
8月31日(水)
大阪城ホールへケツメイシのライブを見に行った。今年上半期、最もたくさん売れたCDシングルは彼らの「さくら」である。まさに今、人気絶頂。今回のツアーも全会場が即日完売したようだ。序盤からオーディエンスのテンションも高く、躍りまくりの跳びまくり。20代が中心で、男性の割合は半分弱といったところか。「はじまりの合図」からスタートして、爆発的に売れている新作の曲を中心にした構成。途中でダンサーが出て来たりもしたが、全体的な演出やステージセット自体はアリーナクラスのライブにしてはシンプルなものだった。
楽曲がよくて売れているアーティストだから、ライブが盛り上がるのはある意味当然だが、僕は一人、客席で場違いな自分を感じていた。生演奏でなく、とどのつまりはカラオケを流してそれに乗せて歌っているだけだという事実に、違和感を感じたせいもある。そして何よりも場違いだったのは僕の服装。ステージ上も客席も、長めの短パンと大きなTシャツ、頭か首にタオルを巻く、というスタイルの男がほとんど。タイトなデニムに厚底ブーツなど履いているロック野郎はどこを見渡しても僕一人。やっぱり僕の性に合っているのはロックらしい。8月30日(火)
一日中、雨が降ったりやんだり。昔から僕は、雨が降るとどうにもテンションが下がってしまう。
無駄な一日にしたくなかったので、連載の原稿を書くことにした。コラムとかエッセイというのは、ネタが決まった時点で仕事の半分は終わったようなものだ。書く内容さえ決まれば大抵の場合はすらすらと筆が進む。しかし今回の場合、ネタが決まるまでにかなりの時間がかかった。ようやく書き上がったと思ったら、予定の字数を大幅にオーバーしていて、削るのに四苦八苦。しかも、何度か読み返しているうちに、すごくつまらない文章に思えてくる。絶対雨のせい。
そんな中、来月中旬に発売される号に載る連載1回目のゲラがFAXで送られて来た。校正用に刷られた見本のようなものだ。これに赤ペンで訂正箇所を書き込む場面が、作家のエッセイなどによく出て来る。活字が本業でない僕にとっては、憧れの言葉、ゲラ。意味もなく大事に鞄に入れてみたり。だって、連載自体は過去にもやったことがあるけど、ゲラを送られたのって初めてなんだもん。「明日締め切りのゲラがあるから、今日は早く帰らないと」とか言ってみたい。現実には、2分で目を通して、「ゲラは、全然問題ありませんでした」とメールを打つだけだったのだけど。ゲラゲラうるさい。8月29日(月)
来週のROCK KIDS 802でプレゼントすることになった、BUMP OF CHICKENのサイン入りプラネタリウム。BUMPのロゴ入りで200個が製作され、すでに予約で完売。そのレア物を、サイン入りで2つも番組プレゼントにできるのだから、DJとしては光栄なことだ。番組中、せっかくだからとスタジオの灯りをすべて消し、プラネタリウムの試写をしながらゲストトークをしてみた。これが、驚くほどきれいで幻想的。家庭用のプラネタリウムと聞いて想像していたものをはるかに超える、ゴージャスな星空が広がった。
BUMPのロゴのない通常版も生産が追いつかないそうだが、ヤフオクでは30,000円ぐらいで販売されている。SEGAから発売されている「ホームスター」がそれだ。先週末にテレビで放送されていたドラマ「星に願いを〜七畳間で生まれた410万の星」の原作者、大平貴之氏が設計協力しているという代物。プラネタリウムの設計に青春のすべてを注ぎ、世界一と認められた技術者の、なかなか感動的なドラマだった。ホームスターで映し出せる星は約1万個で、もちろん410万には遠く及ばないが、人間が肉眼で見ることができる星の数は数千といわれるから、それを超える数ということになる。すべてが細かい星で描かれる天の川は本当にきれいだ。
番組が終わった後、スタジオ内にもう一度星空を映し、スタッフやテレオペの女の子達も中に入って、みんなで星空を鑑賞した。「天井も壁もなくなって、代わりに宇宙を敷き詰めた。窓は一度も開けないままで、すべてを手に入れた」。「プラネタリウム」の歌詞そのままのロマンチックな世界だった。これ欲しいかも。8月28日(日)
番組中に、馬場俊英さんが会いに来てくれた。現在キャンペーン中で、たまたま大阪にいたようだ。前回馬場さんに会ったのは、フォーライフから一回目のデビューをした当時だから、もう9年ぐらい前のことだった。地道な活動が実を結び、彼はこの夏、二度目のメジャーデビューを果たした。
今年の夏、僕が一番よく聞いていたのは、何を隠そう馬場さんのCD。長くて早口で、口ずさむのが難しい曲が多いのだが、完璧にそらで歌えるまで聞きまくり、歌いまくった。とにかくそれぐらい好きなのに、彼の曲の魅力や、二度目のメジャー契約を勝ち取るまでの感動的な物語については、別の形で表現したかったから、これまであえてこの日記には書かなかったのだ。時々番組で曲をオンエアする時に、僕なりに考えたひと言を添えるぐらいの、地味な応援の仕方しかできなかったけれど、馬場さんはそれを知っていて、わざわざ僕に礼を言いに来てくれたのだ。あいかわらず篤実で物腰の柔らかい人だった。
「音楽って、いいもんだな」とか、「音楽の力って、すごいな」とか、しみじみと感じる瞬間が、きっと誰にでもあると思う。「いい曲だな」という感覚とは違っていて、ともすれば人生を左右しかねないくらい、強く心を揺さぶるような音楽との出会い。僕にとっては久しぶりに訪れたそれが今回の馬場さんのシングルだった。だからお礼を言いたいのは僕の方だった。
いい音楽を作る人がいるから、僕の仕事は成り立っている。それを忘れないようにしようと思った。8月27日(土)
まだシーズン中だというのに、プロ野球界の去就に関するニュースが騒がしい。星野仙一が巨人の次期監督候補に挙がっているのだとか。半年前なら笑い話にもならないようなネタだが、まんざらでもないというからこれは確かに驚きだ。いくら何でも節操がなさ過ぎる。
星野は阪神ファンの英雄だと思われているが、必ずしもそうではない。就任2年目にして弱小阪神を優勝に押し上げた手腕は確かに素晴らしいが、その下地を作ったのは前任の野村と、二軍で若手を育てた岡田の両氏であることを、阪神ファンは知っている。星野はあくまでも中日で輝かしい功績を挙げた人で、阪神では「たなぼた的」に手柄を受け取った感がある。少なくとも僕はそんなふうに見ているぞ。
しかしあの人柄と、マイクを向けられたときのコメントの面白さが、最近のプロ野球監督にはないカリスマ性を作り出している。そしてそこに目を向けたのが巨人だったというわけだ。星野といえば、常に「打倒巨人」を合い言葉に戦ってきた監督。そんなかつての天敵まで金の力で自軍に引き込もうというのだから、もう呆れて言葉も出ない。めちゃくちゃだ。
一番気の毒なのは、低迷の責任をすべて押し付けられている堀内監督だ。法外な年俸で契約しているローズや清原を、使わなければ文句を言われるし、使ったら勝てない。弱いのが堀内のせいだとは僕には思えない。
いずれにしろ、巨人の時代は終わっている。大阪ではあいかわらず阪神戦が大人気だというのに、東京はもうシーズンが終わったかのような盛り下がり方。全国ネットで放送するなら、阪神戦にするべきだ。8月25日(木)
昨日、読み始めてしまった本が止まらなくなって、読書に没頭しているうちに一日が終わってしまった感じ。貫井徳郎の「殺人症候群」という本。長かった。
大切な家族を理不尽な殺人によって喪った人が、犯人に報復をするのは、悪か正義か。未成年者や精神障害者など、犯人が罪に問われなかった場合、被害者遺族の怒りはどこに向ければいいのか。よくよく考えれば非現実的な部分もやや多い気はするが、テーマは重く、考えさせられる物語だ。自分の大切な人が不良少年にリンチで殺されたとして、その少年達が、たかだか数年少年院に送致されただけで、何の反省もなく再び社会に戻って来る。そんな現実に直面したら、復讐という私刑を考えない人がいるだろうか。犯罪被害者救済の問題を扱った小説はこれまでにも何度か読んだことがあるが、どれも非常に悲しい内容だった。この小説も、最初の10ページほどで早くも地の底に突き落とされるような気分を味わう。重苦しい内容だが、読み始めたら止まらなくなる巧みな展開はさすがのひと言だった。
よく似た読後感を、以前にも味わったことがある。少し考えてから思い出した。東野圭吾の「白夜行」だ。8月24日(水)
元Valentine D.C.のKen-ichiさんが、Velvet Spiderに加入した。大変嬉しいニュースだ。
ROCK VISION 802の最終回で、一番最後にかけたのが、すでに解散していたVDCの「カセットケース」だった。僕にとってはそれぐらい思い出深いバンドで、今でも本当に惜しい解散だったと悔やんでいる。Ken-ichiさんは歌が上手いし、ハスキーな声に個性もあるし、ルックスもかっこいい。このまま世間から忘れられていくようなシンガーであるべきではないと常々思っていたが、思いがけない形で彼の名前を再び目にすることになったというわけだ。Velvet Spiderは、44MAGNUMのJIMMY(広瀬さとし)が2年前に結成したニューバンド。当然DANGER CRUEに所属しているから、ムックやL'Arc-en-Cielのファンにはけっこう知られている名前だろう。おそらくバハマ時代から憧れの先輩だったJIIMMYのバンドなら、Ken-ichiさんも感慨はひとしおに違いない。おじさんバンドの渋い活躍に期待しよう。
その一方で、残念な知らせもあった。CRAZEの板谷祐が脱退したというではないか。しかも、彼は音楽の世界から身を引くつもりだとか。一体彼の身に何があったのだろう。
彼のキャリアの中で、僕が一番好きだったのはTHE SLUT BANKS時代だ。あのデス声は日本のハードコア・ヴォーカリストの中でナンバー1だったと今でも思う。しかしあのバンドでの歌い方によって彼の咽喉は酷使され、CRAZEに加入した頃にはなかなか元に戻らなくなっていたともいわれる。それでも、昔からの仲間で構成されたCRAZEに安住の場所を見つけ、5年もの間フロントでバンドを引っ張っていたのではなかったのか。
歌うことをやめたヴォーカリストはもちろんたくさんいる。しかしTUSKさんほどの人が、もう歌わないと宣言するのは、何だか衝撃的だ。8月23日(火)
Janne Da Arcのライブを見に、神戸国際会館へ行って来た。車で来るのは初めてだったが、家から近いし駐車場も安くて、言うことなし。このホールといえば、2階席と3階席の左右にある、お椀状のボックス席。オペラや観劇に似合いそうな高級感溢れるデザインだが、そこにバンギャルが並んでヘドバンしている姿は何とも異様である。
Janne Da Arcも、ビジュアル系色を払拭しようとレコード会社が躍起になっていたバンドの一つだが、MCでyasuが「俺らはavexでもビジュアル系や!」と開き直って宣言しているのは実に痛快だった。アニメのタイアップが奏効したのか、ここへきてセールスも動員もぐんと増えた。だからといって自分たちの向かう先を変える気など毛頭ない。売れる前がビジュアル系だったんだから、売れた後もビジュアル系。そんな開き直りが、嬉しかった。
ライブ後、メンバーに軽くご挨拶。このバンドの楽屋は喫煙と禁煙の2部屋があって、禁煙部屋を利用するメンバーは一人だけ。それがka-yuだとは知らなかったので、けっこう驚いた。派手なバイクを乗り回し、入れ墨もピアスもバンドでナンバー1。そして楽屋でモトリークルーを聞くワイルドなロッカーが、実はバンドで唯一の嫌煙家。人を見かけて判断してはいけない。8月22日(月)
近々、東芝EMIから発売される、洋楽のコンピレーションCDの宣伝用に、短いコメントを依頼された。90年代にJFL各局のチャートで1位を獲得したヒット曲を集めたコンピレーションなので、現在OSAKAN HOT 100を担当している僕のところにコメント依頼が来たわけだが、その「お願い」の紙には「90年代を代表するDJの皆様から、コメントをお願いしたく〜」と書かれていた。90年代初頭はまだ大学生で、後半はほとんどV系専門家DJだった僕が、90年代を代表しているなんてことは絶対にないのだが、この際遠慮などするまじと、その日のうちに書いて送ってしまった。90年代は、J-WAVEやFM802、ZIP FMなどの新しいFM局が各地に誕生し、ラジオと洋楽の関係が一気に深まった時代。「ラジオから生まれた洋楽ヒットの数々」をコンパイルするというこのCDの趣旨は興味深いと思った。10月の下旬に発売されるようだ。
最近は、レコード会社の垣根を越えたコンピレーションCDが日本でもめずらしくなくなった。学生時代、古い洋楽を一気に「後聞き」で追いかけた経験がある僕としては、コンピレーションやベストアルバムの類いには本当に助けられた思い出がある。そう考えれば、日本でオムニバスCDがどんどん多様化している昨今の風潮は歓迎すべきだろう。
しかしながら、あえて一つ苦言を呈したい点が一つだけある。
昨今の洋楽コンピレーションブーム(なんてものが存在するかは知らないが)の中で、主流となっているのはおそらく80'sのヒットを集めたものだろう。先日も「ベストヒット80's」なる2枚組のコンピが発売され、好調な売り上げを記録している。僕らの世代にはなじみのある大ヒット曲ばかりが収録されており、僕はあえて曲目表を見ないようにしながら車でこのCDを楽しんだ。つまり、僕もこの手のCDが好きなのだ。
こうしたコンピレーションの場合、収録されるのは1組のアーティストにつき1曲のみ。80年代初頭のブリティッシュ・インベイジョンを代表するアーティスト達も、当然のように名を連ねるが、カルチャークラブなら「カーマは気まぐれ」か「君は完璧さ」、デュランデュランなら「リフレックス」か「ハングリー・ライク・ア・ウルフ」、a〜haなら「テイク・オン・ミー」、といった具合に、収録される曲がどうしても限定されてしまう。それらのアーティストが当時ヒットさせた曲は他にもたくさんあったのに、最も代表的な1曲だけを選ばざるを得ないから、どのコンピレーションを見ても同じ選曲になってしまう。当時のカルチャークラブのファンからすれば、「他にも有名な曲や名曲はたくさんあるのになぁ」と嘆くところだろう。やがて80年代をリアルタイムで経験していない世代は、「カルチャークラブ?『カーマは気まぐれ』なら聞いたことあるよ」と言い始める。こうして、短いながらも一時代を築いたカルチャークラブのようなアーティストが、安っぽい一発屋と同じレベルで扱われてしまう。「ミス・ミー・ブラインド」や「イッツ・ア・ミラクル」もそれなりにいい曲だが、これらの曲を入れるよりは「カーマ」あたりで手を打っておいた方が、セールス的には期待が持てる、という判断。レコード会社としては当然の選択なのだろうが、ファンとしては「決して一発屋ではなかったはずのアーティストが、一発屋として後世に伝えられていく」かのような、一抹の淋しさを覚える部分でもある。8月21日(日)
番組後、L'Arc-en-Cielのライブを見に大阪城ホールへ。この日は何と16時というアイドル並みの早い開演だったので、僕が到着したのはすでにライブの後半だった。昼間から降っていた雨は、すでにやんでいた。
新作「AWAKE」からの曲を中心に、過去のヒット曲をぜいたくに織り交ぜた選曲。ステージの演出も去年の「SMILE」ツアーをさらに上回る大掛かりなもので、さすがはラルクと唸らせる素晴らしいショウだった。ただし、もう少し古い曲を聞かせてくれても良いのにな、とも思った(最も古い曲で「NEO UNIVERSE」だった)。
大阪城ホール4公演、即日完売。この日も立ち見席までギッシリと埋め尽くされていた。これだけの動員を維持しているのは立派というほかない。しかも、客層が若いことにも驚かされる。昨年のツアーぐらいから、かつてラルクを離れた多くのファンが戻って来ているそうだが、一方で新しいファンも着実に獲得しているようだ。タイアップなどのメディア戦略を巧みに利用した成果だろうか。一見しただけでラルクのファンとはわからないような、「普通の子」がほとんど。高校生ぐらいの男の子も非常に多かった。これだけ広い客層を得ていることは、今後に向けての好材料と考えて良さそうだ。
ライブが終わった後、外に出たらまだ明るかった。「明るいうちに帰りなさいよ」と言われて家を出た子でも、安心して見に行けるライブ。若いファンを獲得し続けるために、ラルクが考えた工夫の一つなのだろう。8月20日(土)
天保山のサントリーミュージアムで開催中のガンダム展を見に行ってきた。正確には「GUNDAM GENERATING FUTURES 来たるべき未来のために」といういかにも大袈裟なタイトルの展覧会。ガンダムのジオラマやプラモデルが展示されているようなイベントを想像すると肩透かしを食うだろう。哲学的で、芸術性の高い、大人の展覧会だった。遊びの要素は皆無と言っていい。
「機動戦士ガンダム」は、他のロボットアニメにはないリアルさがあり、ガンダム世代の我々はそこから多くのメッセージを受け取ってきた。全編を通して描かれる戦争という悲惨な現実。宇宙で育った未来の人間が一種の予知能力をもつニュータイプという進化の概念。ガンダムが、およそ子供向けのアニメ作品とは思えないような奥深いメッセージを内包していたことを、我々は大人になってから知った。僕と同じようなガンダム世代のクリエイター達が、ガンダムの中で描かれていた「戦争」、「進化」、「生命」をコンセプトに、思い思いの解釈で作品を製作し、それを発表しているのがこの展覧会なのだ。
ガンダムが好きな人でなければまるで意味がわからないだろうし、かといってガンダムフリークの心をくすぐるようなマニアックな面白さがあるわけでもない。クリエイター達の受け止め方を、作品を見ることで感じ、自分も感じる。僕には全然意味がわからない絵もたくさんあったし、じっと見入ってしまうような面白いものもあった。
ガンダム人気にあやかった商売や、人集め目的のイベントは数えきれないほど存在するが、この展覧会はそれらとは趣きを異とするものだ。アニメオタクや親子連れを目当てにしていたら、こんな展覧会は絶対に成り立たない。いよいよガンダムが「芸術作品」として正しく評価され始めている気がして、僕は嬉しかった。やっぱり、ガンダムは文化なのだ。8月19日(金)
最近話題の本「私が『ヴィジュアル系』だった頃」を読んだ。大槻ケンヂ、YOSHIKI、SUGIZO、キリトの4氏が、音楽評論家の市川哲史氏と対談し、自らの過去や音楽業界に対する思いを赤裸々に、とても正直に語っている内容だった。興味深い話がいろいろあり、考えさせられもした。
同じような話を、他のミュージシャンからも聞いてみたかった。例えば、V系にカテゴライズされることを公然と毛嫌いしたL'Arc-en-Cielのtetsuさん。最も器用にこのシーンからの転身を遂げた黒夢の清春さん。V系に含まれるかといえば、常にボーダーライン上にいたTHE YELLOW MONKEYの吉井さん。売れるためにV系人気を利用したSEX MACHINEGUNSのANCHANG。そして、V系の究極の進化型を提示して見せたMALICE MIZERのmanaさん。彼らが今、当時のV系のムーブメントをどのように回想するのか、僕は興味がある。
僕は今でも、番組でアーティストを前にしている時は、ヴィジュアル系という言葉を使うことを無意識に避ける。それはこれが一種の差別用語であるからだが、そういうシーンが存在することは誰の目にも明らかだし、そのシーンを的確に表現する言葉が他に見当たらないことも事実。多くのアーティストはヴィジュアル系などという意味不明なこの言葉を嫌い、あまつさえそのシーン自体も否定する。アーティスト達はみな、誰に強制されたわけでもなく、自ら好んでV系という方向性を選んだはずだ。V系ばかりが出るイベントでライブをして、SHOXXやフールズに載せてもらって、それでちょっと売れてくると「そろそろヴィジュアル系っぽいところからは抜けたい」と言い出すのがお約束。売れた途端に、ROCK VISIONやBEAT SHUFFLEのゲストコーナーや番組イベントの出演を断ってきたバンドだって、ひと組やふた組ではない。そのたびに僕は裏切られたような悲しい思いをし、一方でアーティストの苦しい事情も理解できた。
シーンの隆盛からまもなく10年。ヴィジュアル系という言葉に、もはや差別的なニュアンスなどない。8月18日(木)
来月公開となる劇場版「NANA」の試写を見て来た。
最近は、本でも漫画でも、ヒットしたらすぐ映画化。話題性を狙って金儲けを企むその発想を嫌悪するファンは常にいるし、ましてNANAはまだ原作が完結していないのだから、2時間でまとめることには無理がある。そんなふうに、この映画化自体に反感を覚える人がNANAファンのうちの3割ぐらいいると僕は見ている。それを覚悟の上で作られた映画である。
僕だって、NANAの原作にはかなりの思い入れがある。いい歳して本誌のクッキーを買うこともあるし、新しい単行本が出れば、発売日の午前中には読み終えているくらいのファンだ。その僕の、映画を見終えての率直な感想は、「なかなかおもしろい」。
原作が好きなぶん、不満に思うところはもちろん多々ある。予想通り、「これから面白くなる」というところで終わってしまう印象だったし、無理に原作に近づけようとし過ぎて、わざとらしく感じる部分も多かった。そういった文句を言いたくなるであろうことは、見る前からわかっていたことだ。
NANAファンにとってこの映画は、「漫画の世界観を、実写でどれだけ忠実に再現できているか」を見て楽しむもの。だからこそあえて監督は、原作の台詞をほとんど一字一句変えずに脚本を書いたのだろう。一番の話題となっている配役も、人によって好みは分かれようが、ほとんどの役者は原作のイメージを壊すことなく、いい演技をしていたと思う。あまりにも原作とよく似ていて、登場と同時に観客席から笑いの起こるキャラクターもいた。
僕が最も楽しみにしていたのはレイラ役の新人・伊藤優奈。一緒に見ていたDJの小嶋晶子嬢は「原作と全然ちゃいますよね!」と不満気だったが、カリスマ性をもつ難しい役どころとしてはよく再現できていたと僕は思う。唯一の台詞が英語なのは驚いたが。さすがアメリカ国籍。歌も非常に良かった。彼女が歌い上げるバラードが流れるナナとレンの再会の場面では、不覚にも一瞬ホロっときてしまって、NANAで泣いてる自分に狼狽したぐらい。
まあそんなふうに、見終わった後で「あそこはさぁ、もっとこうして欲しかったよね」だの、「あの場面、原作にそっくりだったね!」だのと、NANA好きの者同士であれこれ語らうのがきっと面白い。この映画の正しい楽しみ方は、そこにあるような気がする。NANAの原作を全然知らない人がこの映画を見て、どう思うのかはちょっと想像がつかないけど。
僕が不平を言いたい箇所のうち、今日は一つだけ書かせていただく。707号室で、ブラストの面々とレンが麻雀をして、最年少のシンが圧勝するあの(わりとどうでもいい)シーン。リーチ一発ドラドラの満貫で和了ったシンに対し、「強すぎるから手加減しろ」と呆れるレンだったが、その時、端っこに映し出されたノブの手はタテ清平和一通の倍満、ナナにいたっては国士無双をそれぞれ張っていた様子。そんな大きなテンパイを、たかだかリーのみの満貫で他家に流されたら、普通は大いに嘆くものだ。短気なナナだったら暴れ出しかねない。劇中で麻雀牌を映すなら、そのへんは配慮してくれないと。僕の不平って、どれもその程度のことなんだけど。
ところで、矢沢あいは尼崎の出身らしい。関西出身であんな古くさい大阪弁をあえて書く理由が知りたい。8月17日(水)
僕が現在使っている携帯電話はカスタムジャケットでおなじみのP900iなのだが、僕がこの携帯でメールを打つ際に何気なく使っている機能が、案外知られていない「裏ワザ」らしいので、せっかくだからここで公表してみよう。Pの携帯なら多分どの機種でも使えると思う。
携帯で文字を入力する時、例えば「こういう」という言葉を書こうとしたら、「2」のボタンを5回押して「こ」を書き、そのまま「1」のボタンを3回押して「う」を書く。その後、そのまま「1」のボタンを2回押すとさっきの「う」が「お」に変わってしまうから、同じア行の文字を続けるためにはカーソルを一つ右に移動させなければならない。そこで、十字ボタンの右を押すわけだが、両手が使える状況ならともかく、片手でメールを打っているとき、「1」の位置から十字ボタンまで親指を移動させるのは、少々ウザい。同じ行の文字が続く言葉が、携帯メールで嫌われる所以である。
しかし、親指を移動させずに「う」の後に「い」を書く方法が、実はある。「1」のボタンを3回押して「う」とした後、もう一度「1」を押す。今度は1秒ほど長く。そうすると、自動的に次のカーソルに「あ」が表示されるのだ。したがって、「う」の後に「い」を書きたい場合は、「1」のボタンを3回押した後、1回長押ししてさらにもう1回押せば良い、ということになる。
文章にするとこの通りやたら長くなるが、実際にやってみると簡単に理解できるはず。Panasonicの携帯を使っている人は、一度お試しあれ。僕の周りのPユーザーは、これを教えるとみんなけっこうビックリする。
でも正直なところ、せっかちな僕にとっては長押しも同じくらいウザいので、だいたいいつも両手で打っている。以上、かなりどうでもいい話。8月16日(火)
今さらといえば今さらだが、デジタルビデオカメラという文明の利器をついに入手した。買ったのではなく、お下がりを譲ってもらった。小学生の子供がいる身で、これまで8年間ずっとアナログの8mmを使っていたのだから、我ながら物持ちが良い。
先日清里に旅行に行った時の映像を、せっかくだからパソコンに取り込んで編集してみた。これまで起動すらしたことがなかった、iMovieというMacの映像編集ソフトで。「iMovieは、意外に簡単で、面白い」とは聞いていたが、予想以上だった。
こういうのは、レクチャーしてくれる経験者が一人でもいれば、上達のスピードは速い。幸い、OSAKAN HOT 100のドコモの動画配信用にこのソフトを使いこなしているディレクターが身近にいるので、わからないことは気軽に聞ける。基本的な仕組みを最初に教えてもらったら、後は何となくいじっているうちに出来るようになっている。テレビ番組のように、編集してから細かくテロップをあて、効果音やBGMを加えれば完了。次回はちゃんとナレーションも入れてみよう。これだけはプロだから。
編集し終えて、今までのように普通に撮影しているのでは、素材が全然足りないということがよくわかった。膨大な映像の中から厳選した素材を少しずつ繋ぎ合わせて、初めて番組らしいものができあがるのであって、後で編集する以上は最初から映像を細かく区切って撮影しておく必要はないのだ。だらだら回して、後で切る。次からはたくさん撮ろう。
初めての映像編集にしては、上出来な作品が出来上がった。なるほど、これにハマる人が多いのは頷ける。しかし完成した作品を見て、自分の素人っぽさが浮き彫りになったのも感じた。カメラも、編集も、MAも、やっぱりプロの技術者は職人なのだ。デジネバでお世話になったスタッフの人たちの顔が浮かんだ。皆さん元気ですか。今度弟子にしてください。8月15日(月)
急遽ROCK KIDS 802のゲストに決定したのは矢井田瞳。「ヤイコの日」であるこの日、彼女の新作がリリースされたのだ。スタジオにはテレビカメラも入った。どうやら東京のドキュメンタリー番組(?)で放送されるらしく、僕も「月曜はテレビに映ることをふまえた服装で来てくれ」と言われていたのだが、そんなことはすっかり忘れていた。まあ僕の場合、テレビ用も普段着も同じようなものだから、別に問題はないのだけど。しかもヤイコの出演中、カメラは常に僕の後ろ側にいたから、多分僕は全く映っていない。気張ってオシャレなんかしてたら、妙なみじめさを味わうところだった。
テレビの取材を受けているというのに、当のヤイコ自身はいたって自然体だった。服装はラフだし、ほとんどノーメイク。そのナチュラルな可愛さが、この人の大きな魅力である。
ところで、今日一番びっくりしたのは、ヤイコが「この前、浅井さんの日記を読んだ」と発言したこと。「どこから飛んできたの!?」「よく覚えてないけど、いろいろ辿っていたら、行き着いたんですよ」と。彼女のことを日記で書いた記憶は久しくない。どういう経緯でRoxiteに来たのか、どのへんの日記を読まれたのか、かなり気になった。お世辞でも一応「おもしろかったです」と言ってもらえたので、よしとしよう。ていうか自慢するとしよう。「俺の日記って、矢井田瞳にも読まれてるんだよね。彼女、どうもブックマークしてるらしくてさぁ」みたいな。そこまで言ってないけど。8月14日(日)
番組終了後、2日目のサマソニへ。今回、一番楽しみにしていたSLIPKNOTのライブには何とか間に合い、僕は一人で前の方へ突っ込んでひとしきり暴れた。異常としか思えないような恐ろしいマスクやメイクで、ひたすら激しく速いロックを奏で、これでもかというほど頭を振るバンド。日本という国がよほど好きらしく、MCの日本語がやたら上手なのが笑えた。
最後まで見たいところだったが、途中でインテックスへ移動してDURAN DURANも見た。僕は、同世代の音楽好きと比べると、80年代の洋楽ポップスにはあまり思い入れがなく、このバンドも特別ファンというわけではないのだが、やはり懐かしいぶん高揚はする。僕の知っている曲は全部歌ってくれた。周りに知り合いが全然いなかったので、心置きなく踊りまくった。
今年のサマソニ大阪は天気に恵まれたと思う。小雨がぱらつく時間も多少あったようだが、概ね曇っていた。アスファルトの野外ライブで、かんかん照りはしんどい。かといって雨も嫌だ。今にも降り出しそうなどんよりした曇り空がずっと続くのが、フェスでは理想的。昨日と今日は、まさにそんな感じだった。
唯一残念だったのは、ゴミを放置して帰る観客が非常に多かったことである。すべてのライブが終わった後のオープンエア会場には、無数のペットボトルが散乱しており、一部の観客がそれを拾う手伝いをしたという。客は会場に入ってまず最初にゴミ袋を受け取るようになっていたし、ゴミ箱も充分な数が設置されていたと思う。それでも、足下にペットボトルを捨てて帰る人がたくさんいるのだ。一緒にライブを楽しむ立場として、ゴミが会場に散乱している光景は見ていて非常に不愉快。これは観客一人一人の「自覚」の問題だと思う。「こっちは高い金払ってんだから、ゴミぐらいおまえらが拾え」と思うか、「気持ちのいいイベントを、みんなで作っていこう」と思うか。例えばフジロックでは、前者のような考え方をする人間は少ない。ガラの悪い観客がどうしても減らないのは、「都会派」のフェスであるサマソニが抱える宿命なのかもしれない。8月13日(土)
南港で開催されているSUMMER SONIC 05に行って来た。今年も超がつくほど豪華なメンツをかき集めた、日本一の都市型ロックフェス。洋楽ロックのビッグネームに加え、今年は木村カエラやオレンジレンジといったキッズに人気のアイドル系や、AI、DEF TECHといったブラック寄りのアーティストもラインアップに加え、より幅広い音楽ファンを受け入れようとしているようだ。僕は去年までのサマソニの「ロック命」な姿勢がけっこう好きだったが、あらゆるジャンルを楽しめるフェスもそれはそれで面白い。会場間を歩く観客達の着ているTシャツを見ても、今年は客層の幅がぐんと広がった気がした。
僕は夜にも用事があったので車で現地に向かった。会場には14時ぐらいに到着したが、その時点で空車のある駐車場は全くなかった。南港は空き地だらけのだだっ広い島だから、駐車場だけは限りなくあるような気がしていたが、すべてが満車。会場からかなり離れたところまでくまなく走り回ったが、結局空いている駐車場は見つからなかった。今年はOASIS人気を反映して土曜日のチケットが完売しており、人の数が例年よりも明らかに多いらしい。結局、かなり離れた場所で車を乗り捨てて、地下鉄で会場に向かう羽目に。放送で「公共の交通機関を」などと呼びかけている立場なのに車で行くからこういうことになるのだ。反省。
満車だらけの駐車場に並んでいる車のナバープレートを見ていると、名古屋とか四国といった遠方から来ている車が非常に多かった。邦楽のフェスは全国いろんなところで開催されているが、洋楽の大物が来日するフェスというと、フジロックとサマソニぐらいしかない。日本中から、本当に音楽が好きな人間だけが集まって、たっぷりと楽しむ二日間。FM802のDJやスタッフも殆どが来ていて、どの会場に移動しても誰かに会う。みんなテンションが高くて、やっぱり今年も楽しかった。8月12日(金)
NANA13巻が発売された。あいかわらず時間軸の進みは非常に遅いが、話は面白い方向へ展開を見せている。ナナが最終的に死ぬのではないかという予測はずいぶん前から一般的だが、自殺や病死の他に「殺される」という選択肢が浮上してきた。薬に侵されたレンや、意外な形で久しぶりに登場した美里など、今後に向けての絶妙な伏線の張り方はさすがのひと言。
この漫画の登場人物は、みんなどこかにダメな部分を抱えている。気が弱いやつ、自分に弱いやつ、わがままなやつ…、一人一人がそういう欠点を持っているから、リアルに見えるのだと思う。唯一欠点が見当たらないヤスだけ、どうも現実味のないキャラだ。
最後にブラストの大阪キャンペーンのシーンが登場するが、あの関西弁はどうもいただけない。今どきの若い子達が喋る関西弁はもう少し標準語ナイズされているから、関西に住む僕から言わせると違和感があった。矢沢あいのアシスタントには、関西出身の人はいなかったのだろうか。8月11日(木)
なんばHatchで行われた、キリトのソロライブを拝見。初のソロツアーの初日であり、彼がPIERROTのヴォーカリスト以外の立場でステージに立つのは事実上初めてと言っていい。いろんな意味で注目度の高いライブだった。これまでの彼を見慣れていた人にとって、バックで外人がプレイしていることや、衣装とメイク、MCの雰囲気など、あらゆる点で新鮮さを感じる内容だったと思う。本編から笑顔が絶えず、よりナチュラルに近いキリトをさらけ出していた。
何と言っても、ほとんどの曲でギターを弾きながら歌う姿には驚いた。新曲だらけのライブとあって序盤は客席にもぎこちなさが漂い、曲が終わっても歓声が上がらないこともあった。後半で曲が終わるごとに彼が「サンキュー…」とつぶやいていたのは、歓声を促す目的もあっただろうと推測される。他のアーティストでは当たり前のそういう一言が、キリトの口から出ると新鮮に思える。
しかしそうした表面的なことを除けば、音楽性も、ファンへの接し方も、そしてもちろん歌声も、PIERROTのキリトと何も変わらない。少しだけ、近いところに降りて来てくれたという感じ。彼自身、その立ち位置を意外に楽しんでいるようだ。
彼がPIERROTというバンドの中心人物であり、フロントマンであることは確かだが、他の4人がバンドの中でどれほどのウエイトで個性を発揮していたか、キリトのソロを見ることで逆に明確になったのもまた事実。やはりあの5人でなければ出せない音、作れない世界観がある。このソロライブを見て、PIERROTを恋しいと思ったファンも多いはず。それはそれでバンドの今後にとって大きなメリットになるということも、おそらくキリトは計算に入れているだろう。
どうでもいい話だが、女性にとって男の脇毛は醜いものだろうか。きれいに剃られたキリトの脇の下を見るにつけ、日頃ノースリーブを着る立場として、若干気がかりになった。8月10日(水)
全国チェーンのファーストフード店なんて、どこに入っても判で押したように内装もサービスも同じだと思っている人が多いが、チェーンによっては店舗ごとの個性がけっこう顕著だったりもする。そして、マニュアル通りではない、気持ちのいい接客をしてくれる店もある。例えば、モスバーガーがそうだ。
FM802の近所にある南森町店は、レンガ造りでちょっと洒落た雰囲気。僕はよくそこで一人で昼食をとるのだが、応対する店員の愛想が非常に良い。モスはだいたいどこの店に入っても、従業員の笑顔が作り物っぽくなくて、本当にそこで働くことを楽しんでいるように見えるから好きだ。そしてここのモスバーガーの前を通りかかる時に必ず見るのが、店先に立てかけてある小さな黒板。最近は、店の前に黒板を置き、メニューと合わせてちょっとしたメッセージを書いている店は少なくないが、日本でそれを流行らせたのはどうやらモスバーガーらしい。「○月×日 昨日は野外ライブに行って来たら、真っ赤に日焼けしてしまいました。皆さんも気をつけてくださいね」とか、「○月×日 新しい趣味を始めました。なかなか上達しないけど、だからこそやりがいを感じます」とか、まあそんな感じの、当たり障りのない一言。おそらくはバイトの子が当番でも決めて、「何書こー。書くことないわー」とか言いながら一生懸命書いたものだろう。特に内容がない日もあるが、通りがかると必ず立ち止まって読んでしまう。時にクスっと笑わせてくれたり、考えさせられたり、ほっこりした気分を提供してくれたりする。
飲食店にとって味と値段も大切だろうけど、もてなし方で客を満足させることが、サービス業の原点だと思う。この黒板のアイデアを考案した人は、客の心を掴むことが売り上げに繋がるということを知っているのだろう。8月9日(火)
例えば新大阪からJR神戸線に乗ると、次の大阪駅でたくさんの人が電車を降り、空いた車両にさらに多くの乗客が乗り込んでくる。車内の空席が次々に埋まっていく中で、大抵の場合、僕の隣の席が埋まるのは最後の方だ。これは一体なぜなのか、という問題について。
空席のある電車に乗り込んだ時に、どの席に座るか、一瞬で決めないと他の人に席を取られてしまうという状況が、ままある。そういう時に席を選ぶ基準は、人によって違うだろう。しかし、別に汚れているわけでも、荷物が置いてあるわけでもなく、進行方向に向いている窓側の席が普通に空いているのに、乗って来た人が次々に、その席を一瞥してから他を選んでいく。そして最終的には、「座れるならどこでもいい」という血走った目つきのおじさんが、ラストチャンスとばかりにその席を奪う。それが、僕の隣。
別に僕が避けられているということではないと思うし、それによって僕が傷つくなんてことはないが、やや気になっていることは否定できない。「えー?そこよりはこっちの方が座りやすいでしょー!なんで?なんで僕の隣はあかんの?」と心の中で叫びながら、他の席に座る人々を僕は見ている。僕だって一応男だから、隣に座るのは、ガーガー寝ている酒臭いおじさんよりは若い女性の方が嬉しいし。「俺に近寄るな」というオーラが出るほど、このロックなファッションがいかついのか。小さい体をさらにすぼめて、脚なんか膝をピッタリくっつけて控えめに座っているのに。8月8日(月)
ROCK KIDS 802のゲストにCORE OF SOULが登場。ちょくちょく顔を合わせてはいるが、番組にゲストとして迎えるのは本当に久しぶりのことだ。3人に聞きたいことや伝えたいことがたくさんあって、ゲストトークがいつもよりずいぶん長くなってしまった。夏場はとにかくよく食べることを心がけているという蕗子嬢だが、ノースリーブのシャツやショートパンツから見える手足の細さには驚かされる。彼女の場合、細いだけでなく、出るべきところがちゃんと出ているのがまたすごい。会うたびに「きれいになったなぁ」と思う女性だ。
今回のシングル「夢乗りRIDERS」は、夢に向かって突き進む気持ちをバイクに例え、フルスロットルで走り続けるあなたについて行くわ、という曲。ソンの歪んだギターから始まる、久々にロック色の強い夏向けシングルだ。カップリングの「今が光る」という曲も僕はお気に入りで、サビのメロディーは「夢乗り」を上回るポップさ。2分台の短い曲だが、こっちがA面でもよかったのではないかと思うくらい。3曲目にはクラプトンの「WONDERFUL TONIGHT」の美しいカバーも収録しており、デビューから5年目を迎えた彼らの「大人」な一面が見える。とても中味の濃いマキシシングルだと思う。買うべし。8月7日(日)
日本が勝てない試合が続いていたサッカーの東アジア選手権。アジアチャンピオンの日本が、なぜこんな大会で負けなければならないのかとイライラしつつ、まあ来年のワールドカップでしっかり勝てばいいのであって、こんなローカルな大会は練習試合ぐらいに思っておけばいいのよ、なんて負け惜しみを言っていた僕。しかし今日は久しぶりに、見ていてよかったと思える試合だった。どう考えても日本が劣勢だったが、終わり良ければ全て良し。いちいちやかましいブーイングを浴びせてくる韓国の応援席を黙らせたことが何よりも嬉しい。へへーんだ。
テレビ朝日の実況席には、ゲストに俳優の高橋克典が来ていて、試合後にコメントしたりしていた。なぜ彼が出ていたのかというと、その後に放送される「特命係長只野仁」の宣伝が目的だった。そうして僕は、何となくその流れで、その「特命係長」とやらを、見てしまった。
毎晩のように放送されているこの手の2時間ドラマって、一体どういう人が見ているのだろう。いちいちエロかったり、演技がわざとらしかったり、ストーリーも陳腐だったりするのに、見始めてしまった者を最後までブラウン管の前から離さないこの魔力。そして見終わった後に、「取り返しのつかないことをしてしまった」(ナンシー関風)と強く後悔するのもまたお約束。これが世間では「人気シリーズ」の部類に入るのか。すごいなぁ、世間って。8月6日(土)
山梨県の小淵沢から、一人で電車を乗り継ぎ大阪へ。特急を3本も乗り継ぐ旅は生まれて初めての経験だ。出発地の小淵沢はもちろんのこと、途中の塩尻というターミナル駅も、特に改札の内側には本当に何もなくて、こんなところでどうやって1時間も電車を待てばいいのかと途方に暮れていたが、予約していた列車の前の特急が何かのトラブルで30分以上遅れていたため、ちょうどその出発に間に合った。結果的には1時間の短縮。車内では、映画を見るためのパソコンや本も用意してあったし、携帯の充電もばっちりで、暇つぶしならいくらでも、のはずだった。しかしそのどれも、役立つことはなかった。なぜなら、あまりに激しい列車の揺れに耐えきれず、僕にしてはめずらしく乗り物酔いをしてしまったからだ。東海道新幹線がいかに快適に設計されているかを痛感。座席の広さや車内のきれいさなどは新幹線よりずっと上だったが、とにかく揺れる。トイレで軽く吐いたりもして、あとはおとなしく寝ていた。夜だったから、窓外の景色を眺めることもなく。
知らない土地で運転して、知らない電車に乗って、とにかく移動の多い2日間だった。8月5日(金)
大の虫嫌いの僕にとって、山の暮らしはけっこう辛いものがある。夜になると蛾が群がってくるし、羽蟻とか蜂といった、あらゆる虫が我がもの顔で家の中に入ってくる。最初のうちはいちいち叩き落としたり、殺虫剤を撒いたりして戦っていた僕だが、慣れというのは不思議なもので、食事中に頭上を大きな蛾がパタパタ飛んでいても徐々に気にならなくなってくる。田舎では、虫と共存する気でいなければ暮らせまい。
ところでこの日は、BEAT SHUFFLEに出演するために、清里から大宮までの道のりを車で往復した。片道4時間弱、往復で8時間近いロングドライブだった。帰りの車で眠くならないように、アルシェのスタジオの横にある中古CDのワゴンから、懐かしいCDを大量に購入。ほとんどが洋楽だったが、運転中に一番大きな声で歌ったのは、LUNA SEAだった。「EDEN」と「MOTHER」、各100円。忘れじのア・バオア・クー。8月4日(木)
3日間の短い夏休みの最終日。清里にある知人の別荘を借りて一族総出の家族旅行。僕は明日も番組があるし、土曜日には一人で帰るのだけど。
清里で別荘とくれば当然テニス。自分でプレイする球技としては、ホッケーと並んで僕が最も好きなスポーツがテニスである。僕以外の浅井家は親も兄もテニス一家で、年齢的に一番若いはずの僕でも到底かなわない。それでも、細く長くやっているだけあって、自分の腕前が案外衰えていないとは感じた。
それにしても山の上は涼しい。標高100mで1度違うと言われ、1500m近い山の上にいれば、日が沈むと半袖のままでは風邪を引きそうになるくらい。避暑地とはよく言ったものだ。8月3日(水)
金曜のBEAT SHUFFLEは休まないが、今日から土曜日までそれ以外の仕事はない。というわけで早めに東京へ移動して、束の間の夏休み。初日の今日は、横須賀へ出かけた。今年に入ってからすでに2回訪れている横須賀だが、今回は完全にプライベート。仕事とは関係なく、hideミュージアムを客として楽しみに行った。到着したのがちょうど12時台で、館内でLEMONed RADIOが流れていた。ちゃんと放送してもらえていることが嬉しかったし、いい雰囲気で流れていたので気分が良い。ゆっくりと館内を見て回ると、たくさんの新しい発見がある。何度も訪れ、すみずみまで見尽くしたと思っていても、まだ僕の知らないhideさんを必ず見つけられる場所。それがhide MUSEUM。
Cafe Le PSYENCEで食事をして、その後LEMONedショップにも立ち寄ったが、ここにあるめぼしいアイテムはあらかた買ってしまった。ロケダイパーカーなんて色違いで2着持っているし。せっかく来たのに手ぶらで帰るのももったいない気がして、帰りにドブ板へ。米軍基地の町ならではの、サープラス系のアイテムが豊富な洋服屋が多い。細身のカーゴパンツが安かったのでそれを購入し、あとはhideさんがはめていた指型リングのレプリカも買った。
爆寸の時は多分ゆっくりと横須賀観光などできないだろうし、ここが閉館してしまったらもう横須賀に来ることはないだろう。今日は見納めだと思って、この個性的な町並みをゆっくりと歩いた。暑かったけど。8月2日(火)
クローゼットに納まりきらない洋服や、CD、郵便物、資料などで部屋の中があまりに雑然としていたので、意を決して掃除をした。しばらく袖を通していない洋服は、ほんの1〜2回ぐらいしか着た記憶のないものでも容赦なく捨てまくった。僕の部屋にはエアコンがないので、汗だくになりながらの大掃除である。
書類やCDの整頓をするグッズが必要になったので、近所の100円ショップでお買い物。100均って一度見始めると止まらなくなる。結局、レジで払ったお金は3000円を超えていた。その買い物が失敗だったとしても、100円で買ったならさほど後悔しないだろう、と思わせるところに落とし穴がある気がする。どうでもいいけど、消費税は内税になったのだから、100円均一という言い方はまずくないのだろうか。100均は、正確に言うと105均。8月1日(月)
OSMで僕が受け持っている学生の一人から、暑中見舞いが届いていた。いかにも「今どきの女の子」という感じの、極めてバランスが悪く、お世辞にも読みやすいとは言えないような字を書く。意味不明な表現や妙な記号も満載で、その子の書く文章はいつも解読にけっこう時間がかかる。「もう少しきれいな字が書けるように、練習した方がいいよ」と諫言めいたことを言ったこともあったが、「私、習字うまいんですよ」と返してきた。言うに事欠いて習字。「習字やってるヤツがこんな字を書くわけないでしょ」と軽く受け流してそれきり忘れてしまっていたのだが、今日届いた暑中見舞いを見て唖然。同封された「おてがみ」と同一人物が書いたとは到底思えないような、ものすごい達筆だった。習字の話は本当だったらしい。師範の免許を持っているのだとか。
いやはや、能ある鷹は爪を隠すと言うが、ここまでのギャップは見たことがない。そもそも、達筆という爪を隠してどんなメリットがあるというのか。ともかく、その子に対する見方を急に変えてしまう僕だった。