾けた状態で叩く鼓笛隊から生まれた握り方だが、強い音が出しづらいためロックの世界ではこういうグリップで叩くドラマーが滅多にいない。サンコン氏によれば、昔は彼も普通の人と同じようにマッチドグリップで叩いていたが、数年前にレギュラーに変えたらしい。よほどのこだわりがあるのかと思いきや、「ロックの人ではあんまりいないでしょ?目立つかなぁと思って。たまにちょっと叩きにくいと思うんだけどね」だそうで。そんな答えが返ってくるところもまたウルフルズらしいと思った。

3月30日(水)

 日本人としてやはり見ておかなければならない、サッカードイツW杯アジア最終予選、B組日本対バーレーン戦。中田英寿と中村俊輔がコンビを組んで負けるというイメージがどうしてもわかない僕だったが、前半からずいぶん苦戦しており、先日のイラン戦同様ハラハラする展開だった。敵のオウンゴールでようやく拾った勝ち点3。初戦もホームでの北朝鮮戦ではロスタイムに辛くも決勝点をもぎ取る薄氷の勝利だった。心臓に悪いこんな戦いを格下相手に続けているようでは、残りのアウェー試合に不安が募るばかりだ。
 それにしても、日本代表の試合を見るたびにつくづく感心するのは、日本人のスポーツを楽しむ姿勢の美しさと、礼儀正しさだ。この日は日本のホームだったから、観衆は凄まじいまでの歓声で日本を応援したが、バーレーンに対する不当な野次は聞こえなかった。オウンゴールという致命的なミスを犯した敵の選手に対しても、みんな同情的で、嘲笑するような空気はほとんどない。仮に日本が敗れたとしても、ピッチに物を投げ入れるような不届き者は現れなかっただろう。こういうところは、日本人として誇りに思う。

3月29日(火)

 高校野球は、贔屓の学校が出場していると断然面白い。今年のセンバツで、僕は慶應義塾高校を応援している。自分の故郷の神奈川県から出場しているということもあるし、父や兄の母校で馴染みもある。僕は落とされたのだけど。
 甲子園のアルプススタンドで、学生服を着た男達が肩を組んで慶應の応援歌「若き血」を熱唱する様子を見て、NHKのアナウンサーが「何だか神宮球場と見紛うような光景です」と発言したのが、妙に嬉しかった。そうそう。早慶の学生にとって六大学野球の早慶戦はかけがえのないビッグイベントだった。たかが野球部の試合だというのに、その3連戦の日は付属高校を含めた全校が休みになる。夜の歌舞伎町はそれこそワールドカップで日本が勝った時みたいな乱痴気騒ぎ。良くも悪くも学生の若いパワーが爆発するお祭りだったのだ。それを思い出させるような光景を、甲子園で見ることになるとは。
 慶應は1回戦では激しいシーソーゲームをサヨナラ勝ちで制し、今日の2回戦では先発中林が最少失点の力投で逃げ切った。このまま勝ち進んだら、日本中にいる慶應出身のおじさん達は大騒ぎになるだろう。
 ライバル校の健闘をわくわくしながら応援しつつ、やはり少し寂しい。いつか甲子園で「紺碧の空」や「都の西北」を歌える日が来るだろうか。

3月28日(月)

 一昨年から僕が担当している、甲子園球場のインフォマーシャルビデオのナレーションを、今年もやらせてもらうことになった。甲子園で阪神タイガースの試合が開催される日、開場してから守備練習が始まるまでの間、オーロラビジョンで流す球場案内のビデオだ。今年も高いテンションで叫びまくった。デジネバが終了して半年、いわゆるナレーション録りを毎週の仕事としてはやらなくなり、ずいぶん下手になったのを感じてガックリ。思うように口が回らないのはとても情けなかった。
 先週末に開幕したプロ野球パリーグに続き、もうじきセリーグも開幕する。ここ1〜2年でセパの人気の格差は確実に減っており、特に今年は楽天の加入もあってパリーグが熱いといわれている。一歩引いてみると、12球団の中で最も影が薄いのは、あるいは阪神かもしれない。球界を代表するようなスーパースターが一人もいない、というのが大きな要因だ。今岡、金本、赤星、矢野、藤本といったあたりが今のタイガースの看板選手だが、プロ野球ファンでなくても顔を知っているほどの有名人かというと、残念ながらそうでもない気がする。ありていに言えば、地味な球団。
 だからこそ応援のしがいがあるというものだ。阪神ファン以外で、今年の阪神がリーグ優勝できると思っている人などほとんどいないはず。知名度や話題性だけで勝てないのがスポーツというものだ。今年はきっと鳥谷がいい働きをしてくれるに違いない。頼むぞタイガース。頼むぞ12番浅井。

3月27日(日)

 凱旋とは、戦いに勝って帰ることをいう。6年前、東京に殴り込みをかけた枚方の5人組が、ついに大阪城ホールのステージに立つ。今日のJanne Da Arcに最も相応しい言葉はこれだと思ったから、祝い花の立て札に「祝・凱旋」と書いてもらった。
 普通のアーティストは、メジャーデビューしてから2〜3年後に人気のピークが訪れ、以後はその数字を維持するために努力するようになる。ところがJanne Da Arcの場合、デビュー後6年間もじわじわと動員を伸ばし続け、ついに大阪城ホールに辿り着いた。これは彼等にとってゴールでも何でもなく、右肩上がりのグラフはどこまでも続くような気さえしてしまう。
 大阪城ホールで、ジャンヌがライブをする。いつかそんな日が来ると信じて疑わなかった人は、メンバーやスタッフのほかにもたくさんいた。その中の一人に、ある僕の友人がいる。
 彼女は、インディーズ時代からJanne Da Arcのライブには欠かさず駆け付ける熱心なファンだった。彼等がメジャーデビューした年、yasuくんが腕につけているバングルを見て、同じようなデザインのものを彼女は買った。彼女の職業はテレビ番組制作だったから、自分の番組を通じてずいぶんジャンヌを応援していたのだが、関係者の立場では、ファンとしての顔を表に出しづらい。だから彼女はそのバングルに自分のジャンヌへの思いを封じ込め、一日も腕から外さなかった。「ジャンヌが大阪城ホールでライブをした日に、これを外す」と、密かに縁起を担いで。しかし彼女は、バングルを腕にはめたまま、3年前の夏に事故で他界した。
 彼女といつも一緒にライブを見に行っていた友達の女性が、バングルごとその思いを受け継いだ。その人から、今朝メールが届いた。これまで頑に外さなかったそのバングルを、「ちょっと複雑な気持ちですが、今日のライブが終わったら外します」と。
 そういう経緯があったから、Janne Da Arcの大阪城ホール公演は、僕にとって特別な意味があった。
 この日の大阪城ホールは即日完売。スタンドの一番上までぎっしりと人で埋め尽くされていた。僕はステージ真正面のスタンドから眺めていたが、そこから見るメンバーの姿は本当に小さい。こんなに遠くからJanne Da Arcを見たことはなかった。その遠さが、彼等の成長を物語っている気がした。
 Janne Da Arcを見にきた人が1万人も集まっているのに、彼女一人がここにいないということが無性に悲しかった。今日一日だけ俺の身体を貸してやるから、今すぐ降りて来いなんて、夢みたいな奇跡を本気で願ったりしている自分が悲しかった。彼女の訃報を聞いた時も、葬式でも、火葬場でも、僕は一滴として涙など流さなかったのに、2回目のアンコールで「Rainy」を聞いて、急に涙が止まらなくなった。ステージを正視できなくなって、両手に顔を埋めたまま、肩を震わせて泣いた。周囲には関係者がたくさんいたから恥ずかしかったけど、溢れてくるものはどうすることもできなかった。このライブを見せてあげたかった。僕の代わりでもいいから、見せてあげたかった。福森。僕は今日、初めて君を思って泣いたんだよ。君がこの世にいないことの悲しみが、今日ほど全身を貫いたことはなかったから。
 ジャンヌのメンバーにも、ここを読んでいる多くの人たちにも、何の関係もない個人的な話だ。しかしあいにく今日は感慨が大きすぎて、客観的に見ている余裕がなかった。きっとファンの人は、ライブの細かい内容でも紹介してほしいと思うのだろうけど、レポートは雑誌とかファンのブログに任せたい。
 この日のことを、僕は一生忘れないだろうと思う。

3月26日(土)

 昨日から愛知万博が開幕している。日本国民の四人に一人は「行くつもり」と答えているとかいう話を聞いた。わりと愛知に近い関西だったら、二人に一人ぐらいは行くという計算なのだろうか。それも信じ難い。初日の動員は目標を下回ったそうだが、各パビリオンの混雑具合はどうなのだろう。
 未来の暮らしを見せる一方で、マンモス再現とか、サツキとメイの家とか、何がやりたいのかよくわからない気がしてしまうのは僕だけか。人が集められるなら何でもござれに見えてしまう。
 万博というのは、日本の一流メーカー各社で最先端の研究をしている人たちが、どれほどすごいことをしようとしているのかを、披露し合う場。僕はそう考える。技術者の仕事は生活に密着していて、彼等の研究の成果によって僕らの暮らしは劇的な変化をすることもある。そのわりに、彼等にスポットが当たることは少ない。ノーベル賞をとったり、裁判で200億円の発明対価を認められたりでもしない限り、新聞の一面に名前が載ることもないだろう。しかし技術者達は日々頑張っている。
 僕の友人の一人は、世界で唯一の大型高温超電導コイルなるものを設計し、今回の万博会場に展示しているそうだ。今、山梨で実験的に走らせているリニアモーターカーは、液体窒素や液体ヘリウムを使って絶対零度まで冷やす必要があり、現時点での実用化は厳しい。そのため、より高温で超電導を得られるコイルの開発が急がれており、某大手電機メーカーに勤める友人は、それの設計に携わる一人なのだ。しかしそのコイルは、外見はただのアルミの箱に過ぎず、万博の広告代理店の人物が、「展示するなら、もう少しメカっぽくて配管がいっぱいあるものがいい」だの、「冷凍機の音が会場のマイクとハウっちゃう」だの、研究者の努力を無視して勝手なことを言い出すので苦労したりもするそうだ。
 高温超電導は、現在でも完全に解明できていない、物理学最後のロマンらしい。超電導から量子力学が誕生した。「やりつくしたと思っていても、また新しい学問が生まれる」のが面白いのだと、その友人は言う。学生時代から学者肌の変わった男だったが、前人未到の領域を切り開いて進むのは、確かに楽しそうだ。
 人混みは苦手だが、彼が作ったというアルミの箱は、ぜひともこの目で見てみたい。どこがどう凄いのか、ちゃんとした解説つきで。

3月25日(金)

 BEAT SHUFFLEのゲストに元LaputaのKouichiさんが登場。Everlasting-Kという名でリリースする、ソロミニアルバムのキャンペーンである。このゲスト出演の意味するところは、実はけっこう大きい。Laputaのギタリストとしてメジャーデビューしてから8年になるが、その間彼は一度もラジオに出なかったのである。ライブでのMCも聞いたことがない。つまり、マイクを通して喋るということを、頑としてしなかった人なのだ。その彼が、ついに人前で喋るということで、この日はスタジオ前もネット中継も大賑わいだったようだ。
 彼の場合、mana様みたいに「喋らないキャラ」で通しているというわけではなく、「自分の声が嫌いだから」というだけのことだった。ソロで動く以上は開き直るしかない。しかしまだまだ照れを捨てきれないらしく、スタジオに入るなりファンに背中を向けて座るし、わざわざマイクから口をずらして喋るし、まるで新人のインディーズバンドのようなぎこちなさ。ホストである僕の方も緊張してしまったが、爆笑エピソードもいくつか飛び出し、なかなか楽しい番組になった。クールな美形カリスマギタリストのイメージが、ものの見事に損なわれたことは否めない。

3月24日(木)

 昼間は春うららな好天だったのに、午後になって急に雲行きが怪しくなり、いつのまにかまた冬の雨だった。最近、梅雨みたいによく降る。
 ここのところ本当にライブが多い。今日はIMPホールでサスケのワンマンライブを見た。去年の後半あたりから、「青いベンチ」のヒットで一躍注目を集めているストリート出身の二人組。彼等にとって初の全国ツアーである。
 この日、ステージに上がったのはサスケの二人だけ。曲によってベースやキーボードを使うこともあったが、ライブの内容としてはストリートで歌っている時と変わらない、実にシンプルなものだった。アンコールを含め13曲と比較的短めではあったが、現段階での彼等の魅力を伝えるには充分な長さであった気がする。二人の純朴さがまぶしいくらいだった。
 アイドル的な人気の二人だが、客席は驚くほど静かだった。年齢層は思っていたよりもはるかに広く、男性客も多い。曲の合間に二人の名を叫ぶ黄色い歓声が一切なかった。客は始終席に座って、時折手拍子をするぐらいだ。ライブでの盛り上がりや一体感を求めるよりも、まずは自分達の「歌」を聞いてほしい、という二人の思いが、会場の雰囲気を一種張りつめたものにしている。携帯電話の鳴る音も一切聞こえなかった。クセのない、気持ちのいい高音の歌声に、みんなが聞き入っていた印象だ。彼等の試みは確実に成功している。
 まだサスケは最初の一歩を踏み出したばかりだ。今の人気を一過性のものに終わらせないために、これから、もっといろんな要素を取り入れて、スケールの大きなアーティストに成長していく必要がある。その可能性を確かに感じるライブだった。ノスタルジックで優しいラブソングは、最も流行に左右されないジャンルだと思う。

3月23日(水)

 なんばHatchで開催された、MAGICAL WEDNESDAYというイベントを見に行った。サンタラ、光永亮太、スガシカオ、そして清木場俊介という4組のアーティストが出演。全体的にしっとりと歌を聞かせる構成で、清木場以外の3組はアコースティック編成だった。
 どのアーティストも実力をいかんなく発揮する素晴らしいライブを見せていたが、最も印象に残ったのは、去年「バニラ」でデビューしたサンタラ。オレペコやデリコ、高鈴などもそうだが、女性ボーカリストと男性ギタリストのユニットという編成は最近のトレンドなのだろうか。それも大学で結成されるパターンが多い。普通のバンドでは表現しづらい音楽を目指す、ギターの上手い男の子が、学校でいい歌を歌う女の子と知り合い、意気投合して、あるいは口説き落としてユニットを組む、という流れだろう。これらのアーティストに共通しているのは、ギタリストのセンス、そしてボーカリストの歌に強烈な個性があるという点である。
 サンタラの最大の魅力は、田村キョウコのちょっと脱力した歌声にある。こぶしの利かせ方は昭和歌謡にも通ずるところがあるが、それをあえてだらしなくしてみたら、こういう気だるい感じになりました、みたいな。ギターに優しくたゆたうその声が気持ちよいのだ。今日はアコースティックでじっくりと聞かせてもらったが、この人の歌、気だるいのは何となくの雰囲気だけで、音程やリズム感は完璧。砂田くんはこの運命的な出会いに感謝しなければなるまい。じっくりと歌詞を見ながらCDを聞いてみようと思った。

3月22日(火)

 近頃、車が汚れたからといって洗っても、すぐにまた雨が降ってしまう。今日も冷たい春の雨。デビュー15周年を迎えたドリカムのライブを、大阪城ホールへ見に行った。
 今回のツアー、演出には相当のこだわりがあるらしく、観客のマナーを徹底させるのに懸命だ。各地でラジオDJなどが前説を行い、注意事項をしつこいぐらいに繰り返し読み上げる。大阪城ホール3公演目となった今日は、僕が小嶋晶子とともにステージへ上がった。ライブ中の電波障害を防ぐために、携帯電話の電源を必ず切ってもらうことが僕らに任された主な仕事だった。ライブ開始前とはいえ、1万人の前で喋るのはさすがに緊張。でも少しだけ快感だった。
 ドリのライブは久しぶりに見たが、やはり文句なしに楽しい。歌や演奏のレベルはもちろん超一流だし、曲のバリエーションも豊かで飽きることはないが、何といっても演出が見事。スクリーンや照明の使い方は派手すぎず地味すぎず、観客を踊らせたり歌わせたりしても、何というかわざとらしさがない。さすがドリカム、としか言いようのないショウである。
 僕が目を見張ったのは、吉田美和女史の踊りの上手さだった。全編を通して、二人の男性バックダンサーがそれは流麗なダンスを披露するのだが、二人と一緒に美和さんも踊る場面がずいぶん多かった。彼女の動きたるや、まさしく完璧で否の打ち所がないのだ。かなり過酷なレッスンと入念なリハーサルの賜物であることは疑いない。彼女ほどの歌唱力と愛されるキャラを持っている人ならば、その二つだけでも充分観客を楽しませることはできるはずなのに、ショウとしての完成度を高めるためには一切の妥協をしないという、そのプロ意識の高さに感動した。
 開演前に小嶋晶子と僕が口を酸っぱくしてお願いしたのが功を奏してか、客席で携帯電話が鳴るようなことはさすがになかったが、観客のマナーが良かったとは言えないのが残念なところだ。MCの最中に、話の流れを無視して二人に話しかける客はどうにかならないものか。優しいアーティストは、ファンに話しかけられて無視することなどできるはずがない。そこにつけ込んで、次々に自分勝手な言葉を叫んでは流れを乱す。ドリカムに限らずライブでよく見かけるが、あれには本当に辟易する。アットホームな雰囲気は楽しいが、空気は読んでくれないと。

3月21日(月)

 ホリデイスペシャルが放送されたため、ROCK KIDS 802はお休み。天気が良かったので、部屋の掃除や軽めの洗車など。
 学校の講師紹介で使用する目的で、血液型やら生年月日やらのプロフィールをメールで聞かれた。併せて「好きな言葉」を聞かれたので、「晴耕雨読」と答えておいた。この言葉を知っている人は少ない。それも僕がこの言葉を好きな理由の一つといえなくもない。30を過ぎてようやく見つけた座右の銘だ。意味は、晴れた日には畑を耕し、雨の日には家で本を読むような、のんびりと悠々自適な生活をすること。人間は欲が深い生き物だから、幸せの高望みばかりして、あくせく働くことからなかなか逃れられないが、別にセレブになどなれなくてもいいと、出世欲を放棄することも一種の美学である。世間に惑わされず、自分の好きなペースで気ままに生きたいものだ。ちなみに、晴耕雨読と同じくらい好きな言葉に、「座って半畳、寝て一畳」というのもある。どんな大物になろうと頑張ったところで、人間一人の大きさなんてたかが知れている、ということ。
 これらの言葉によって、僕はことあるごとに自分を戒める。

3月20日(日)

 僕が最近、毎週楽しみに見ているテレビ番組の一つが「平成教育予備校」。ユースケ・サンタマリアが先生となって、みんなにいじめられながら頑張っている。何だかやたら頭のいいイケメン大学生のエリックくんが我が家ではすっかりアイドルだが、他の出演者もそれぞれに面白くて、好感の持てる番組だ。古くは「IQエンジン」の時代から、頭を使う問題を出してくれるテレビが僕は好きだった。先週は、僕が絶対の自信を持っている国語の日だったが、ほとんど不正解でプライドはずたぼろ。
 ちなみに、こういう番組は録画して見るに限る。出題されたら、答えが出る前に一時停止して、納得のいくまでじっくり考えられるからだ。そういえば最近、放送されている時間に生でテレビを見ることがほとんどなくなった。報道番組とスポーツは別だが、バラエティーやドラマ、映画などは、必ずといっていいほどPSXに録画してから見ている。近頃のHDDは予約録画が本当に簡単。これから先、テレビを見るスタイルも、時代とともに大きく変化していくだろう。見たい番組の放送時間に、他の行動を合わせるのではなく、自分の好きな時間に、録画しておいた番組を見る。昔は、人気ドラマの放送時間になると、夜の街からOLの姿が消えるなんて言われたが、もうそんなこともなくなるだろう。

3月19日(土)

 2年前に購入したこのPowerBookG4は、これまでに2回システム再インストールをしているが、依然として不安定な状態が続いていた。そして今日、ワードで作成した文書の保存ができなくなったかと思うと、それにつられるようにしてIEやメールソフトが起動されなくなり、インターネットへの接続が完全に断たれた。再起動を繰り返しているうち、今度はハードディスク自体が認識されなくなってしまった。本来であればこの時点でこのパソコンは完全にクラッシュ、一切使い物にならなくなるところだが、今こうして日記を書けているのは、直前に外付けのハードディスクにシステムソフトウェアをインストールしてあったからだ。サポートセンターに電話して、指示されるままに修復を試みるが、改善される様子はなし。修理に出す以外にこのパソコンが生き残る道はないというが、5万円を超える修理費がかかるらしい。いっそ別のパソコンを新調して乗り換えることも考えたが、壊れたままでこのG4を処分するのはどのみち気が引けるし、買い替えるタイミングとしてはまだ早すぎる。そんなわけで、明後日からこのパソコンは1週間ほど入院することになった。

3月18日(金)

 知人に薦められて、渡辺淳一の著作「ラヴレターの研究」を読んだ。明治から大正、昭和にかけて活躍した、著名な作家や詩人、歌人などの文化人が、恋人に送ったラブレターの数々を原文のまま取り上げ、その背景にある恋愛模様を解説していくという本である。ノンフィクションには滅多に手を出さない僕だったが、この本は興味深く読むことができた。
 Eメールを手軽に送りあえる今と違って何かと不便だったろうし、世間のしきたりも現代と比べればはるかに厳しいものであったと推測できる。不貞を働いた妻とその相手の男は、亭主から姦通罪で告訴される時代。それでも互いに惹かれあい、不倫に走った挙げ句に、心中したカップルも現実にいた。その生々しい恋物語が、脚色を加えずに淡々と綴られる。渡辺淳一の書き方が、わかりやすくて美しかった。
 驚いたことに、登場するカップルの大半は不倫の関係であった。あっけらかんと複数の女同士を戦わせるプレイボーイもいれば、相手の夫の存在に悩まされる生真面目な男もいる。人によって恋愛観というのはかくも異なるものかと感心してしまう。例えば芥川龍之介は、35歳で自殺するまでの10年の結婚生活の影で、関係を持った女性の数は一人や二人ではない。そのくせ自分の妻には、涙ものの情熱的なラブレターで求婚していた。文壇の寵児と呼ばれた文学的な才能を駆使して女を口説くのだから、もてるのはある意味当然か。それにしても、これほど女にだらしない人物だったとは知らなかった。
 恋をしたら周りが見えなくなってしまうのは、いつの時代も同じだ。そしてそこには必ずドラマが生まれる。いろんな意味で勉強になる本だった。

3月17日(木)

 天気予報が外れて、土砂降りの雨の一日。南港のインテックス大阪では、GLAYのライブが開催された。全国5大ドームツアーになるはずが、騒音と振動の問題で大阪ドームだけ使用許可が出なかったため、急遽代替的に計画された大阪だけの特殊なライブである。キャパ1万3000人のインテックス5号館で、4公演。単純計算でいえば大阪ドームと同じ数の観客を入れることになる。チケットはむろん、全日ソールドアウトとなった。
 オールスタンディングの観客が、長方形の平面にぎっしり。ステージからこの光景を見たJIROは、横にいるTERUに「何かエキスポやってるみてえ」と言った。ドーム公演とはまた違った雰囲気を感じたのだろう。ライブの内容はドームツアーのものとほとんど変わらなかったようだが、アンコールでカバー曲を披露したのに驚いた。各公演、メンバーそれぞれの選曲で1曲ずつのカバーを用意しているそうで、初日はHISASHIセレクトによる THE OFFSPRINGSの「HIT THAT」だった。TERUくんは歌詞を追うのに必死だったようだが、たまにはこういうのも楽しい。GLAYならではの遊び心だ。
 驚いたといえば、HISASHIがライブ後半で使用していたギターが、スタインバーガー製のものであったことにもびっくりした。専用の弦を必要とし、値段が少々高いということもあって、日本のメジャーアーティストのライブではなかなか見ることがないが、マニアックなファンは少なくない。軽くてコンパクトなので持ち運びに便利、チューニングが簡単で安定する、などの点で重宝するらしく、しかもかなりいい音が鳴るという。HISASHIはこれを去年のツアーから愛用しているそうだ。スタインバーガーは何といっても、ヘッドのない見た目のインパクトが素人目にも強烈。こういう個性的な形のギターこそ、HISASHIには最も似合う。

3月16日(水)

 明日、「NANA」のソフトと同じ日に発売される、自動車ゲーム「ENTHUSIA」をプレイした。「エンスージア」と読む。コナミが満を持して世に贈る、ドライビング・シミュレーション・ゲームだ。
 自動車を溺愛し、好きな車のためなら他のあらゆるものを犠牲にしてしまうような愛好家を「エンスー」と呼ぶ。このゲームはまさに、そういうマニアに向けて作られている。レースゲームマニアという意味ではない。自動車のマニアだ。
 グラフィックのリアルさは間違いなく史上最高レベルといえるだろう。登場する車種も半端な数ではなく、日本では滅多にお目にかかれないような外国車や、クラシックカーなども走らせることができる。手に汗握るレースを堪能するという点でいえば、自動車ゲームの最高峰「グランツーリスモ」などには及ばないかもしれないが、「ENTHUSIA」のリアルさへの徹底したこだわりは高く評価されるべきだろう。トランス系のやかましい音楽で煽るような、いかにも走り屋をターゲットにしたゲームと違って、BGMも全体的に大人っぽくて、上品な作りになっている。世界を代表する自動車メーカー44社それぞれの歴史を簡単に説明するオマケページもあったりして、なかなか勉強になった。
 こういうゲームにおいて最大の問題となるのは、操作性のリアルさだ。ステアリング、ギア、ブレーキ、アクセル。本物に近い操作性を実現できているかどうか、レースゲームにさほど明るくない僕には判断しかねる部分があったので、車ゲーマニアの友人にソフトを貸して感想を求めることにした。

3月15日(火)

 さっそく発売日にNANAの12巻を購入。読む時間を確保したくて、ガソリンスタンドで洗車をした。
 展開は充分にあるのだけど、時間軸でみると全然進んでいないのはあいかわらず。いくらトップクラスのミュージシャンであっても、ここまで華やかではないだろうという気もするが、多少のおとぎ話が入っているくらいが楽しいかもしれない。
 この漫画、毎度物議を醸すのが、一話一話の最後のページに書かれた、ハチやナナが互いに贈るメッセージである。その後の展開を絶妙なさじ加減で匂わせる。「ハチはやはり結婚しないのだろう」とか、「ナナはこの先、死ぬのかしら」とか、読者は思い思いに想像を巡らせ、次の連載を待つのだ。ちょっとした1ページが、テレビドラマの予告編などよりも、よっぽど後を引く。このページを読むたびに矢沢あいは天才だと思う。一つだけ確かなのは、この物語の結末が決してハッピーなものにはならないだろうということだ。サッドエンドだとわかっているのに、これだけたくさんの人が泥沼にはまるように夢中になってしまうところが、この漫画の興味深い点だ。

3月14日(月)

 ROCK KIDS 802のゲストにMCUが登場。宮沢和史と共演したシングル「ありがとう」のキャンペーンだ。5月に発売される初のフルアルバムでは、様々なジャンルのアーティストとのコラボレートで楽しませる。ZIGGYの森重氏を迎えたハードロックチューンなどは秀逸だ。日本語ラップはもはや、ヒップホップというジャンルを越えた一種の表現方法、歌のスタイルになっているのを感じた。
 MCUはテレビゲームが好きらしい。最近は古いファミコンのゲームに凝っているとかで、ファミスタなんかをやっているとか。最近のゲームは操作の難しさについていけず、PS2でプレイするゲームといえば、もっぱらRPGやシミュレーションといった、簡単にゲームオーバーにならず、マイペースで遊べるものだという。
 僕の場合、操作の難しさについていけないのは同じだが、なかなか終わりの見えないRPGやシミュレーションは一切プレイしない。しかしその僕が、最近夜中にしこしこやっているゲームがある。「NANA」だ。
 17日に発売される、PS2用のテレビゲーム「NANA」。「体感系ひとり暮らしゲーム」とパッケージには書かれている。ナナとハチの住むマンションの隣室に引っ越して、77日間のひとり暮らしをする間に、「NANA」の登場人物達と知り合い、うまくすればデートしたりもして、自分も物語の登場人物として加わる。家具や洋服などはいろんな町でショッピングをして揃えていく。収入がなければ暮らしていけないので、アルバイトも探さなければならない。
 こういうシミュレーションゲームは過去にもプレイしたことがないわけではないが、僕は非常に苦手である。というよりも下手なのだ。別に僕自身が苦しむわけではないのだから、稼げるだけ稼いでしまえと、死ぬほどハードなスケジュールでバイトのシフトを組んだりしてしまう。そうして体力が落ちてぶっ倒れ、バイトをサボってクビになること数回。お金が入れば後先を考えずに家具やら服やらを買いまくる。知り合ったばかりの男を手当りしだいデートに誘い、ことごとく断られる。その無謀さが成長を妨げるから、なかなか話が前に進まない。要するに、僕にはこういうゲームが向いていないらしい。
「NANA」のファンにとっては興味を引く要素がいろいろあって、特に、あの漫画で描かれる世界に憧れているような十代の女の子などにとっては、きっとかなり面白いゲームのはずだ。ゲームの中で登場人物達は声を出して喋る。声優は矢沢あい自身がオーディションをして決められたらしい。どの声もイメージどおりで安心した。
 トリビュートアルバム、テレビゲーム、実写の映画と、「NANA」ブームは今年ピークを迎えそう。このぶんだと年末のヒット商品番付に載るかもしれない。流行るのは結構なことだが、肝心の連載がもう少し早いペースで進行してくれることを願ってやまない。

3月13日(日)

 今週はずいぶんとよくライブを見る週だ。今日は番組の後、ZEPP OSAKAで開催されているイベント「WEST UP」を見るべく、極寒の南港に向かった。海に浮かぶ平らな人工島に、高層ビル。強い風にさらされる南港の真冬の寒さは、北国のそれよりきついものがあるかもしれない。しかしZEPPの扉の中は、灼熱の沸きっぷりだった。
 BENNIE K、SOFFet、HOME MADE家族、そしてNOBODY KNOWS+という、今の日本のヒップホップシーンで最も勢いのあるアーティストが集結した、非常においしいイベントだ。満員の観客は始終すごい勢いで飛び跳ね、テンションの下がる時間帯はなかった。18時に始まって、終演は20時すぎ。日頃見慣れているロックのライブイベントとの決定的な差異は、出演者の交代に要する時間の短さである。演奏するイベントであれば、転換に少なくとも10分以上はかかる。しかし、マイクの他はターンテーブルしか使わないヒップホップの場合、機材の転換は全くといっていいほどない。前のアーティストがステージを去ってから、次のアーティストが出て来るまで、2分ぐらいだった。休憩する暇すら与えない。僕みたいなせっかちにとっては、実にありがたいテンポでイベントは進む。どのアーティストも、「マイクだけで盛り上げる」ことにかけてはプロだから、腕組みをしている僕でも思わず踊り出したくなるような瞬間がたくさんあった。
 ヒップホップのイベントに行く時も、僕は普段どおりにロックなファッションだ。下はゴツい厚底ブーツにブーツカットのタイトなジーンズ、上なんかライダースときている。腰からチェーンや鍵をジャラジャラとぶら下げ、見るからにロケンロールな格好。さすがに今日は場違いになるだろうと覚悟を決めて行ったのだが、案外そうでもなかった気がする。
 いかにもヒップホップが好きそうなダボダボの服を着た若者ばかりが2000人集まっている光景を想像していたのだが、予想に反して客席は見るからに「普通の服装の子」ばかりだった。今やこういうジャンルの音楽を聞く若者は、性別や年齢層、洋服の好みもバラバラで、それだけ幅広い人々に支持されていることがよくわかる。時代はヒップホップよ。

3月12日(土)

 三寒四温とはよく言ったもの。つい一昨日までのぽかぽか陽気が嘘のように、真冬の寒さが戻ってきた。午前中に陽が差していたからホッケーをしに出かけたが、始まった途端に雪が降り始めた。風も強くてコンディションとしては最悪といってよかった。もっとも、寒いと感じるのは最初の5分ぐらいのもので、すぐに全身に汗をかく。ホッケーは、暑いか寒いかのどちらか。
 早めに引き揚げて、今度は心斎橋へ向かう。Jackson vibeのライブを見に行くためである。
 彼等のワンマンライブを見るのは久しぶりだったが、この1年でずいぶんファンが増えた。ポップなシングルの連発が功を奏して着実に動員が伸びているようだ。ライブでの一体感が確実に得られるようなキラーチューンがもう2、3曲あるとより盛り上がるような気はしたが、間延びした雰囲気はなかった。グローバーくんの、観客の盛り上げ方は本当にうまい。独特の間、独特の客いじり、独特のギャグ。適度に笑わせて、かっこよく決めるべきところではちゃんと決める。エンターテイナーとしての才能は、トータス松本に近いものを感じた。

3月11日(金)

 明後日のOSAKAN HOT 100で特集するコンピレーションCD「Diane Warren presents LOVE SONGS」を聞いている。僕にとっては、思い入れの強い楽曲が多く収められた1枚である。
 大学生になったばかりの頃から、本格的に洋楽を聞くようになった。何から手を付ければいいかわからなかったから、とりあえずバイト先でビルボードのチャートをコピーすることから始めた。チャートに入っている曲をラジオで探し、気に入ったら印をつけていく。そうしているうちに、自分が印をつけた曲の、作曲者の欄に、高い確率でいくつかの同じ名前が登場することに気付いた。その一つが「D. WARREN」というものだった。
 当時はその名前が、男性か女性かもわからなかった。ただ、その人の作った曲はどれも美しいラブソングで、僕の好みにハマるものだった。やがて、ダイアン・ウォーレンという女性のソングライターで、アメリカを代表するヒットメーカーであることを知る。以降、彼女の作曲した曲を収録したCDは、歌っているアーティストが誰であろうと、ほとんど無条件で買うようになった。この人の作る曲なら、間違いないと思えたからだ。きっと、僕のような買い方をしていた人は、全世界にたくさんいたはず。僕はそれぐらい、彼女のファンだった。
 曲の善し悪しを根本のところで決めるのは、作詞家と作曲家だと思う。しかし、シンガーやプロデューサーと比べると、ソングライターにスポットが当たる機会は少ないと思う。映画の世界で、役者や監督に比べると脚本家の注目度が不当に低いのと同じだ。
 ダイアン・ウォーレンは、30曲以上の全米ナンバー1ソングを作ってきたが、自身が歌うことはおろか、演奏者として参加したり、プロデュースをしたりという形で、表に出ることが決してない。どんなに成功し、認められても、自分の役目は曲を作ることだと割り切って、それ以上の欲を出さない。そういう控えめな姿勢が、職人っぽくて僕は好きだ。
 彼女の曲は、特に日本の洋楽ファンに人気のあるものが多いが、そのわりに彼女の知名度はアメリカほど高くない。コンピレーションという形で、彼女の名前が広く注目を集める機会があるのは、ファンとして嬉しい。

3月10日(木)

 先日もこの日記に書いたMP3プレーヤーは、その後無事に届き、すでに愛用している。256MBでは収録できる曲の数がやっぱり少し足りない気もするが、操作は簡単だし、何といっても小さいのがいい。
 付属のネックストラップを使い、首から下げて聞くようにしている。いまいち格好よくない気もするが、今のところそれよりクールな使い方を思い付かない。今日、電車で吊り革に捕まっていたら、目の前に座っている年輩の女性が、僕のMP3プレーヤーをじっと見ているのに気付いた。やはりこの小ささが気になるのだろうか。今の時代はこれなんですよ、ふふん。若干見せびらかし気味の僕だったが、その女性は明らかに訝るような目で今度は僕を見上げてきた。目が合った瞬間、僕は悟った。女性が見入っていたのでは、MP3プレーヤーというよりも、そのプレーヤーの液晶画面に表示される曲名だったのだ。その時僕が聞いていたのは犬神サーカス団の新作「スケ番ロック」で、たまたま表示されていた曲が「口裂け女伝説」。こんな曲名の表示を見たら、「一体この男はどういう音楽を聞いているのか」と気になるのも道理である。アルバムには他にも、「殺したい女」、「欲望の牙〜吸血少女・魔子」など、強烈なインパクトを放つタイトルの曲が収録されている。ここで恥ずかしがっては犬っ子失格。さっきよりさらに胸を突き出して、いっそう見せびらかし気味にしてみた。しかし女性は、汚いものが近付いてきたかのように目を背けるのだった。そんな怖がんなよ。

3月9日(水)

 いつもより2日も早めに東京へ移動し、レミオロメンの日本武道館ライブを見に行った。
 レミオロメンにとって3月9日は大切な日付けである。そのものずばり「3月9日」というシングルをリリースしたのがちょうど1年前の今日。その時彼等はすでに、2005年の3月9日に日本武道館でライブをすることを決めていたらしい。早々と会場の予約をして、その目標に向かって1年を歩んできたのである。半端なプレッシャーではなかったと察するが、結果としてこの日のチケットは売り切れた。
 初めての武道館は、多くのアーティストにとってそうであるように、レミオロメンの3人にとっては特別な思いがあったに違いない。そして、デビューしてから2年の間、彼等を支えてきたスタッフや関係者にとっても。ライブを見にきていたマスコミ関係者やCD店スタッフの数は、僕の見た限り300人を超えていたかもしれない。彼等はデビュー前から業界人の間で評価の高かったバンドで、その評価にようやくセールスが追いついてきた。
 収拾のつかないMCの素人っぽさは相変わらずだったが、演奏は実に堂々としたもの。特に藤巻の歌声は安定していて、広い会場に美しく響いた。久々の大物ロックバンドの登場を予感させるライブであったことは間違いない。第1期レミオロメンの集大成ともいえるこの日のライブを無事に終え、彼等はいよいよ次のステップへ向けて歩き出す。さらに大物らしい風格の備わった彼等のライブを、5月の大阪城ホールで早く見たい。

3月8日(火)

 明日から東京に2泊するので、今日中に確定申告書類を作るべく、今日は税理士事務所に行ったが、最も肝心な源泉徴収票をまるまる家に忘れてしまい、何もせずに帰った。今日は春の陽気と天気予報はしきりに言っていたけど、空しい心に吹きつける北風は真冬のように冷たかった。
 夜は心斎橋クラブクアトロでROOSTERSというバンドのライブを見た。イギリスではすでに去年からブレイクの兆しを見せているロックバンドで、4月に日本でのデビューを控えている。一昨日のOSAKAN HOT 100にチャートインしてきた「COME GET SOME」を聞いて、やけに気になっていたバンド。ちょうど日本初ライブが行われるというのだから、これは見ておかないともったいない。すでに目を付けているロックファンはなかなかの盛り上がりを見せていたが、デビュー前ということもあって満員ではなかった。しかし関係者の数は尋常ではない。各メディアの期待をうかがわせる。
 イギリスのバンドだが、サウンドはどちらかというとアメリカン・ハードロックに近い印象。チャド・クルーガーばりのハスキーシャウトもそれっぽい。洋楽では久しぶりにど真ん中ストレート、まさに僕好みのロックだったので、アルバムが楽しみだ。しかしサウンドとは対照的に、4人とも、見た目はいかにもイギリスのロッカーというだらしない感じで、揃いも揃ってけっこうなイケメンときている。ライブ後だというのに、数十人もの関係者全員とにこやかに握手と挨拶をするその礼儀正しさも、けっこう高いポイント。
 下のスポーツショップで購入したスカジャンが高すぎるとぼやいていたが、日本にはいい印象を抱いているらしい。僕はイギリス人の若者に会ったらとりあえずサッカーの話をすることにしている。「どこのファンなの?」と聞いたら、「僕はリバプール、他の3人はアーセナル。君は?Jリーグ?」と返ってきた。よくわからないとも言えないので、「ガンバ」と答えたら、「あー、ガンバ大阪ね!」と。Jリーグのチーム名を知っているとは驚きだ。稲本の影響だろうか。彼等にインタビューでもする機会があったら、Jリーグのグッズをお土産にプレゼントしよう。
「大物新人」みたいな表現はそろそろ聞き飽きてきたけれど、彼等にはあえてそんな修飾語を使いたくなる。おそらく彼等は夏フェスで再び日本に上陸する。おもしろいことになりそうだ。

3月7日(月)

 スランプの時というのは、番組の後にどうしようもなく落ち込んでしまうもの。最近はずっとそんな状況が続いている。今日はサウンドスケジュールがゲストだったのだけど、自分の中では反省すべき点ばかりだった。聞きたいことの半分も聞き出せなかった気がする。
 今回のインタビューもあるので、先週発売された彼等のニューアルバム「ビオトープ」を週末から繰り返し聞いてきた。僕の中では今までで間違いなく最高傑作。従来からの歌謡ロックが、大人向けに進化したような印象だ。デビュー当時のシングルのイメージから、跳ねるようなリズムの明るい曲が多いと思われているサウスケだが、彼等が真価を発揮するのはバラードだという人も多い。今作も半分以上がミディアム調の曲。
 アルバムの10曲目に、大石君の弾き語りによる「君のためにできること」という曲が入っている。「これからも、背伸びをせずに、君のために歌を作っていこう」とファンに伝える、実にシンプルな曲だ。デビューしてもう4年目。思うようにいかないこともたくさん経験した大石君の、なかなか言えない本音をこの曲に垣間みて、涙が出そうになった。
 サウンドスケジュールは、まだまだこれからの若いバンドだ。どんどん新しいファンを開拓して、成長していくことを期待している。

3月6日(日)

 年末年始の地上波とか、ケーブルTVで放送された映画を、たくさん録画している。PSXを買ってからは特に、録画が簡単なものだから、タイトルを知っていて見たことがないような映画だったら即予約。そんなことをしているうちに、「そのうち見よう」な映画が30本ぐらい。しかもそのうちの何本かは、「ハリーポッターとアズカバンの囚人」のように、DVDを買ったまま封を開けていない映画だ。レンタルビデオのように返却期限があれば、多少の無理をしてでも見るのだけど、「いつでも見られる」という状態だと、なかなか見ない。
 それがわかっているのに、またDVDが欲しくなってきた。20世紀FOXから、人気の旧作38タイトルが999円というすごい価格で再販されるためだ。こういうキャンペーンの場合、えてしてネームバリューの薄い作品が大半を占めるものだが、この38作品はそうでもない。「デイ・アフター・トゥモロー」のような最近の作品もあるし、「ダイハード」の3部作や、「エイリアン」、「X-MEN」など、有名な大ヒット作がずらり。「別に何度も見るわけじゃないけど、手もとに置いておきたい」という程度の思い入れでも、999円なら手が出てしまう。5本買っても5000円。絶妙な価格設定だ。
 このキャンペーンは初回生産のみの限定販売で、おそらくは発売直後に多くのタイトルが売り切れるだろう。お店に走ってしまいそうな自分が怖い。

3月5日(土)

 僕は昔からUNOというカードゲームがとても好きで、よくやるのだが、その正しいルールはいまもって把握しきれていないようだ。今日、久しぶりに説明書をじっくりと読んでみたところ、僕がいつも採用しているルールのうちいくつかが記載されていなかった。いささかくだらない話になるが、興味のある人は読んでみていただきたい。
 説明書によれば、DRAW TWOが出たら次の人は無条件で2枚を引かなければならないようだが、僕の馴染みのルールでは、自分もDRAW TWOを持っていればそこに加算することができ、その次の人が4枚を引く。同じ要領でDRAW FOURを上に載せることもでき、場合によっては引かされるカードが際限なく増えるが、FOURの後にTWOは出せない。また、始まって最初の1周だけは文字カードを出しても効力を持たず、例えばSKIPやREVERSEを出してもそのままの順番で1巡する。この二つはローカルルールだとは思っていなかったので、少し驚いてしまったのだ。
 UNOには笑ってしまうような無茶なローカルルールがいろいろある。例えば、誰かが捨てたカードと、色も数字も同じ、つまり全く同じカードを自分が持っていた場合、次の人が出す前であれば、順番に関係なく割り込んでそのカードを出すことができる、なんてのも聞いたことがある。勝負を決めるのは運や戦略よりも反射神経。プレイヤーは常に目を血走らせて集中していなければならないだろう。それはそれで面白そうな気もするが、違うゲームになってしまう。
 ただ僕の思うに、今さら説明書どおりのルールで忠実にやっていると、意外に味気ないゲームになりそうである。UNOもトランプや麻雀と同様、時代とともに進化していくゲームなのかもしれない。

3月4日(金)

 JR東海のエクスプレス予約で新しく始まった早特というサービス。3日前まで予約をすれば、のぞみの普通席とほとんど変わらない価格で、ひかりのグリーンに乗れる、というもの。割安感を持たせることで、すっかり利用客の減っているひかり号の座席を埋めようという試みらしい。今日は初めてそのサービスを利用してみたが、同じグリーン車両に乗っている客は10人もいなかった。
 体の小さな日本人の中でもさらに小さい僕にとって、新幹線の普通席はさほど窮屈を感じるものでもないが、やっぱりグリーンは格段に快適である。じゅうたん敷き、フットレスト、おしぼり、毛布、そして静かさ。ひかり号はのぞみ号よりも東京新大阪間で30分長くかかるが、多少早く家を出て、ゆったりぐっすり過ごせる方がいい。何と言っても値段が変わらないのだから。飽きるまではしばらく、これでいこう。
 ちなみに、東海道新幹線のグリーン車は、有名人と遭遇する確率が非常に高い。今日も、テレビでよく見る顔がちらほら。

3月3日(木)

 3月といえば確定申告。今年もついにその書類作成準備に取りかかった。去年から税理士事務所の方にお世話になっているので、自分でやるのは経費の計算ぐらいだ。しかし僕の場合、経費の領収書は、用途別に分けられることもなく1年分が山積みになっているので、これにものすごく時間がかかる。仕分けだけで、1時間以上を要した。ちょっとやっては、休憩と称してダーツに興じたりしてしまうから、遅々として捗らない。
「来年こそは、毎月こまめにノートにまとめていこう」なんて、毎年思うのに、それができない。その理由は何かというと、12月に締めて3月に申告するからだと思う。「来年こそは」と思った時には、すでに1月から3月までの領収書が仕分けされずに放置されているのだ。つまり、もう手遅れ。
 何年やっても、確定申告だけはうざったい。会社勤めの友人に、「確定申告って、何なの?」と聞かれた。縁のない人には全く無関係なイベントということだ。

3月2日(水)

 連日映画の話になってしまうが、先日録画しておいた「呪怨」をようやく見た。真夜中すぎに、一人で、居間のプロジェクターで、ヘッドホンをして見た。この間「バイオハザード4」をプレイしたのと同じ状況である。
 怖い映画は、一人で見るに限る。周囲にたくさん人がいる映画館で見ても、僕は多分入り込めない。しかし今日は少しシチュエーションにこだわり過ぎたかもしれない。怖かった。トイレに行けないし、コーヒーのおかわりを入れに行く気にもなれない。クッションを強く抱きしめ、顔をしかめて縮こまっているしかなかった。明るい場所で誰かと一緒に見れば、全然怖くもなさそうなのに。
 分析してみると、僕の恐怖を一番煽った要素は、音だったように思う。この映画では、幽霊が発するカラカラという弱い声が効果的に使われるのだが、ヘッドホンからそれを聞くと、耳をくすぐられるようで不快窮まりない。ホラー映画を見て寒気を感じたい時は、ヘッドホンがおすすめ。
 最近、アメリカでも大変高い評価を得ているという日本のホラー。ハリウッドのホラー映画のように、怖くてグロテスクな映像でたくさん驚かせて、たくさんの血が流れ、最後には主人公が化け物を退治してすっきりと終わる、ということが全然ない。静かに、ゾクっと下から襲ってくるような怖さは、日本独特のものなのかもしれない。稲川淳二が全米デビューする日も、近かったりして。

3月1日(火)

 昨日発表されたアカデミー賞では、「ミリオンダラー・ベイビー」が話題の中心となっている。アカデミー賞の場合、日本では公開されていない作品が多いから予想のしようもないが、「Ray」のジェイミー・フォックスの主演男優賞は間違いないだろうと思っていた。
 今回のアカデミー賞で最も僕の関心を引いたのは、かつて黒澤明も受賞した名誉賞。獲得したのはシドニー・ルメットという監督だ。この人のメガホンによる不朽の名作「十二人の怒れる男」が、僕は忘れられない。バイト先の先輩に勧められて、大学生の時にたまたま見た古い映画だった。あまりに強い衝撃を受けて、もう一度見たいと何度も思ったが、ビデオ屋にも並んでいないし、テレビでの放送もない。
 陪審員制度の裁判では、全員の意見が一致しない限り、有罪にも無罪にもならない。少年による殺人事件の裁判で、12人のうち11人が有罪に投票する中、一人だけが異を唱えた。「彼は、無罪ではないのか」。少年に不利な状況から有罪と決めつけ、早く帰りたがる陪審員達に、ただ一人食い下がり、白熱した議論を展開するうち、彼の主張に心を動かされ、無罪に転じる者が増えていく。
 この映画は、最初から最後まで、陪審員室という密室の中での議論のシーンだ。アクションも、濡れ場も、回想シーンすらない。あるのは役者達の表情と、会話だけ。それでも、最後まで息も付かせぬスリリングな心理劇となっている。
 僕は法廷モノの映画が好きだが、そういえばそのきっかけはこの映画だった。調べてみたら、ちゃんとDVDが発売されているらしい。今度買おうっと。