
9月30日(水)
橋本紡の「流れ星が消えないうちに」を読了。最近話題の純愛小説である。
大好きだった恋人が、遠い異国で事故死してしまう。しかもその時、偶然とはいえ彼の隣には見ず知らずの日本人女性がいた。心に深い傷を負った彼女は、彼との思い出の残る自室のベッドで寝られなくなり、玄関に布団を敷いて眠るようになる。そして恋人の死から1年が過ぎ、彼女には新しい恋人がいる。亡くなった彼と、無二の親友だった男の子。彼女は恋人を、彼は親友を。それぞれ、一番大切にしていた人を失った二人。どのみち忘れることなんてできない傷なら、それを互いに抱えたままで生きていこうとする。思い出の中の彼と、三人で生きていこうと。
そんなあらすじだけを書くとやや暗い話に思えるが、とてもすがすがしく、愉快な気分にさせる小説である。高校時代の回想シーンで、文化祭の日に彼が彼女に告白をする場面なんて、本当に爽やかでわくわくしてしまう。彼の作ったプラネタリウム。彼と踊ったフォークダンス。それぞれに、彼女の知らない裏話があって、後になってから親友の立場でそこが明かされるのも面白い。
主人公達の家族や先輩などのエピソードも丁寧に描かれる。恋人と親友を失った男女の恋の行方と、崩壊しかけた家族の再生の物語。全員が前向きな気持ちで笑顔になるエンディングが素晴らしい。9月28日(月)
読書の秋。山本文緒のベストセラー短編集「プラナリア」を読んだ。とても面白かった。
乳がんの手術を受けて以来、社会復帰が面倒くさくて、世の中から孤立していく25歳の女。夫がリストラの憂き目に遭い、深夜のスーパーで生活費を必死に稼ぐ主婦。まだ学生でありながら求婚してくる恋人への不審を拭えない女。会社勤めを辞めて飲み屋を開いた男と、常連客となったホームレス寸前の女との恋。年齢も立場もバラバラな、ちょっとひねくれた性格の人々の、一風変わった日常を淡々と描いている。
一番印象に残ったのは、二つ目の「ネイキッド」という短編。夫とともに興した事業が成功し、バリバリ働いていた女が、突然夫から離縁されて仕事を失う。それから始まる自堕落な生活。仕事という柱を失ったら、何をする気力もわかない。テレビすら見ない。貯金を食いつぶしながら、毎日遊び呆けて暮らす。食生活も何もかも、めちゃくちゃ。ニートよりもよほどたちの悪いだらけぶり。その女が、どのようにして普通の社会人としての暮らしへ戻っていくかを描く話だ。
子供の頃から、常に「勝ちたい」と思って生きてきた。もっと上の成績、もっと上の学校、もっと上の収入。ひたむきにそれを目指してきたけど、根拠が何なのかはよくわからないまま。そういう目標を奪われたら、人はどうなってしまうのか。それが何ともリアルで興味深かった。9月27日(日)
京都駅ビルで行われた、ビッグイシュー・サポートライブでMCのお仕事。
京都駅ビルは何度行っても大きくて迫力がある建物だ。この日は天気もよくて、階段に座っていると爽やかな秋風が吹いてくる。まさにストリートライブ日和。そんな気持ちのいい大階段の下で、様々なミュージシャンが生演奏を披露し、ビッグイシューのプロモーションが大々的に行われた。
京都を拠点に活動しているアマチュアのミュージシャンを中心に、京都のアカペラグループや、ポエトリーリーディング、クラシックのソプラノ歌手など、音楽のジャンルは本当にバラバラだった。普段聞くことのない音楽に触れて、なかなか新鮮で面白い体験だった。そしてこの日初めて、わたなべゆう氏のギターを聞いた。ジャズシンガーのMAKOTOさん(現役の芸妓さんらしい)をフィーチャーした曲も含めて30分ほどのステージ。本当に見事な演奏で、長丁場の仕事で疲れを感じていた僕もすっかり癒されるひと時となった。
僕はというと、出演を終えたミュージシャンの方や、ビッグイシューの販売員をしているホームレスの人に、ステージ上でインタビューをするのが主な仕事。聞こえてくる音楽に吸い寄せられて、たまたまこの階段に腰を下ろした人々に、ビッグイシューという雑誌の存在を知ってもらわなければならない。
街頭で、ホームレスの人から雑誌を「買う」という行為は、慣れるまでは相当の勇気が必要だ。ビッグイシューという雑誌の理念を知らない人は、まず買わない。だからまずはこの雑誌のことを広く知ってもらうことから始めなければならない。この日のイベントを通して、一人でも多くの人がビッグイシューに対する理解を深めてくれたなら嬉しい。9月26日(土)
最近見つけた面白いツール、「ヘアスタ」。携帯サイト専用の、女の子向けヘアカタログである。流行のヘアスタイルがたくさん掲載されている。面白いのは、自分の顔の写真をメールで送ると、モデルの顔と入れ替えた合成写真を自動的に作ってくれるというシステムだ。ROCK KIDSのスタッフの顔で作っているやつを見て、爆笑。おしゃれで可愛いギャルなのに、顔だけ男なもんだから。
こりゃあ自分もやってみたいと思って、登録してみた。ずいぶん面倒な作業で時間もかかったが、10分ぐらいで何とか完了。何度目かのチャレンジで、自分の顔の合成写真も完成した。髭の浮かんだ自分の顔で女装しているような印象。これは気持ち悪い。絶対誰にも見せたくない。
しかしこれ、明らかにサイトの趣旨とは異なる使い方。本来はもちろん女の子が、自分の顔とその髪型がマッチするかを確認するためのものだ。男が「もしこの顔で女だったら」を想像してゲラゲラ笑うためのツールでは断じてない。So-netさんごめんなさい。でも、同じようなことをやってる人、すごく多いと思う。
それにしても文明の進化はすごいな。昔、カップルの写真を合成して、将来二人の間にできる子供の写真を作ってくれるプリクラがあったのを思い出す。あの時出てきた少女の写真はもうどこかへなくしてしまったが、今のうちの子供とは全く似ていない顔だったことだけはよく覚えている。9月25日(金)
赤瀬川隼の「白球残映」を読んだ。
淡くてほろ苦い、少年の初恋の話や、根拠のない自信を胸に夢を追い求める浪人生、父親が果たせなかった目標を受け継ぐ息子など、さまざまな世代の男達が抱く思いを、丁寧に綴っている。
短編集だが、これも作者の育った街や時代を舞台にした小説が多い。九州の門司や、芦屋も出てきた。東大を目指して上京した若者の話などは、まさに作者の青春時代を懐古したものだろう。
作者はよほど野球が好きと見える。特に最後の「消えたエース」が印象的だった。華々しい成績を上げながら、若くして引退し、表舞台から姿を消した名ピッチャー。かつて彼のファンだった男が数十年ぶりに再会し、慎重に彼に近づきながら、彼を引退に追い込んだ事情の真相に迫ろうとする、という話だ。日本人にとってプロ野球は古くから国民的なスポーツで、子供達にとっては永遠の憧れともいえる存在である。作者のそんな純粋な思いが伝わってくる熱い小説で、野球ファンとして僕も共感する部分が多かった。
ハラハラドキドキの展開はないし、派手に涙を流すでもない。じんわりと心の中に入ってきて、「いい本だったな」と思えるような小説だった。これも直木賞受賞作。9月24日(木)
神戸VARIT.で、Creature Creatureのライブを拝見。僕がこのバンドのライブを見るのは春のBIG CATに続いて2回目である。
「続・シモーヌと逆鱗」と題された今回は、東京で2本、関西で2本のライブが行われた。この日がその最終日。現在のメンバーでライブをするのは、前回の東阪ライブを含めても全部で6本目。たったそれだけのライブで、バンドとはこれほどの一体感を生み出せるようになるものなのか。まずそこに驚くくらい、まずステージから発せられるオーラが攻撃的だった。そしてそれに応えるオーディエンスのノリも動物的で激しい。観客の多くが、新曲を含めたCreature Creatureの曲を体で覚えてきたことが大きいようだ。
曲が終わってから、次の曲が始まるまでの間が、ほとんどなかったりするところがいい。ダダンと曲が終わったら、Sakura氏は間髪を入れずに次の曲を叩き始める。そのほんの一瞬は静寂で、拍手も声援も聞こえない。ほとんどMCも挟まないし、ソロコーナーなんてのも当然ないから、テンポよく進む進む。最後は粘る観客のアンコールに応えてメンバーが三たびステージに登場し、この日2回目の「RED」を披露。ぞくぞくするかっこよさだった。
ちなみに、ライブ終了後に挨拶に行ったら、楽屋でDir en greyのShinya氏を発見。彼はCreature Creatureのライブには欠かさず駆けつけている、Morrie氏いわく「追っかけ」だそうだ。意外なところにまた一人、Morrieフォロワーがいた。
Creature Creatureはもはや、Morrie氏のソロプロジェクトの域を越えた一つのバンドになりつつある。まだリリースされていない新曲もずいぶんあることだし、来年以降もコンスタントに活動してくれることを祈るばかりだ。9月23日(水)
昨夜の深酒がたたって、さすがに頭が痛い。当然食欲もないので朝食はとらずにチェックアウトして、802スタッフ計4名で沖縄の街に繰り出した。
真夏のような太陽がじりじりと照りつける中、午前中の国際通りでショッピングを楽しんだ。あまりの暑さでほとんど朦朧として、すぐにでも日陰に逃げようとする僕などお構いなしに、他の3人はずんずん進む。僕らよりも数日早く沖縄に来て、すっかり沖縄通になっているスタッフが、公設市場に連れて行ってくれた。昭和の情緒漂うゴミゴミした雰囲気が楽しい。たくさん歩いて汗も流し、やっと食欲が出てきたところで、2階の食堂でたらふくご飯を食べた。
4人のうち一人は昼の便で先に帰った。他の3人の飛行機は夕方発。それまでみんなでたっぷり観光を楽しむつもりだったが、「じゃ、ここでいったん解散して、空港でまた合流しましょう」と、前々からそうと決まっていたかのような提案が。まさかの別行動。一人はDFSでお買い物三昧、一人は「海を見に行きたい」と言い出した。僕はとりあえず沖縄土産の買い物がしたかったので、国際通りに戻ることにした。さっき通った道を戻って、さっき入った店にまた入る。ゆっくり時間をかけて買い物をしたけれど、それでも1時間もすれば疲れてくる。買えば買うほど荷物も増えるわけだし。そして暑さも増すばかり。これ以上汗をかいても着替えがない。首里城ぐらい見て帰ろうよと僕の中の一人が提案したが、モノレールの駅から「徒歩15分」と聞いた途端に僕の中の大多数が反対し、提案はあっさり却下された。こんなブーツでこんな天気の中をそんなに歩いたら僕は死んでしまう。そんなわけで僕は、飛行機の時間より3時間も早く那覇空港に着いてしまい、ひたすら本を読みながら時間をつぶしたのであった。
ところで、一人で国際通りをぶらぶらしている間に、一つだけ素敵な出会いがあった。それが「ヨーグルトランド」というフローズンヨーグルトの専門店。歩き疲れて休憩をするためにたまたま足を踏み入れた店だった。入店したら、空のカップを手に取り、16種類のフローズンヨーグルトから好きなものを選んで、ソフトクリーマーの要領で好きなだけ入れる。果物(イチゴとかメロンとかマンゴーとか)などのトッピングも自由に選べて、好きなだけ載せられる。そのカップをレジに運び、重さを量る。その重さに応じた金額を支払う、というシステム。
これが、超うまかった。ものすごく暑い中を歩いてきたせいもあるとは思うけど、多分それを差し引いても美味しかった。アイスクリームのような余ったるさがなくて、低脂肪でヘルシー。自分で盛って、食べたい分だけ払えばいいというシステムも楽しい。ついつい食べ放題の要領で入れすぎてしまう人間心理をうまく利用している。調べてみたら、今年沖縄に2店舗がオープンしたばかりのよう。早く本土の都市部にも出来たらいいのに。9月22日(火)
朝早くの飛行機で沖縄に渡った。目的はHYのストリートライブの取材である。僕はこの日のROCK KIDSにライブの様子を伝える電話レポートを入れる仕事を仰せつかったのである。
バンド結成10年目を迎えるHYが、150本に及ぶ全国ツアーを前に、地元で行うフリーライブ。彼らが高校生の頃からライブを行っていたという、北谷にあるショッピングモールの広場のような場所だった。祝日だったこの日、朝早くから多くの若者が並んでその時を待っていた。まず驚いたのはその年齢層の若さだ。見た感じ中高生、いや小学生も含めた10代が9割といったところ。
その若者達の顔つきが、沖縄を感じさせる。聞こえてくる会話も沖縄のことば。上空では頻繁に、米軍の戦闘機が爆音をまき散らしながら飛び交っている。空の広さ。道の広さ。そして暑さ。今自分が沖縄にいるんだということを、いろんなところで実感する。
1時間半近くに及んだライブは、とても感動的なものだった。その様子はROCK KIDS 802の番組HPにも掲載したので、興味のある方は一読されたい。HYはまだ20代だが、毎年のように長いツアーを続け、全国各地でライブを重ねていくうちにすっかり貫禄がついた。そんな彼らが、愛すべき地元のキッズ達の前で、リラックスした表情で見せるフリーライブ。来年発売の新作からも未発表の新曲が披露され、まだまだ快進撃が続きそうな2010年を予感させる内容だった。
テレビにほとんど出演せずに、とにかく全国津々浦々をライブで回るHY。シングルをリリースせず、フルアルバムのリリースにこだわるHY。日本の音楽シーンでは異色の活動スタイルだが、そんな個性的なやり方も、彼らが音楽を、そしてファンのことを、大切に思っているからこそなのだと、あらためて実感するようなライブだったと思う。
僕もスタッフもこのライブにすっかり感動してしまって、打ち上げの席では早々に酔いつぶれてしまった。9月18日(金)
高橋克彦著「緋い記憶」読了。
中年を迎えた男が、何十年も前のおぼろげな記憶を辿ってみたら、現実とはずいぶん違っていたことに気づく。あったはずの家がなかった。いたはずの人がいなかった。現地に赴いていろいろ調べているうちに、胸の奥底に眠らせていた忌まわしい過去が脳裏に蘇る。
二度と思い出したくないような恐ろしい体験をしたとき、人はその記憶に蓋をして忘れようとする本能が働くものかもしれない。しかしその蓋が、ふとしたきっかけで少し開くことがある。生まれ育った町の住宅地図。画集の中にあった温泉宿の絵。幼なじみとの宴会。飲むたびに食中毒を催す水。自らの過去を調べていたら、愕然とするような事件が存在していたことを知る。そんな短編集だ。すべての短編が、筆者の出身地であるみちのくを舞台にしている。
表題作を読み終えたとき、「ああ、これはホラー小説なのか」と思ったが、作者の意図としてはそうでもないらしい。人間の記憶という曖昧模糊な世界を利用して、謎を解いていくミステリー的な展開の仕方で読者を引き込む。7編すべてにぞくぞくした。お腹いっぱいの読み応え。9月17日(木)
電車で座っている時、メールを打ち終わったケータイや、読んでいた文庫本を閉じて、鞄にしまうタイミングに気を遣ってしまうのは僕だけだろうか。もうじき電車が駅に着くという時にそんな行為をしてしまうと、僕の前に立っている人は、僕がその駅で降りるものと勘違いしてしまう。「お、ラッキー。この人が降りたら座れるじゃん」と内心で喜んだのに、降りない。「ち。紛らわしい素振りをするんじゃねえよ」と、今度は内心で悪態をつかれるに違いない。なので、僕はメールを打ち終わっても駅を発車するまでケータイを鞄にしまわない。
という話をしたら、「逆に、駅に着くたびにわざわざ半立ちになって降りる振りをする嫌な奴もいる」と言われた。そんな嫌がらせができる図太さがある意味羨ましい。
それにしても関西の電車はのどかなものだと毎度思う。何というか、「座りたい願望」が平均的に見て明らかに弱い。誰かが席を立ってもそこは数秒空いたままで、「誰も座らないなら座っちゃいますよ〜」みたいな控えめな人がその席に着く。僕が実家で乗り慣れた小田急線なんて、立っている人々すべてが空席を血眼になって探していたもんさ。座っている人が席を立つ前から、向かいに立っている人の顔には「ここ、予約してますんで」と書いてある。そういう命懸けのイス取り合戦を経験してきた東京育ちの人にとって、関西の通勤電車が天国だといわれる理由はよくわかる。9月16日(水)
金城一紀のヒット作「GO」を読んだ。在日韓国人の高校生が主人公の青春小説である。
日本に住む朝鮮人への差別を描いた小説は、過去にもいろいろと読んだ記憶がある。いかに根が深い問題かをいつも考えさせられてきた。この「GO」もそうした小説と同じように、在日朝鮮人の人々が味わっている苦痛や苦労、苦悩を訴える側面を持っているが、不思議と暗い気分にはならない。一言で表現するなら、痛快な小説。
主人公の少年は日本の高校に進学するが、その国籍ゆえに友達はほとんど出来ない。喧嘩がめっぽう強く、校内に敵なし。その彼が、日本人の女の子と恋に落ちる。大雑把に書くとそんなお話。とにかくシンプルで気取りのない文体が面白くて、何度も吹き出した。職質をしてきた警察官を殴って気絶させてしまい、仲良くなってしまうシーン。タクシー運転手の立ち会いのもと、公園で父親と決闘をするシーン。思い出しただけで笑ってしまう名場面がいっぱいだ。あまりにもハチャメチャで非現実的な一家だけど、何とも愛おしい。
主人公の少年の、「俺には国籍なんて関係ない。俺は俺なんだ」というメッセージはとても力強く、説得力があった。すぐに読み終える長さだけど、心にいろんな余韻が残る小説だ。9月15日(火)
絶望的な散らかりようだった自分の部屋をようやく整理した。大量のサンプルCDと資料、爆寸で使用したあれこれ、郵便物などなど。しかし一番場所を取っているのは何といっても衣類だ。そろそろ衣替えをしなくては。
そんな折、運転免許更新の通知が来ていたことを思い出した。あやうく期限切れになってしまうところだった。こんなことなら先月中に行っておけばよかった。誕生日の40日前を基準として、過去5年間に違反がなければゴールド免許になる。僕の場合、ちょうど5年前の誕生日近くに、違反切符を切られていて、それ以降は無事故無違反。ようやく記録が消えたことになるが、今回の更新はタイミングが合わなかった。惜しかった。2時間の講習は非常にかったるい。9月14日(月)
REDNIQSのスタッフからもらった誕生日プレゼントは、帽子。僕は昔から、つばが前についている野球帽と、つばのないニット帽はかぶることがあったが、360度つばがついているいわゆるハットは全くほとんどかぶった経験がない。何となく敬遠してきたファッション。番組スタッフが「いや、浅井さんにはハットも似合うはずだ」と考えて、3つほど見繕ってくれたのだ。
スタッフは口々に「似合いますよ」と言ってくれるが、日頃慣れていないファッションはどうも落ち着かない。やけに注目されている気がするし。これはつまり慣れるしかないということか。
そういえば、高校時代、初めて学校にキャップをかぶっていった日のことを今も覚えている。クラスメイトから「お。かっこいいじゃ〜ん」とからかわれて、ひどく恥ずかしかった。オークランド・アスレチックスのキャップだった。
職場や学校で、普段と違うファッションの人がいたら、それに触れて何らかの感想を伝えるのが礼儀なのかもしれないけど、僕は気づかない振りで流してほしいと思うタイプ。9月13日(日)
先日の日記に書いたダイススタッキング。東急ハンズへさっそく買いに行ってみた。
マジック用品売り場をうろうろ歩いて探してみるものの、なかなか見当たらない。5分ぐらい探しても見つからないので、近くを通りかかった店員の女性に声をかけて聞いてみた。「ダイススタッキングのキットみたいなものを探してるんですけど」「えーと・・・ダイス?もう1回お願いできますか?」とおもむろにメモを取り出し、「少々お待ちください」と他の店員に聞きに行った。マジック用品売り場の付近を歩いている店員なのに、ダイススタッキングという名前を聞いたこともないとは。彼女の帰りを待つ間、また売り場を何となく眺めていたら、目の前にあった。目当てのダイススタッキングセットが。そこへ戻ってくるさっきの店員。ここにありましたわーと僕が言い出すより早く、「申し訳ございません。当店ではまだ扱っていないようでして、お取り寄せという形になるのですが・・・」ですって。「そうですか。じゃあ結構です」と言って、彼女には黙ってレジに持って行くことも考えたけど、そんな姿を後で彼女に見られたらそれもかなり気まずい。仕方なく、「あ、いや、ここにありましたけど・・・」「あ!ありましたか!申し訳ありません」。まあどっちにしろ気まずかった。
かくして入手したコップと4つのサイコロ。挑戦してみたが、どういうわけか全然うまく出来ない。一日中でも練習していたいところだけど、コップがすさまじい騒音をまき散らすのだ。それこそ自分の耳がおかしくなるんじゃないかというくらい。近所どうやら迷惑にならない時間帯を選ばないといけない。9月12日(土)
番組前、BINECKSのライブを見に行った。場所は心斎橋のOSAKA MUSE。結成からすでに2年が経過しているBINECKSだが、ライブを見たのは実は初めて。
元SIAM SHADEのDAITAを中心に、彼が発掘した静岡出身のヴォーカリストKEITAと、ベースのBOH、シーケンスプログラマーのTESSEYという4人編成のバンドである。この日のライブはサポートのドラマーを入れずに、この4人だけで演奏していた。ドラムはすべて打ち込みという状況で、どのようにして臨場感のあるロックなライブを展開するのか。そこを楽しみにしていた。
DAITAもBOHもイヤモニをつけているので、ドラムのクリックがなくても曲はスムーズに始まる。そして曲が終わる瞬間のキメも、まるでそこにドラムがいるかのような生っぽいテイストになっている。もちろんそれは何度も重ねたリハーサルの賜物なのだろうけど、違和感のなさには本当に驚いた。そのへんはマニュピレーターを務めるTESSEYの実力によるところも大きいに違いない。
最近の若いバンドを見ていると、昔と比べてギタリストのテクニックが格段に向上している。少なくとも僕はそう感じているのだが、やはりこのDAITAというギタリストのプレイは格が違う。どんなにややこしいフレーズでも絶対にミスをしない。弾いている姿も様になる。天才であり、努力家であり、プライドの高い完璧主義者。ギタリスト界のイチロー。
そしてBOHの弾いているベースがまたすごい。弦が6本もある。洗濯板みたいなネック。ギターをビッグライトで大きくしたような不思議な楽器。そんなベースでタッピングまでしてしまう。なるほどDAITAが惚れ込むわけである。
そんな凄腕の先輩ミュージシャンをバックに従えて、フロントに立つKEITAも堂々のステージングだった。以前は観客に対してもメンバーに対しても、遠慮や気遣いが感じられたそうだが、この日の彼のパフォーマンスは常に雄々しかった。やはりロックバンドのヴォーカリストたる者、客をぐいぐい引っ張る存在でなければ。もともと歌唱力は折り紙付き。ルックスも抜群。実力派揃いのバンドに、まだまだ伸びしろのありそうな有望なヴォーカルがいるのだ。
あれほど人気のあったSIAM SHADEのファンの多くが、BINECKSにあまり注目していないのがもどかしいし、もったいないとも思う。こんなにかっこいいのに。9月11日(金)
藤原伊織の「テロリストのパラソル」を読んだ。直木賞と乱歩賞をダブルで受賞している唯一の作品だそう。
主人公は、過去を隠してバーテンとして新宿で暮らしているアル中の中年男。昼下がりの公園で酒を飲んでいたら、爆弾テロ事件に遭遇する。事件の被害者の中にはかつての知り合いの名があった。容疑者として警察に追われながら、真相を探ろうとする。
主人公を取り巻く登場人物は数多いが、そのほとんど全員が事件に関係している。意外な人物が意外な形で結びつき、こんがらがった糸の固まりが最後にはきれいにほどけていく。最後まで一気に読ませるスピーディな展開はすごいし、全く予想だにしない結末には驚いた。高い評価も頷ける力作。
ただ個人的に気になるのは、「偶然の再会」が多すぎる点。例えば「20世紀少年」なんかもそうなのだが、主人公を中心に世界が回っているような違和感がある。だからどうも現実味がない。9月10日(木)
いろんな知り合いやリスナーの皆さんから誕生日メールが届いた。何歳になっても、祝ってもらえるのは幸せなこと。皆さんありがとう。
さて、読書の秋に向けて、近所のブックオフまで本の買い出しに出かけた。1冊105円のコーナーで、気になるやつを手当たり次第カゴに放り込んでいく。自分への誕生日プレゼントがブックオフの100均かよ。何てリーズナブルな37歳。
古書店で買う本には帯がないし、店員のポップなんて気の利いた物もない。だから、面白そうな本を探す手がかりは全くない。行く前に、「いずれ読んでみよう」と思っているような本を事前にメモしておく必要がある。そこで今日は、直木賞や乱歩賞、このミスなど、自分の趣味に合った文学賞の近年の受賞作をリストアップして、携帯に保存した。
さあ、この秋もばりばり読むぞ。9月9日(水)
学生の一人が、「夏の間に特技を増やそうと思って、ダイススタッキングを始めた」というので、披露してもらった。逆さに向けたコップを左右に振りながら、テーブルの上に置いた4つのサイコロを順番に入れていって、ピタっと止めてコップを上げると、サイコロが縦に積み重なっている、という技。奇術師がよくやっているけど、これはタネのあるマジックではなくて、練習して習得する類の芸だ。
出来たところで「おーすごい」ぐらいしか反応のしようがないけど、こういうのを見せられてしまうと、無性にやってみたくなってしまうのが僕の悪い癖。その場で貸してもらって、少しやってみたところ、想像以上に難しい。コツをつかめば3つまではすぐにできるけど、4つは付け焼き刃の練習では絶対に無理。
欲しい。ハンズで専用のダイスとコップのセットが買えるらしい。問題はいつやるのかってこと。9月8日(火)
BIG CATでヴィドールのライブを拝見。考えてみるとこのバンドのワンマンを見るのは初めてのこと。もともと大阪で活動していたバンドだけあって、関西での人気はひときわ高い。
メジャーデビュー以降は、ジュイの歌唱力を生かしたメロディアスでポップな曲を前面に出している印象だが、インディーズ時代はドロドロした世界観のマニアックな曲が多かったヴィドール。彼らの幅広い音楽性を堪能できて楽しかった。ヘドバンや振り付けのある曲が多く、こういうバンドこそが、平均的というか、標準的なヴィジュアル系という気がした。
よく言われるコテ系とかオサ系とかいう乱暴な分類が僕にはよくわからない。そのどちらにも属さないバンドが9割以上じゃないか。ヴィジュアル系もいろいろと個性が分散していく中で、その真ん中にいるのはヴィドールみたいなバンドだと思うのだ。ヴィジュアル系バンドに、必要とされる要素とか、ありがちな側面を、一通り揃えているような。
それにしても、このバンドのギターのシュンは本当に男前。顔の小さいモデル体型で、同性の僕でも見とれてしまう。そういえば、「美形ギタリスト」の存在も、人気バンドには必須要件の一つだったかも。9月7日(月)
僕が数年前から音楽コラムを連載させてもらっている雑誌ビッグイシュー。この雑誌の存在をより多くの人に知ってもらうために、フリーライブのイベントが企画されている。そのイベントに、僕もMCとして参加することになった。
アカペラグループやジャズ、アコースティックなど、プロアマを問わず、いろんなジャンルのミュージシャンが出演予定。9月27日の日曜日、夕方4時からから夜8時にかけて行われる。場所は京都駅ビルの大階段の下だ。僕の仕事は、ライブの合間にミュージシャンの人にインタビューをしたり、ビッグイシューの説明をしたりといった内容になりそう。ライブイベントのMCはよくやるけど、内容も趣旨も普段の仕事とはかけ離れているので、どんなふうになるのか楽しみにしている。
秋の京都に出かけたついででもいいので、お時間のある方はぜひ遊びに来ていただきたいところ。9月6日(日)
爆寸大阪、無事終了。大阪で初となるver.M(新しい曲がかかる方)だったが、いつもとさほど変わらない盛況ぶりでひと安心。
今回の選曲はけっこう危険なギャンブルだった。過去10年やってきて、一度もかけたことのない曲が半分近く。そして、初めてかけるバンドが1/3。セットリストをあらためて見てみると、この数字はあながち大げさでもなかった。今回はこれまで以上にリクエストの幅が広かったことと、V系イベントが他にも誕生している中で、マンネリを感じさせない選曲を心がけた結果だった。「こんな曲、みんな知ってるのか?」と半信半疑でかけた曲でも、意外なほどに盛り上がったりして、僕自身もいろいろ勉強になった。すべての振り付けを頭にインプットすることは、とてもできなかったけど。
ベテラン議員が選挙で敗北したように、新鮮な選曲にしていくためには、定番曲や人気バンドの曲が選に漏れることもある。もちろん、僕自身が好きな曲も。例えば今回はメリーもナイトメアもかけられなかった。リクエストメールを読んでいると、どれもかけてあげたくなる。だからといって、だらだらと長い時間をかけて全部に応えたとしても、僕もお客さんも体力がもたない。限られた時間の中で、できるだけたくさんの人に満足してもらえる選曲を練ったつもりがあれだったのだ。曲順に関しては大いに改善の余地ありだなと感じたけど。
とにかく、心底楽しかった。アンコールで誕生日を祝ってもらったり、立て札のインパクトで笑いをとる豪華なロビー花が届いたりと、嬉しいプレゼントもたくさん。爆寸を終えるたびに、「ぼかぁ幸せ者だな」としみじみ感じる。
それにしても。このイベントが始まった当初、全体のうち半分は、X、LUNA SEA、L'Arc-en-Cielの曲が占めていた。今回の爆寸ではその3組の曲は1曲もかけなかった。それだけ年月が流れたということか。でももちろんver.Cも続いていく。次回の大阪は、1月で考えている。9月4日(金)
毎年楽しみにしている「高校生クイズ」。年々、面白くなくなっているように感じるのは僕だけか。
とにかくシンプルに、知識の広さと頭の回転の早さだけを競うクイズ番組になっている。東大を狙う頭脳明晰な高校生が全国から集って、レベルの高い知能バトルを繰り広げる。それはいいけど、それ以外の要素がほとんど何も問われないのだ。出される問題は素人には皆目わからないようなものばかり。
視聴者を退屈させないための配慮として、無関係なタレントが大勢観覧しており、問題のたびに「すごいですね」だの「全然わかりませんでした」だの、ステレオタイプなコメントをする。数十秒に1回は、著名人を画面に映さないと数字がとれないのか。問題を聞いても答えがわからない視聴者を、「自分の知識レベルはあくまでも平均的なのだ」と安心させるために用意されているのか。「顔の売れているタレントさえ出せばいい」という安直な発想を、高校生が主役のこんな番組にまで持ち込むとは。
この番組、かつてはクイズの出し方が非常に面白かった。3人によるチーム戦という特性を生かして、あらゆる工夫を凝らしていた。勝ち進むためには、体力も、運も、チームワークも必要。そういうクイズ番組だった。
要するに予算がないのだということは見ていればわかる。全国大会に勝ち進んだ高校生全員を、東京のスタジオに集められるのは一日だけ。宿泊費などの経費を考えて、1日で一気に人数を減らしたい。ロケをしている余裕もない。よくわからないけど、そんなところなのだろうと推測する。
唯一、素晴らしかったと思うのは、司会を務めた鈴木アナと、出題していた女性のアナウンサー。スポーツの実況などよりよほど緊張するであろうシチュエーションで、うまい噛まない間違えない。僕も見習わないと。9月3日(木)
映画「引き出しの中のラブレター」の試写を見てきた。
「渡そうと思っていたのに、渡せなかった手紙。伝えたかったのに、伝えられなかった気持ち。その大事なメッセージを、ラジオを通して伝えてみませんか」。父親と絶縁状態のまま死別してしまった女性DJが、自らの苦い経験から思いついた特番を軸に、さまざまな人間模様を描き出す映画。
祖父と父の不仲を心配する高校生。シングルマザーを決意したキャリアウーマン。単身赴任中のタクシー運転手。父親への反発をこらえている大病院の跡取り息子。それぞれのストーリーがバラバラに進行していきながら、エンディングまでの間にすべてが意外な形で繋がっていく。その脚本の妙は見事だった。
そして何よりも、ラジオというメディアだけが持つ独特の暖かさを、丁寧に描いているところが素晴らしい。実はこの映画、舞台となっているJ-WAVEだけでなく、FM802も製作に関わっていて、劇中に登場する「昔のラジオ番組」で802のDJが喋っていたりもする。
試写を見終えた後、隣で見ていたDJの大抜くんが最初に言った言葉は、「J-WAVEのスタジオってきれいですねー!」だった。さすが六本木ヒルズ。802も、スタジオの中はきれいだけど、窓から見える景色とか、打ち合わせのスペースとかは、こんなお洒落な映画のロケにはさすがに不向きだ。9月2日(水)
賞味期限つきで再結成しているcali≠gariのライブを見に、BIG CATへ。
6年ぶりの復活。関東以外の土地での復活ライブはどうやら初めてのようで、チケットはもちろんソールドアウト。しかしライブそのものは、そんな特別な感慨をあまり感じさせない、ある種の「ゆるさ」も漂っていた。そのへんがcali≠gariらしい。4人の凄まじいまでの気合が感じられたのは、ド派手な髪型くらい。
秀仁特有の脱力MCは健在で、この日は何度も「申し訳ないけどまた新曲です」と言っていた。せっかくの再結成、ファンは新曲よりも懐かしい曲を聞きたがっていることを先回りした、彼なりの気遣いである。しかし新曲もかっこよかったし、遜色なく盛り上がっているように見えた。もちろん、爆寸でおなじみの人気曲も多数披露された。
cali≠gariは、ヴィジュアル系の歴史に大きな足跡を残した偉大なバンドだと思っている。昭和歌謡的なアプローチをヴィジュアル系に持ち込み、フォーク、パンク、ニューウェーブなど、雑多なジャンルの要素をどん欲に取り入れた音楽性は、当時は非常に斬新だった。そして何といっても、ポップなサウンドとグロテスクな歌詞のギャップが強烈だった。
初めてcali≠gariのライブを見たのは難波ロケッツで、まだ前任のヴォーカルの秀児が在籍していた頃。確かステージには白くて大きな人形がぶら下がっていて、秀児は坊主頭でロリータの女装だったような気がする。「こんなマニアックなバンドは、絶対に売れない」と確信したものだ。ところが、桜井青の前衛的センスは後輩バンド達に多大な影響を与えた。日本語の歌詞と曲名、カタカナのバンド名、歌謡ロック。そういったキーワードがヴィジュアル系のシーンでメインストリームになっていく、先駆けになったのである。それまでのヴィジュアル系は本当に、「ラ行ではじまる外国語」みたいなバンド名ばっかりだったのだから。音楽性は大半がヘビーメタルをベースにしていて、ゴシックか耽美か、そのどちらかに属するバンドばかりだったのだから。今どきのヴィジュアル系で豪快に咲いてる若い子も、cali≠gariというバンドをもう少しリスペクトするべきだ。
あ、「-187-」の読み方を聞くのをまた忘れた。知ってる人、教えてください。9月1日(火)
なんばハッチでDir en greyのライブを見た。昨年末の大阪城ホールは見逃したので、アルバム「UROBOROS」が発売されてからは初めてだ。
Dir en greyの進化はとどまるところを知らない。どこまでもマニアック。どこまでもインサニティー。曲もダークなら照明もダーク。京が描き出す狂気の世界に、観客が引きずり込まれていくような光景だった。年齢層は十代から四十代まで幅広く、男性ファンもますます増えた。この人達は、Dir en greyの他にどんな音楽を聞いているのだろう。想像がつかない。
この日のライブでは、デビュー当時の懐かしい曲もアンコールで披露された。最初のフルアルバムとなった「GAUZE」が発売されて今年で10年。絵に描いたようなヴィジュアル系バンドだった当時の曲を今のDir en greyが演奏しても、やはり特に違和感はなかった。曲によっては、今のサウンドにマッチするようにキーを変えたりもしているようだ。10年分の経験が生み出す圧倒的な重厚感が漂っていた。
