Diary(08.09.)
9月30日(火)
L'Arc-en-CielのHYDEが、ソロ活動では以前からコンビを組んでいたギタリストのKAZと、あらためて結成したユニット、VAMPS。全国のZEPPで40公演を越える長いツアーを敢行している。大阪だけで何と10本という長丁場。HYDE氏は、前回のソロツアーの時も、途轍もなく過酷なスケジュールを組んでいた。途中で各メンバーが体調を崩したりもして、きついツアーは懲りたと嘆いていたはず。なるほど、今回は移動を減らして本数をこなすという作戦に出たか。とにかく、他のアーティストが考えつかないようなアイデアを実践するパワーはすごい。普通は、ZEPPで10公演やるぐらいなら、城ホールを2回やるものだ。
冷たい雨の降る中、迎えた2日目。VAMPSとしての音源はまだシングルが1枚出ただけなので、ライブは過去のソロ作品からの曲がほとんど。半月もの間、貸し切り状態になるだけあって、会場内は客席部分も含めてかなりこだわった内装になっていた。ZEPPでこれほど凝ったセットは初めてではないだろうか。退廃的なステージセットや、落書きアート風の壁面が、VAMPSの世界観をうまく演出していた。何度も来たことのあるZEPP OSAKAに自分がいることを忘れてしまうほど。
歌い方は荒々しく、MCもほとんどない。演奏だけでぐいぐい引っ張るスタイルは、洋楽のライブに近かった。さすがにこの人は何をやっても様になる。
大阪での長期滞在中、REDNIQSのゲスト収録も行う予定になっている。ファンの皆さんは楽しみにされたし。9月29日(月)
来週から、夜遅くに放送時間が移動するROCK KIDS 802。開局以来ずっと、午後4時から7時の時間で放送されていたリクエスト番組だが、夕方に放送するのは今週が最後となる。来週からはスタッフも変わり、番組内容も一新される。僕にとっては実質、最終回のようなものである。
月曜のROCK KIDSは、年齢はバラバラだが、家族のようで居心地のいいチームだった。喧嘩も悪口もなかったし、周りが引くような叱責もほとんどなかった。全員が互いを信頼し合っているから、ストレスというものがほとんどない。そのチームが解散してしまうのは、やっぱり寂しい。
この日は「この番組で、リクエストやメッセージが採用されたことはありますか?」というテーマでメッセージを募ってみた。月曜のROCK KIDSは、番組のBBSに寄せられる書き込みや、リクエストの数が特に多い。その一部を僕は番組内で紹介してきたのだが、採用された人がそれをどんなに喜んで、大切な思い出にしてくれているのかを改めて知り、自分のしている仕事の責任の重さを実感した。僕が何となく口にしたひと言を、リスナーはこんなにも心にとどめているものなのか。もっともっと、一つ一つのコメントを大切にしなくては。
来週からは新しいスタッフのもと、生まれ変わったROCK KIDS 802が始まる。どんな番組になるのか、僕自身も楽しみにしている。9月28日(日)
番組後、京都にあるKBSホールでDir en greyのライブを見た。前回彼らのライブを見たのもこの会場で、その日も雨だった記憶がある。京都のライブ会場はどこも、交通の便が悪いのが難点。
ライブはいきなり爆寸でもよくかける古い曲から始まった。このバンドのマニアックさにはますます磨きがかかっている。愉快なMCは一瞬もない。メンバーの笑顔も皆無。ただひたすらにinsane。曲と曲の間は、京の、歌のような叫びのような語りのような奇声だけが会場内にこだまする。さっきまで激しく暴れていた群衆が、それを固唾を飲んで見守る光景は実に異様だ。演奏中に、上手と下手のメンバーが立ち位置を変更するとか、ギターソロを弾くメンバーにピンスポが当たるとか、普通のバンドのライブでは当たり前に行われているそういう演出も、ほとんどない。パフォーマンスも楽曲も、狂気の世界を突き進んでいるDir en greyだが、その人気が衰えることはない。何といってもそこが一番すごいと思う。彼らの音楽こそ、REDNIQSの定義する「何かをぶち壊すエネルギーを持ったロック」に該当するのは間違いない。年末には、9年ぶりの大阪城ホール公演も決定している。
それにしても驚いたのはToshiyaの新しいヘアスタイルと肉体美。一瞬、メンバーチェンジでもしたのかと思った。次はShinyaがいかつく変身する番か。9月27日(土)
劇場版「デトロイト・メタル・シティ」をついに見た。
まず、あの破天荒な原作を実写化しようとしたその心意気に拍手。キャストの中では、ブッ飛んだ女社長を演じる松雪泰子が一番のハマり役という印象だった。先日見た「容疑者Xの献身」とのギャップの大きさが素晴らしい。
何せ原作がハチャメチャだから、設定も展開も大いに無理がある。ヒーローものみたいに、根岸くんが一瞬でクラウザーさんに変身したりもするのだけど、「その衣裳はどこに隠し持っていたの?」みたいな疑問を抱いてはいけない。漫画と同じものを実写で見せられても違和感なく楽しめる清い心が欲しい。原作は基本的に1話完結で、あの漫画をどうやって2時間の壮大なストーリーに仕上げるのか、興味があった。なるほど、これはうまくまとめたな、という感想。脚本家の力量によるところだろう。
ちなみに、家の近くのシネコンで見たのだが、週末だというのにガラガラだった。経営不振で店じまいなんてことにならないか、心配になってくる。9月26日(金)
たまには普段あまり読まないような小説を、と思って買ってみた、馳星周の「虚の王」。デビュー作「不夜城」で知られる作家の作品である。渋谷を舞台に、十代の若者達の過激な暴力と犯罪を、それに巻き込まれる元不良のチンピラの視点で描いている。バイオレンス映画を見ているようで、展開が速いので一気に読んでしまったが、よくよく考えると内容はグロくて怖くて暗い。
こんな本を未成年に読ませたら絶対によくないと思わせる本だったが、小説にR指定はない。成人指定の映画よりもはるかに危険な内容なのに。ゲームや映画と違って、活字を追う小説なら子供の目に触れる機会は少ないと見ているのだろう。
昔は、不良には不良のスタイルというものがあった。そういう人種とわかる、服装や立ち振る舞いが歴然とあった。最近は、普通の若者と不良の見分けがつかない。この小説の中にそんなことが書かれていた。悪質な犯罪に手を染める非行少年は頭が悪いから、小説など読まない。そう決めつけてしまうのは無策にすぎるのではないか。9月25日(木)
10月からスタートする、FM802の新番組が一斉に発表された。開局20周年を前に、過去最大の大改編となった。僕は8年弱務めたOSAKAN HOT 100のDJを降板し、ROCK KIDS 802は、これまでの夕方から、夜の時間帯へ移動する。
そして、新番組を担当することになった。土曜日の夜、7時から9時の2時間にわたって放送される「REDNIQS」という番組である。「レッドニクス」と読む。基本的には、ロック番組。かつて僕が担当していた番組「ROCK VISION 802」の流れを汲む内容といって差し支えないと思うが、扱うアーティストはより幅広くなる。ヴィジュアル系も、そうでないアーティストも、洋楽もかける。
ヴィジュアル系の専門番組を新しく作るという選択肢は、最初からなかった。ヴィジュアル系というシーンがあることはもちろん否定しない。そして僕としては、他のラジオ番組ではあまりクローズアップされないヴィジュアル系アーティストを、積極的に応援したいという気持ちは強い。ただ、「ヴィジュアル系に含まれるかどうか」という線引きをすることが、今の時代にはそぐわない気がしたのだ。出した結論は、番組が惚れ込んだロックは、どんなジャンルであろうと分け隔てなく扱うということ。マキシマム ザ ホルモンだろうと、メタリカだろうと、the GazettEだろうとかかる。
番組がセレクトした熱いロックをREDと呼ぶ。この言葉は、「Rock music with Energy of Destruction」(何かをぶち壊すエネルギーを持ったロック)の略でもある。僕自身もリスナーと一緒に、REDという言葉の指す音楽を探していきたい。しばらくは試行錯誤が続くと思うが、かつてROCK VISIONを愛してくれた人にはぜひご期待いただきたい。久しぶりに大阪でロック三昧の番組ができるので、僕もわくわくしている。
第1回のゲストは、Dir en greyの予定。9月24日(水)
802では秋の新番組を発表する記者会見が行われ、全DJが集合しての写真撮影が行われた。僕はこの撮影のために学校で受け持っている授業を休講にしたのだが、参加して正解。ほとんど全員のDJが集まっていて、欠席したら大いに目立ってしまうところだった。
喋ることを生業としている人間が大勢集まると、やかましいことこの上ない。俺が俺がと面白いことを口々に喋りまくるから収拾がつかず、撮影もスムーズに進行しない。そんな賑やかな雰囲気はまさに「FM802らしさ」そのもので、開局から20年経って、DJの顔触れが変わっても、そういうところはまるで変わらないんだなと実感した。
まとまりのない集団を何とか静めて撮った貴重な集合写真。座り位置や立ち位置は、事前に誰かが決めていたものでは全然なくて、その場の雰囲気で10秒もしないうちに収まっていたような感じだった。あらためて見てみると、大御所看板DJを中心にして、うまい具合に均整の取れた並び方になっているのが興味深い。厳しい上下関係があるわけではないけど、みんなが自然に自分のポジションを認識しているような。そういうところも、802の居心地の良さと繋がっている気がする。9月23日(火)
クラブクアトロで、Sadieのライブを見た。
彼らが全く無名だった頃から対バンイベントでは幾度か見ていたが、ワンマンを見るのは初めて。今回のクアトロと、ファイナルの赤坂ブリッツはいずれもチケットがソールドアウトしている。このヴィジュアル系バンドの中では、今最も勢いのある存在といえるだろう。
ワンマンだけに、中盤ではミディアムチューンを続ける時間もあったが、それを除けばほぼ全編暴れまくり。ヘドバン、ボディバン、逆ダイ、コロダイ。アンコールでは同じ曲で20分以上煽り続ける一幕も。ヴィジュアル系で暴れたい人のためのライブに徹しているような内容だった。こういうのは本当に、何度見ても楽しそう。いいダイエットになるだろうに。
Sadieの場合、曲の中のデス声の比率がかなり高く、慣れていない人は苦痛を感じるくらいに激しい曲が多いので、ラジオのようなマスに向けたメディアでは扱いづらいのが正直なところ。あえてこのマニアックなサウンドを貫いて、ここまで動員を伸ばしているのは立派というほかない。渋谷AXで予定されているBEAT SHUFFLEのイベントでも、「一番おいしいところをかっさらっていく」と公言しているライブ巧者。今後の成長にも大いに期待したい。9月22日(月)
昨夜のこと。財布の中身を見たら現金が3000円ぐらいしか入っていなかったので、近くにある銀行のATMでお金を下ろした。時間は夜で、口座とは異なる銀行のATMだった。それから数時間後、お金を支払おうとして財布を開いた時、さっき下ろしたはずの5万円がそこに入っていないことに気づいた。カードと明細票は入っている。肝心の現金を、取り忘れてしまったということらしい。紙幣を取らずにいると途端に鳴り始める、あのピロピロという音を聞いた記憶はないのだが。
さすがに凍り付いた。「落としちゃった〜」と諦める金額としては大きすぎる。慌ててそのATMに戻ったが、もうシャッターが下りていた。まあ、取り忘れた現金はきっとそのまま機械に戻されて、その記録も残るのだろうし、万が一僕の直後に誰かが同じATMを使おうとしてその忘れ物に気づいたとしても、防犯カメラだらけのATMでネコババする勇気があるとは考えにくい。とまあ僕にしてはずいぶん楽観的な考え方で、今朝を迎えた。
朝、銀行に電話をしてみたら、カード番号と名前を言うだけですぐに確認が取れ、お金は返してもらえることになった。現金を取りに行くのではなく、口座に戻しておいてくれる、とのこと。銀行員の女性の声は、天使のそれのように聞こえた。
ボケっと考え事をしながら行動していると、そのうち取り返しのつかないミスをしてしまいそう。肝に銘じた出来事であった。9月21日(日)
池田なみ子さんと加藤真樹子ちゃんという、FM802のキレイドコロ女性DJ二人と飲みに行った。たまにはゆっくり語りましょうよ〜、と常日頃から言っていた社交辞令が、何年もかけてようやく実現した形である。場所は心斎橋のもつなべや。かっこよく奢るつもりが、いざお会計という時になって信じ難いような失態を犯してしまった。それについての顛末は明日の日記に書くことにする。
今回一緒に食事をしたこの二人、実は僕とは仕事での接点が非常に多いことが判明した。といっても一緒に仕事をしたことはほとんどない。昔、僕がまだ駆け出しの頃にお世話になった人の中に、この3人で共通の知り合いがやけにたくさんいたのだ。お金もなければ仕事もない、将来の保証もない中で、DJが好きだという熱意だけで生きていた時代の話に、花が咲いた。ほとんど忘れかけていた、懐かしい名前が次々に飛び出した。
僕はあまり飲みに行ったりしないタイプだけど、時々こうして、同じ仕事をして、同じ悩みや喜びを味わっている人と語り合うことの大切さを、今さらながら痛感。9月20日(土)
昨日の段階では、台風で新幹線が動かないことも予想されたが、目が覚めたらすっかり天気は回復していた。台風の去った後は蒸し暑い。
移動の車内で、浅倉卓弥の「四日間の奇蹟」という小説を読んだ。指の先を失った失意のピアニストと、彼が世話をすることになった知的障害者の少女。少女には音楽に関する天才的な才能があることを発見し、彼女は一流のピアニストに育てられる。その二人が、演奏のために呼ばれた山奥の診療所で、暖かい人々に迎えられ、不思議な出来事に遭遇する、という話。
第1回の「このミス」で大賞を受賞した作品、とのことだったが、いわゆるミステリー小説とは違う内容だった。殺人事件が起きるわけでも、謎解きがあるわけでもなく、ホラー的な要素も皆無。むしろ、暖かい気持ちになる話だ。結末が気になって、後半は一気に読んだ。
ピアニストとしての人生を奪われた青年と、両親に死なれて身寄りのなくなった少女。親子とも兄妹とも異なる二人の奇妙な関係が、とても興味深い形で描かれている。そして、丁寧に綴られるピアノの演奏の場面がいい。そんな曲など知らないのに、まるで聞こえてくるような臨場感に溢れている。
後半は、非現実的なファンタジーの領域に入っていくので、前半のような社会派小説のタッチが最後まで続くと期待していた僕は少しだけがっかりもしたのだが、予想以上に心に残る、いい本だった。9月19日(金)
実写映画化されて話題の「デトロイト・メタル・シティ」。まだ映画は見ていないのだが、たまたま原作を借りる機会があったので、先にコミックの方を読んでみた。
絵のタッチは僕の好みではないのだが、読んでみてその人気に納得。これは笑える。クラウザーさん率いるデスメタルバンド・DMCの非現実的な過激さ。そして対称的に、主人公の根岸くんが本来求めている音楽として描かれるポップスの、非現実的ななよなよしさ。その強烈なギャップと、いつしか二重人格のようになってしまう主人公の奮闘ぶりが、何とも可笑しいのだ。
漫画を読み始めてから、映画のサントラをよく聞いている。非常によく出来ており、そのこだわりには感心してしまう。原作者がほとんど悪のりで書いているようなめちゃくちゃな歌詞を、ほぼそのままメロディーに乗せている。アレンジも、DMCは徹底的にヘヴィーメタルを追求しているし、根岸くんとしての曲もスウェディッシュポップのようにキュートでおしゃれな雰囲気。さらに、DMCのライバルとして登場するギャングスタラッパー「MC鬼刃」の曲は、かのK-DUBが歌っている。世の不良ヒップホッパーを馬鹿にしているようなダジャレソングだが、K-DUBがそれをラップすればここまでかっこよくなるのか。
どの曲も、「どうせやるなら素人がぐうの音も出せないくらいのクオリティにしてみせる」という、各アーティストの本気モードの心意気が伝わってくる。ブラックユーモアやパロディは、本気でやるほど面白いのだ。9月18日(木)
10月15日発売号のビッグイシューで、表紙巻頭インタビューとして登場するのは馬場俊英氏。CDレビューの連載をはじめさせてもらった最初の号で紹介した僕がアーティストであり、馬場さんが表紙になるのは僕の念願でもあった。この秋、馬場さんはレコード会社をワーナーへ移籍して最初のリリースを控えており、満を持してビッグイシューの誌面に登場することになったのだ。記事は僕が書かせてもらうことになっていて、そのインタビューをしてきた。長い付き合いの僕でも知らなかった、デビュー前の話などを聞くことができ、楽しいひと時だった。ずいぶん長いインタビューになってしまったが、頑張って来週までに原稿に仕上げなければ。
数年前に今の青山に移転したというワーナーミュージックジャパン。地下鉄の駅から直結したビルにある。美しいロビーの端にはコーヒーの自販機。お金を入れなくても飲めるようになっていて、先方を待つ間に勝手に一杯いただいた。立地の良さや内装の美しさも感動に値するレベルだったけど、一番ビックリしたのはそのコーヒーの味だった。こんなおいしいコーヒーが飲み放題のオフィスなのか。やっぱり景気のいい会社は違う。
その感激をワーナーの人に伝えたら、「僕が昨日行って来た会社はこんなもんじゃありませんでしたよ」。前日に彼が打ち合わせで訪れた、某IT企業。ここ数年、破竹の勢いで勢力を伸ばしているその会社は、「『ここは宇宙船か!?』と思わせるような未来的な内装」で、「なぜか和室の会議室があるんですよ」とのこと。アイデアが受けて成功した会社は、金の遣い方も独創的ということか。9月17日(水)
原稿を書くために802のスタッフのパソコンを借りていた時、ふとスクリーンを見たら、デスクトップがゆらりゆらりと揺れていた。スクリーンがそのまま水面になって、その水面に手を入れて動かしているような動き。古いパソコンだったから、液晶画面が壊れてしまったのかと思って、「何これ!ちょっとおかしくなったんだけど!」と、持ち主のスタッフに慌てて見せたところ、「それ、おもしろいでしょ。そういうスクリーンセーバーなんですよ」とニヤニヤしていた。ちぇ。びっくりさせやがって。
調べてみると、これは「LostaWater」という名前のスクリーンセーバー。さっそく僕もダウンロードできるサイトを探して、自分のパソコンにも入れてみた。普通のスクリーンセーバーは、一定時間操作をせずにいると画面が切り替わるものだが、このLostaWaterの場合は、今の画面がそのまま揺れ出す。しかもその動きが絶妙にリアル。これは面白い。
壁紙はわりと定期的に変えるのだが、スクリーンセーバーは長年放ったらかしだったので、久しぶりに新鮮な気持ちになった。9月16日(火)
クレジットカードの明細を見ていたら、2番目によく利用しているカードの利用ポイントが、今月いっぱいで半分ぐらい無効になってしまうというではないか。ETCとか公共料金の支払いぐらいにしか使っていないので、大したポイント数には達していないのだが、せっかくだから景品と交換しておくことにして、カタログページを見てみた。しかしこういう時に、なかなかめぼしいものが見つけられないのはいつものこと。クレジット会社も趣向を凝らしていろんなギフトをセレクトしているのだが、どれも魅力的に見えないのはなぜだろう。ポイント数が少なめなのだから無理もないか。
迷った挙げ句に注文したのが、ちょうどいいポイント数だった充電式のハンドクリーナー。500円玉や水も吸えます、というやつである。「こりゃ便利〜」と思えるような物が届いたらいいのだが。9月15日(月)
ROCK KIDS 802のプレゼントは、「各DJがセレクトする、秋におすすめの恋愛モノDVD」。あれこれ悩んだ挙げ句に僕が選んだのは、スカーレット・ヨハンソン主演の「真珠の耳飾りの少女」だった。公開当時、自分の番組で紹介するために見た映画である。
オランダの画家フェルメールが描いた有名な絵を題材にした作品だ。自分の家で使用人として働くことになった少女の、芸術的素質を見抜いたフェルメールが、彼女の絵を描くまでのストーリー。それは倫理的に許されない恋で、二人にとってはその絵を描くことが性交渉と同じくらいに激しい愛情表現だった。これほどまでにプラトニックで、なおかつエロティックな映画は他に存在しないだろう。二人の目が合っただけで、体が少し触れ合うだけで、見ている人間までどきどきしてしまう。
絵画を眺めているような映像美も見事。人が死んだり大泣きしたりといった仰々しいストーリー展開はないが、繊細で、静かな恋愛映画というのが新鮮だった。僕がこれまでに見た中で最も印象に残っている恋愛映画の一つなのである。秋はこういう映画を楽しみたい。9月14日(日)
番組後、なんばハッチでメリーのライブを見た。今回は、東名阪の3公演で、各メンバーが趣向を凝らした演出を用意する、という企画つきのツアー。初日の大阪公演は、「ガラ編」だった。本編は通常のライブと同じだったが、アンコールでは、ヴォーカルのガラ君がタップダンスを披露し、ラストでは弾き語りも。本編ではあいかわらずMCをとらず、習字で観客に言葉を伝える彼だが、弾き語りの前後は普通に喋っていた。そのへんも、このライブならではの特別なものなのだろうか。
メリーはヴィジュアル系出身者の中でも、ムックと並んで独自のポジションを築きつつあるバンドだと思う。その個性的な世界観やサウンドは、ヴィジュアル系にあまり興味のない人達からも注目され始めている。今の調子でじわじわとファン層を広げていってくれることを期待している。9月13日(土)
ツタヤの店内をうろうろしていて、たまには「新作」「準新作」ではない棚の洋画を見たくなった。何となく借りて来たのが「きみに読む物語」という恋愛もの。店員の手書きコメントが気になったので選んだのだが、帰宅してネットでの評判を見ても、悪くないようだった。
舞台は1940年代のアメリカ。金持ちの少女に恋をした、貧乏人の少年。身分違いの二人のラブロマンスを描いた、王道路線の映画という感じだが、意外な形で訪れる結末は確かに感動的だ。爽やかで、ロマンチックなラブストーリーで、その部分には新鮮さがあまりないのだが、認知症という重いテーマに切り込んでもいる。若かりし頃の熱い恋愛の記憶も、いつしか消えていってしまうのか。永遠の愛とはどんなものか。そういうことを考えさせてくれる。なかなかの秀作。9月12日(金)
気づけばNANAも20巻。実写映画が公開されたあたりをピークに、ブームは去りつつあるようで、僕の周りにも「もう力つきた」などと言って読み続けることを放棄している人が少なくない。しかし原作はマイペースに続いている。
数ヶ月ごとに1冊、というペース。新しい単行本が出る頃には、複雑な人間関係を読者が忘れてしまう、という傾向がある。特にレイラは、いろんな男と仲良しなので、誰とどんな状態になって今に至っているのか、前巻を読み直してみるでもしないと「あれ?」ということになる。とにかくどの恋人達についても「今、この二人はうまくいってるんだっけ?」と考えながら読んでいるし、久しぶりに登場したキャラについては、「この人は、どうなっていたんだっけ?」という疑問がずっと消えない。よくわからないまま、21巻へ続く。これでは「力尽きる」人がいるのも仕方ない。こういう漫画は、完結してから一気に読むのがベストということだ。
長かったNANAも、さすがに佳境を迎えている感あり。ここ最近は、現在を描く合間に登場する未来のハチ達のシーンが増えているが、その量も近いうちに逆転するのかもしれない。大崎ナナはいなくなるけど死ぬわけではない。代わりに死んでしまうのは・・・。21巻が読みたい。今すぐに読みたい。9月10日(水)
誕生日を迎えて、たくさんの人からお祝いメールが届いた。どうもありがとう。
携帯に届いたメールを見ていて、最近はデコメールが増えたなぁとつくづく感じた。「こんなの、どうやって作るんだろう」という凝ったものも多くて、本物の誕生日カードをもらったように華やいだ気持ちにもなった。
基本的に、絵文字や顔文字すら使わない僕は、デコメールにも特に興味はなかったのだが、知り合いから、20世紀少年の目玉マークの入ったメールをもらって、俄然やる気になった。なるほど、こういう絵文字は画像として挿入できるものなのか。今後はいろいろと自作してみよう。まあさすがに、背景がピンクとか、ハートがたくさんとか、そんな可愛いメールは恥ずかしくて作れないけど。9月9日(火)
月9ドラマ「ガリレオ」の劇場版として話題の映画「容疑者Xの献身」の試写を見た。ドラマの放送開始前から映画化の話は進んでいたらしい。
原作は湯川学シリーズの中でも最も有名な作品。印象としては、「テレビドラマよりもはるかに原作に忠実な再現」だった。この小説は、殺人事件の背景にある、重厚な人間ドラマが最大のテーマとなっているのだが、映画版もそこをしっかりと、丁寧に描いている。カメラが湯川の耳に入り込んで、一心不乱に数式を書き始めるという、ドラマではおなじみのあの子供っぽい演出は、映画には登場しない。湯川の「誰も幸せになれない」謎解きが、悲しく綴られる。
原作のファンが、今回の映画化を知って最初に違和感を抱くのは、配役のことだ。不器用で朴訥として数学者の石神は、背が低い柔道家という設定だが、それを演じるのが堤真一。隣室に住む独り身の女・康子は、弁当屋を営みながら中学生の娘を養い、日々の生活に疲れているような印象だったが、その役が松雪泰子。かっこよすぎるし、華やかすぎるイメージだ。
しかしそのイメージは、役者達が演じた過去の役柄から勝手に抱いたものにすぎない。映画を見れば、二人がいかに適役だったかを誰もが認識するだろう。監督はもちろん、二人の役者としての力量を信じてこの配役を決めたのだ。役者が原作のイメージに合うかどうか、作品を見る前からぶつぶつ文句を言うのは浅はかなことだと悟った。
小説や漫画の実写映画化の場合、長い物語を2時間におさめるために、多くのシーンを端折るのが通例だが、この作品に限っては、映画の方が長い。原作にはなかったシーンをいくつも追加している(もっとも、原作に登場しない人物が主役格で出ているせいもあるのだろうが)。原作のエンディングがあまりに悲しすぎるためか、ラストシーンも書き加えられ、湯川の存在感がより強く出ている。
本を読んだ時はそれほど感動はしなかったけど、映画では泣いた。9月8日(月)
番組が始まる前に、スタッフから誕生日のお祝いをしてもらった。みんなが用意してくれたプレゼントは、スタジオで使うためのヘッドホン。実は、何年か前の誕生日プレゼントもヘッドホンだったのだが、酷使しているうちに壊れてしまっていたのだ。今回もらったのは、いつもスタジオで借りているものと同じ、プロユースの高級機種。間違ってマスター室に返却されないように、名前を書いたりシールを貼ったり、いろいろとデコレーションを施してカスタマイズしてみよう。
この日のゲストには、表記を大文字に変えて再デビューを果たしたSHAMEのCUTTあらため前田一人氏が登場。彼は本当に喋りが達者で話題の豊富な男なのだが、何せ僕は長い付き合いで、彼とは話したいことが山のようにある。あんな話もこんな話も、と思っているうちに支離滅裂になって、とっ散らかったゲストトークになってしまった。アーティストに対する思い入れが強すぎると、こうやって裏目に出ることがたまにある。9月7日(日)
番組後、アンジェラ・アキのライブを見に行った。大阪城ホール始まって以来初の、ピアノの弾き語り公演。センターステージにグランドピアノがあるだけで、14000人の観客が周囲をぐるりと囲む。そのステージで、たった一人で2時間半。完璧に歌い切った。
途中、彼女らしいおもしろトークを挟むのだが、ちっとも長く感じない。弾き語りライブのわりに演出は凝っていて、彼女の夢の一つである「飲み屋」のコーナーは特に面白かった。彼女が飲み屋のおかみさんとなって、お客さんと会話をし、そこにあるピアノで一曲歌ってあげる「ふるさと」という名の飲み屋。効果音などを使いながらの一人芝居は本当に上手だった。歌い終わった後の「私の妄想に付き合ってくれてありがとう」の言葉がまた可笑しかった。あんなふうに、楽しいお喋りのできる人に、僕もなりたいものだ。
衣裳はいつものとおり、Tシャツにジーンズというラフなものだった。あれだけのライブを披露しても、常に自然体。緊張している様子は全然ないし、最後の最後まで歌声に微塵のぶれも生じない。これだけの才能がありながら、どこにでもいる普通のお姉さんみたいなキャラを維持できることが一番すごい。
たくさん笑ったし、何度も何度も涙が出そうになった。文字通り、感動したライブだった。9月6日(土)
クラブクアトロでPENICILLINのライブを見た。このバンドのライブを見たのは何年ぐらいぶりだろう。ベースのGISHO氏が脱退したものの、ライブの雰囲気は以前と少しも変わっていなくて、嬉しかった。
PENICILLINのメンバーは、会うたびに僕の苗字をわざと間違える。こうなったきっかけは、以前FM802で彼らをゲストに迎えた際、トーク中に千聖氏が僕のことを「浅田さん」と呼んでしまったこと。それまでに何度もインタビューしていたのに、今さら間違えるなんて!という驚きが確かにあった。本人も「なんで間違えて覚えたんだろう」と不思議に思ったようで、それ以来、その一件がずっとネタになっているのだ。それももう8年ぐらい前の話だと思うけど。
ヴィジュアル系も栄枯盛衰、いろいろと浮き沈みがあるけど、音楽性も方向性もほとんどぶれることなく、マイペースに活動し続けている数少ないバンドがPENICILLINだと思う。根強いファンに愛されているのがよくわかるライブだった。このまま「ベテラン」と呼ばれるまで突っ走ってほしい。9月5日(金)
毎年楽しみにしている高校生クイズ。今年は近畿勢が苦戦し、決勝で開成高校を破った東海高校の優勝に終わった。
最近、お勉強系のクイズ番組がやたら多いせいか、この番組を見て改めて思ったのは、「レベルが高すぎる」ということ。特に早押しクイズになると、問題文の最初の2語ぐらいで、高校生達は答えてしまう。もちろん、その先の問題文の予想が外れて不正解になってしまう時もあるけど、ほとんどはそのタイミングで正解してしまう。それも、仮に最後まで問題を聞いたとしてもさっぱりわからないような問題ばかりだった。
番組を作っている側も、出場者の知能が視聴者と比較にならないことぐらい承知のようで、途中からは出題の部分そのものをカットして、盛り上がる回答シーンだけを映したりもしていた。「どうせ見てる人はわかんないでしょ?」といわんばかりの編集。要するに、「テレビをご覧の皆さんも一緒にお考えください」というアプローチは皆無なのだ。名門校に通うエリート少年達の、博学さを知って、「この子達はすごいねぇ」と感心するための番組。いやもう、本当に凄かった。9月3日(水)
帯に書かれたリリー・フランキーの推薦文に目がいって、つい購入した2冊の薄い文庫本。「私の奴隷になりなさい」と、その続編の「ご主人様と呼ばせてください」。ジャンル的には「青春SM小説」だそう。
これがもう、読んでみてビックリするくらいにエロい小説だった。こんなに露骨にいやらしい本は読んだことがない。アブノーマルなセックスの魅力に目覚めて、SMの世界に引きずり込まれていく若者の話。ストーリーもなかなか面白かった。
SMとは支配と隷属の関係性を表現する言葉であって、縛ったり鞭で叩いたりといったプレイの内容のことを指すものではない。支配したい、あるいは支配されたいという欲求は、きっと誰もが潜在的に持っている。意識下に抱いているその本能を、何者かによって覚醒させられ、エスカレートしていくと、快楽の奴隷となってしまうのだ。
露骨な表現ながら文体が美しいこの連作小説は、女性読者も多いらしく、読みながら自慰にふける女性が続出したともいわれる。作者は「サタミシュウ」という覆面作家。本名ではベストセラーを連発しているという。読んだ印象としては、石田衣良あたりではないかと睨んでいる。9月1日(月)
今週いっぱいで活動を休止するELLEGARDEN。大阪と東京で2公演ずつのライブを残すのみというこの時期に、ヴォーカルの細美氏がROCK KIDS 802に遊びに来てくれた。ライブのチケットはもちろん完売しているし、音源のリリース予定は一切ない。宣伝する要素はもはや何もないこういうタイミングで、アーティストがメディアに出演するのはめずらしいことだ。それも、テレビでも新聞でも雑誌でもなく、ラジオの生出演。ファンの間の注目度も高かったらしく、DJとしてはプレッシャーのかかる状況だった。
ところが、細美氏のトークは普段通りの自然体で、明るく楽しく、いろんなことを語ってくれた。さっきまで僕が一人で緊張していたのもバカらしくなるくらいに、おもしろい話がたくさん聞けた。「活動休止の真相」みたいな重い話題は一応避けたのだが、彼の口から、ファンへの再会の約束もしてくれた。そうして出演の後、スタジオを去る時に「こうやってラジオに出られて、ちゃんとファンの子達に向けて話すことができてよかったです。ありがとうございました」という言葉を残した。
バンドの解散とか活動休止はもちろん悲しいもの。でも出来ることなら笑顔で終わりたいのはアーティストもファンも同じだ。最後のライブを見られないファンのためにも、メディアを通じて挨拶をしたいと考えるのは、アーティストの優しさの表れだと思う。